ザ・カブキ(東京バレエ団)

2008/12/14

東京バレエ団によるモーリス・ベジャール追悼公演シリーズの「ザ・カブキ」を、赤穂義士討入りの日に東京文化会館(上野)で観ました。人形浄瑠璃から歌舞伎へ移植された「仮名手本忠臣蔵」を、さらにバレエへ移植するというベジャールの大胆な試みから生まれた作品で、1986年初演。

冒頭に現代の東京が置かれ、テクノっぽい電子音楽に乗って若者たちが無機的なダンスを踊っていますが、その中心にいた若者が差し出された刀に手をかけると、タイムスリップして顔世御前の兜改めの場面に放り出されます。初めのうちは事態を飲み込めない彼ですが、塩冶判官の切腹に立ち会い、そのときから由良之助の意思が乗り移って仇討ちを主導するようになります。ここから先は、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」とおおむね同じストーリーが展開しますが、最後は義士全員の切腹で終わります。

それにしてもこの長大な話を、どうやってバレエ化するのかと思っていましたが、ベジャールはしっかり主立ったエピソードを網羅していて、おかる・勘平も十分に描かれている(イノシシまで出てくる)し、一力茶屋ももちろんあります(討たれたのは九太夫ではなく伴内になっていましたが)。さすがにあらかじめストーリーが頭に入っていないと初見では厳しいものの、冒頭の東京の場面や終盤の顔世御前の場面を加えても2時間に納めた手際のよさは見事。また、視覚面では極めて様式的でオリエンタルな図案の装置と豪華な内掛けで楽しませながらも、身にまとった機能的な衣装はダンサーの動きを妨げません。音楽面でも、黛敏郎のオーケストラ音楽に時折義太夫節(豊竹呂大夫 / 鶴澤清治)や下座邦楽が違和感なくフュージョンされて、場面転換で巧みに用いられる定式幕とともに、古典の雰囲気を盛り上げつつストーリーの進行を助ける役目を果たしています。

そうした種々の道具立ての上で踊るダンサー陣の中で、まず特筆すべきは由良之助を踊った後藤晴雄。ほとんど出ずっぱりで難しい感情表現をこなした上に、第1幕と第2幕のそれぞれ終わりにソロがあり、特に第1幕の最後のソロは死に行く勘平に血判を捺させた後の沈鬱な気分から、後半仇討ちの決意を強い踊りで見せる長いもので、彼の力量を十分に見せつけるものでした。また、高師直の木村和夫もハマっています。隈取りで実悪の雰囲気を出した上に、様式的で非人間的な振付に乗って塩冶判官を追い詰めていくさまは、いかにも師直。その家来である伴内が原作以上に存在感のある狂言回し的な役割を与えられているのがこの作品での工夫ですが、元来コミカルな役割の伴内にベジャールがなぜこれほど注目し、性格をがらりと変えたのかは不明。考えられる一つの答は、演出上の制約から登場人物を刈り込むために、一力茶屋で手紙を盗み見て由良之助に討たれる斧九太夫を伴内にスイッチする必要があり、そのために討たれるべき悪役としての存在感を伴内に与えた、というものですが、果たしてどうでしょう。「現代のおかる」と「現代の勘平」というカップルの存在も理解に苦しみますが、現代のドライなカップルと対比させることで忠臣蔵の時代の男女の悲劇を際立たせようという意図なのでしょうか?

一方、一力茶屋の場では、由良之助とおかるが黒衣に動かされる人形振りの動きを見せるところもよくできているし、それより前、城明け渡しの場でいろは四十七文字の背景の前に居並ぶ赤穂の武士たちの前に連判状がさっと広がるギミックは歌舞伎で松の廊下に転換する際のうすべり投げを彷彿とさせます。ベジャールはよほど「仮名手本忠臣蔵」を研究したのに違いありません。討入りの場面では、47人の男性群舞は音楽の盛り上がりもあって圧倒的な高揚感を示し、本懐を遂げた義士たちが三角形に居並んで一斉に切腹して果てるラストも、様式美の極致。ただし、その直前に亡霊となった塩冶判官が登場して師直の首を受け取り去っていくシーンを挿入したのは、どういう意図だったのでしょう。プログラムの解説では、この切腹によって日本人の忠誠心が昇華するさまが描かれているというのですが、ここに塩冶判官が登場したことによって、亡霊の無念に導かれるままに滅びへの道を突き進んだ由良之助たち、といううがった見方をする余地が生じたようにも思います。

ともあれ、「動き」を見せるバレエと「構図」を見せる歌舞伎という、ある意味対極にある舞台芸術を見事に融合したベジャールのマジックは、本当に凄い。とはいいつつも、この作品の全体を貫くエキゾチシズムに、やはりこれはヨーロッパ人によるヨーロッパ人のためのバレエであって、歌舞伎や文楽を自らの歴史の内に身体言語として持っている我々日本人が忠臣蔵をあえてバレエを通じて観ることの意味は奈辺にあるのか、と考えさせられもしました。

配役

由良之助 後藤晴雄
直義 横内国弘
塩冶判官 平野玲
顔世御前 吉岡美佳
力弥 井上良太
高師直 木村和夫
伴内 中島周
勘平 長瀬直義
おかる 佐伯知香
現代の勘平 梅澤紘貴
現代のおかる 高村順子
石堂 宮本祐宜
薬師寺 野辺誠治
定九郎 松下裕次
遊女 井脇幸江
与市兵衛 横内国弘
おかや 坂井直子
お才 西村真由美
ヴァリエーション1 松下裕次
ヴァリエーション2 横内国弘