塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

法界坊

2005/08/28

午後、ふと思い立って、歌舞伎座の幕見席を狙って東銀座へ。この日は、8月納涼歌舞伎の楽日で、しかも最後が串田和美演出・美術 / 中村勘三郎丈出演の「隅田川続俤 法界坊」だから混むだろうなとは思っていましたが、開演2時間前に着いたのにもう長蛇の列で「お立ち見になります」と言われがっくり。しかし、入れ替え時刻になって歌舞伎座の四階へ駆け上がってみれば、なんとかあいている席を見つけることができて、ラッキーでした。

舞台上は両側に中村座の二階建ての客席がしつらえてあって、江戸の芝居見物の風情の人形が数十体。舞台真ん中では料理茶屋とその前に緋毛氈をかけた床几。そこへ次々と登場人物が現れるのですが、どれも真面目に演じているように見えて微妙に(あるいははっきりと)おかしい。まずは勘太郎丈の山崎屋勘十郎は、扇雀丈のお組に惚れていて、障害物競走のように床几の上を何度も往復して凄いテンション。その勢いに圧倒される扇雀丈の仕種も、品があるようでいてコミカル。七之助丈の野分姫は姫言葉のスローテンポに周囲がついていけないし、この後なにかというと懐剣を抜こうとするアブナイ姫です。唯一まともな時代の演技をしているかと見えた福助丈の要助も、野分姫やお組にたじたじとさせられる姿が笑わせます。そして勘三郎丈の法界坊が登場すると、万来の拍手、掛け声。

背後からセットが前方へせり出してきて店内の座敷に移ると、福助丈と扇雀丈が痴話喧嘩を演じている間に背後で勘三郎丈、ついで勘太郎丈のマイムが抱腹絶倒。七之助丈までちらっと絡んでのどたばたも、亀蔵丈の番頭が出てきてやっとまともな芝居になったと思ったら、百両の借用証文を黒衣が要助のために代筆して要助もむっとし、その要助がいなくなると番頭が本性をあらわしてお組に言い寄る演技がこれまた強烈。まるでエイリアンのように目をむきながら全身をねじれさせ、次々に怪異なポーズを決めながら畳の上をにじり寄っていくキレ方は尋常ではありません。そしてこの後に法界坊が、要助がお組の間男である証拠としてお組から要助への恋文をひけらかすところでびっくり仰天。手紙を下手の人形に見せびらかしたら、その人形が動いた!人形と見えたうちの何体かは、役者が顔に人形風の薄かぶりものを(強盗がストッキングをかぶるみたいに)かぶっていたのでした。

八幡裏手の夜の場面での「しめこのうさうさ」やだんまりでの提灯ボレーシュートに腹を抱えた後は、二幕目、三囲土手の場。ここで法界坊は弥十郎丈の権左衛門、さらに野分姫をためらいもなく殺してしまうアウトロー振りを示すのですが、この幕はせっかく照明も舞台前方ローアングルから照らし、さらに赤や青、緑のサイケな色合いでこの世らしさをなくしているのですから、笑いの要素を減らして法界坊の凄みをもっと強調してもらいたかいようにも思いました。橋之助丈相手に「お若えの、お待ちなせえ」は「御存鈴ヶ森」の、橋之助丈が額を割られて激高する場面は「夏祭浪花鑑」の、それぞれパロディでしょうか?ついには橋之助丈の甚三郎に斬り伏せられた法界坊の霊は野分姫の霊と合体し、あしゅら男爵のようなメイクになって宙乗りで消えていきます。

大喜利、隅田川の場「双面水照月」は、舞台正面上手側に竹本、下手側に常磐津の出語りで、勘三郎丈が野分姫と法界坊の合体霊を演じ、野分姫の供養の炎から暗転後にロウソクの光の中セリ上がってきて、スッポンの位置で赤姫姿から黒振袖に変身。後見が付いていたから引抜きかとも思いますが、変わるときに完全に暗くしたから入れ替わったのかも?ともあれ、最初はお組と同じ振りでおとなしく踊っていましたが、徐々に野分姫と法界坊が分離してくるところが見どころで、特に法界坊が表に出るときの荒々しい所作と凄みのある表情が恐怖です。激しく回転しながらセリに消えた野分姫 / 法界坊が最後は悪霊姿に変じてスッポンから現れ、押し戻しの甚三郎が抱える巨大な一軸の威徳に見得を切って幕。

しかしお客もよく知っていて、カーテンコール期待の拍手がやみません。もちろん期待に応えて幕が開き、出演者が舞台上に勢揃い。左右の人形たちも立ち上がってきましたが、その中には大喜利では出番のない弥十郎丈もおり、さらに舞台中央に導かれた羽織姿は串田和美その人でした。これにはお客も大喜び。法界坊人形の宙乗りというサービスをはさんで二度目のカーテンコールはスタンディングオベーション。こんな歌舞伎座は初めて見ました。

5月の野田秀樹、7月の蜷川幸雄、今月の串田和美と「異業種」の演出家の手になる歌舞伎を立て続けに見て、どれもそれぞれに面白く、かつ現代演劇の演出家が歌舞伎のフォーマットに挑戦し、それを歌舞伎俳優ががっちり受け止めるのを見て歌舞伎の可能性が広がるのに心強く思いもしましたが、さすがにこれだけ新演出が続くと、そろそろ歌舞伎本来の重厚な演目が恋しくもなってきました。

さて、次は何を観ようか。

配役

聖天町法界坊 中村勘三郎
永楽屋娘お組 中村扇雀
山崎屋勘十郎 中村勘太郎
女船頭おさく
野分姫 中村七之助
番頭正八 片岡亀蔵
澤田弥九郎 中村源左衛門
若党山上文治 片岡市蔵
永楽屋権左衛門 坂東弥十郎
道具屋甚三郎 中村橋之助
永楽屋手代要助実は吉田松若 中村福助

あらすじ

堕落し切った願人坊主の法界坊は永楽屋権左衛門の娘お組にひと目惚れするが、お組は手代要助と恋仲でもとより法界坊には目もくれない。要助は実は御家再興を期す吉田家の嫡男松若で、野分姫という許嫁のいる身。法界坊はそんな要助を陥れようとするが、吉田家の下僕で道具屋に姿を変えている甚三郎に暴かれ失敗。その腹いせにお組を誘拐しようとするが、これまた失敗。さらに今度は野分姫をかどわかそうとするが、拒否されると『お組との仲にはじゃまだから殺すよう要助に頼まれた』と偽って野分姫を斬り殺す。しかしその法界坊も、甚三郎の手に掛かってあっけなく絶命……と思いきや現世に恨みを残す野分姫と合体霊となって姿を現し、要助実は松若とお組を苦しめる執念深さを見せるものの、ついには鯉魚の一軸の威徳に祈り伏せられる。