ペトルーシュカ / ドン・ジョバンニ / ボレロ(東京バレエ団)
2009/02/07
東京バレエ団によるモーリス・ベジャール追悼公演の最終シリーズは「ベジャール・ガラ」と題して、一度は封印されたはずのシルヴィ・ギエムによる「ボレロ」が呼び物。この日は五反田のゆうぽうとホールで、「ペトルーシュカ」「ドン・ジョバンニ」、そして「ボレロ」という組み合わせです。
ペトルーシュカ
ベジャール版「ペトルーシュカ」を観るのは2度目。冒頭は祭りの場面で、上手に若者たち、下手に娘たちがベンチに腰掛けて居並び、そのうちの1人が立ち上がるところから、ストラヴィンスキーの明るく輝かしい音楽が始まります。いきなりぐらつく場面もあったりしてはらはらしましたが、主役の青年(後藤晴雄)、その友人(木村和夫)、そして若い娘(井脇幸江)のそれぞれが溌溂とした踊りを見せてくれて、祭りの高揚感が伝わってきます。しかし、このバレエの見どころは続く鏡の迷路の場面。若者はペトルーシュカ、ムーア人、バレリーナのマスクを次々にかぶり、そのたびに鏡の向こうに現れる分身たちにあざ笑われ、翻弄されますが、この一連の場面で後藤晴雄は圧倒的な運動量を維持しながら、三種のマスクの性格を豊かな表情とともに巧みに踊り分けました。ペトルーシュカは不安げに、ムーア人は野卑に、バレリーナは軽薄に。彼の踊りにはだんだん悲壮感が漂いだし、人格は引きちぎられて、再び群衆たちの場面へ移ります。ここでは木村和夫が群衆の若者たちとともに踊るダンスがダイナミックで、その熱気に圧倒されるほど。夢遊病者のようになって戻ってきた主人公の若者もどうやら正気を取り戻したかに見えたのですが、ある瞬間に群衆たちがマスクをつけて一斉に主人公を見つめたときには、こちらもぞっとしました。最後は、魔法使いの前に倒れ伏す若者、というところで暗転。ラストの冗長さがちょっと気になりましたが、後藤晴雄の渾身のダンスにとにかく脱帽です。そして、バレエ曲というより純粋に音楽としてストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」に親しんだ私には、曲を見事に可視化するベジャールの振付の巧みさが改めて感じられた、楽しい演目でした。
ドン・ジョバンニ
光の動きによって暗示される「彼」の目の前で、少女たちに夢見る心を好きに踊らせてみました、という趣向。ただしそこに、ベジャール特有の身体記号が加わるので、単純に美しいダンスではなく、なんとも言えない場末感というか、少女たちの内面に隠された(当人たちも気付いていない)リアルな欲望のようなものの気配が漂うのがおかしい。ヴァリーションの中では吉岡美佳さんがひときわ美しい踊りでしたが、その一つ前を踊った奈良春夏さんの伸びやかな足の動きも印象的。しかし、前々から不思議なのはシルフィードの存在。最初に登場したときには少女たちは「蜂でも飛んでいるのかしら?」みたいにきょろきょろしていたし、時折思い出したように舞台を横切っていくのですが、どういう意味がこめられているのでしょうか。
ボレロ
シルヴィ・ギエムは2005年に、日本ではもう「ボレロ」は踊らないと宣言していたのですが、今回はベジャール追悼のために臨時解禁というわけです。興行的な視点からすれば今回の解禁はあらかじめ予定されていたことだったのかもしれませんが、確かに、表現者としてのシルヴィ・ギエムは近年ラッセル・マリファントの作品に比重を置くようになっており、すでに頂点を究めてしまった「ボレロ」を踊ることの意味は彼女自身の中にはあまりないように思えます。しかも、今回の来日では1カ月近く滞日して「ボレロ」ばかり10回。2005年の「最後のボレロ」ではイリ・キリアンやマリファントもとりあげていたのに、それもなし。それでいいのか?
……などと考えているうちに「ボレロ」が始まってしまいましたが、そこに展開したのはやはりギエムならではの、一つ一つの形がぴしぴしと決まる質の高い「ボレロ」。長いブロンドの髪がふわりと舞い上がるごとに舞台上の高揚感は高まっていって、最後のエクスタシーと共に暗転となった瞬間、もの凄い音圧の拍手が場内を埋め尽くしました。ステージ前に駆け寄る少女たち、花束と握手、スタンディングオベーション、そして相変わらずの美貌ににこやかな笑顔を浮かべたギエム。うーん、まさに美神降臨。やはりギエムの「ボレロ」は異次元のレベルです。




配役
ペトルーシュカ | 青年 | 後藤晴雄 |
若い娘 | 井脇幸江 | |
友人 | 木村和夫 | |
魔術師 | 野辺誠治 | |
三つの影 | 高橋竜太 / 氷室友 / 小笠原亮 | |
4人の男 | 松下裕次 / 宮本祐宜 / 横内国広 / 梅澤紘貴 | |
4人の若い娘 | 森志織 / 福田ゆかり / 村上美香 / 吉川留衣 | |
ドン・ジョヴァンニ | ヴァリエーション 1 | 森志織 / 福田ゆかり / 村上美香 |
ヴァリエーション 2 | 佐伯知香 | |
ヴァリエーション 3 | 井脇幸江 / 岸本夏未 | |
ヴァリエーション 4 | 西村真由美 | |
ヴァリエーション 5 | 奈良春夏 | |
ヴァリエーション 6 | 吉岡美佳 | |
シルフィード | 吉川留衣 | |
ボレロ | シルヴィ・ギエム 平野玲-松下裕次-長瀬直義-横内国広 |