彦山権現誓助剱 / 廓文章 / 曽根崎心中

2009/04/18

4月の歌舞伎座は昼の部が「伽羅先代萩」で、玉三郎丈の政岡、仁左衛門丈の八汐と勝元、吉右衛門丈の仁木弾正という配役にぐっと心が動きましたが、諸般の事情からこちらは見送って夜の部。仁左衛門丈・玉三郎丈の「廓文章」と藤十郎丈の「曽根崎心中」という和事対決を観ることにしました。その前に……というとついでのようで、実はとても充実していたのが吉右衛門丈の「彦山権現誓助剱」。

彦山権現誓助剱

初めて観る芝居でしたが、吉右衛門丈が百姓ながら武道に秀でたお人好しの毛谷村六助を楽しげに演じていて、明るい一幕でした。これに絡む老女お幸、しばらく休ませてほしいというから快く家に招き入れたらいきなり自分を母にしろと押し売りをした上、土産もあると金の切り餅を手裏剣代わりに見舞う恐るべき振る舞い。これをはっしと受け止めた六助、むちゃな話だなと思いつつまずは猶予を下さいとあくまで愛嬌を失わず、それでいて金を投げ返すとお幸もびしっと受け止めます。この辺りのやりとり、吉右衛門丈と吉之丞丈のユーモラスな間がいい感じ。

実はお幸は六助の剣術の師匠、吉岡一味斎の奥方なのですが、そうとは知らない六助がお幸を奥の一間に送り込んでしばらくすると、今度は虚無僧姿のお園登場。最初は男に変装している設定なので珍しく福助丈が男声を使っていましたが、これを六助が頬杖の型で偽者と見破った途端、女声に戻ったお園に短刀で切りかかられて、屏風で防戦します。しかし誤解が解けてみればお園は一味斎の娘で、六助と夫婦になるよう父に命じられていたと言って途端に可愛い女に変身。臼を持ち上げたり尺八を火吹き竹にしたりと大はしゃぎ、かと思えばからみの討手をさんざんにあしらいながら父が討たれた経緯を泣き語ったりと、いかにも福助丈らしい怪演になります。ついに事の真相を知った六助が「覚えておれ〜」と庭石を踏み込んで見得を決めますが、お園の手を借りて裃姿になるときには自分も大照れでうれしそう。最後は子役の大見得のサービスまであって、満場笑顔のうちに幕となりました。

廓文章

続く仁左衛門丈・玉三郎丈コンビの「廓文章」がこの日の眼目です。差し出し(面あかり)に前後をはさまれて花道を出てくるのは松嶋屋型。中村鴈治郎(現・坂田藤十郎)丈の藤屋伊左衛門で観たときにも、つっころばしのおかしみを楽しく眺めましたが、目尻の下がった仁左衛門丈のじゃらじゃらした雰囲気もまた格別。その伊左衛門を招じ入れた吉田屋の主・喜左衛門は我當丈、その女房のおきさは秀太郎丈で、仁左衛門丈と合わせて三兄弟。そのおきさが「町で見掛けた人を伊左衛門と思って袖を引いたら松嶋屋の仁左衛門、どうしようと思ったけれど知らぬ仲でもなし」とやって笑いをとっていました。一方、我當丈と仁左衛門丈との間では草履や羽織のやりとりがあったりするのですが、受け渡しの際に必ず黒衣さんが別のものと取り替えていて、決して実際に身に着けていたものを渡さないようにしていたのが印象的でした。そういうものなのかな?

ともあれ七百貫目の借銭にもびくともしない、総身が金だと大店の若旦那の矜持を見せつつも、世間話のうちに夕霧のことが気になって仕方ない素振りを伊左衛門はこれ見よがしに示すのに喜左衛門もおきさも一向に乗ってくれないのですっかり拗ねた伊左衛門、この拗ねた様子がいかにも面白く、夕霧のいる座敷の様子を覗こうと奥の三重になった襖を次々に開けていくのですが、遠近感を出すための小走りな様子もレレレな感じです。そして、一度は帰ろうとしたもののやはり夕霧が気になる伊左衛門が炬燵を乗り越えて奥の様子を窺い、とうとう夕霧がやってくる様子に「来よった来よった」と慌てて炬燵の上に正座。ごろんと落ちて寝たフリになったところで奥の襖が開いて、懐紙に顔を隠した玉三郎丈が登場しました。

このとき、私の左前に座っていたおじさんが突然カメラを構えたのでびっくり!思わず肩を叩いて「ダメです」と注意したらおとなしく(でも残念そうに)諦めてくれました。

さて、しずしずと登場した玉三郎丈が懐紙をよけて顔を見せたときには「大和屋!」と掛け声の大合唱、拍手。本当に綺麗です。しかしすっかりむくれている伊左衛門は夕霧につれなく当たり、竹本に乗って踊りながら無体な振る舞いを続けるので夕霧が涙を流すところへ太鼓持が割って入り、三人で手紙を分け持って美しい型にきまるのも松嶋屋型だとか。この後、伊左衛門と夕霧が羽織をはさんでの型、背中合わせに座っての絡みなど、進行を浄瑠璃・三味線に委ねて美しい型が続き、最後のハッピーエンドで夕霧が見せた豪華絢爛な裲襠には圧倒されます。どこを切っても明るく柔らかくて楽しい「吉田屋」でした。

曽根崎心中

最後の藤十郎丈の「曽根崎心中」は、坂田藤十郎襲名披露の南座顔見世で観ていますが、もう一つ、先日大阪の国立文楽劇場を訪れたときに手に入れた「みてすぐわかる曽根崎心中」が強力なアンチョコ。漫画で曽根崎心中のストーリーが手際よくまとめられています。これを頭に入れて臨んだこの日の歌舞伎座でしたが、冒頭に「和事対決」と書いたわりにはこちらは極めてシリアスで、その筋立てに見合うように登場人物の性格がくっきりとしており、「廓文章」と並べるべきものではありませんでした。

設定ではお初は19歳、これを演じる藤十郎丈は77歳。そのギャップを意識しだすと見方が歪んできますが、あるがままに舞台を眺めればお初の一途さを体現し続ける藤十郎丈の姿に素直に感動します。しかし、この日感情移入させられたのはむしろ、藤十郎丈の息子の翫雀丈が演じる徳兵衛。群衆の中で油屋九平次に恥ずかしめられ、打ちのめされての引っ込みや、天満屋の縁の下に潜み、お初の足に頬ずりして心中の覚悟を示す場面など、徳兵衛の悲しさ辛さ、そしてお初と共に死ねる屈折した喜びがひしひしと伝わってきます。そして曽根崎の森での二人の、まるでクラシックバレエ(たとえば「白鳥の湖」第二幕のパ・ド・ドゥ)のように流麗な連れ舞いは本当に美しく、この部分だけ取り出して観てもいいと思えるほどでした。

配役

彦山権現誓助剱 毛谷村六助 中村吉右衛門
お園 中村福助
お幸 中村吉之丞
微塵弾正実は京極内匠 中村歌昇
杣斧右衛門 中村東蔵
廓文章 藤屋伊左衛門 片岡仁左衛門
扇屋夕霧 坂東玉三郎
太鼓持豊作 坂東巳之助
番頭清七 大谷桂三
阿波の大尽 澤村由次郎
吉田屋女房おきさ 片岡秀太郎
吉田屋喜左衛門 片岡我當
曽根崎心中 天満屋お初 坂田藤十郎
平野屋徳兵衛 中村翫雀
天満屋惣兵衛 坂東竹三郎
田舎客儀兵衛 松本錦吾
手代茂兵衛 中村亀鶴
油屋九平次 中村橋之助
平野屋久右衛門 片岡我當

あらすじ

彦山権現誓助剱

親孝行な剣術使い毛谷村六助は、年老いた母のためと頼まれ、微塵弾正との試合で勝ちを譲る。そこへお幸と名乗る老婆が現れ、六助に親子にならないかと世にも稀な話を持ち掛ける。続いて虚無僧姿のお園がやって来て、六助を仇と言って斬りかかるが、実はお園は六助の師の吉岡一味斎の娘であり、六助の許婚だった。また先ほどのお幸は一味斎の妻で、ふたりから六助は一味斎が京極内匠という悪人に討たれたことを知らされる。ここへ杣斧右衛門たちが六助を訪ねて来て、母親が殺されたので仇を討って欲しいと願い出る。実は斧右衛門の母を殺害したのは先ほどの弾正で、しかも弾正こそ京極内匠だった。こうして六助は、内匠を討つべく出立していく。

廓文章

→〔こちら

曽根崎心中

→〔こちら