真夏の夜の夢(ハンブルク・バレエ団)
2016/03/12
東京文化会館(上野)で、ハンブルク・バレエ団。3月4日の「リリオム」に続いて、今日は「真夏の夜の夢」です。もちろんこれは、シェークスピアの同名の喜劇をバレエ化したもので、おおむね原作に忠実な作りになっているので、最初に登場人物の関係がどのように変遷したかを図示してみることにします。それぞれ、上段が妖精の世界、中段が貴族の世界、下段が職人の世界を表します。
そしてそれぞれの世界において、妖精の世界ではリゲティのトーンクラスター(「2001年宇宙の旅」でも有名)が、貴族の世界ではメンデルスゾーンの曲が、職人たちの世界では手回しオルガンの音楽が、それぞれ用いられていました。
【プロローグ】ヒッポリタの部屋
オープニングは、鮮やかなブルーの幕が背後を覆うヒッポリタ(アリーナ・コジョカル)の部屋。白いドレスを着て、長大な裾を引いて下手のベッドから上手の鏡に歩み寄ったところで宮廷のさまざまな人々が舞台上に姿を現し、左右の舞台袖も使って手際よく登場人物たちの関係を示します。しかし、この場で特に重要なのは、翌日の婚礼で夫婦となるアテネ公爵シーシアス(カーステン・ユング)とヒッポリタとは心が通っていないことを明らかにすることにあります。さまざまなエピソードが短時間で繰り広げられた後に独り残されたヒッポリタが横たわるベッドは、幕が上がると共に不気味なオルガンのトーンクラスターを背景に舞台上手へと消えていきました。
【第1幕】夜、森の中 — 妖精たちの世界
霧がたちこめる森の中に、ぴちっとした銀色の鱗に覆われたようなコスチュームを身体にまとった妖精たちが幾何学的なダンスで登場しました。先ほどまでの貴族たちの世界がごくオーソドックスな衣装だったのに対して、この宇宙人っぽいコスチュームはかなりインパクトがあり、トーンクラスターと暗い舞台もまた恐ろしく不気味。そんな妖精たちの王オベロン(カーステン・ユング)とその妻タイターニア(アリーナ・コジョカル)の間には諍いがあり、そうした様子がコンテンポラリーの技法を用いた荒々しいデュエットで暗示されます。
そこへやってきたのは相思相愛のハーミアとライサンダーで、最初は歌舞伎のだんまりのようにスローモーションで相手を探していましたが、音楽が貴族の世界を表すメンデルスゾーンに変わると生気を取り戻し、情熱的に踊ります。その後にやってきたのは、ハーミアに一方的に惚れているデミトリアスと、彼の元婚約者でデミトリアスをまだ愛しているヘレナ。この2人はコミカルな役柄を担っていて、ヘレナは大きな眼鏡をかけ、デミトリアスも髭を蓄えていますが、デミトリアスのジャンプや回転は驚くほどにキレが良く、ダンサーとしての力量を示しました。
一方、この森では結婚式の余興に演劇を行おうとしている職人たちが芝居の練習をしようとしており、彼らの世界は手回しオルガンの音楽で示されます。職人たちもまたそれらしい衣装を着て賑やかで、劇中劇の中で女性役を割り当てられた職人がトウシューズを強いられてのドタバタが陽気ですが、そうした情景も長くは続かず、以下、トーンクラスターが示す妖精の世界(リアルな人間たちの動きはスローモーション)、メンデルスゾーンが示す貴族たちの世界が交錯して、オベロンに与えられた魔法の赤い花を使ったパックの工作のせいで間違った組み合わせでの恋愛関係に基づくドタバタが繰り広げられます。人間の世界では一番もてなかったはずのヘレナが2人の男から求婚されて女たちは困惑し、妖精の女王タイターニアもパックのいたずらでロバの姿になった職人ボトムに惚れてしまって階層構造が混乱。背景をなす三つの樹木の植え込みが位置を変えたり回転したりして場面転換を暗示しますが、その不安定な舞台装置は演劇世界の中の登場人物たちの混迷を示しているようでもあります。
しかし、こうした混乱に次ぐ混乱は、最後にオベロンの叱責を受けたパックの奔走でなんとかいずれも元の鞘に収まり、そのパックが後ろに投げた花をベッドの後ろに立つ王が見事につかんで前へ差し出したところで暗転。
【第2幕第1場】夜明けの森
淡く青い光に照らされた森の中で、正しい組合せに戻った2組の男女。光は徐々にオレンジ色に変わり、しとやかな歓喜のダンスがすてきです。一方、職人たちもロバの姿から元の人間に戻ったボトムを見つけて大喜び。こうして舞台は空になり、混迷の森の一夜は終わります。
【第2幕第2場】ヒッポリタの部屋
冒頭のブルーの幕がさっと降ってベッドの上に眠るヒッポリタと、その寝姿を見守るシーシアス。メンデルスゾーンの美しい旋律を背後に眠っているヒッポリタを優しくリフトすると、ヒッポリタは目を覚ましてはにかんだ様子を見せ、2人のダンスが始まりました。やがて曲は輝きを増し、リフトを多用した喜びのパ・ド・ドゥが客席をも幸福感で包み込みます。ノイマイヤーの創作になるこの場面こそが、このバレエの最も美しい場面であり、同時にこのバレエの主題を示してもいます。
【第2幕第3場】シーシアスの宮殿の大広間
背後の幕が上がり、そして上がりきる刹那に落とされて舞台に次々調度が運び込まれ、華麗な雰囲気となった舞台上に有名な結婚行進曲に乗って人々が登場します。森の中でのドタバタを経て正しい組合せに落ち着いた2組もシーシアスに結婚の許しを得て、それぞれのダンスはヘレナとデミトリアスがエキゾチックな木管に乗って、ハーミアとライサンダーがスピーディーな管と弦に乗って陽気に。そしてここで職人たちによる劇中劇「ピラマスとシスビー」は要するに、ライオンに脅されて逃げたシスビーのマントをライオンが血まみれの口で汚したために、それを拾った恋人ピラマスが嘆いて自害。後からピラマスの死を知ったシスビーも死を選ぶ、という「ロミオとジュリエット」の最後に似た筋書きですが、ローマ兵士風のピラマス、赤靴女装できれいなポワントとアントルシャを見せるシスビー、2人がかりの壁男(裏返ると屋内の情景)、太陽だったり月だったりする提灯男、それになぜか回転技が綺麗なライオンが登場して笑えます。手回しオルガンの音楽は、ヴェルディの「椿姫」。
しかし、その後にはヒッポリタとシーシアスとが再びパ・ド・ドゥ。力強い男性ヴァリエーションと優美な回転の女性ヴァリエーション、そしてアダージョではスピードを増して相手の周囲を巡り合い、美しいリフトやバランスを見せて歓喜と祝福の感情が舞台いっぱいに広がりました。アリーナ・コジョカルのすらりと上がる足がバレエを観ることの喜びを客席に与えてくれた後に2人は舞台後方に消え、再び結婚行進曲が流れて2組の男女が祝福を受けると、舞台上は徐々に暗くなって人々は姿を消し、最後に残ったのは儀典長フィロストレートですが、その姿は原作で後口上を述べるパックに重なります。
【第2幕第4場】妖精たちの世界
霧が覆う妖精の世界で、横たわるタイターニアの上でオベロンが魔法の赤い花を振り、目覚めたタイターニアを抱擁。抱え上げたタイターニアを逆さに抱いて回転するうちに、幕が降りました。
シェークスピアによる原作では、デミトリアスはハーミアの父イジーアスに気に入られてハーミアの婚約者になっていて、ハーミアはライサンダーと共にアテネの町から駆け落ちをするという設定になっています。つまり、不本意な婚約を強いられたハーミアの抵抗と恋愛の成就が原作のストーリーの中核なのですが、 バレエの方はむしろカーステン・ユングとアリーナ・コジョカルが演じる2組の夫婦(オベロンとタイターニア / シーシアスとヒッポリタ)の和解・相互理解が主題となっていて、そのことは特に第2幕第2場のシーシアスとヒッポリタのパ・ド・ドゥによって顕著に示されていました。この2組の夫婦を同じダンサーが演じていること、さらに狂言回しのパックと儀典長フィロストレートもまた同一ダンサーであることは象徴的ですし、そこにノイマイヤーのこの作品に込めた寓意を読み取ることができそうです。
もちろん、原題に含まれる「Midsummer Night」が意味する「狂気」(夏至祭の前夜には乱痴気騒ぎをする習慣があった)の要素はこのバレエの第1幕の随所に描かれていて、そこに一役買っているのはパックのいたずらと失敗ですが、もともと2組の男女の色恋沙汰自体が狂気をはらんでいること、そして第2幕の劇中劇での恋愛と勘違いゆえの悲劇を笑って鑑賞している2組の男女がその数時間前には森の中で混乱に次ぐ混乱の中にいたことを見ると、シェークスピアとノイマイヤーは手を組んで客席の我々に「あなたたちも実は狂気の中にいるのでは?」と皮肉な笑顔を向けてきているような気がしてきます。
なお、上述の通り妖精の世界の造形(特にコスチューム)は、予備知識なくこのバレエを観た観客(私も含む)には相当に衝撃的で、私の席の近くにいた年配の男性は幕間で連れの女性に「バレエは綺麗なものでなければいかんのだ!」的に当たり散らしていました。そういうものと決めつけるのはどうかと思いますが、彼の気持ちもわからないでもない……ようにも思ったというのが正直なところ。本作品をノイマイヤーが振り付けたのは1977年のことですから、当時の観客がどんな反応を示したのか知りたいものです。
配役
ヒッポリタ / タイターニア | : | アリーナ・コジョカル(イングリッシュ・ナショナル・バレエ) |
シーシアス(アテネの大公) / オベロン | : | カーステン・ユング |
ヘレナ | : | カロリーナ・アグエロ |
ハーミア | : | フロレンシア・チネラート |
デミトリアス(士官) | : | アレクサンドル・リアブコ |
ライサンダー(庭師) | : | クリストファー・エヴァンス |
フィロストレート(儀典長) / パック | : | アレクサンドル・トルーシュ |
〔職人たち〕 | ||
ボトム(織工) | : | ダリオ・フランコーニ |
フルート(靴直し) | : | トーマス・ストゥールマン |
クインス(大工) | : | リロイ・ブーン |
スターヴリング(仕立屋) | : | サーシャ・リーバ |
スナウト(いかけ屋) | : | リーフォー・ウォン |
スナッグ(建具屋) | : | アレッシュ・マルティネス |
クラウス(手回しオルガン弾き) | : | エドゥアルド・ベルティーニ |
〔妖精たち〕 | ||
くもの巣 | : | ヘイリー・ページ |
豆の花 | : | パトリシア・フリッツァ |
からしの種 | : | 有井舞耀 |
蛾 | : | レナート・ラドケ |
タイターニアのお気に入りの妖精 | : | フローリアン・ポール |
指揮 | : | ギャレット・キースト |
演奏 | : | 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 |