鎌倉三代記 / 増補大江山

#318

2008/05/17

国立劇場(隼町)での文楽公演で、第1部の「鎌倉三代記」と「増補大江山」。今月は第2部が近松の「心中宵庚申」と北條秀司の「狐と笛吹き」で、「心中宵庚申」が住大夫なのでよほどそちらにしようかと思いましたが、諸般の事情により第1部を聴くことにしました。そうしたら、「鎌倉三代記」は「竹本綱大夫病気療養のため休演」……。

鎌倉三代記

まず「入墨の段」、始大夫のブライトで勇壮な語りによる評議の場、ついで篝火が登場する奥は千歳大夫の語り分けの妙。藤三が入墨を入れられるところは、仰向けになった人形が痛みに耐えかねて手足をひくひくさせるのが笑いを誘います。おかしいのはその先も同様で、時姫は深窓の令嬢(?)なので酒と豆腐を買いに行くにも赤姫姿で日傘・長刀の供人付き。それでも、時政の使いとして来た局たちにこれからはお時さんどうなされかうなされと、軽う云ふのがこの家の格式と言い含めるあたりが健気です。かたやその時姫に米の研ぎ方から教えるおらちは豪快な酒呑みで、病床の三浦之助母を前にして縁起の悪い台詞のオンパレードで周囲の女たちをはらはらさせますし、研ぎ方伝授では諸肌を脱いでロケット乳をあらわにし、ノリ地でやっしっしと調子をとりながら米を炊くところまでの手本を見せて、最後は自分で酒を買い足しに行きます。

こうしたコミカルな筋の運びが、「三浦之助母別れの段」で時代物の重さに一変。鶴澤清二郎の三味線がばしばしと凄い迫力で、三味線は打楽器でもあるということを実感させられます。そして手負いの三浦之助登場。討死の前に一目母の姿を見たいと帰ってきた三浦之助を、母は戦場に向かひながら指す敵に後ろを見せる、うろたへた性根ならば、子ではないぞ、サ親でないと厳しく咎め、会おうとしません。恥じ入った三浦之助が戻ろうとするのを時姫が夫婦の固めないうちはモどうやらつんと心が済まぬと必死に止めようとしますが、三浦之助は時姫が敵・時政の娘なので恐ろしく邪慳。あげくの果てに三浦が女房なら時政を討てと命じ、恩と恋の天秤の末に時姫は思ひ切って討ちませう。北条時政討つてみせう。父様赦して下さりませと泣き伏します。なんて可哀想な時姫。最後は藤三を装っていた佐々木高綱が正体を顕して打って変わった武将らしい大きさを存分に見せ、松の木に登って物見の後、瀕死の三浦之助は時姫を振り切り、母の臨終にひと目くれると縁の切れ目は蘭奢の薫り、無常の声や鬨の声、跡に見捨てて出でて往く。徹頭徹尾時姫に冷たいマザコン三浦之助、最後の最後まで可哀想な時姫……。しかしこれが、本作が書かれた18世紀の価値観なのでしょう。

増補大江山

源頼光の家来・渡辺綱の鬼退治の話に基づく舞踊劇。あやしい月明かりにスモークが湧いて女が登場、というのが現代的な演出。女が夜中に一条から五条まで行かねばならないというのは、ちょっと遠い距離です(私自身はかつて二条御幸町に住んでいて、河原町高辻あたりの会社まで20分かけて歩いて通っていましたが、それよりもはるかに長い距離になります)。戻り橋を渡るところで一瞬、女(首は「角出しのガブ」)の口が耳まで裂け目が金色になりびっくり!女が舞を見せる場面では床の上に台に乗った横置きの二弦琴が出てきて、左手中指の筒、右手人差し指の爪でスティールギター風に弾かれていましたが、これが「八雲」の模様。鬼女の正体を顕したところで人形遣の衣裳も変わり、激しい立ち回り。一天俄にかき曇りで上から黒雲の幕が落ち、ストロボの稲光が明滅する中、渡辺綱が鬼女の腕を切り落とします。最後は下手、建物の屋根の上に鬼女の腕を持つ渡辺綱の見得、そして上手寄りには雲の上で鬼女が激しく毛振りと、すこぶるダイナミックな演目でした。

出演

鎌倉三代記 入墨の段 口 : 豊竹始大夫
: 竹澤団吾
奥 : 竹本千歳大夫
: 豊澤富助
局使者の段 : 竹本三輪大夫
: 野澤喜一朗
米洗ひの段 : 豊竹英大夫
: 竹澤団七
三浦之助母別れの段 切 : 竹本千歳大夫
: 鶴澤清二郎
高綱物語の段 : 豊竹咲大夫
: 鶴澤燕三
〈人形役割〉
古郡新左衛門 : 吉田玉佳
富田六郎 : 吉田玉志
土肥弥五郎 : 吉田一輔
北条時政 : 桐竹亀次
小姓 : 桐竹勘次郎
安達藤三郎実は佐々木高綱 : 吉田玉女
妻篝火 : 吉田勘弥
女房おくる : 桐竹紋豊
三浦之助母 : 吉田玉英
女房おらち : 桐竹紋寿
讃岐の局 : 吉田清五郎
阿波の局 : 吉田蓑一郎
北条時姫 : 吉田和生
三浦之助 : 桐竹勘十郎
軍兵 : 大ぜい
近習 : 大ぜい
近所の嬶 : 大ぜい
仲間 : 大ぜい
増補大江山 若菜 : 竹本津駒大夫
渡辺綱 : 豊竹松香大夫
右源太 : 竹本津国大夫
左源太 : 竹本南都大夫
  : 鶴澤寛治
  : 野澤喜一朗
  : 豊澤龍爾
八雲 : 鶴澤寛太郎
八雲 : 鶴澤清公
〈人形役割〉
渡辺綱 : 吉田玉也
右源太 : 吉田勘市
左源太 : 吉田玉佳
若菜 : 吉田清之助

あらすじ

鎌倉三代記

源頼家方の知将・佐々木高綱に似ているために北条時政に捕らえられた藤三郎は、三浦之助を恋い慕い、その母を看病するために家出をしてしまった時政の娘・時姫を連れ帰る命を受ける。絹川村で献身的な看病をする時姫だったが、傷ついて戻ってきた三浦之助に迫られ、時政を討つ覚悟を決める。そのとき、藤三郎に身をやつしていた佐々木高綱が本当の姿を表わす。三浦之助の母は時姫に手柄をたてさせるために姫の槍にかかって自害し、時姫と高綱は時政の陣へ、三浦之助は戦場へと向かう。

増補大江山

京の戻り橋に現れた美しい女性・若菜を送る渡辺綱は、若菜の正体が鬼女であることを見抜き、立ち回りの末その片腕を切り落とすと、鬼女は虚空高く舞い上がっていく。