塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

奇跡の人

2003/03/11

Bunkamuraシアターコクーン(渋谷)で、大竹しのぶ主演の「奇跡の人」(原作:ウィリアム・ギブソン)。大竹しのぶは野田秀樹の芝居で見て、その舞台女優としての超絶的な演技力と存在感に圧倒された経験があり、機会があれば再び生で見たいものと思っていました。この「奇跡の人」はもちろん、ヘレン・ケラーを導いたアニー・サリヴァンを主人公とする話で、これまでに大竹しのぶのアニーで5回上演されており、ヘレン・ケラーは安孫子里香・荻野目慶子・中嶋朋子・寺島しのぶ・菅野美穂が演じてきましたが、第6シリーズの今回は、15歳で既に演技派としての評価を確立した感のある鈴木杏がヘレンを演じるのが見どころです。

舞台上は大きな階段を背景にしたシンプルなセットで、アメリカ南部の邸宅を模してありますが、これが廻り舞台で向きを変えることによって場面がスムーズに転換するようになっています。プロローグは生後1歳半のヘレンが高熱のために視力と聴力を失うところ。母親ケート役のキムラ緑子についても、やはり野田秀樹の「ローリング・ストーン」のマカリ役での存在感を覚えていました。暗転して、舞台上方から一条の光が落ちるとそこに立って光に手を伸ばしているのが鈴木杏で、ここから舞台が回りはじめる中、目の見えない彼女はつまづいたり転んだり階段から落ちたりしながら、何かを探し求めるように観客の前に存在し続けます。この出だしからして、既に圧巻です。その後に続く家庭の中でのヘレンは暴君そのもので、癇癪を起こして唸り声をあげ徘徊する姿も迫真。とても演技という感じがしません。

そしてボストンの盲学校でのアニーと教師アナグノスの、ぽんぽんとテンポの良い台詞の応酬が舞台ならではの面白さで聞かせてくれて、しかしそこから先はヘレンとアニーとのいつ果てるともしれない闘争が続きます。この戦いがかなりすさまじくて、鈴木杏は絶対あざだらけになっていると思うし、大竹しのぶもひと舞台ごとにへとへとになっているはずです。

アニーはヘレンやケラー家の人々の前では強気を通して叩き付けるような物言いをし、それが抜群に小気味よいのですが、しかし独白の場面になると不安に怯えたり泣いたりと、決してスーパーウーマンではないところをさらけだします。それは、食堂でのヘレンとの格闘の末、ヘレンに自分の皿で食べナプキンを畳むことを教えた後に自室に戻っての号泣であったり、離れでのヘレンとの共同生活の中で疲れて寝込んだヘレンを見ながらか細く歌う場面であったりするのですが、そうしたアニーの心の振幅が、観るものの心をわし掴みにしてしまいます。そしてクライマックス、ものには「名前」があるということを必死に教え続けてきたアニーが、もはや絶望しながらヘレンに井戸端で「WATER」の指文字を繰り返し、ついにその瞬間が訪れてヘレンが喉の奥から絞り出すように「ウォーワー」と叫ぶ場面。しんとなった客席のあちこちからすすり泣きが聞こえてきました。

18時半から始まって途中2回の休憩をはさみながら21時45分までの長丁場、その間観客のテンションを維持し、舞台に向けさせ続けた大竹しのぶと鈴木杏の2人に惜しみない拍手。そして毎度のことですが、やはり役者は、そして舞台というのは凄いと改めて感動しました。

配役

アニー・サリヴァン 大竹しのぶ
ヘレン・ケラー 鈴木杏
ケート・ケラー キムラ緑子
アナグノス / 医師 吉田鋼太郎
ジェイムズ・ケラー 長塚圭史
ヴァイニー 歌川椎子
エヴ伯母 松金よね子
アーサー・ケラー 辻萬長
パーシィ 田鍋謙一郎
マーサ 小椋あずき
トム 小村裕次郎
ジェーン / 召使い 岡本易代
アリス / 召使い 日向葵子
ローラ 小林洋子
ビアトリス 鈴木美紗
セアラ 石丸椎菜or黒沢朋世
マギー(犬) マギー