バレエの王子さま
2016/07/15
後楽園の文京シビックホールで「バレエの王子さま」と題した公演を観ました。その悪夢のようなタイトルから容易に想像できるように、今が旬、またはこれから旬を迎えようとしている男性ダンサーたちを集めたガラ公演のような企画で、登場する「王子さま」たちは、次の通り。
- レオニード・サラファーノフ(ミハイロスキー劇場バレエ)
- ダニール・シムキン(アメリカン・バレエ・シアター)
- ウラジーミル・シクリャローフ(マリインスキー・バレエ)
- エドワード・ワトソン(英国ロイヤル・バレエ)
- ダニエル・カマルゴ(シュツットガルト・バレエ団)
また、この5人の男衆と共に来日した「お姫さま」は、次の2人です。どちらも小柄なのは、ダニール・シムキンの身長(172cmという説あり)に合わせたから?
- サラ・ラム(英国ロイヤル・バレエ団)
- マリア・コチェトコワ(サンフランシスコ・バレエ)
企画としてはとても素晴らしいものですが、見慣れた東京文化会館の大ホールに比べるとずいぶん小さい箱にもかかわらず空席が目立ったのは、実は「バレエの王子さま」というちょっと恥ずかしい公演名のせいではなかったかと思うのですが、果たして……。
オープニング
タンゴに乗って、シムキン、サラファーノフ、ラム、カマルゴ、シクリャローフ、ワトソン、コチェトコワが1人ずつ登場し、客席に向かって挨拶。その出だしからして、ダンサー同士が互いにつついたりすれ違ったりとコミカルな味。
バレエ 101
舞台上、四角い白光の中央に立つシクリャローフのソロ。英語のアナウンスが「101のクラシカルなポジション」の解説をした後、1番から順にカウントをするのに合わせてシクリャローフがポーズをとるのですが、徐々にストレッチやらジャンプやらが混じってきておかしなことに。それでも頑張って101番まで行ったら、今度はBGMのリズムに乗り、アナウンスがバラバラの順で早口言葉のように番号を言うため、シクリャーロフが無茶苦茶に振り回される……と思いきや、そのバラバラの順に従ってポジション(?)をつなげると滑らかなパになっていて、その随所にシクリャローフの素晴らしいバネや安定した軸がかいま見えるというものです。シクリャローフのダンスも凄い、でも早口言葉のアナウンサーも凄いと思っているうちにジェットエンジンような音がクレッシェンドしてきて遂に爆発音。しばし舞台が暗転し、やがて再び照明がついたときには、舞台中央にシクリャローフのトルソーが立ち、光の四隅にばらばらになった四肢が散らばっているというブラックなユーモアが最後に用意されていました。
水に流して
サラ・ラムのソロ。エディット・ピアフの「水に流して」に乗って、恐ろしくきびきびとした旋回やフェッテが続く小品。
ファイヤーブリーザー
ブラジル出身の新鋭ダニエル・カマルゴが、上半身裸体となって筋肉を誇示しながら凄まじい身体能力を見せるソロ。緊迫感に溢れる音楽と共に、舞台上の四つの光の円を次々に巡りながら跳躍し、回転する中に、自信・苦悩・孤独といった感情をこめていきます。とりわけ、途中で見せた「540」(ジャンプして踏み切った足を大きく回して空中で1回転半)には息を呑みました。このカマルゴを認識できたのが、この日の最大の収穫だったように思います。
予言者
こちらも上半身裸体のエドワード・ワトソンによるソロですが、技巧を誇示するタイプではなく、しみ入るようなチェロの音色に乗って、柔らかい動きを積み重ねる深みのある作品でした。その独特の雰囲気は、チェロの旋律がもつエスニックのようにも無調のようにも聴こえる不思議なスケールからももたらされていましたが、作曲家は現代音楽家テリー・ライリーでした。
タンゴ
真っ赤な光に照らされた舞台上で、ピアノの7拍子のリズムパターンに導かれたピアソラのバンドネオンの曲を聞きながら、颯爽と跳び、回転する、黒い上衣と黒いタイツのシクリャローフ。これはかっこいい!
同じ大きさ?
カマルゴ、サラファーノフ、シムキンの3人が舞台上に並んで前かがみのランニングポーズ。常時競い合うように動き続けながら、1人ずつ前に出てきて跳躍や回転の技を見せつける(でも残りの2人は相変わらず動き続けている)というもので、NYのバンドHazmat Modineの曲をバックに、時にはボーカルトラックに合わせて叫び顔を見せながらひたすら競り合う3人のダンサーのコミカルな動きとそれとは裏腹の超絶技巧の応酬に、客席も大喜び。
マノン
いわゆる「沼地のパ・ド・ドゥ」を、サラ・ラムとエドワード・ワトソンで。コミカルな「同じ大きさ?」の次にこのドロドロを持ってくるか……という点もさることながら、2005年にシルヴィ・ギエムとマッシモ・ムッルの組合せで見ているだけになまじなパートナーシップではそれを超えることはできないだろうと思っていましたが、今回の2人はいまひとつギクシャクしていたようにも見えました。それでも、最後にマノンの死を看取ったデ・グリューの嘆きの表情の強さは、やはり演技派ワトソンならでは。そして、終わった後に拍手を浴びながら2人がキスを交わしていたのが印象に残りました。
エチュード
休憩を挟んで、東京バレエ団による「エチュード」。バーレッスンでの基本動作の訓練が次第に技巧とスピードを増していくこの作品はこれまでにも何度か見ていますが、コチェトコワ、サラファーノフ、シクリャローフ、そしてシムキンが加わって、後半でアティテュード・プロムナードの一瞬での受け渡し、グランド・ピルエットから長大なグラン・フェッテ(背後のダンサーたちの1人が耐えきれず途中で回転を断念)、恐ろしいほどに高さのあるジャンプの連続などの超絶技巧を惜しげもなく披露して、45分間のこの作品をしっかり引き締めてくれました。東京バレエ団の日本男児たちや大和撫子たちも頑張っていましたが、やはり別格。
フィナーレ
最後はビゼーのカルメン組曲(前奏曲)と客席からの手拍子に乗って、全員登場。ここでも女性の取り合いみたいな演技があって笑わせましたが、個人技を見せつける場面では男性陣がそれぞれに跳躍の力強さを見せてくれて、とりわけシムキンの派手な「540」三連発には大歓声が湧きました。
フィナーレが終わり、何度かのカーテンコールの後に幕が閉じて客席が完全に明るくなったのですが、それでも拍手や「ブラボー!」の声が止みません。そのためしばしの間を経てもう一度ダンサーたちが姿を見せてくれたとき、1階席は総立ちになって歓呼の声をあげました。あいにく満席ではなかったものの、この日この公演に足を運んだ観客たちの興奮ぶりは十分に熱く、そしてその熱さはダンサーたちにも届いたことでしょう。
演目 | ダンサー | 振付 |
---|---|---|
オープニング | 全員 | |
バレエ 101 | ウラジーミル・シクリャローフ | エリック・ゴーティエ |
水に流して | サラ・ラム | ベン・ファン・ゴーウェンベルグ |
ファイヤーブリーザー | ダニエル・カマルゴ | カタジェナ・コジルスカ |
予言者 | エドワード・ワトソン | ウェイン・マクレガー |
タンゴソロ | ウラジーミル・シクリャローフ | ハンス・ファン・マーネン |
同じ大きさ? | ダニエル・カマルゴ / レオニード・サラファーノフ / ダニール・シムキン | ロマン・ノヴィツキー |
マノン 第3幕のパ・ド・ドゥ |
サラ・ラム / エドワード・ワトソン | ケネス・マクミラン |
エチュード | マリア・コチェトコワ / レオニード・サラファーノフ / ウラジーミル・シクリャローフ / ダニール・シムキン / 東京バレエ団 | ハラルド・ランダー |
フィナーレ | 全員 |