藤十郎の恋 / 口上 / 伽羅先代萩 / 島の千歳・関三奴

#232

2006/01/02

2006年の歌舞伎座『壽初春大歌舞伎』は、先月の南座に続いて坂田藤十郎襲名披露。歌舞伎座正面には酒樽が積み上げられ、中に入ると舞台の幕には山城屋の定紋・星梅鉢と、もう一つの花菱紋は替え紋なのかな?絵柄は祇園祭の山鉾。昼の部は南座の演目と重なるので夜の部三階席のチケットをとったのですが、これが西側二列目で、つまりは花道が全然見えない場所になってしまいました。

藤十郎の恋

まずは菊池寛作の「藤十郎の恋」でスタート。主役の藤十郎は扇雀丈が演じます。初日とあってそれぞれの役者にまだ台詞が十分に入っていないところが見られて、ことに藤十郎が道ならぬ恋の経験もあるだろうと問われてそんな経験などない!とむっとする場面で、藤十郎はと言うべきところを(近松)門左衛門はとやってしまって言い直す場面もありました。それはともかく、第一場の茶屋宗清から舞台を回しながら藤十郎が廊下を渡って第二場の小座敷へ移動する場面転換が実にスムーズなのにはとても感心。そしてこの芝居の眼目、藤十郎が宗清女房お梶に役作りのための偽りの恋を仕掛ける場面は、偽りではありながら本心でもあり、芝居でありながら芝居がかってもうまくいかない難しいところですが、時蔵丈のお梶が覚悟を決めて行灯の火を吹き消して藤十郎の手をとったときに、はっと正気にかえった風情を見せて、二人ともに見応えがありました。しかし、結局これでお梶は心をもてあそばれたことになったわけで、第二幕でそのことを知ったお梶が都万太夫座の楽屋で自害して果てたときに藤十郎が芸の人気が、女子一人の命などで傷つけられてよいものかと独白するところは、これもどこまで本心なのか見ようによって解釈が分かれます。結局のところ、どこまでいっても役者は虚実の境目に生きるしかないということなのでしょうか?

口上

今回は梅玉丈が「一生青春」を引き合いに出して「舞台上でも私生活でも」。以下、列座の幹部俳優陣が挨拶を述べる間、藤十郎丈の下手側隣で小さく伏している孫の虎之介君の手の位置を伯父の翫雀丈がそっと直していたのが微笑ましく、その虎之介君も、上方歌舞伎興隆のため生涯かけてとの藤十郎丈の堂々の挨拶の後で紹介され、自分でもしっかり挨拶をして声援を浴びていました。

伽羅先代萩

そしてお待ちかね「伽羅先代萩」は藤十郎丈が乳人政岡、さらに虎之介君が千松、悪役の弾正妹八汐が梅玉丈。解説によれば藤十郎丈は今回、文楽の「先代萩」に忠実な演出を取り入れたそうで、「飯炊き」では茶道の点前にとらわれず、炊きあがるまでの間小鳥の籠を出して千松に雀の唄を唄わせます。装置も上手に鶴千代の部屋が作られており、千松が毒饅頭を食べて苦しむところで鶴千代を部屋に入れ、政岡は部屋の前に立って守護する形を見せる、などなど。実際、お腹をすかせた幼君鶴千代と千松のために政岡が30分かけて茶道具でご飯を炊く「飯炊き」の場面、以前見た玉三郎丈の政岡では寸分の隙もない茶道の作法に圧倒されてぴんと張りつめた緊張感が客席を支配し、水の毒味のために千松と呼ぶところなんかは見ていて怖かったのですが、今日の政岡と千松のやりとりはけっこう濃密な親子関係で、叱りもするが褒めもします。そして二人の子供の不憫さにぐっとこらえるところの感情の起伏がいかにも藤十郎丈の大きさが出ていてよかったのですが、しかしあれを毎日やっていたら政岡も身が持たないだろうな、とも思ったり。ちなみに虎之介君は大した役者振りで、長台詞の後の例のおなかが空いてもひもじゅうないで大向こうからは「成駒屋!」の掛け声と拍手喝采。

そして栄御前が到着し、奥から出てきた梅玉丈の八汐がいかにも悪人なのですが、しかし品もあるし大きさもあって実に素晴らしい悪役振りです。その八汐が毒饅頭を食べて苦しんでいる千松を膝の上に抱えて突き立てた懐剣を「これでもか」とぐりぐりやると千松が「あー!」と断末魔の叫びを上げるのですが、そのぐりぐりも梅玉丈がやるとやはり上品なのでした。そして栄御前を見送って部屋部屋を確認しながらゆっくり元の部屋に戻り、千松の変わり果てた姿と対面して堰を切ったようにこれ千松、よう死んでくれました。でかしゃったでかしゃった……と嘆き崩れる場面が最後の見せ場ですが、なるほどここに至ってみると「飯炊き」での濃密な親子関係が生きているようでもあり、これまた納得。

この後に八汐を討ち果たして御簾が下り、場内が暗くなってから御殿がせり上がると、奈落からねずみを踏みつけた荒獅子男之助の播磨屋による荒事。さらにねずみが逃げて花道七三にスモークがたかれ、そこへ高麗屋の仁木弾正が現れて花道を悠然と引き揚げたようなのですが、残念ながら三階席からは観ることができませんでした。

島の千歳・関三奴

最後はいずれも舞踊もので、前者は福助丈の水干・立烏帽子の白拍子姿が凄く綺麗、後者は橋之助丈と染五郎丈の勇ましい奴姿が楽しかった。橋之助丈が飛んできた毛槍を受け損なったのは、まぁご愛嬌です。

今年も正月を歌舞伎座で過ごせて、幸せ。着物姿のお嬢さんたちもたくさんいて華やいだ歌舞伎座の客席に座っていると、これこそ正しい日本のお正月の過ごし方だと思えてきます。

ところで、入口で買った筋書きを席でぱらぱらめくっていたら、中に「大當り」と書かれた紙が一枚はさんでありました。そこに書かれているとおり案内所に行って紙を見せると係の人が「おめでとうございます」とくれたのが、右のかわいい色紙。歌舞伎座の大道具背景画を永年手掛けている後藤芳世氏の手になる戌年の色紙です。こいつは春から縁起がいいわえ。

……おっと、芝居が違うか。

出演

藤十郎の恋 坂田藤十郎 : 中村扇雀
若太夫 : 中村歌六
丹波屋主人 : 大谷友右衛門
澤村長十郎 : 片岡芦燕
宗清女房お梶 : 中村時蔵
伽羅先代萩
御殿・床下
乳人政岡 : 坂田藤十郎
八汐 : 中村梅玉
松島 : 中村扇雀
千松 : 中村虎之介
澄の江 : 中村壱太郎
沖の井 : 中村魁春
栄御前 : 片岡秀太郎
仁木弾正 : 松本幸四郎
荒獅子男之助 : 中村吉右衛門
島の千歳 千歳 : 中村福助
関三奴 奴 : 中村橋之助
奴 : 市川染五郎

あらすじ

藤十郎の恋

密夫の役を演じることとなった坂田藤十郎は、初日が迫るものの役作りが出来ず頭を悩ます。そこで藤十郎は、幼馴染で人妻のお梶に偽りの恋を仕掛け役の性根を得ることに成功するが、後にそれを知ったお梶は自害して果てる。

伽羅先代萩

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