ノートルダム・ド・パリ / デューク・エリントン・バレエ(牧阿佐美バレヱ団)
2003/08/24
Bunkamuraオーチャードホール(渋谷)で、「ローラン・プティの世界」(牧阿佐美バレヱ団)から、まず「ノートルダム・ド・パリ」。
ローラン・プティの作品をしっかり観たことはこれまでほとんどなく、世界バレエフェスティバルでのいくつかの小品・抜粋のほか、ドミニク・カルフーニが踊る「失われた時を求めて」やジジ・ジャンメールの「羽を使った私のトリック」をテレビで観たことがあるくらいです。そんなわけで、今回はしっかりローラン・プティの作品を観ておこうというのが目的の一つ。もう一つの目当ては、日本人ダンサー上野水香のダンスを実際に見ること。文春新書『バレエの宇宙』(佐々木涼子著)の中で足を垂直に上げる動作に絶妙の装飾的アクセントをつけ加える信じがたいダンサー
と紹介されていた彼女を一目見ようというわけです。
「ノートルダム・ド・パリ」はローラン・プティが1965年に振り付けた作品。映画で有名な「ノートルダムのせむし男」と言った方がわかりが早いですが、ヴィクトル・ユーゴーの原作をバレエ化したもので、イブ・サン=ローランの鮮やかな色彩の衣装と、大仕掛けの装置、重厚で現代的な音楽があいまって、実にシアトリカルな作品になっていました。特に群舞の場面でこれらの道具立てが効果を発揮しており、クラシックとコンテンポラリーの中間のような振付けがストーリーをきびきびと進めていきます。とはいえ、2幕13場を2時間ほどに収めており、場面転換は暗転によってつないでいてかなりせわしない印象も正直否めず、最後のエスメラルダの死の場面もあっさりし過ぎていて、もう少し余韻がほしいと思いました。
配役は、美しいエジプト娘エスメラルダを上野水香が踊り(日によってルシア・ラカッラ)、カジモドはパリ・オペラ座バレエのジェレミー・ベランガール、副司教フロロは小嶋直也、隊長フェビュスはアルタンフヤグ・ドゥガラー(モンゴル国立バレエ団。後日知ったことですが、モンゴルのバレエの伝統は極めて長く、素晴らしいダンサーがたくさんいるそうです)。フロロの小嶋直也はキレのいいダンスを披露し、ベランガールも右腕をひきつらせたように上げた姿で巧みにカジモドの感情の動きを表現してみせましたが、1幕3場で登場したエスメラルダの蠱惑的なソロや2幕11場のエスメラルダとカジモドの幻想的なパ・ド・ドゥでの上野水香は、やはりひと味もふた味も違っていました。群衆の中からタンバリンを叩きながら姿を現した上野水香はのっけからオーラを発しており、安定したスピーディーなシェネ、どこまでも高く上がる足を維持したままのプロムナードと静止。何よりも足の甲の表現が美しく、オペラグラスを借りるのを忘れたことを後悔しました。
なお、カーテンコールでは主役4人のほか、ローラン・プティその人が舞台上に現れて拍手喝采を浴びていました。2階席はけっこう空いていたので、観客の立場ながらちょっと申し訳ない気分。
2003/08/29
……というわけで今度は「デューク・エリントン・バレエ」。おなじみデューク・エリントンの曲が次々に流れ、その上でダンサーたちがファッショナブルなダンスを繰り広げるという趣向です。レンガ積みの壁を模した背景の前で、ライトショーのように素晴らしく凝った照明と名曲の数々が楽しく、フランスらしいレビューのような楽しさが随所に見られます。幕開けの「The Opener」はジェレミー・ベランガールのソロで、ジャズのリズムがよく似合う躍動的なダンスを披露し、ここから群舞で、あるいは2人、3人でと組み合わせをさまざまに変えて多彩なダンスが展開します。
この日はルシア・ラカッラも登場し、「Don't Get Around Much Anymore」「Afrobossa」「Sophisticated Lady / Satin Doll」といずれも少人数の男性ダンサーを従えてしゃれた華のあるダンスを見せました。素晴らしいプロポーション、すらりと真上に上がる足、言わずもがなの美貌と表現力はローラン・プティのミューズと言われるのもうなずけます。また、草刈民代は真っ赤な衣装で長い「Ad Lib on Nippon」を情熱的に踊りました。ジェレミー・ベランガールとバンジャマン・ペッシュの2人のオペラ座プルミエ・ダンスールも「Mood Indigo / Dancers in Love」「The Telecasters」でそれぞれ若々しいソロを踊って喝采を浴びましたが、自分にとってこの日一番感動したのは、ホセ・アルダイール・アコスタ・ロドリゲス、ファビオ・ライムンド・デ・アルメイダ・アラガオ、クリス・ジョブソンの褐色の3人(ブラジルまたはジャマイカ生まれ)が踊った「Come Sunday」です。これはほぼ無伴奏の叙情的な女性ソロボーカルの上で静かで力強い印象的な踊りを踊るもので、幻想的な照明、バックの効果的な映像とともに、曲とダンスの高い精神性が一つにまとまった素晴らしい作品でした。
上野水香は「Solitude」で8本のバーを小道具にソロを、「Cotton Tail」でチャップリン風のちょびヒゲに白塗りのルイジ・ボニーノとデュエットを踊り、しなやかな身体の動きとよく動く大きな目がとりわけ魅力的でした。特に客席やサポートの男性ダンサーに向けて垣間見せる目線と東洋的な微笑には、オペラグラス越しでもどきどきさせられました。また、「Cotton Tail」のメイクでのルイジ・ボニーノがボクサーの扮装をした男性ダンサーとコミカルに掛け合いをする「Happy Go Lucky Local」も面白かったのですが、アルタンフヤグ・ドゥガラーと男性ダンサーたちが(誰の演奏かはわかりませんが)見事なドラムソロに乗って力技の応酬を見せる「Hi-Fi Fo Fums」も見応えがありました。
いくつかの曲では演奏自体の魅力がまさっているように感じた部分もありましたが、最後に勢揃いしての「Take the "A" Train」では自然に手拍子が起こり、カーテンコールでまたしてもローラン・プティが現れると私の隣に座っていたおばちゃんが興奮して舞台に向かって奇声を発したのにはびっくり。「Take the "A" Train」は2回アンコールされ、ローラン・プティも楽しげに踊っていましたが、もう80歳に近い年齢のはずながらその姿はいかにも若々しく、まだまだエスプリの利いた粋な作品を我々に届けてくれそうです。