塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

児雷也豪傑譚話

2005/11/26

新橋演舞場で菊五郎劇団の「児雷也豪傑譚話」。黙阿弥の複雑な筋書きをすっきりスピーディーなものに仕立て直し、菊五郎丈が随所にスターウォーズを念頭に置いた演出を加えたものだそうで、初演が昨春の名古屋御園座、さらに今春の京都南座を経ての東京での披露目となります。

発端は京都・鞍馬山山中。ここで大蛇丸(松緑丈)が月影照友にとりいるきっかけを作るのが大蛇のぬいぐるみで、スモークとともに現れぐるぐると派手に立ち回るのがなかなかの名演技。赤く光る目が不気味で、実によくできています。続く序幕第一場でまだ子供の雷丸と綱手姫が大蛇丸によって崖から谷底へ突き落とされるのですが、ここで紗幕のぼんやりした光の中で黒衣が子供を抱え上げ、子供がうわー!と叫びながら手足をじたばたさせている間に背景が上へ上がっていって墜落を示す演出が施され、そのまま菊之助丈がせり上がってきてはっ、今のは夢だったのかと谷底術譲りの場へスムーズにつながるあたりの工夫が見事。

鶴岡八幡社頭の場でいよいよ御大・菊五郎丈登場。廃嫡されそうになった月影太郎照行(松也丈)が悔しさをこらえきれないところをじっと目で諭すあたりの芝居がさすがの貫禄でしたが、ここは松也丈も大きな拍手を受けていて、ここでのシリアスな演技が後での鹿六娘お辰で生きてきます。

序幕第四場は「藤橋だんまりの場」。ここでいよいよ蝦蟇・大蛇・蛞蝓の妖術合戦となり、三匹の着ぐるみが激しく戦います。特に蛞蝓の着ぐるみの表面がビニール(?)でできていてあのぬらぬら感がよく再現されていましたし、時折三匹でびしっと見得を切るのがおかしくてお客は大喜び。そして大蛇丸が蝦蟇めがけて鉄砲を撃つと、背中がぱかっと割れて中から大鷲に乗った児雷也が現れ宙乗りになりますが、このとき正面にスクリーンが降りてきて飛んでいる菊之助丈を正面から映してくれる大サービス。

休憩後の第二幕は八鎌鹿六屋敷から。下座音楽はビバルディの「四季」で始まり、舞台上の調度も妙にバロック風?いつもは怖い敵役の團蔵丈が恐妻家の役で、奥方のブランド好きを嘆いてヒロシです。いくら金があっても足りんとですとたそがれます。そして「ボレロ」の旋律とともに入ってきた妻お虎(菊五郎丈)は分厚い化粧、背中にカラフルな羽飾りを孔雀のように広げ紅白歌合戦での小林幸子か美川憲一かという感じで場内騒然。しかも、一応女性の役なのに椅子にかけるときに野太い声でよっこらしょ!とやっています。続く松也丈の娘お辰も着物の胸を軽くはだけたところにタトゥーは入ってるし茶髪をピンクのラビットリボンでまとめているし化粧はきれいだしでブリブリ。そこへやってきた巫女宝子(実は児雷也)の菊之助丈は、椅子に座ってふきだしそうになるのを必死にこらえている様子です。そしてかろうじて鹿六と芝居を続けるのですが、その間舞台上手側では茶坊主珍斎(橘太郎丈)を先生にお虎とお辰がヨガの稽古をしていて、観ているこちらも三人の様子が面白くて仕方ないので芝居そっちのけになってしまいます。負けじと團蔵丈もケータイをとりだして宝子のメールアドレスを聞き出そうとしていましたが、教えてもらったのは新橋演舞場のウェブサイトのURL……。ちなみに、最後に菊之助丈が七三でのぶっかえりで児雷也の姿を現しば〜かめ〜!と言い捨てるのは、「河内山宗俊」のパロディでしょうか。

打って変わって月影館奥殿の場は重厚な時代の芝居となり、今出川中納言(実は児雷也)のノーブルかつ涼やかな台詞回しが巧みですが、大膳や鬼平太との名刀問答で追いつめられ、ついにたっはっは!と海老蔵丈そっくりのやけくそ笑いで弁天小僧ばりにくだけてみせます。この後の、児雷也・綱手・大蛇丸の桜の花散る中での立ち回りと見得がいかにも様式的で美しいものでした。

大詰、箱根熊手屋での「摂州合邦辻」風のエピソードでほろりとさせて(このときの亀治郎丈の綱手の横顔がきれいで見とれてしまった……)、最後の地獄谷。下からの風にあおられた赤い布が照明の効果で本物の炎のように赤々と燃え上がり、火粉四天たちが各種太鼓や銅鑼、笛などの激しいビートに乗って踊りまくるところへ、舞台の頭上はるかから赤い布に腕をかけて降りてきた児雷也と火粉四天の銀色に光る棒を使った立ち回りがスピード感にあふれていて素晴らしく、続いて綱手の立ち回りでは火粉四天は新体操のリボンのように赤い布を激しく上下させ、綱手も負けじと舞台中央で連続回転。バックの太鼓の連打とあいまって、息もつがせない全力での立ち回りが続きました。そしてついに児雷也が手にした浪切の剣はライトセイバーのように光を放ち(音まで真似てくれたらもっとよかったのですが……)、妖蛇の本性が宙高く真っすぐ登って消えて、大団円。

派手な立ち回りとケレンの数々、スピーディーな場面転換で飽きさせない構成は、この新橋演舞場をホームグラウンドとする猿之助一座のスーパー歌舞伎を彷彿とさせます。そして菊之助丈がほとんど立役で通して、しかも児雷也・巫女・朝廷勅使と表現を巧みに使い分けていたのがあまりにも見事。笑わせるところは思い切り笑わせ、泣かせるところはしっとり見せた筋書も、最後に大蛇丸が改悛するあたりが都合良過ぎる感じではありますが、メリハリがきいていました。こういう破天荒も大胆な工夫もみな飲み込んでしまう柔軟さが、「伝統芸能」の枠にとらわれない歌舞伎の良さなのだなと改めて思い知りました。

配役

児雷也 尾上菊之助
大蛇丸 尾上松緑
綱手 市川亀治郎
月影群領照友 河原崎権十郎
相馬夜叉五郎 坂東亀三郎
恩田鬼平太 坂東亀寿
片桐大膳 片岡亀蔵
乳母袖垣 坂東秀調
仙素道人 尾上松助
月影太郎照行 尾上松也
鹿六娘お辰
八鎌鹿六 市川團蔵
茶坊主珍斎 坂東橘太郎
熊手屋慾四郎 坂東彦三郎
熊手屋女房お松 市村萬次郎
娘あやめ 中村芝雀
高砂勇美之助 尾上菊五郎
鹿六女房お虎

あらすじ

幕府の執権職に任じられた月影郡領は、武勇に優れた若者・大蛇丸を養子に迎える。しかし、実はこの大蛇丸こそ、この世を魔界にかえようと企む蛇の化身だった。その妖術に操られた郡領は、盟友である大名・尾形左衛門と松浦将監を滅ぼし、尾形の嫡子・雷丸と松浦の息女・綱手姫を谷底へ突き落とす。

しかし二人は仙人の仙素道人によって命を救われ、やがて成人した後、雷丸は児雷也という名と蝦蟇の妖術、綱手は蛞蝓の妖術をそれぞれ授けられる。そして大蛇丸の野望を打ち砕くため、その鍵となる名剣・浪切丸を求めて旅立つ。一方、成人した大蛇丸も今では月影家の主となり、絶大な権力を振るっていた。

義賊となった児雷也は、一度は大蛇丸の妖術に破れるが、生き別れになっていた姉・あやめの犠牲によって力を取り戻し、浪切の剣を手に入れるため硫黄の噴出す地獄谷へと突き進む。後を追った大蛇丸との立ち回りの末、浪切の剣の霊力によって大蛇の本性は浄化され、緒方・松浦の家名再興も許されて、三人は国づくりに力を合わせることを誓い合う。