アイーダ・ゴメス
2004/03/07
アイーダ・ゴメスの「サロメ」を、Bunkamuraオーチャードホールで観ました。スペイン国立バレエ団出身のアイーダ・ゴメスが自身の舞踊団を率いて踊り、映画監督カルロス・サウラが演出するフラメンコ・バレエという謳い文句に惹かれて、久しぶりにスペイン舞踊のチケットを買ったというわけです。全体は2部構成になっていて、前半が複数の小品、休憩をはさんで後半が「サロメ」になっています。
- スペイン組曲 *=アイーダ・ゴメスの振付
- ピアノやストリングスにギターを加えたクラシック編成の曲に合わせて男女6人ずつが踊るクラシコ・エスパニョール。黒いチョッキ姿ですっきりきめた男性と青を基調にしたたっぷりした裾をひるがえす女性との組み合わせが美しく、きりっとした身体の動きがいかにもスペイン的。
- アルマ・デ・オンブレ
- 鮮やかな赤紫のシャツの上に白い上衣とパンツの、アントニオ・アロンソのソロ。曲はビセンテ・アミーゴの御存じ『ポエタ』の終章にあたる「風の詩人」で、一部パーカッションのみの演奏の部分をループにするなど改編してあったようです。曲への思い入れがあり過ぎるせいかよくわからないダンスだなーと思いながら見ましたが、終わってみると会場は大拍手。
- メンサヘ *
- 暖色系の衣裳をまとった女性4人によるモダンなダンス。曲は引き続きビセンテ・アミーゴ。ギターとカホンが中心の緩やかな曲で、しっとりした回転に合わせて裾が朝顔のように優雅に開きます。
- ソシエゴ
- 男性6人でサパテアードやパルマを主体に、ソレア・ポル・ブレリアで踊ります。短いが熱い踊りで、回転するたびにダンサーの汗が飛び散るのが見えました。上品なスペイン舞踊もいいけど、やっぱりフラメンコの粋のような情熱が感じられるこの作品が、前半の一押し。「サロメ」でヘロデを演じるパコ・モラの振付。
- レベダード *
- 赤い衣裳に身を包んだ女性5人のフラメンコ。椅子にさまざまなポーズで腰掛けた4人に囲まれ、しんみりしたカンテに乗って中央の女性が神秘的なソロを踊り、チェロ、カホンとストリングスが入ってくると5人の群舞になって難しい回転が次々に決まります。「スペイン組曲」や「メンサヘ」でもそうでしたが、群舞の幾何学的でよく計算され洗練された動きが見事です。
- シレンシオ・ラスガド *
- アイーダ・ゴメスのソロ。黒とオレンジの衣裳とこれに合わせた照明の中で静かに登場しましたが、途中でマタドールがマントをひらひらさせるようにガウンを脱ぎ捨て、ぴっちりしたパンタロン姿になって威風堂々と踊ります。ダンスも肉体も凄い迫力……。最後は「アーイッ!」と声を上げてキメのポーズとなり、会場大拍手。ここで休憩。
- サロメ
- ローマ時代のユダヤ王のヘロデ(パコ・モラ)は兄の妻だったヘロデヤ(カルメン・ビリェナ)と再婚したが、その連れ子サロメ(アイーダ・ゴメス)に魅了される。母にも義父にもなじめないサロメは、ヘロデとヘロデヤの結婚を不義と非難して投獄されている洗礼者ヨハネ(ニコラス・マイレ)に惹かれ、思いを訴えるが拒まれ愛情は憎しみに変わる。ヘロデの前で官能的な踊りを踊って王の興を得たサロメは褒美にヨハネの首を求めてかなえられるが、自らも命を失い遺体となってヨハネの首に寄り添う……といったストーリー。随所に使われる中近東風の旋律を持つ音楽、車椅子を使った玉座とシンプルな舞台、効果的な照明が見事で、一気に聖書の世界へ連れて行かれる。禿頭のヘロデは存在感が大きく、舞台上を支配する力を持っているよう。そのヘロデにサロメが迫られる場面は見ていてこちらも緊張するほどです。変わって白いスカート風の衣裳を下半身にのみ着けたヨハネが登場する場面ではアルトの女声での歌が交えられて、サロメとは異世界の、宗教者らしいエキセントリックさが強調されます。鏡や月がサロメの心象を映し、サロメとヨハネの踊りから拒絶されたサロメが激情をもてあますような憎悪と怒りのソロへ。ヘロデとヘロデヤが登場し、3人の緊迫の背景で踊られる群舞の後に舞台上がシルエットになり、いったん下がっていたサロメが登場すると一同が息を呑み、ここからの煽情的な踊りが強烈でした。打楽器とチター(?)で始まった音楽に乗り、周囲を床に半身になって座る男女に囲まれて踊るサロメは1枚ずつ衣裳を脱いでいき、そのたびに音楽もダンスもヒートアップしていって、まるでベジャールの「ボレロ」のような興奮!そして、ついに客席を挑発するような表情を見せたかと思うと、最後の1枚を脱ぎ捨てて全裸になった瞬間に静寂。客席は驚愕に凍り付いてしまいました……(といっても、実際は薄衣を部分的にまとっている様子)。雷鳴(ヨハネの死)の後にサロメは銀盆のヨハネの首(ヨハネの首の周りに楕円形の銀盆を装着し、そこからカーテン状に衣を垂らした状態)と静かに踊りますが、最後に白布に巻き付かれて死を迎える場面はまるで怪異に取り憑かれたかのよう。そして、死によってようやくヨハネを手に入れたサロメ、という救いのないエンディングでした。
「サロメ」終了後にアイーダ・ゴメス舞踊団の全員が揃ってカーテンコール。といっても幕は降りておらず、横一列に並んで挨拶をすると後ろに下がり、いったん暗転して再び点灯するとまた前に出てきて拍手を受けるということの繰り返し。それにしてもいつまでたっても拍手はやまず、メンバーも舞台上を前後に何往復もしたところで、アイーダ・ゴメスが隣に立っているヘロデ役のパコ・モラを見上げて「どうする?」といった顔をすると、メンバーが下がって拍手が12拍子のパルマに変わり、一人一人が前に出て即興のフラメンコ大会。「サロメ」が救いのない終わり方だっただけに、これで最後を気持ち良く締めよう / 締めてほしいという感じがありあり。舞台上と客席が一体になってのパルマに乗ってコール・ド・バレエのメンバーやパコ・モラ、カルメン・ビリョナはスペイン舞踊そのものですが、面白かったのはヨハネ役のニコラス・マイレで、大きな身体をタコのようにくねくねとしならせながら彼の本職であるクラシック・バレエの動きをフラメンコのリズムに合わせて踊るのが異様で、会場の爆笑を誘っていました。そして、アイーダ・ゴメスが最後を締めて大団円。しかしこのサービスはもう1回あって、再び勢揃いしたメンバーが聴衆の拍手の前に立ったときまたしてもアイーダ・ゴメスがパコ・モラをさっと見上げると、パコ・モラが上衣を脱ぎ捨ててわけのわからないダンスを踊ります。しかし今度は短く終わり、最後にアイーダ・ゴメスがパコ・モラに抱え上げられて、聴衆に手を振りながら退場して幕が降りました。