鶴亀 / 寺子屋 / 三人吉三巴白浪

2013/05/11

最後に観た歌舞伎は、あの賛否両論だった「大江戸りびんぐでっど」ですから、もう三年以上も前のことになります。それまで、それなりに歌舞伎を観てきたつもりではありましたが、だんだん江戸時代の庶民感覚よりも室町時代の武家感覚の方が自分には馴染むことがわかってきて、このところは歌舞伎や文楽を離れて能に傾倒していました。しかし、歌舞伎座が建て替えられたとあれば一度は観ておいても損はなかろうと、久しぶりに木挽町を訪れたのでした。

東銀座駅の改札口を出ると、そこから直通で歌舞伎座の地下の木挽町広場。売店や切符売場が並んでおり、ここのお弁当処「やぐら」で弁当を買い求めましたが、広場からダイレクトに歌舞伎座の中に入れるわけではなく、エスカレーターで一階へ上がる必要があります。

正面の唐破風の桃山様式は改築前を懐かしませるものでしたが、その背後には高さ150mのビル棟。ま、一等地の有効活用を考えると、仕方ないところでしょう。

内装はやはりゴージャス。空間も広くなったようですが、座席の間隔の狭さは相変わらずです。むしろこれを、何とかして欲しかったのに。もっとも、何とかして欲しいものは他にもあったのですが、それは後述……。

鶴亀

まずは、おめでたい長唄舞踊「鶴亀」から。これは脇能の「鶴亀」を歌舞伎に移植したもので、謡曲の詞章をほぼそのまま長唄にしています。日の出富士の緞帳が上がると明るい松羽目の舞台で、中央に二畳台が置かれ、後方には前列に太鼓、大鼓、小鼓4丁、笛。後列には長唄八人、三味線8挺。なるほどこうしてみると、能の囃子方をジャズトリオ(またはクァルテット)とすれば、この舞台上に居並ぶのはビッグバンドということになるのだな。詞章が同じだからストーリーも能と同じで、新春を寿ぐ宮廷に出御した皇帝と、廷臣たちとのめでたい舞尽くし。鶴と亀とに扮した廷臣が皇帝の長寿を願い、皇帝も荘重に舞い、羯鼓を着けた廷臣の賑やかな舞があり、天下泰平と五穀豊穣を願いつつ幕となります。皇帝は唐冠に直垂姿、鶴と亀は小素襖、従者は側次(袖なし上衣)に白大口。いかにも華やかな長唄に乗って、廷臣や従者が強靭な足腰で見せる安定した舞は、能のそれとは異なって躍動感に溢れ、見応えがありました。

15分間の休憩中に、館内をちょっと探検してみました。売店はあれやこれやとあり、「吉兆」をはじめとして食事をとれる場所も何カ所かありましたが、おでん屋さんはなくなっていました。また、エスカレーターが整備されていてお年寄りには親切。今回の改築は老朽化対策と共にバリアフリー化もテーマになっていたと聞いていますが、エスカレーターは誰にも喜ばれる設備でしょう。そんなこんなを見て回っているうちに目についたのが「想い出の歌舞伎俳優」と題して物故名優たちの写真を掲示しているスペースですが、そこには芝翫丈、雀右衛門丈、富十郎丈、勘三郎丈、そして團十郎丈といった、私が歌舞伎観劇から離れていた間に亡くなった大名跡の俳優たちの遺影が並んでいました。

寺子屋

久しぶりに観た「寺子屋」(源蔵戻りから)ですが、何せ松王丸が幸四郎丈なので、あらかた予想通りというか、安心感があるというか。さらに、三津五郎丈の武部源蔵、福助丈の戸浪との組合せは10年前に観ているので、既視感ありあり。それでも、その後に文楽での「菅原伝授手習鑑」を聴いた後になってみると、とりわけ三津五郎丈の口跡は本行である文楽の太夫の語りを的確になぞっていることがわかりますし、さらにこちらの見る目が肥えたのか、首実検での「でかした」が最初は小太郎(の首)に向けられ、慌てて「でかした源蔵、よく討った」と言い換えられたことなど、松王丸の台詞や所作の随所に設けられた仕掛けを見逃しませんでした。

とはいえ、愁嘆場になってみれば文楽のコンスタントなテンポを離れて、歌舞伎ならではのたっぷりした芝居の応酬に。一方では、詮議で泣かされた涎くりが花道で父親に「杮葺落とし中の新しい歌舞伎座に連れて行ってくれ」とせがみ、父親が「坊の好きな歌舞伎揚げを買うてやる」とご当地ネタで笑いをとるのも歌舞伎ならでは。

1時間25分の「寺子屋」が終わって、30分間の昼食休憩。入場前に買い求めたお弁当を食べ、さらに館内探訪している間に、舞台上では緞帳の紹介が行われていましたが、あの巨大な緞帳も、歌舞伎座リニューアルに伴って新調されたものなのでしょうか?

三人吉三巴白浪

菊五郎丈のお嬢吉三、仁左衛門丈のお坊吉三、そして幸四郎丈の和尚吉三の揃い踏みを見るための演目です。こうして主役級三人がゴージャスに立ち並ぶというのも、歌舞伎ならではの贅沢。もちろん、河竹黙阿弥の七五調は耳に馴染みよく、お嬢吉三の月も朧に白魚の、篝も霞む春の空……こいつは春から縁起がいいわえ、お坊吉三の駕籠にゆられてとろとろと、一杯機嫌の初夢に、金と聞いては見遁せねえ……なるほど世間は難しい。友禅入りの振袖で、人柄作りのお嬢さんが、追落しとは気がつかねえなど名台詞の応酬となります。しかし、夜鷹おとせを大川に突き落としたお嬢吉三の菊五郎丈が、裾をからげ杭に片足をかけて、この月も朧にと決め台詞を語り始めたまさにそのときに、目の前の席のおばあさんが隣席とおしゃべりを始めたのには仰天しました。ここ、この芝居の一番の聴きどころでしょう?他のお客さんも固唾をのんで見守っているのに、その空気がわからないんですか?……とは言いませんでしたが、即座に「お静かになさってください!」と小声で注意しました。

とは言うものの、歌舞伎座の客層なんてもともとそんなものです。それがいいとか悪いとかではなくて、他のお客の観劇マナーの悪さや芝居に対する理解度の低さをある程度受け入れないと成り立たないのが、大衆芸能であるところの歌舞伎(とその鑑賞法)というもの。

そんなことはありましたが、この日は最初に松羽目物、次に丸本物、最後に黙阿弥とタイプの異なる芝居や舞踊を観られて、何となく得した気分。帰りは、館内の階段を通じて鳳凰丸の定紋提灯が下がる地下の木挽町広場へ出ることができました。この動線が何となくおしゃれではないところも、かつての歌舞伎座を彷彿とさせて(?)悪くありません。そして来月は、鶴屋南北の「鈴ヶ森」と、歌舞伎十八番の一つ「助六」の予定です。

配役

鶴亀 皇帝 中村梅玉
中村橋之助
従者 中村松江
中村翫雀
寺子屋 松王丸 松本幸四郎
武部源蔵 坂東三津五郎
戸浪 中村福助
涎くり与太郎 坂東亀寿
園生の前 中村東蔵
春藤玄蕃 坂東彦三郎
千代 中村魁春
三人吉三巴白浪 お嬢吉三 尾上菊五郎
お坊吉三 片岡仁左衛門
夜鷹おとせ 中村梅枝
和尚吉三 松本幸四郎

あらすじ

鶴亀

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寺子屋

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三人吉三巴白浪

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