塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

NHK交響楽団〔フォーレ / ブリテン / リムスキー=コルサコフ〕

2019/01/17

NHKホールでNHK交響楽団の定期演奏会、指揮:トゥガン・ソヒエフ。ロシアからの客演です。

今宵のプログラムはフォーレ、ブリテン、そしてリムスキー=コルサコフ。とりわけ「シェエラザード」は大好きな曲で、この日のお目当てです。かつて安藤美姫さんが、世界選手権でこの曲に乗って圧巻のスケーティングを見せたことを今でも鮮明に覚えています。

フォーレ:組曲「ペレアスとメリザンド」作品80

メーテルリンクの同名戯曲の劇付随音楽として作曲された後、管弦楽用の組曲として書き直されたもの。他にドビュッシーやシェーンベルク、シベリウスらもこの戯曲によるオペラや交響詩などを作曲しています。フォーレの組曲は本来は5曲編成ですが、ここでは声楽を伴う〈メリザンドの歌〉を外した構成にしてあります。

静かな弦がたゆたい、後半のホルンが角笛を示す第1曲〈前奏曲〉、紡ぎ車を表すヴァイオリンのゆったりとした動きに乗りオーボエが牧歌的な主題を歌う短い第2曲〈糸を紡ぐ女〉に続いて、ペレアスとメリザンドが庭園の泉の前で戯れる情景を描く第3曲〈シチリア舞曲〉ではハープの分散和音に乗ったフルート独奏による美しいメロディーと付点リズムが日本人の心の琴線に触れてきます。美しい……。そして第4曲〈メリザンドの死〉が葬送の情景を荘重に描いて終曲。全体で20分もない組曲でしたが、どの曲もしみ入るような情緒にあふれた素晴らしい曲と素晴らしい演奏でした。

ブリテン:シンプル・シンフォニー 作品4

ベンジャミン・ブリテンが音楽大学の卒業前(1934年)に、9歳から12歳までに書いていた曲を素材として作曲したという弦楽曲。というわけで、舞台上には弦だけが残っています。

第1楽章〈騒々しいブーレ〉の「ブーレ」とはフランス起源の舞曲で、この曲も2拍子の浮き立つようなリズムが「騒々しい」というより躍動的な曲。第2楽章〈たのしいピチカート〉はその名の通り、素早いピチカートで演奏される変わった曲。中間部では低音のリズムが落ち着きを取り戻しますが、すぐに元の可愛らしい高速ピチカートへ。対照的に美しく物悲しい旋律がしっとりと、あるいは重々しく歌い上げられる第3楽章〈感傷的なサラバンド〉を経て、ダイナミックな指揮により緩急・強弱が大きく動く第4楽章〈浮かれたフィナーレ〉へ。タイトルとは裏腹に浮かれた様子は微塵もなく、堂々たるフィナーレでした。

リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」作品35

リムスキー=コルサコフの1888年の作品である「シェエラザード」は、『千一夜物語』を題材とした帰国情緒あふれるテイストを持つ曲。その異国情緒あふれる旋律と絢爛豪華なオーケストレーションで人気の高い曲です。

第1楽章〈海とシンドバッドの船〉の冒頭、重々しく鳴り響く主題はシャフリアール王、ついでハープの伴奏と共にコンサートマスターによって奏される美しいヴァイオリンはシェエラザードの主題。その後に大きく波がうねるような海の主題は、海軍軍人でもあった作曲家の遠洋航海の経験が活かされていると言われ、実際、目を閉じて聞くとそこにインド洋の大海原が広がっているような感覚を味わうことができました。

新たな物語の開始を告げるシェエラザードの主題を冒頭に置く第2楽章〈カレンダー王子の物語〉では、ファゴットの軽やかな、しかしどことなく寂しげな主題が印象的。この主題が各楽器に引き継がれていったのち、低音の弦が切り込んでからの金管によるファンファーレで緊迫感が高まっていく場面がダイナミック。いったん落ち着いてカレンダー王子の主題がホルン等により奏された後、終盤に向けて指揮者は腕を大きく振りながら各楽器の音量とスピードをぐいぐいと引き出しています。

第3楽章〈若い王子と王女〉の冒頭から登場する美しい弦楽の旋律は、そのタイトルの通りロマンティック。弦楽の厚みにそれだけで感動しました。途中から控えめな小太鼓やトライアングルのリズムに乗ってクラリネットが快活な王女の舞曲を奏します。後半、独奏ヴァイオリンが艶やかな音色と技巧の冴えを聞かせてから、王女の主題に戻った後に穏やかに終わります。

第4楽章〈バグダッドの祭り―海―船は青銅の騎士のある岩で難破〉。王の主題が素早いテンポで一気に立ち上がり、ついで情熱的とも思えるシェエラザードの主題も現れた後に、打楽器群が活躍する賑やかな祭りの情景へ。とりわけタンブリンの女性の演奏スタイルがそれ自体シアトリカルで目を引きました。それまでの楽章の主題を回想しながら演奏はぐいぐいとテンポを上げて盛り上がっていき、その頂点から現れた海の主題が大太鼓とシンバルの大音量と共に嵐となって船を翻弄した後に、巨大な銅鑼の一発で船は座礁。ここで静けさを取り戻した曲は物語を離れ、シェエラザードとシャフリアール王の主題を重ねて穏やかに終わります。

演奏が終わってもしばらくは金縛りにあったかのような静謐の時間が続き、指揮者トゥガン・ソヒエフ氏が身じろぎをしたところでようやく、しかし熱のこもった拍手が湧き上がりました。もちろん私からも、ダイナミックでありながら端正で、どこまでも美しい演奏を聞かせてくれた指揮者とN響、そして全楽章で可憐なシェエラザードの主題を独奏したコンサートマスターに、大きな拍手を送りました。