義経千本桜

#273

2007/03/17

「義経千本桜」の通し(「鳥居前」から「奥庭」まで)を歌舞伎座で。四年前にも通しで観たことがあり、そのときも今回も佐藤忠信は菊五郎丈、義経は梅玉丈の組み合せ。しかし平知盛は吉右衛門丈→幸四郎丈、いがみの権太は團十郎丈→仁左衛門丈と替わっているので、そのへんの違いを観るのが今回の楽しみです。

「鳥居前」。梅玉丈は品格が衣裳を着て舞台に立っているようで、もはや義経といったらこの人以外に考えられないという感じ。静は福助丈で、失礼ながらちょっと品の悪い役柄での印象がここのところ強かったのですが、やはり赤姫もいいじゃないですか。で、忠信(菊五郎丈)の荒事芸。鎧拝領の場面での力強い台詞術、そして幕切れに七三に立って狐六法に移ろうとするところでの見得が凄い迫力で、フハーッ!と息を吐き出しながら目つきを変えると、場内に妖気が満ちました。

「渡海屋・大物浦」は吉右衛門丈と幸四郎丈の違いがはっきりと感じられました。前段の「渡海屋」は世話物、そこでの銀平は侠客らしいくだけた肚の太さが魅力なのですが、これに関しては吉右衛門丈の独壇場でした。ところが衣裳が改まって白装束に銀烏帽子の平知盛になり、「大物浦」で時代物の武将としての演技になると幸四郎丈の大きさが生きてきます。どちらがうまいとか合っているとかいうことではなく役の解釈の違いなのでしょうが、役者によって(兄弟なのに)こうも違うものかと面白く見ました。一方、藤十郎丈が銀平の女房お柳実は典侍の局を演じるのもこの幕の見どころで、お柳では夫の日和見名人ぶり自慢がいかにも世話女房、ところが十二単の典侍の局に改まっていかに八大竜王と朗々と述べる台詞には貴人の品格。見事な演じ分けに感動。「大物浦」の最後、知盛は「見るべき程の事をば見つ」と言い遺して碇とともに沈んだという壇ノ浦の故事にならって、大碇を投げて仰向けに海へ落ちました。弁慶の吹く鎮魂の法螺貝が泣かせます。

「道行」は芝翫丈の静に、なんと仁左衛門丈の逸見藤太という御馳走。この逸見藤太がまた秀逸で、花道での家来たちとのコミカルなやりとりに場内大笑い。

夜の部は「木の実・すし屋」。主人公の権太を粋で小気味のいい悪党として演じるのが江戸式で、一方人形浄瑠璃の原作に近くあくまでも下市あたりのごろつきとして演じるのが上方式。さらに細かくみれば前者には菊五郎型と団蔵型、後者には鴈治郎型と延若型があって、主人公の性格の違いから派生して着付けや鬢・髷、ポイントごとの立ち位置、目の使い方、しぐさ、小道具の使い方、大道具のつくりなどいろいろ違います。前回の通しでは團十郎丈の権太なので当然江戸式、これに対して今回は仁左衛門丈が上方の演出で演じるのがポイントです。「木の実」ではこの権太の上方言葉で畳み掛けてくる小悪党ぶりがとりわけ面白く、まさにあーいえばこーゆう風のごんたくれ。そんな権太が「木の実」の最後で親子や夫婦の情愛を見せるのが「すし屋」の悲劇につながっていて、維盛の妻子の身代わりに自分の妻子を差し出すあたりで松明の煙に涙を隠すそぶりや虫の息でのたまったもんじゃあ……の台詞に、政治の駆け引きの中で無駄死をすることになった権太の哀れが観客の胸にひときわ迫ってきます。

「川連法眼館」は何度も観ている演目で、音羽屋型はケレンを抑えて源九郎狐の親(初音の鼓)に対する情愛の深さを強調する演出。ここに至って、全編を通していろいろな親子関係が登場していることに気付きました。義経は幼い日に父・義朝を討たれ、親とも慕う兄・頼朝にも今は追われる身。平知盛は平家一門の怨みを晴らすために幽鬼のような姿になって義経主従に舟いくさを仕掛けたものの破れましたが、諸々の不幸が父・清盛の非道に由来することに思い至ることで、かえって呪縛から解かれ身を投げられます。そしていがみの権太は父を救おうと打った芝居のために父に刺されて死にます。こうして見ると、幸福な親子関係を築き直すことができたのは狐だけというこの狂言の皮肉な構図が見えてもきます。最後に役者が勢揃いする「奥庭」がついて、大団円。

出演

鳥居前 佐藤忠信実は源九郎狐 : 尾上菊五郎
静御前 : 中村福助
亀井六郎 : 中村松江
伊勢三郎 : 坂東亀三郎
駿河次郎 : 坂東亀寿
片岡八郎 : 市川男女蔵
笹目忠太 : 片岡亀蔵
武蔵坊弁慶 : 市川左團次
源義経 : 中村梅玉
渡海屋
大物浦
渡海屋銀平実は新中納言知盛 : 松本幸四郎
源義経 : 中村梅玉
相模五郎 : 中村歌六
亀井六郎 : 中村松江
伊勢三郎 : 坂東亀三郎
駿河次郎 : 坂東亀寿
片岡八郎 : 市川男女蔵
入江丹蔵 : 市川高麗蔵
武蔵坊弁慶 : 市川左團次
女房お柳実は典侍の局 : 坂田藤十郎
道行初音旅 佐藤忠信実は源九郎狐 : 尾上菊五郎
逸見藤太 : 片岡仁左衛門
静御前 : 中村芝翫
木の実
小金吾討死
すし屋
いがみの権太 : 片岡仁左衛門
鮓屋弥左衛門 : 市川左團次
弥助実は三位中将維盛 : 中村時蔵
主馬小金吾 : 中村扇雀
お里 : 中村孝太郎
梶原の臣 : 澤村由次郎
同 : 大谷桂三
同 : 尾上松也
同 : 澤村宗之助
猪熊大之進 : 松本錦吾
お米 : 坂東竹三郎
若葉の内侍 : 中村東蔵
小せん : 片岡秀太郎
梶原平三景時 : 片岡我當
川連法眼館
奥庭
佐藤忠信 : 尾上菊五郎
佐藤忠信実は源九郎狐
源義経 : 中村梅玉
静御前 : 中村福助
亀井六郎 : 市川團蔵
駿河次郎 : 坂東秀調
伊勢三郎 : 片岡亀蔵
片岡八郎 : 大谷友右衛門
川連法眼 : 坂東彦三郎
飛鳥 : 澤村田之助
横川禅司覚範実は能登守教経 : 松本幸四郎

あらすじ

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