ドン・キホーテ<世界バレエフェスティバル全幕特別プロ>

2018/07/27

東京文化会館(上野)で、世界バレエフェスティバル全幕特別プロの「ドン・キホーテ」(振付:ウラジーミル・ワシーリエフ(マリウス・プティパ / アレクサンドル・ゴールスキーによる))。キトリはミリアム・ウルド=ブラーム、バジルはマチアス・エイマン。

2015年にもやはり世界バレエフェスティバル全幕特別プロとしてワシリーエフ版の「ドン・キホーテ」を観ており、そのときはキトリがアリーナ・コジョカル、バジルがワディム・ムンタギロフ。実はこの日の翌日にもやはりアリーナ・コジョカルがキトリを踊ることになっている(バジルは当初セザール・コラレスだったものの怪我のためレオニード・サラファーノフに交代)のですが、いかにアリーナのファンである私でも同じ演目を同じダンサーで観たのでは芸がないと思い、この日のチケットを購入したのでした。

東京文化会館大ホールのロビーに入ると、既に世界バレエフェスティバル本番に向けたディスプレイが設えられていて、いつになく華やかな雰囲気です。

第1幕第1場

第1幕第1場の賑やかな広場の場面は、せっかくの全幕ですが、建物はすべて書き割りで経費節減。それでもそこに次々に主要人物が登場してくると、プロダクションのチープさを吹き飛ばすオーラが舞台上に溢れます。最初に風のように登場したミリアム=キトリは、すらりとして颯爽。一方のマチアス=バジルは、ほんの少しのダンスの中にスピードとバネの強さ、抜群のリズム感を感じさせます。恋愛模様を巡るマイム(というより小芝居)の応酬もこのバレエの楽しみですが、ドン・キホーテやガマーシュを交えた3組の男女のダンスの後にバジルが娘の1人にちょっかいを出しているのを見咎めたキトリが腰に手を置き爪先をぱたぱたさせてから「てめー、どういうことだ」風に詰め寄る姿に笑わされました。その後のそれぞれのソロではいずれもブレない回転軸とスピードに目を奪われましたが、ただし二度の片手リフトはやや不安定でマチアス・エイマンが静止できませんでした。

一方、白い闘牛士姿が凛々しい柄本弾のエスパーダも日本人体型ながら力強くきびきびと踊りましたが、むしろ目を奪われたのは奈良春夏さんのメルセデスでした。鮮やかな赤いロングスカートの襞をひらめかせて踊る黒髪の奈良春夏さんは本当のスペイン女性のように原色系の華がありながら品があり、スカートの裾をつまみあげてナイフの間を踊り巡る姿には自信が溢れていました。

第1幕第2場

ジプシーの野営地。まずエスパーダのタンバリンダンスに見応えがありましたが、ジプシーの男たちの激しい群舞にバジルが途中から加わるとマチアス・エイマンの存在感がやはり際立つのは、果たして何が違うのか。さらにこの場の白眉は若いジプシーの娘の取り憑かれた姿でのダンスで、このエネルギッシュなダンスを踊ったのは伝田陽美さんでしたが、振付はあまり土俗性を強調しない比較的オーソドックスなものだと見えたものの、そこにドゥエンデの存在を確かに感じました。

第1幕第3場

ドン・キホーテの夢の世界。プティパの公式(?)に則したバレエ・ブランの場面で、ドリアードたちのダンスも優美でしたが、足立真里亜さんのキューピッドのダンスがキュート。しかし小柄に見えてすらりと長い足が美しく、可愛いだけではありません。かたやドゥルシネア姫のソロは、まずは優雅に、ついで右足を上げて膝下を振りながら左足で移動するパをぴしぴしと決め、クライマックスの回転はティアラが飛んでしまうほどのスピード。このティアラはその後の3人のドリアードと4人のドリアードのダンスの間も舞台上に残されていましたが、コール・ドが動き出す瞬間にドン・キホーテがさりげなく拾い上げて事なきを得ました。

第2幕第1場

空が見えているので、居酒屋の中庭?うっすらスモークもかかっている様子です。気合の入ったエスパーダのソロに続くメルセデスのダンスが、夜の場面だからかどことなく妖艶。短時間ながら壁際のテーブルの上に立って踊る場面を見たとき、奈良春夏さんによる「ボレロ」を観てみたいとふと思いました。

第2幕第2場

白い装飾の庭園。登場人物たちの衣装のカラーリングも白と青と淡いピンクが基調となります。バレリーナの卵たちによる統制のとれたキューピッドたちの踊りに続き、例外的に鮮烈な赤と黒の衣装をまとった主役2人が登場してグラン・パ・ド・ドゥ。高いリフト、ポワントでのバランス、フィッシュ・ダイヴ……ホール内のすべての視線を集めたキトリとバジルがアイコンタクトなしにぴたりと同じタイミングでポーズを決めると、大歓声が湧き起こりました。さらに女性2人のヴァリエーションを織り込みつつ、バジルのヴァリエーション、キトリのヴァリエーション。コーダでのキトリのグラン・フェッテはすべて1回転ごとに鞭をしならせるものでしたが、それだけに安定感があり、穏やかな祝祭の雰囲気にふさわしいものです。

フィナーレで舞台奥の階段の上に立つドン・キホーテの前に主役2人が進み、その祝福を受けたところで幕が下りました。

ミリアム・ウルド=ブラームもマチアス・エイマンも、息を呑む超絶技巧を繰り出すということではなく、全幕を通じてゆとりをもって端正に踊っている感じがして、舞台の上と客席とが一体になって祝祭の雰囲気を味わうタイプの公演だったように思いました。ところが、それでもやはり2人のダンサーが踊ると何かが明らかに違っていて、その一挙手一投足に惹きつけられてしまいます。それは、一貫して示される足さばきの美しさであったり、回転したときの安定感や跳躍したときの高さの違いであったり、マチアス・エイマンが見せ場でもなんでもない跳躍でふと見せた180度の開脚の見事さであったり、さらにはマイムも含めた演技の力でもあったりするのかもしれませんが、そうした諸々を一言にまとめれば、言い古された表現ですが、やはり「スター性」ということになってしまうのだろうと思います。

まさに「スター」が集うフェスティバル本番が、これでますます楽しみになってきました。

配役

キトリ
ドゥルシネア姫
ミリアム・ウルド=ブラーム
バジル マチアス・エイマン
ドン・キホーテ 木村和夫
サンチョ・パンサ 岡崎隼也
ガマーシュ 樋口祐輝
メルセデス 奈良春夏
エスパーダ 柄本弾
ロレンツォ 永田雄大
2人のキトリの友人 吉川留衣-二瓶加奈子
闘牛士 宮川新大 / 森川茉央 / 杉山優一 / ブラウリオ・アルバレス / 和田康佑 / 金指承太郎 / 宮崎大樹 / 岡﨑司
若いジプシーの娘 伝田陽美
ドリアードの女王 三雲友里加
3人のドリアード 伝田陽美 / 政本絵美 / 柿崎佑奈
4人のドリアード 岸本夏未 / 金子仁美 / 中川美雪 / 安西くるみ
キューピッド 足立真里亜
ヴァリエーション1 吉川留衣
ヴァリエーション2 二瓶加奈子
指揮 ワレリー・オブジャニコフ
演奏 東京フィルハーモニー交響楽団