塾長の鑑賞記録

南へ(NODA・MAP)

2011/03/30

池袋の東京芸術劇場中ホールで、NODA・MAPの「南へ」を観ました。主演は妻夫木聡と蒼井優、脇を固めるのはおなじみ渡辺いっけいや高田聖子ら。妻夫木聡のNODA・MAP出演は2007年の「キル」以来2度目(高田聖子もそう)、蒼井優は、NODA・MAP出演も彼女の舞台を私が観るのも初めてです。

開演30分くらい前にホール内に入ると、BGMはJohn Denver(ちょうど「Rocky Mountain High」でした)。舞台上には立方体状に組まれたパイプが部屋のかたちを示していて、その床の部分は板敷のような大雑把な模様が能舞台を連想させます。背後には岩肌のような壁があってドアがつけられており、さらにその背景には巨大な火山が描かれていて、山頂から噴き出している噴煙は立体的な実体をもって舞台上の屋根に伸びていました。そのうち場内アナウンスで野田秀樹自身の声により、震災の被災者へのお悔やみと、社会の過剰反応に対する彼の考え(劇場の火を消してはならない)が述べられるとともに、この芝居が天災を扱っていることへの注意喚起がありました。


唐突に雅楽が鳴り響き、アンサンブルたちが一瞬行き交った後に舞台上に出現するのは、活火山の火口付近にある火山観測所。3人の男が暴れている1人の女を抱きかかえるようにして入ってくるところから芝居は始まります。長年にわたり噴火の兆候もなく穏やかに煙を吐き続けてきたこの火山に突然の闖入者として現れた女・あまね(蒼井優)と、この観測所に前触れもなく赴任した南のり平(妻夫木聡)のやりとりは意味深。あまねに自分が南のり平であることを証明しろと言われたのり平は、IDカードを見せるもののこんな安っぽいのだめよと言下に否定されてしまいます。

じゃあ立派?これ立派に証明している?あなたがあなたであると。いいの?こんな半分口を開けた写真に自分であることの全てを託していいの?

最初は反発していたものの、次第に自分が誰であるかの記憶が曖昧であることに気付いたのり平の不安をいったん横に置いて、舞台はこの火山観測所と麓にある「下の旅館」の二カ所を行き来しながら進みます。この場面転換が非常にスムーズで、地震によってガタガタと揺れる音を役者たちが机や椅子で出しながらその配置を変えるといつの間にか場面が変わっているという具合。その「下の旅館」では怪しげなVIP(野田秀樹)たちが火山への天皇行幸の前触れとして振る舞い、その姿は舞台上をそのまま300年前の江戸時代に移して歴史の繰り返しとして重層的に示されますが、結局彼らは偽者であることが明らかになっていきます。しかし、詐欺師であることを明らかにされたVIPはいっとくけどさあ、この国の歴史は天皇を利用した詐欺の積み重ねなんだよと開き直ります。

「天皇」がこの国の精神的な支柱を示していると考えれば、この言葉は日本人の行動原理の拠り所がいかにあやふやなものであるかを端的に告発していると言えそう。しかし、そうしたあやふやなもののために300年前のノリヘイは危険を知らせるべく行幸の列に向かって走り、噴火に巻き込まれて死んだ……かに見えたり、切腹させられ……たかに見えたり。特に切腹を迫られる場面、行幸の列の一行が静かに軍帽をかぶるとシームレスに天皇の軍隊の行軍に変身するマジックにはぞっとさせられます。

こうしたストーリー変更は、現世でのインタビューの中で語り部となったあまねが噴火のスペクタクルを求めて集まった報道陣の求めに誘導されたものであることも皮肉ですが、その報道のために自分の顔が全国津々浦々に映されていたことに気付いたあまねは私は連れ戻されると震えだし、彼女自身の口によって「白頭山」というキーワードと共にその出自が明らかにされます。

ええ、から来たの。それで合点はいく?記憶を失くした日本人。ずっと、ずっと夢遊病のように生きている日本人。あなたが記憶を失くした日本人だと知って、すべての合点がいったように、もしも私が、その来た方角から来た人間であったとしたら、合点はいくの?何故嘘をつきつづけなくてはいけなかったのか?何故、私が記憶を学ばなければいけなかったのか?何故日本語を学んだのか?何故この場所からどこへも行きたがらなかったのか?何故私がもう1人の私に監視され続けなくてはいけなかったのか?そして、何故私があなたの目の前から、まるで連れ戻されたかのように、消えてしまったのか。

そしてあまねは、たびたび舞台上に忽然と姿を現した「あまねに似た少女」(黒木華)との最後の対峙の中で、自分を「南のり平」と名乗ってIDカードを示しますが、次のように詰問されます。

じゃあ立派?これ立派に証明している?あなたがあなたであると。それに……のり平というのは、ふつう男の名前よ。日本では

次の瞬間あまねは、この芝居の冒頭に流れた大音量の雅楽の音と共に踏み込んで来た男たちに捕らえられて、引きずり出されていきます。腕を伸ばして救いを求めるあまねと、彼女を振り返ることすらできないのり平。最後に力を失ったあまねの姿は、後方のドアの向こうへ消えていきました。

間。

舞台は平穏な火山観測所に戻り、のり平はそこに日常を取り戻しかけたかに見えましたが、ふと「南へ。もしくは、昔、南を名のった日本人へ」と宛てられた手紙を見つけて惑乱。おい、日本人、おれは誰なんだ?というのり平の悲痛な叫びも、火山観測所の所長が大音量で鳴らすテレビの野球中継の音にかき消されて、そしてのり平は暗転してゆく舞台の背後に下手へ通じる吊り橋の上をゆっくりと下がってゆきます。歩みの途中で「北」の帽子をかぶった姿に変じて。


「南へ」は裏返せば「北から」。このように反芻してみれば、火山の噴火にまつわるドタバタに見せかけたこの戯曲の真の主題が見え、そのタイトルの意味もわかってきます。しかし、実際のところ舞台上は絶叫調での早口な台詞の応酬と容易には理解しがたい謎めいた筋運びとで観る者の没入を拒んでいるように思え、終わったときには「うーん、これは……」というネガティブな印象をもってしまいました。

蒼井優の声質は予想外に金属質で、その叩き付けるようなきつい台詞回しは耳につき、一方の妻夫木聡の鼻にかかった声と軽薄さを装った演技にも馴染めず、さらに渡辺いっけいも単調な役どころに終わっていたように感じます。高田聖子ほかのベテラン脇役陣は俳優としてしっかりと台詞を客席に届かせており、さらに場面転換の鮮やかさ、とりわけ「あまねに似た少女」がいつの間にかそこに存在している不思議さは見事でしたが、全体としてこの作品が成功していたと言えるかどうかは、微妙。

なお「南のり平」という名前から「南へ」を取り除くと「の・り・い」、並べ替えれば「祈り」という言葉が残りますが、これは偶然?パンフレットには、それらしき言及は一切ありませんでしたが。

キャスト

南のり平 / ノリヘイ 妻夫木聡
あまね / アマネ 蒼井優
里長 / サトオサ 渡辺いっけい
ミハル / ハルミ 高田聖子
道理 チョウソンハ
あまねに似た少女 黒木華
ミハレ / ハレミ 太田緑ロランス
帝の御毒味 / 帝の巫かんなぎ 銀粉蝶
人吉 / ヒトヨシ 山崎清介
妃の御毒味 / 妃の巫 藤木孝
VIP / 役行者 野田秀樹