塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

覇王別姫(天津青年京劇団)

2009/06/13

京劇「覇王別姫」を観るのは、これが二度目。前回観たのは大連京劇団でちょうど10年前ですが、今回の公演の主催者である日本経済新聞社が最初に京劇を招聘したのがまさにその10年前の「覇王別姫」だったそうです。

場所はおなじみ東京芸術劇場(池袋)の中ホール。場内が暗転すると、時代背景を説明するドスのきいたナレーションがあって、まずは劉邦と韓信が項羽をおびき出すために李左車に策を授ける場面から。ここをいわばプロローグとして、第二場でいよいよ項羽の登場です。今回の公演では前半と後半で項羽役者が変わることになっており、この日の前半(武戯)は武花臉の王立軍。配下の将兵の化粧声に讃えられる項羽は、ギョロリとした目によく通る声で強い存在感があります。そこへ相次いで有力武将が登場して状況の報告をするのですが、援軍が来ないと聞くと協力を拒んだ者を先に討ってしまえとか、項羽を揶揄するビラ(韓信の策略)に激怒して出兵を命じたりとか、勇猛短慮な人柄を短時間のうちに表現する演出と脚本が見事です。もっとも、そのたびに部下の虞子期(タレントのコロッケ似で小生ならではの高音を使います)や周蘭に諌められて思いとどまるところが愛すべき点でもありますが、そうした人間的な弱みを李左車につけこまれ、ついに出兵を決意してしまいます。

第三場では、今度は虞姫の登場。パンフレットで趙秀君の写真で見ると「……ちょっとふけてるのでは?」と非常に失礼な印象をもったのですが、舞台上の虞姫は優美な仕種に気品と色気があり、これまたよく通る裏声での伸びのある高音の唱に拍手が湧きます。虞姫は虞子期の頼みを受けて項羽に出兵を思いとどまるよう説得するのですが、項羽は聞く耳を持ちません。しかしこのやりとりの中にも項羽と虞姫が互いを思いやっている様子が伝わってくるのが、後半の悲劇につながります。

この日の舞台は全体にPA控えめで、俳優の生声がよく聞こえて好感をもちました。また楽器群も面白く、京胡は擦音が際立ってよくも悪くも特徴的、太鼓は場面に応じてどろどろと効果的。続く第四場から第五場にかけては漢楚両軍の激突で、靠旗をはためかせ重武装した武将たちが、下手奥から上手手前へ→その逆→真横一列→槍を振り上げて二つの円を描くといった具合にマスゲームのように隊列を変化させる勢揃いが壮観です。様式的な立ち回りから槍を使っての項羽の見得も勇壮ですが、敗れたふりをして退却する漢軍を追う項羽はいったんは偽計を警戒して追撃を止めるものの、そのとき漢の陣営に戻っていた李左車が項羽を挑発します。この場面、舞台上が暗転し、李左車と項羽にスポットライトが当たって二人の心理戦が展開する、見事な演出でした。結局項羽は我を忘れて漢軍の陣の中に深く引き込まれ、虞子期にかろうじて救われるものの、周蘭は項羽を助けようとして倒されます。

第六場から後半、項羽役者は銅錘花臉の孟広禄にスイッチ。まずは最初の絞り出すような唱に「好!」の掛け声、拍手。ここからの項羽は、苦悩する悲劇の主人公となります。戦に敗れて意気消沈する項羽を優しく迎えた虞姫は、打楽器が怪しい雰囲気を醸し出す中、帳を出て見廻りに出ますが、すると遠くからエコーがかかって震えるような楚歌が聞こえてきます。これを聞いて夜警たちがすっかり戦意を喪っている様子を、暗い舞台上に虞姫のみスポットライトをあてて虞姫と項羽の孤立感を強調する演出で見せます。そして四面楚歌の状況を虞姫から聞いた項羽の有名な唱。

力拔山兮氣蓋世
時不利兮騅不逝
騅不逝兮可奈何
虞兮虞兮柰若何

虞姫と項羽の美しく哀しい連れ舞がここで見られ、感情移入させられますが、気を取り直した虞姫は項羽を慰めようと剣舞を舞います。この剣舞、長大で優美な舞でありながら、時折二本の剣を風車のように高速で回転させ、あるいは海老反りになって身体能力の高さを見せるなど、見どころが盛りだくさん。しかし、剣舞が終わったときに漢軍の総攻撃が始まり、敵陣突破の足手まといにならぬようにと虞姫は自害を申し出ます。剣を貸せと迫る虞姫と、たじたじの項羽。あっ、漢軍!という虞姫のフェイントに「どこだ?」と隙を見せた項羽の腰から剣を奪った虞姫は、直立したまま剣を横一文字に喉に当て、項羽の絶望の叫び声が響きました。

最後の第七場、鬼神のようになって劉邦の包囲網を突破した項羽を待ち受けていたのは、烏江の渡し守に化けた漢の閔子期。宝の馬、烏騅をも失った項羽は、ここで遂に自刎します。死の瞬間、項羽の身体は金色の光に包まれて、そして暗転。

アクロバティックな立ち回りはほとんどないものの堂々たる正攻法の作劇で、細やかな感情表現、ドラマティックな唱、そして緻密な演出(特に照明の効果は特筆もの)を堪能した、素晴らしい公演でした。

配役

項羽(武戯) 王立軍
項羽(文戯) 孟広禄
虞姫 趙秀君
劉邦 張克
韓信 馬連生
李左車 盧松
虞子期 姫鵬
項伯 李文英
閔子期 張毅
馬丁 李秀成
周蘭 王俊
鍾離昧 / 呂馬童 王連成
夜警 石暁亮 / 劉樹軍 / 孫雨生 / 陳建波

あらすじ

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