Stick Men
2010/06/11
STB139(六本木)でStick Menのライブ……という話をする前に、まずこちらを聞いてください。
1981年にRobert FrippがKing Crimsonを再起動させたことはいろいろな意味でファンに衝撃を与えましたが、その新生Crimsonの第一作『Discipline』の冒頭に出てきたのが、この摩訶不思議なイントロ。たった1人の奏者がたった1本の楽器で出している音とはわからず、初めて聴いたときには「これは何?」状態だったのですが、これがアメリカ人ベーシストTony Levinによるチャップマン・スティック(以下単に「スティック」)の演奏を聴いた最初の機会となりました。
「Elephant Talk」という曲名の通り、もう1人のアメリカ人Adrian Belewのギターによる「パオ〜!」というゾウの叫びが強烈な印象を与えるこの曲を含むアルバム『Discipline』が提示した、2本のギターとベースまたはスティック、それにBill Brufordのドラムによる撥弦楽器中心のサウンドは、分厚いシンセサイザーが幅を利かせていた産業ロック全盛期において逆に先鋭的で、このバンドをKing Crimsonと呼ぶことに違和感があったとはいえ、さすがRobert Frippと思わされたものです。
時は流れて、Tony Levinがもう1人の若手スティック奏者Michael Bernier及びKing Crimsonで同僚だったドラマーのPat Mastelottoと組んで結成したのが、Stick Men。そして、デビュー作『Soup』を伴っての日本ツアーの最終日が、今回のSTB139のステージでした。長い前置きだった……。
舞台上は、中央にPatのエレクトロニックとアコースティックを巧みに組み合わせたドラムセット。その向かって右がTonyの立ち位置で、足元には多彩なエフェクター。反対側はMichaelで、こちらもたくさんのエフェクター。また、スティックも既に待機していました。
定刻にステージ開始。歓声の中、くつろいだ姿の3人が現われ、打ち込みのストリングス音からスティックが妖しいリズムを刻み出し、その上にフリーなPatのドラムが寄せては返すようにかぶさってきて、おやこれは?と思ったらやはりKing Crimsonの「Indiscipline」でした。
2曲目は『Soup』からスティック2本による流れるような美しいアルペジオが印象的な「Sasquatch」、以下『Soup』とTonyのソロ作『Stick Man』からの曲が続きます。2本の12弦スティックは、原則としてTonyがナチュラル&低音中心、Michaelがエフェクト系&高音を担当するという役割分担がなされており、ことに爽やか青年風の風貌のMichaelは、元来両手のハンマリングでパーカッシブに演奏される楽器であるスティックを歪み系持続音のリード楽器として用いたり、コードをかき鳴らしたり、さらには弓を持ち出してボウイングを聞かせたりと多彩な奏法を見せました。もちろんTonyも負けてはおらず、ことに「Relentless」冒頭の低音弦による野獣的とも言える激しいリズムパターンはド迫力。
また、彼の専売特許であるファンク・フィンガー(ドラムスティックを短くし、指にはめてエレクトリックベースの弦を叩くように弾くもの)も登場し、そのファンク・フィンガーでスティックをツーフィンガーで弾いたり、ボトルネックのように弦に当てて震えるようなスライディングサウンドを出したりしてもいました。このファンク・フィンガー、会場のファンが指にはめていたのをTonyが見つけて、その場で借りたのだそうです。さらに「Fugue」では、珍しくTonyが歪み系ソロを弾き、Michaelがバッキングに回っていましたが、そのバッキングも右手での超高速パターンの上に左手がコードを重ねる一人二役演奏で、スティックという楽器の能力を最大限に引き出したもの。なお、ボーカルは2人が交互にとっていましたが、Tonyのヘタウマボーカルはさておいて、Michaelの方は正統派の歌い方。叙情系の「Scarlet Wheel」でのボーカルは、ことに美しいものでした。
この2人を扇の要の位置で引っ張るPatのドラミングも、これまた多彩です。ドラマーの左手側に置かれたRoland Handsonicと右手側に置かれたサンプリング・パッドは演奏中随所で効果的に使用され、例えば上述の「Scarlet Wheel」の冒頭では、King Crimsonの「The Power to Believe II」の中間部でも聴かれる透明感のある打楽器音をHandsonicで紡ぎ出していたのが印象的で、また曲によっては何やら金剛杵のようなものを右手に持ってタムやシンバルをぶっ叩いていましたが、どうやらこれはそれ自体にタンブリンのようなミニシンバルがついている模様。さらに、トリガーからのサンプリング音の操作や、あれやこれやの小物による効果音(ピヨピヨとかキュルキュルとか)までも担当していましたが、しかし彼の(太い腕っぷしの)本領が発揮されたのは、物凄いドライヴ感で最前面に迫ってくる「Welcome」「Relentless」「Fugue」といったハードチューン。CDには収めきれなかった原曲のパワーが、このライブ空間を得て一気に解放されたかのようなエネルギッシュな演奏に、興奮した観客からは曲の途中でも歓声が上がっていました。
Patも加わった3人のわけのわからない(?)言葉の掛け合いから演奏に入る「Soup」で、弦を切ってしまったMichaelはやれやれといった顔で演奏を続けましたが、この曲が終わった後に弦をつけ直すためしばらく間が空いてしまいました。さすがにリザーヴのスティックはないのか……。この間、TonyやPatがMCでつないだり、Tonyが場つなぎにスティックでのソロを軽く弾いたりしていましたが、やがてMichaelが「できたー!」といった感じに腕をつきあげて観客は大喜び。間髪入れず演奏されたのは、King Crimsonの「Red」でした。TonyがJohn Wettonの、MichaelがRobert Frippのパートを担当しての2人の演奏は、やがてPatのパワードラミングに呑み込まれていって演奏終了。トラブルがあったために時間が押していたのですが、それでも「One more?」と訊くMichaelに観客が拍手と歓声で応えると、3人はバックステージに下がることなくそのまま楽器に向かい、ストラヴィンスキーの「火の鳥組曲」を原曲にかなり忠実なアレンジで演奏。荘厳なフィナーレとともに、ステージを終了しました。
期待していた「Elephant Talk」が演奏されなかったのは時間が押したせいなのか、それとも最初からセットリストに入れていなかったのかはわかりませんが、そのことが不満に感じられないほど、この日の演奏は力のこもった、聴きごたえのあるものでした。それにしてもこのスティック、見れば見るほど不思議な楽器です。弾いてみたいと思う反面、この日のように1人の中でもリードとベースが両手で絡み合ったり入れ替わったりといった複雑な演奏を目の当たりにすると、「弾きこなすのは無理っ!」と尻込みしてしまうのも事実……。
ミュージシャン
Michael Bernier | : | chapman stick, vocals |
Tony Levin | : | chapman stick, vocals |
Pat Mastelotto | : | drums |
セットリスト
- Indiscipline
- Sasquatch
- Slow Glide
- Welcome
- Scarlet Wheel
- Improvisation
- Speedbump
- Hands, Part 1-3
-- - Inside the Red Pyramid
- Relentless
- Improvisation
- Tsunami Surfing
- Fugue
- Soup
- Red
-- - The Firebird Suite 1-4