塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

アリーナ・コジョカル ドリーム・プロジェクト 2014

2014/07/21

一昨年に引き続き、2度目の「アリーナ・コジョカル ドリーム・プロジェクト」のAプロを、五反田のゆうぽうとホールで観ました。英国ロイヤル・バレエ団からイングリッシュ・ナショナル・バレエに移ったばかりのアリーナ・コジョカルが、パートナーであるヨハン・コボーと共に精鋭バレエダンサーを集めたプロジェクトということになっていますが、主要ダンサーはスティーヴン・マックレー、ワディム・ムンタギロフ、ローレン・カスバートソン(いずれも英国ロイヤル・バレエ団)と前回と同じで、そこにやはり英国ロイヤル・バレエ団で同僚だった吉田都さんの友情出演を得たというかたち。若干新鮮味が乏しい感は拭えないものの、スティーヴン・マックレーの超絶技巧が見られるのなら文句はありません。そういえば、前回スティーヴン・マックレーと技巧を競い合ったセルゲイ・ポルーニンは、2012年に英国ロイヤル・バレエ団を電撃退団した後、どうしているんだろう?

オープニング

客席に背を向け、背景の星空に向かって座るアリーナ。音楽と共に立ち上がり、空を指差してからひとしきり踊ると、黒いシャツとパンツ姿の四名の男性ダンサーたちが入ってきて1対4のローズ・アダージョのようなダンスとなり、さらにもう1人の男性ダンサーとパ・ド・ドゥ。最後はアリーナがきれいにリフトアップされてエンド。男性陣はいずれもヨハン・コボーが芸術監督を勤めるルーマニア国立バレエ団のダンサーたちですが、単なる顔見せではないエネルギーと技巧を発揮し、そこにアリーナの安定感溢れるダンスが乗って、のっけから客席のハートをつかみました。ところが……。

眠れる森の美女グラン・パ・ド・ドゥ

この日唯一「あれれ?」と思わされた演目。ローレン・カスバートソンとワディム・ムンタギロフの組合せなので万全だと思っていたら、アダージョのサポーテッドピルエットで息が合わず「?」と顔を見合わせたり、フィッシュダイブが妙にカクカクした動きになってしまったり。それぞれのヴァリエーションでもワディムは精彩を欠き、ローレンは最後のキメのタイミングが音楽と合わず。それでもコーダの最後はぴったりと決めて、なんとか形を作ってくれました。

HETのための2つの小品

オランダ国立バレエ団(Het Nationale Ballet)の常任振付家ハンス・ファン・マーネンによる作品。肌が透けて見える黒い衣装を纏ったユルギータ・ドロニナとイサック・エルナンデスのオランダ国立バレエ団コンビが踊りました。月明かりの下、ストリングスによる極めて速いパッセージの連鎖に乗ってクラシカルな技法を使いながら男女が運動量を競いつつ、ときどき相手の回りを歩き回って呼吸を整える前半と、一転してゆったりした曲に沿ってモダンな身体言語を用いて絡み合う後半。最後はイサックの肩にユルギータが頭をもたせかけて暗転しました。前後半のいずれも緊張感に満ちた、魅力的なパ・ド・ドゥでした。

エスメラルダ

ルーマニア国立バレエ団プリンシパルの日高世菜さんによるエスメラルダは、自信に満ちたジプシー娘(実は幼児にさらわれてきたもの)の存在感を見せつけてくれました。アダージョでのポワントのバランスの長さ、ヴァリエーションでのタンバリンダンスで頭上に掲げたタンバリンを打つ足の伸びやかさ。華やかなコーダの終わりまで、堂々たるエスメラルダぶりでした。

ラプソディー

お待ちかね、スティーヴン・マックレーと吉田都さんの登場。ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」を用いた作品で、フレデリック・アシュトンがミハイル・バリシニコフにあてて振り付けた作品だというだけあって、技巧的な面白さ満載です。まずは黄色いぴっちりしたウェアに身を包んだスティーヴンが登場し、もの凄いスピードで跳躍のバネや回転のキレを見せて客席を驚かせ、次に吉田都さんがポワントで立ったまま下手から登場して緊迫感に満ちたパッセージをひとしきり。その後にピアノとストリングスでのこの上なく優美なパ・ド・ドゥになるのですが、遠くから飛び込んでゆく吉田都さんをスティーヴンはあたかもよそ見しながらこともなげに受け止めている感じ。そして彼のソロはトゥール・ド・レン・アン・マネージュ=体操競技風に言えば「背面跳躍連続回転」ですが、あり得ないほどの滞空時間の間に斜めになった身体を軸にして2回転(空中でフェッテしているかのよう)して着地し、また跳躍!を3回繰り返してから普通の(?)トゥール・ド・レンへ。さらにフィギュアスケートもびっくりの超高速回転(しかも顔は回転の都度ぴたぴたと客席を向く)を繰り返して観客を圧倒し、最後は派手かつコミカルに終了して、パートナーの吉田都さんの最高の笑顔を引き出していました。

ゴパック

事前にアナウンスのない、サプライズ作品。ロシア出身のワディム・ムンタギロフが民族衣装風の刺繍を襟元に施した上衣と赤くゆとりのあるズボンにコサックブーツを履いて、とにかく元気いっぱいに舞台を回り、跳び、手を床に叩き付け、最後にどうだ!とばかりに両手を広げて終わる小品。観客はもちろん大喜び。

リリオムベンチのパ・ド・ドゥ

ジョン・ノイマイヤー振付のプロローグ付き全二幕の「リリオム」から第1幕第2場のベンチの場面。回転木馬の呼び込みをしているリリオム(ハンブルク・バレエのカーステン・ユング)と彼が恋をするジュリー(アリーナ・コジョカル)がベンチで会う場面で、なかなか互いの気持ちを伝えきれない不器用な2人が徐々に心を通わせていく情景を描くもの。最初はブロードウェイ・ミュージカルのワンシーンのようだと思いながら見ていましたが、そうではなく、ダンスならではの身体言語が言葉や音楽以上に雄弁に2人の性格や心の動きを物語っていく様子に感動しました。

白鳥の湖第2幕より

休憩をはさんで「白鳥の湖」は、東京バレエ団がコール・ド。ヨハン・コボーが王子役で、出会いのパ・ド・ドゥをしっとり2人で踊ると、4羽の白鳥、3羽の白鳥が踊られ、その後にオデットのヴァリエーション。安定した足技の後に、コール・ドに囲まれて高々とリフトされて終了。ヨハン・コボー、もう少しちゃんと踊らないと。

海賊ディヴェルティスマン

演目は「ディヴェルティスマン」ということになっていますが、要するに「海賊」の中のいくつかの見どころをつないだもの。油絵の風景画風の美しい背景をバックに、まずヨハン・コボーとアリーナ・コジョカルが美しいパ・ド・ドゥを見せてくれます。パワー全開の大胆なリフト(アリーナがヨハンの肩に手をついてヨハンの手に腰を支えられて鯱鉾風に身体を反らし、さらにアリーナが片手を離して客席ににっこり)などもあって、ヨハンもまだまだ衰えてないじゃないかと思わせましたが、本当に客席が沸いたのは次のエキゾチックなペアによるパ・ド・ドゥでした。見どころをつないだものだけに誰がどの役かにわかには判別できないのですが、たぶんこれは奴隷市場でのギュリナーラ(ユルギータ・ドロニナ)とランケデム(スティーヴン・マックレー)。最初はムーディーに、ついで他のダンサーのソロを間に差し挟んでからのヴァリエーションがテクニック満載。その後にパ・ド・トロワをワディム・ムンタギロフのコンラッド、イサック・エルナンデスのアリ、アリーナのメドーラで踊って見せて(コンラッドのジャンプの大きさは特筆もの)、コーダは4人の女性ダンサーがグラン・フェッテ・アン・トゥールナンを完全にシンクロさせれば、次には男性3人がてんでにグランド・ピルエット。最後にヨハン・コボーも戻ってきて、饗宴の終了となりました。会場は興奮の坩堝となり、客席が明るくなっても拍手と歓声はなかなかおさまりませんでした。

お目当てのスティーヴン・マックレーのアクロバティックな超絶技巧は期待を十分に上回るものでしたし、ワディム・ムンタギロフも負けず劣らずの跳躍力で客席を盛り上げてくれました。また、最後の「海賊」はまさに血沸き肉踊る系の派手な演出で、ケレン味たっぷりの歌舞伎を観るようなゴージャスさは実に楽しいものでした。私の隣に座っていて休憩時間に少し言葉を交わした上品な年配の御婦人も、最後はそれまでの慎み深さをかなぐり捨て腰を浮かして「うわー凄い!」と声を上げ拍手し続けたほど。

しかし、この日自分にとっての一番の収穫は、意外にも「リリオム」だったように思います。ノイマイヤーの振付けを得たアリーナの深い表現力は、彼女が「純真可憐」という言葉でくくれるような底の浅いダンサーではなく、真の芸術家の域に達していることを示してくれました。近年、アリーナはノイマイヤーに招かれてハンブルク・バレエで踊る機会が増えているそうですが、次はこうした企画ものではなく、ノイマイヤー作品を正面から見せてくれる場面を期待したいと思います。

配役

オープニング アリーナ・コジョカル
オヴィデュー・マテイ・ヤンク / ロベルト・エナシュ
堀内尚平 / クリスティアン・プレダ / ルーカス・キャンベル
眠れる森の美女
グラン・パ・ド・ドゥ
ローレン・カスバートソン / ワディム・ムンタギロフ
HETのための2つの小品 ユルギータ・ドロニナ / イサック・エルナンデス
エスメラルダ 日高世菜 / ダヴィッド・チェンツェミエック
ラプソディー 吉田都 / スティーヴン・マックレー
ゴパック ワディム・ムンタギロフ
リリオム
ベンチのパ・ド・ドゥ
アリーナ・コジョカル / カーステン・ユング
白鳥の湖
第2幕より
アリーナ・コジョカル / ヨハン・コボー
東京バレエ団
海賊
ディヴェルティスマン
アリーナ・コジョカル / ユルギータ・ドロニナ
日高世菜 / ローレン・カスバートソン
ヨハン・コボー / スティーヴン・マックレー
ダヴィッド・チェンツェミエック / ワディム・ムンタギロフ
イサック・エルナンデス