くるみ割り人形(マシュー・ボーン)
2004/03/20
マシュー・ボーンと彼のカンパニー“ニュー・アドベンチャーズ”による「くるみ割り人形」を、東京国際フォーラムのホールCで観ました。マシュー・ボーンはAMPの「白鳥の湖」でその斬新な解釈の妙味を知っていたので、今回もあの古典バレエの名作がどのようにアレンジされているかと楽しみにしながら会場に向かいました。
最初に小さな序曲に乗って舞台袖からパジャマ姿の子供たちが次々に現れ、それぞれの性格を示す表情を見せた後、皆で幕を引き下ろして始まる第1幕は、本来の(?)「くるみ割り人形」なら裕福な家庭のクリスマスパーティーの場面から始まるところがなぜか孤児院が舞台で、そこでは普段しいたげられている孤児たちと冷酷な院長夫妻、恐ろしく意地の悪いその息子と娘が登場します。この息子フリッツ(フィリップ・ウィリンガム)が怪演とも言えるほど表情も仕種も嫌なヤツで、娘シュガー(ノイ・トルマー)ともども、前半では主役のクララ(ケリー・ビギン)を食っていた感じ。孤児院での孤児たちによる群舞に行進曲が使われているほか、一つ一つの曲が原作とはずいぶん異なるストーリーにぴったりマッチしています。
そして、深夜にプレゼントを盗もうと戸棚をあけたシュガーの目の前に突如等身大のくるみ割り人形が現れたときは、観ているこちらも心底びっくりしました。ロボットのような動きで部屋中を破壊して回るくるみ割り人形は恐ろしい迫力ですが、壁を打ち破ると窓の外に捨てられていた鉢植えのみすぼらしいクリスマスツリーが巨大化しているところが、原作をなぞっていてにんまりとさせられます。その後、人間の姿に戻ったくるみ割り人形(ニール・ウェストモーランド)とクララのとても美しいパ・ド・ドゥ。孤児院の奥壁が押し上げられると、そこは冬の王国。このバレエ・ブランでは孤児たちもスケートを楽しく滑っていますが、フリッツ=プリンス・ボンボンが投げつけた巨大な雪玉を頭部に受けたくるみ割り人形は一瞬気を失い、目を覚ましたとき目の間にいたプリンセス・シュガーに心を奪われてしまって、ここからクララの悲劇が始まります。
第2幕はお菓子の国。くるみ割り人形とシュガーの結婚式会場の入口には巨大かつド派手な口の形の入口があって、まるでThe Rolling Stones。その前で招待客たちが繰り広げる踊りが原作のディヴェルティスマンで、リコリスの3人組がスペインの踊り、袖から怪しく現れて終始ラリっているニッカボッカー・グローリー(これが最高!)はアラビアの踊り、マシュマロ・ガールズが中国の踊り、暴走族風のゴブストッパーはトレパック、といった具合。葦笛の踊りでシュガーとマシュマロ・ガールズが踊り、花のワルツでは舞台奥の巨大なケーキの上にキャラクターたちが勢揃いしてセクシーなダンスを踊ります。お菓子の国の住人の挨拶は、お互いの身体を指でなぞって味見するというちょっとエッチなもの。まるで、クララに大人の世界をこれでもかと見せつけているような感じです。
そしてグラン・パ・ド・ドゥの金平糖の踊りでは、シュガーとくるみ割り人形に後半クララとプリンス・ボンボンが加わってパ・ド・カトルとなり、シュガーとクララが目線で火花をばしばしと散らしているのがわかって緊迫!結局シュガーは恋の勝者となるのですが、クララと対峙したときに一瞬相手を思いやる表情になり、しかし次の瞬間には「仕方ないのよ、これが運命だから」というように屈折した勝利の笑みを見せながら去って行きます。
最後は、やっぱりハッピーエンド。ダンス・エンターテインメントとして観ればとても面白く、またこのバレエを深く知っている人には、オリジナルの曲が面白い解釈で使われていることを原作と対比させながら確認することもできて楽しいでしょう。ただ、一瞬の回転やジャンプ、手や足の表現だけで観る者の心を奪うようなダンサーの輝きを引き出すタイプの作品ではなく、AMP版「白鳥の湖」のアダム・クーパーのようなスターダンサーがいるわけでもないので、観る側も過剰な思い入れ抜きに気軽に楽しむつもりでこの舞台に接するとよいと思います。
あらすじ
第1幕
意地悪なドロス博士夫妻が営む孤児院。視察に訪れた役人たちのプレゼントは、役人たちが帰った後とりあげられて戸棚にしまいこまれてしまう。深夜目を覚ましたクララの前に、プレゼントの一つであったくるみ割り人形が巨大化して現れ、ドロス一家をこらしめた後、孤児院の壁を破って孤児たちに自由をもたらす。マスクを外したくるみ割り人形は、クララが想いを寄せていた孤児仲間のフィルバートだった。
2人は冬の王国へと旅立つが、プリンセス・シュガーとプリンス・ボンボンの悪だくみによってくるみ割り人形はシュガーに心変わりしてしまう。
第2幕
2人のキューピッドに導かれ、クララはお菓子の国へ。そこではくるみ割り人形とシュガーの結婚式が始まろうとしている。さまざまなお菓子のキャラクターの招待客たちが華やかな踊りを披露するが、招待状を持っていないクララは会場に入れない。それでもすきをついて潜り込んだクララの目の前でくるみ割り人形とシュガーは華麗に踊り、クララは幸福そうな2人の姿に絶望する。
……気が付くと、そこはあの孤児院。虚しい気持ちを抱えてベッドに戻ったクララの前にフィルバートが現れる。2人は手をとりあい、孤児仲間たちの祝福に見送られながら孤児院の窓から脱出していく。