女車引 / 夕霧名残の正月 / 五斗三番叟 / 文屋 / 京人形 / 曽根崎心中 / 引窓 / 口上 / 十種香・奥庭

2005/12/17

今年の歌舞伎の締めくくりは、いよいよ坂田藤十郎襲名披露の南座顔見世です。青竹の矢来に勘亭流のまねき看板、大きな「南座」の提灯。四条大橋を渡った南側にあるこの南座で歌舞伎を観るのは実に12年ぶりです。当時私は四条河原町に本社のあった会社に勤めていて、歌舞伎好きの同僚のOさんと「いろは仮名四谷怪談」を観たのですが、そのときの伊右衛門が團十郎丈で、お岩・小平・与茂七の三役が鴈治郎丈でした。

そして今日は、その鴈治郎丈が231年ぶりに大名跡・坂田藤十郎を襲名する顔見世興行という巡り合わせ。新藤十郎丈にはかなり早い時期から藤十郎の名跡を復活させたいとの思いがあったそうで、そのことはしばらく前に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」にも述べられていました。その思いを、73歳という歳にして、現役の役者として果たすところがなんと言っても凄いことです。

この日とった席は昼夜とも三階席の右後方。歌舞伎座と比べると舞台が若干小振りで落ち着いた空間で、三階席からでも花道七三がちゃんと見られるので、歌舞伎座のように「声はすれども姿は見えず」とやきもきせずに観劇できるのがvery good。以前ここに来たときの記憶はほとんど失われていましたが、この劇場がいっぺんに気に入ってしまいました。ただし、座席の狭さは歌舞伎座幕見席並みかもしれません。

女車引

ご存知「菅原伝授手習鑑」の「車引」と「賀の祝」を織り込んで、松王丸・梅王丸・桜丸のそれぞれの妻である千代・春・八重が明るく踊りを見せる趣向でこの日の幕を開けました。

夕霧名残の正月

新藤十郎丈の門出の演目。舞台上には扇屋の広間、柱には「夕霧名残の正月」「坂田藤十郎相勤め申し候」。上手には裃・頭巾姿の常磐津連中が居並びます。そこへ下手から藤十郎丈がきれいな青い紙衣を着て懐手に登場すると、すかさず「待ってました!」「山城屋!」の声が掛かりました。放蕩の末に勘当されてうらぶれていながら、大店の若旦那らしい品の良さを失わない伊左衛門は、やはりこの人の独壇場、場内がぱあっと明るくなります。太鼓持から夕霧の四十九日と聞かされて憂き世じゃなぁと嘆き、起請文を取り出して念仏を唱えるうちに突然悶絶。そのとき広間の衣桁の向こう側から夕霧がふわりと現れました。白い打掛をはさんで情緒たっぷりな見得をさまざまに見せてくれて、客席はしーんと見入っています。藤十郎丈73歳、雀右衛門丈85歳、二人合わせて158歳ですが、舞台上にいるのはその四分の一くらいのカップルにしか見えません。やがて夕霧が再び衣桁の陰に消え、正気に戻った伊左衛門がそんなら今のは夢であったかと膝を突いて涙にくれると、扇屋の我當が夢にもせよ、会えたはめでたい、扇屋女房の秀太郎丈がこれを引き取って「めでたいといえば御襲名」。そこで一同改まって客席に向かい、襲名の挨拶となりました。藤十郎丈の挨拶は、上方歌舞伎興隆にかける意気込みを示すもの。我當は歌舞伎が世界無形文化遺産に登録されることに触れ、秀太郎丈は「藤十郎丈の襲名は231年ぶり=兄さん一番!」。

五斗三番叟

播磨屋の春風駘蕩といった感じの飲みっぷりが気持ち良い一幕。最初は松緑丈が雀踊りの奴を相手に舞踊的な立回りを見せ、奴たちがありゃせ、よいせ、りゃんりゃんりゃん、やーっとなと声を掛ける中、次々にとんぼを切ってぶっ倒されてしまいます。そしていよいよ登場した吉右衛門丈。悪兄弟に盃を勧められても固辞していた五斗兵衛ですが、目の前でこれ見よがしに酌み交わされてはたまらず、まぁ一献くらいはと言いながら一気に飲み干して、盃を口から離すときにチュバッ!と音をたてるのがおかしい。そこで駆けつけ三杯と言うではないかと水を向けられると、断るどころか大喜びで酒呑みの定法でござるな。そのうち酔眼朦朧となって太郎さん!次郎さん!と絡み、二人に座敷を引き回されてついには盃をかぶって寝てしまいました。断っていた酒を飲むうちに人が変わっていう芝居というと「魚屋宗五郎」を思い出しますが、あちらは始め湿っぽく飲んでいたのが徐々に怒りが込み上げてきて酒乱になっていくのに対して、こちらはどこまでも明るくだらしない飲ん兵衛の呑み方で、ついには升呑み、隅呑み、滝飲みと自爆。その一杯ごとに酔いが進んでいく描写がなんともユーモラスで楽しいところです。最後に猿のような顔をした竹田奴たちを相手の目貫講釈、そして煙草入れを剣先烏帽子、肩衣を素襖の形に着て三番叟を舞い、奴たちを紙相撲や凧などに見立ててあしらってから、奴の馬にまたがり賑やかに花道を引き上げていきます。

文屋

仁左衛門丈が歌の名人であり色好みの公卿・文屋康秀に扮し、巫女さんのような格好の八人の官女たちとどたばたと賑やかに踊ります。王朝ものにしてはずいぶん賑やかですが、それもそのはず実は吉原模様を描いてもいるのだそうで、しかしそれで下世話にならず品を保っているのがやはり仁左衛門丈。

京人形

菊五郎丈の甚五郎と菊之助丈の京人形の息のあった舞が見どころですが、人形の箱を開けた瞬間、中の京人形の美しさに溜め息が出ます。そのままカクカクとした動きで前進してきた京人形に気付いた甚五郎がぎょっとして若い女性客が「わははは」と大喜び。武骨な人形の動きが、懐に鏡を入れた途端しなやかな女性の動きに変わるのが面白く、最後には大工道具を次々にとりかえての立回りもあって、とても楽しい一幕でした。

曽根崎心中

昼の部の最後は、新藤十郎丈の原点とも言える近松の「曽根崎心中」。第一場、生玉神社の境内では、遊女お初と手代徳兵衛が手に手をとっての色模様で、お初の声が高く嗄れているのが気にはなっても、恋に積極的な遊女の姿には変わりなし。その後に徳兵衛が油屋九平次の奸計に手ひどい目に合って独り取り残される場面では、徳兵衛の哀れが巧みな照明で強調され、場内は水を打ったようになります。花道をとぼとぼと引き揚げる徳兵衛が、ついに泣き出すとともに暗転して舞台が回り、第二場の天満屋。花道には青い明かりが灯り、再び出てきた徳兵衛は七三につっかえてはっと天満屋を見ます。徳兵衛を裾に隠して店の中に入り、縁の下へ匿ったところで九平次がやってきて、徳兵衛の悪口を言いたい放題。ここで竹本はお初が足の先にて押し静めてと語りますが、実際には煙管で制するのみ。しかし、九平次に切り返して徳兵衛の死ぬる覚悟が聞きたいですっと真っ白な足を出すと、徳兵衛はその足をとって自分の喉に当てます。二人の間で心中の覚悟を確かめ合うこの場面がなんとも官能的で、しかもここで心中の主導権を握っているのはお初の方。とは言いながら第三場、曽根崎の森で二人は暁の七ツの鐘の音を聞きながら死に就くのですが、跪き手を合わせるお初の姿は、確かに19の娘の姿でした。見終わって、ほーっと溜め息。いいものを見せてもらいました。

これで昼の部は終わり。もう十分お腹いっぱいという感じですが、まだ夜の部が続きます。

引窓

「双蝶々曲輪日記」の通称「引窓」は、我當の濡髪長五郎が見た目も声音もいかにも相撲とりで、階段を上がるときにも「よいしょ、よいしょ」。一方の梅玉丈の十次兵衛も、家に戻ってきたときにはただ今たち戻ったと侍の身分に戻った威厳を示そうとしますが、すぐに照れてくだけ、うれしさを隠さずに母や女房と語らい合います。この芝居は悪人がひとりも出てこないのに、親子の情愛と義理が絡んで盛り上がる不思議な芝居。母お幸の東蔵丈と十次兵衛の梅玉丈が、芝居を引き締めてくれました。

口上

金の襖に大きな藤の花や青い玉、手鞠模様などがあしらわれた鮮やかな舞台で、座頭の雀右衛門丈から襲名の披露があり、順次挨拶。最初の仁左衛門丈がいきなり「『一生青春』を公私にわたり、わたり」実践していて自分も見習いたいとやって大ウケ。「一生青春」は藤十郎丈の座右の銘で、公私にわたりというのはもちろん、数年前に京都のホテルで舞妓と密会したのをワイドショーで報じられた事件のことです。いや、ホントに見習いたい。梅玉丈からは「京都における夜の過ごし方など教えていただいて」、菊五郎丈からは「超ド派手な舞台に私もスパンコールか電飾の裃にしようかと思った」……。そして最後に、新藤十郎丈から231年ぶりの大名跡を最初に故郷京都で披露することの喜びと、上方歌舞伎興隆のために悔いなき生涯を送りたいとの決意が語られました。

十種香・奥庭

現在広く行われている歌右衛門型ではなく、雀右衛門型を参照しながら文楽に沿った型にしていると筋書の解説に書かれてありました。しまった、それなら『歌舞伎 型の魅力』(渡辺保著)で予習をしておくんだったと後悔しましたが後の祭り。とりあえず「十種香」で御殿が白木造りに絵襖ではなく黒塗りで奥は瓦燈口というのは一目で気付きましたが、演技の上でも八重垣姫が濡衣に勝頼との仲立ちを頼む場面が上手の一間ではなく勝頼の目の前など、随所に文楽通りのやり方が盛り込まれているそうです。ともあれ、藤十郎丈の八重垣姫は本当に綺麗で、勝頼の絵姿に手を合わせていた八重垣姫がこちらを向いたときには、その美しさに拍手が湧いたほど。菊五郎丈の勝頼も実に華やかで、これくらい華があれば八重垣姫の大胆な行動も頷けるというものです。吉右衛門丈の謙信、梅玉丈の白須賀六郎、仁左衛門丈の原小文治と配役も豪華。竹本(谷太夫)も素晴らしく、ダイナミックな語りがすんなりと耳に通ってきます。これまで苦手科目だった「十種香」の印象が、これでがらっと変わりました。続く「奥庭」は文楽同様に最初に黒衣による演者の紹介がなされた後前半人形振りで演じられ、飛んで行きたいで後ろに立つ黒衣の膝に乗って宙に浮く。ぶっかえりで赤姫が白い振袖に変わると人形振りを脱し、八百八狐の下で後ろ向きに反り返ったり、激しく回転したりと妖しい激情が全開となって圧倒されます。最後は花道で見得をきめて、狐とともに去っていき、幕。

舞台はさらに「相生獅子」「三人形」と続くのですが、この日のうちに東京へ帰るためにはここで南座を後にしなければなりませんでした。しかし、ここまででも十分に盛りだくさんの演目を見続けて疲労困憊。とはいえ、坂田藤十郎襲名披露の最初の公演を、京都南座で観ることができた幸福は何ものにも代えられません。さて次は、明けて正月の歌舞伎座です。

配役

女車引 千代 中村魁春
八重 中村孝太郎
中村扇雀
夕霧名残の正月 藤屋伊左衛門 坂田藤十郎
扇屋三郎兵衛 片岡我當
太鼓持鶴七 片岡進之介
太鼓持亀八 片岡愛之助
扇屋女房おふさ 片岡秀太郎
扇屋夕霧 中村雀右衛門
義経腰越状
五斗三番叟
五斗兵衛 中村吉右衛門
源義経 中村翫雀
亀井六郎 尾上松緑
伊達次郎 中村歌昇
錦戸太郎 中村歌六
泉三郎 中村梅玉
文屋 文屋康秀 片岡仁左衛門
京人形 左甚五郎 尾上菊五郎
京人形の精 尾上菊之助
井筒姫 尾上松也
奴照平 中村玉太郎
甚五郎女房おとく 中村芝雀
曽根崎心中 天満屋お初 坂田藤十郎
平野屋徳兵衛 中村翫雀
油屋九平次 中村亀鶴
手代茂兵衛 坂東吉弥
天満屋惣兵衛 中村東蔵
平野屋久右衛門 片岡我當
双蝶々曲輪日記
引窓
南与兵衛後に南方十次兵衛 中村梅玉
女房お早 中村扇雀
平岡丹平 片岡進之介
三原伝蔵 中村玉太郎
母お幸 中村東蔵
濡髪長五郎 片岡我當
本朝廿四孝
十種香・奥庭
八重垣姫 坂田藤十郎
花作り蓑作実は武田勝頼 尾上菊五郎
腰元濡衣 片岡秀太郎
白須賀六郎 中村梅玉
原小文治 片岡仁左衛門
長尾謙信 中村吉右衛門
人形遣い 中村翫雀

あらすじ

夕霧名残の正月

傾城夕霧の死を悲しむ藤屋伊左衛門の前に現れたのは、ありし日の姿のままの夕霧。喜ぶ伊左衛門は夕霧との逢瀬を楽しむが、やがて夕霧はその姿を消す。

義経腰越状 五斗三番叟

泉忠衡は主の源義経に名軍師として知られる五斗兵衛を引き合わせるが、五斗兵衛は錦戸・伊達兄弟の企みで大酒を飲まされて、義経の前で酔い潰れてしまう。

京人形

彫物師の甚五郎が彫り上げた小車太夫に生き写しの京人形に、甚五郎の魂が入って動き出し、甚五郎は夢のようなひと時を過ごす。そこへかくまっていた井筒姫の追手がかかり、甚五郎は大工道具片手に立ち廻る。

曽根崎心中

天満屋の遊女お初と、平野屋の手代徳兵衛は、将来を約束しあう仲。しかし徳兵衛は、縁談を勧められた上に、油屋九平次に金子を騙し取られてしまう。この世で添い遂げられないことを悟ったお初と徳兵衛は、曽根崎の森で心中して果てる。

双蝶々曲輪日記 引窓

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本朝廿四孝

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