ルジマトフの全て 2007
2007/06/30
最初に「ファルフ・ルジマトフが『ボレロ』を踊る」というニュースを見たとき、赤い丸テーブルの上のルジマトフもそれはそれはかっこいいだろうと一瞬思いましたが、もちろんこれはベジャールの「ボレロ」ではなくて、スペインの舞踊家リカルド・カストロ・ロメロの手になるスペイン舞踊とバレエのコラボレーション。それでも興味津々で、新国立劇場に向かいました。今回の公演は、この「ボレロ」と日本人舞踊家岩田守弘の振付になる「阿修羅」をメインに、ユリア・マハリナやイリーナ・ペレンらのマリ劇 / レニ国混成ダンサーによる古典中心のプログラムと、リカルド・カストロ・ロメロ率いるコンパニア・スイート・エスパニョーラによるスペインセットからなります。
まずは、エレーナ・エフセーエワ / ミハイル・シヴァコフ(レニングラード国立バレエ)の「ドン・キホーテ」からスタート。これに関しては何しろ先日タマラ・ロホとホセ・カレーニョの強烈なやつを見ているのでついつい比較してしまいそうになりますが、アダージョに片手リフトを持ってきたりポワントでのバランスをあえて控え端正なピルエットを多用していて、ケレン味は少ないもののよくまとまっていました。続いて、これはもう定番中の定番、ユリア・マハリナ(マリインスキー劇場バレエ) / ファルフ・ルジマトフの「シェヘラザード」のアダージョ。エキゾチックな顔立ちの2人がアラビア風の装飾と衣裳で舞台に立ち、リムスキー=コルサコフのあの曲が流れるともうそこは異次元という感じで、テクニックとかなんとかを超えた世界です。
古典系では、ほかに「白鳥の湖」(アリョーナ・ヴィジェニナ / アルチョム・プハチョフ)と「海賊」(イリーナ・ペレン / イーゴリ・コルプ)が踊られました。「白鳥の湖」は、アルチョム・プハチョムの後退した額が気になってしょうがなかったのですが、その彼の大らかなジャンプと足の伸びやかさは特筆に値します。アリョーナ・ヴィジェニナの方は、十分に音楽に乗れずまとまりを欠いた感じ。一方、「海賊」はやはりというかさすがというか、たとえばリフト一つとっても見ていて安定感が違うし、イーゴリ・コルプの跳躍力は何よりも圧倒的でした。まぁ、全幕ではないのでこの場面が本来持つドラマ性は希薄でしたが、それは仕方ありません。とは言うものの、グラン・フェッテがこれだけ続くと見ている方にとっては食傷気味。
「牧神の午後」は1998年に初演された「ニジンスキーの肖像」の一部としてルジマトフ自身により振り付けられたもので、指先をつけた平面的な手の動きがわずかに元の振付を連想させますが、その点を除けばニジンスキーのものとはまったく別の作品と言ってもいいでしょう。原作はニンフに恋するパンの夢想のお話ですが、ここでは黒いスーツのルジマトフと黒いシースルーのドレスのユリア・マハリナのさまざまな絡みを見せるセクシーな作品に仕上がっており、美しいフルートから始まるドビュッシーの曲と、暗い舞台上に白色光が道を出現させる照明の効果があいまって、とても印象的(途中でドレスの首の後ろに回した紐がほどけ、終わった後にユリア・マハリナがドレスの胸を押さえて挨拶をしていたのは、本来の演出なのかな?)。
ソロは3作品。まず面白かったのは、マリインスキー劇場バレエのイーゴリ・コルプが踊る世界初演「マラキ」(音楽:J.ボック / 振付:D.ピモノフ)。「マラキ」とは紀元前5世紀のヘブライの預言者の名前で、「私の使者」という意味があるのだそうです。中央に飾り気のない椅子が置かれ、前半は下手奥からの白色光が妖しく揺れるスモークを照らす中、エンジ色のコートに作り物の(天使の?)羽をつけたダンサーが、ヴァイオリンのソロに沿って狂おしく踊りますが、やがてコートを脱いで椅子に掛けチョッキ姿になると、一転してリズミカルな曲に乗ったコミカルなダンスになります。今回のプログラム全体の中では異色な作品ですが、そのスタイリッシュな構成とイーゴリ・コルプの存在感のあるダンスが印象的で、大きな拍手を集めていました。ちなみに、レニングラード国立バレエの芸術監督をつとめるルジマトフが率いるこの公演へのイーゴリ・コルプのゲスト参加は比較的直前に決まったようですが、8月に膝の手術をするため11〜12月のキエフ・バレエ来日公演にゲスト出演できなくなったルジマトフが、その代役としてイーゴリ・コルプを立てたことと関係があるかもしれません。イーゴリ・コルプを知らない観客にもあらかじめその実力を印象づけておこうということかもしれませんが、もしそうなら、その意図は十分に達せられたと言えるでしょう。
「道」(音楽:T.アルビノーニ / 振付:D.メドヴェージェフ)は、ユリア・マハリナのために振り付けられた作品で、6拍子のメリハリのきいた曲に乗って、オレンジ色のドレスをまとったマハリナが長い手足を活かして踊る小品。「阿修羅」(音楽:藤舎名生 / 振付:岩田守弘)は、笛・鼓・掛け声を背景に、六臂をあらわす抑制された動きによって青白い怒りをためる前半から、後半一転して赤く激しい闘争に変じ、最後は敗北して静かなスポットライトの中に凍っていく不思議な作品。
ここまででロシアセットは終わりなので、マリ劇 / レニ国混成ダンサー達が勢揃いして挨拶をし、休憩。
第3部のスペインセットの冒頭は、ロサリオ&リカルド・カストロ・ロメロ姉弟に男性ダンサーを1人加えた3人での「ブレリア」。フラメンコを見るのは久しぶりですが、やはりかっこいい。素晴らしいリズム感と身体能力で、3人の息がぴったりと合った動きにハッとさせられる場面がいくつもありました。ただ、やはりフラメンコは生演奏でないと。
男性ソロのサパテアードの妙技に続いて、「ボレロ」は白いカーテンが上から垂れ、背景には月。そこに登場した3人のフラメンコダンサーが杖とサパテアードで複雑な高速リズムを刻み、やがてあのフレーズが流れだす。そこで描かれるのは、月の精に恋したミノタウロスを夜とフラメンコのドゥエンデが殺そうとするが、ミノタウロスをかばって月の精が身代わりに刺されて死ぬというお話。この曲の長大なクレッシェンドを、ベジャールは大量の「リズム」を1人また1人と投入するシンプルな物量作戦で視覚化してみせたわけですが、こちらの演出ではルジマトフを含む7人で「ボレロ」と対峙しなければなりません。そのために前半はカーテンで巧みに見え隠れさせながら男女2人の交情を描き、後半に男性陣が2人を取り囲む構図、ラストのカタストロフィはナイフによる刺殺の場面としています。後でアンコールのときにこのラスト5分間だけを再現してくれたのですが、このパートの緊迫感は素晴らしいものでした。ただ、そこに至るまでの時間、つまりこの曲の長さに振付が負けている感じで、十分に納得性のある作品には仕上がっていないように感じました。また、たとえばカーテンに仰向けにぶら下がったロサリオが手を天井に向けて伸ばす場面、あるいは男たちに囲まれたルジマトフが両手を広げて一人一人に訴えかけるように回る場面など、ついベジャールの振付を連想させられてしまいます。もっともこれは、ベジャールの「刷り込み」に負けている自分の側の問題なのかもしれませんが。
終演後のカーテンコールは、舞台前にわっと駆け出して人垣を作ったおばちゃんたちの花束攻勢が凄いものでした。ルジマトフのファンは、なぜにこれほど平均年齢が高いのでしょうか?かわいそうなルジマトフ……。
配役
第1部 | ドン・キホーテ グラン・パ・ド・ドゥ |
エレーナ・エフセーエワ ミハイル・シヴァコフ |
シェヘラザード アダージョ |
ユリア・マハリナ ファルフ・ルジマトフ |
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マラキ | イーゴリ・コルプ | |
白鳥の湖 黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ |
アリョーナ・ヴィジェニナ アルチョム・プハチョフ |
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牧神の午後 | ユリア・マハリナ ファルフ・ルジマトフ |
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第2部 | 道 | ユリア・マハリナ |
海賊 パ・ド・ドゥ |
イリーナ・ペレン イーゴリ・コルプ |
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阿修羅 | ファルフ・ルジマトフ | |
第3部 | ブレリア | ロサリオ・カストロ・ロメロ リカルド・カストロ・ロメロ |
ボレロ | ファルフ・ルジマトフ ロサリオ・カストロ・ロメロ リカルド・カストロ・ロメロ ジェシカ・ロドリグエズ・モリナ アナ・デル・レイ・グエラ ハビエル・ロサ・フランシスコ ホセ・カストロ・ロメロ |