塾長の鑑賞記録

祈りの大地 野町和嘉写真展 / 知られざるロバート・キャパの世界展

2004/05/05

行きつけの恵比寿のボルダリングジムへ行くついでに、久しぶりに東京都写真美術館に立ち寄ってみました。

三階の展示室に展示されていたのは、野町和嘉写真展。サハラの苛烈な風土とそこに暮らす民族の暮らし、エチオピアの古い様式を残したままのキリスト教信仰、さらにナイルや大地溝帯の自然など、いずれも大判で極めて鮮明な画像の中に「祈り」と「大地」が写し取られています。たとえばサハラのコーナーでは、地表に近いところを摩擦力のある重い砂が飛ぶために岩塔が巨大なキノコのように削られてしまったマッシュルーム・ロックや、見渡す限り平らな黄色い砂の大地の上にキャラバンの出発前の礼拝を行うリビアの男性の姿など、いずれもずっしりと重い作品が並んでいます。また、チベットで聖山カイラスを巡る五体投地を続ける仏教徒や中国の統治によって荒廃した仏教寺院都市の姿なども、仏教という宗教のダイナミズムと変遷を感じさせます。

しかし、白眉はやはりサウジアラビアのメッカに巡礼するイスラム教徒たちを写した数多くの作品群。特に、メッカのカアバ神殿に集う巡礼の大群衆には、文字通り圧倒されてしまいます。およそ数えることもできないほどの信徒が、中央の黒い立方体状の建物に向かって礼拝し、建物の近くでは渦を巻いて信徒たちが立方体の周囲を回っていて、画面からその場の熱気や喧噪がそのまま伝わってきそうなリアリティがあります。イスラム世界を巡っては近年いろいろな論評がなされていますが、この巡礼の中に入って彼らのメンタリティを共有しなければ、(とりわけ「信仰」とは縁遠い暮らしを営んでいる多くの日本人は)何かとんでもない誤解をしたままであり続けることになるのかもしれないと急に不安にさせられる写真でした。

なお、ここには次のような解説が付されています。

メッカでは人種も国籍も越えて、裸の一個人に戻って神とじかに向き合う。巡礼者たちは、社会的地位を象徴する一切の衣服を脱いで、イフラームと呼ばれる二枚の白布からなる巡礼着を着けるしきたりになっている。巡礼を通して人々が身をもって確認するのは、イスラームは一つであり、メッカを軸とした共同体の一因であるという連帯意識である。

会場を出たところで図録を買い求めたら、幸運なことにそこに写真家本人が来ていて、表紙の見開きのところにサインをしていただきました。

続いて二階展示室は、ロバート・キャパ(1913-1954)の写真。キャパの出世作である《崩れ落ちる兵士》を含むスペイン内戦での写真にフォーカスし、スペインの資料館・図書館の協力も得て日本で初公開となる作品群を展示するほか、パリでの日本人との交流、さらに日本訪問時の模様を多数の写真で綴るもの。特に日本訪問時のコーナーはキャパ自身が被写体となった日本漫遊記の趣きがあって、キャパ自身の作品は多くありません。ただし、キャパはこの最初で最後の日本訪問の途中で「ライフ」誌の要請を受けインドシナ戦線へ赴き、そこで亡くなることになるので、死の直前のキャパの姿を見るという意味では貴重です。

これらの写真を足早に見て回っていた自分は、最後に掲示されていた一枚の写真に注目することになりました。

▲《進撃(インドシナ)》

その写真は平原に散開して左奥へ進むフランス兵を背後から撮ったもので、兵士の中には銃を肩に担ぎ上げた姿の者もおり、それほど緊迫した場面ではないように見えます。画面中央奥から右手前に向かって土手が空間を仕切っていますが、キャパはよりよい構図を得るためにこの土手に上がろうとして地雷に触れ、亡くなってしまいました。つまりこの写真はキャパが最後に撮った一枚であり、その画面の中の目に見えないどこかにキャパの命を奪った死神が隠れているという写真なのです。