米百俵 / 紅葉狩 / 女殺油地獄

2001/09/16

9月の大歌舞伎は小泉首相が演説で引用して話題になった「米百俵」が夜の部にありますが、自分としては前々から見たかった「紅葉狩」に興味の中心がありました。ところが例によって幕見でいこうと夜の部開演の1時間前に歌舞伎座についてみたら、幕見席受付前は今まで見たこともない長蛇の列。当日券も三等席が残っているわけはなく、泣く泣く大枚をはたいて二等席を買いました。

米百俵

戌辰戦争に破れ減石された長岡藩での実話を山本有三が戯曲にしたもので、歌舞伎座での上演は22年ぶりとのことです。ストーリーとしては大変わかりやすく、テンポも決して悪くないのですが、小林虎三郎役の吉右衛門丈がところどころ台詞をかんでいるのが気になり、橋之助丈の伊東喜平太も感情の起伏が首尾一貫しない感じでなんとなく納まりが悪く感じました。しかし、終始暗い中で演じられていた芝居の最後に雨戸を開けると朝日がさっと差し込む場面は鮮烈な印象を見る者に与えました。

紅葉狩

楽しみにしていた「紅葉狩」は能から来た演目ながらいわゆる松羽目物の舞台ではなく、歌舞伎らしく満艦飾の紅葉が美しい背景に常磐津・竹本・長唄の三方掛合で華やか。更科姫 / 鬼女の雀右衛門丈は確かもう80歳を超えていると思いますが、あの重たい衣裳をまとっての芝居は大変だろうなぁと思ってみていたらやはり苦しそうな場面もないではなく、また更科姫の舞の中で二枚扇をアクロバティックに空中に舞わす場面では何カ所かでぴったり決まらずそのたびに見ているこちらはハラハラしました。更科姫が鬼女の本性を現わして野太い声で腰元たちに「これ!」と声を掛けるところからストーリー的には緊張感が一気に高まりますが、吉右衛門丈の山神が童子の姿で出てきて寝込んでいる平維茂らを起こすために足を踏みならして踊る場面でビーズ玉(?)を列ねた長い数珠を襷がわりに背中に回そうとしたときに、なんと数珠が切れてビーズ玉が辺りにぶちまけられてしまいました。どうなることかと思ったら吉右衛門丈はそのまま危険を顧みず舞を続け、そのすぐ後ろで後見が踊りの足と交錯しそうになりがなら必死にビーズ玉をかき集めました。こんなトラブルは初めて見ましたが、最後の維茂と鬼女の見得が決まったときは心底ほっとしました(なお山神の舞の中で、片足を軸にくるくる回り最後に跳び上がって両膝で着地(飛安座)する場面があり、NHK大河ドラマ「花の乱」で細川勝元の最期の場面に野村萬斎が見せた舞を思い出しました)。

女殺油地獄

最後の「女殺油地獄」は近松門左衛門。上方言葉を使って自己中心的で刹那的な与兵衛を演じた染五郎丈が、現代的な演技ながらに素晴らしい。気ままに放蕩の限りを尽くしてきた息子が両親の心情に触れたときに、その両親に迷惑をかけられないがために狂気の惨劇にはまりこんでいく最後は、鬼気迫るものがありました。孝太郎丈のお吉ともども、油まみれになってのたうちまわる凄惨な殺しの場面のあまりのリアルさは、観衆が声を失うほどに見ごたえがありました。

配役

米百俵 小林虎三郎 中村吉右衛門
伊東喜平太 中村橋之助
妻そで 中村孝太郎
森専八郎 市川染五郎
泉三左衛門 中村玉太郎
岸宇吉 片岡芦燕
伊賀善内 中村歌昇
紅葉狩 更科姫実は戸隠山の鬼女 中村雀右衛門
山神 中村吉右衛門
従者右源太 中村東蔵
腰元野菊 中村玉太郎
腰元岩橋 松本錦吾
従者左源太 大谷友右衛門
局田毎 中村松江
余吾将軍平維茂 中村梅玉
女殺油地獄 河内屋与兵衛 市川染五郎
お吉 中村孝太郎
兄太兵衛 中村玉太郎
小栗八弥 坂東亀三郎
妹おかち 澤村宗之助
父徳兵衛 松本幸右衛門
母おさわ 中村吉之丞
山本森右衛門 松本錦吾
芸者小菊 市川高麗蔵
豊嶋屋七左衛門 大谷友右衛門

あらすじ

米百俵

戌辰戦争後、心ならずも朝敵の汚名を着せられて減石された長岡藩。藩士の生活は困窮を極めているが、領主の分家から見舞いとして届いた米百俵を藩の大参事小林虎三郎は藩士に配分せず売り払って学校を建てようとしている。これに激高した下級藩士たちは大参事のもとに押し掛けるが、小林は百俵の米を千七百の家々に分けて数日で食べ尽くしてしまうよりも有能な人材を育成する学校を建てて将来の長岡藩の再興を図ろうと諄々と説く。

紅葉狩

戸隠山に紅葉狩にやってきた平維茂と二人の従者。そこに現れたやんごとなき姫君は酒を勧め、乞われるままにひとさし舞ううちに、平維茂が寝たと見てとると鬼女の本性を現わす。平維茂は山神の警告を夢のお告げと悟って鬼女に立ち向かう。

女殺油地獄

油店の河内屋の息子与兵衛は極め付きの放蕩息子。継父の徳兵衛は、先代の息子である与兵衛を甘やかし続けてきた。しかしある日、与兵衛が見え透いた嘘で金の無心をし、さらに与兵衛を店の跡継ぎにしないと言い切る徳兵衛や妹のおかちを足蹴にしているところを母親のおさわに咎められ、家を追い出される。とはいえ与兵衛のことが気になって仕方ない徳兵衛とおさわは、日頃なにくれとなく与兵衛に目をかけている同業の豊嶋屋の内儀・お吉を訪ね、息子が訪ねてきたら渡して欲しいと銭を託す。それを外で隠れて聴いていた与兵衛は両親の心情に改悛するが、しかし翌明け六つまでに新銀二百目を金貸しに返さないと一貫目の催促が父親に行くことになっており、お吉に事情を話して借金を申し入れる。ところが日頃の与兵衛の虚言癖を思い出したお吉は「夫の留守に金は貸せぬ」の一点張り。ついに与兵衛はお吉を手にかけ、震える手で戸棚から金を盗み出すと、犬の遠吠えに怯えながら逃げ去っていく。