塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

Jeff Beck

2009/02/11

Jeff Beck来日。前回私がJeffのライブを観たのは2005年7月でしたから、彼の姿に接するのは3年半ぶりということになります。その間、これという作品を新たに出しているわけではないのですが、今回のツアーの話題は、1986年生まれの若い女性ベーシストTal WilkenfeldをJeffが帯同していること。果たして、どんなプレイを聴かせてくれるのでしょうか?

この日の会場がパシフィコ横浜であることを気に留めずに、その前に半蔵門の国立劇場での舞楽のチケットをとってしまったため、国立劇場から半蔵門駅まで、渋谷駅の地下鉄から東横線まで、そしてみなとみらい駅から会場までいずれも全力疾走になってしまいましたが、どうやら少し余裕を持って会場に入り、あらかじめプログラムも購入してから席につくことができました。やれやれ。

定刻を5分ほど押して17時05分に照明が落ち、歓声の中をバンドのメンバー、そしてJeff Beckその人がステージ上に姿を現しました。メンバーの配置は、上手寄りに舞台中央を向く方向に座るキーボードのDavid Sancious(私にはPeter Gabrielをサポートしたアテネでのライブ映像『POV』で馴染みがあります。)、中央奥にそそり立つベースアンプの前に金髪のTal Wilkenfeld、その下手寄りに前回と同じく名ドラマーVinnie Colaiuta、そしてその前の下手寄りにJeff Beckです。まず最初は、Vinnie Colaiutaのスネアでボレロのパターンが叩かれて「Beck's Bolero」からスタート。続く「The Pump」では、基本ルート弾きのベースに時折高音域でのフレーズを即興で混ぜるTalのステージ度胸が伝わってきます。このメンツを相手にして、まるで20年も前から一緒にステージにいるかのような落ち着きぶりには、驚くばかり。続いて、ギターとキーボードの絡みからドラムがひとしきりソロっぽく叩いてインテンポとなる知らない激しい曲ですが、これが今回のツアーでセットリストに組み込まれているMahavishnu Orchestraの「Eternity's Breath」なんでしょうか?

細かいベースリフが印象的な「You Never Know」ではDavid Sanciousのシンセソロも入って、各人十分にエンジンが暖まってきたかなというところでぐっとシックな「'Cause We've Ended as Lovers」……なのですが、ここからなぜかギターアンプがノイズを発するようになってしまいました。むむ、といった顔で下手袖のスタッフを見やるJeff。そのスタッフたちが舞台後ろを右往左往しているのを見ながらJeffがフットスイッチでギターをオフにしている間に、TalがVinnieやDavidと息を合わせて、時間を稼ぐかのような長めのベースソロ。こういうアクシデントでは経験がモノを言うのだと思いますが、当事者のJeff以外のメンバーはTalも含めて笑顔を見せており、トラブルにまったく動じる様子がありません。

とりあえずこの曲を終えてレゲエ調の「Behind the Veil」にかかりましたが、静かなこの曲ではますますノイズが邪魔をしてきます。頭を抱えて袖に向かうJeff、またまたリカバーに回るTal。この曲が終わったところでJeffがマイクに向かい、「How are you.」ここに来られてうれしいが機材の調子が悪い、みたいなことを言っている間に、スタッフはJeffの後ろの2台のアンプをメインからサブに切り替えようとしている模様。そこで残る3人が(たぶんVinnieの仕掛けで)軽くインプロヴィゼーションを弾いていたら、JeffがTalの横に立ってベースのネックを握りました。どうやらTalはD,G弦で高音部でのベースソロ、JeffはE,A弦でルート、という分担で一緒にベースを弾いているようで、これには会場大喜びで拍手喝采です。その間にリザーブのシステムが立ち上がったようなので、Jeffはギターを手にとり、音を確かめるようにおもむろに弾いてみたのがなぜか「Happy Birthday」。Talも、細かいトリルも交えながらこれに追随していましたが、どうやらノイズは消えている様子です。鬱憤を晴らすように7-8-8-7拍子のリズムの厳しい「Blast from the East」。ところが、続いてVinnieの強烈なドラミングが炸裂する「Stratus」(Billy Cobhamの曲)に入ったところで、またしてもノイズが発生。Jeffはアンプをひっくり返す素振りを見せ、スタッフはJeffの足元で必死にエフェクトボードを点検していますが、最後はほとんどドラムソロ状態でこの曲が終わったところで、Jeffが後ろのアンプを指差してトラブルがfixされたら戻ってくるよとアナウンスして、修理のためにインターミッションが入ることになってしまいました。

プロのライブでこれほどの機材不調に遭遇したのはSense of Wonderくらいしか記憶にありませんが、不思議に客席の雰囲気は落ち着いています。ノイズ(たぶんシールドかエフェクターが原因)ははっきり音楽を台無しにするくらいの大きさではあるのですが、メンバーの演奏は決して悪くなく、Jeffのギターは時折信じられないようなダイナミクスを発揮していますし、トラブルでJeffがギターを背中に回してしまっている間は残りの3人が即興での穴埋めをしてくれているので、むしろトラブルを彼らがどう克服するかを楽しんで観ている感じです。

演奏中断といっても客電が点灯するわけではなく、青い光がぼんやりとステージ上に降り注ぐ中BGMが流れているだけですが、それも5分余りで終わり、再びバンドがステージ上に姿を現しました。Jeffは両手を合わせて深々とお辞儀をしていましたが、客席から返ってきたのは温かい拍手と声援。

再開1曲目は、ハイハットが細かい3連系のオフビートリズムで静かに入る「Angel (Footsteps)」。この曲の終わりの方では、ボトルネックをフレットのない音域、つまりピックアップ上にまで当てて通常では出せない高い音域のメロディを奏でるのですが、Jeffは音程・音質とも完璧なコントロールを見せてくれました。続いてVinnieがチャイナシンバル四つ打ちに複雑なバスドラとスネアを絡めて、このイントロだけですぐわかる「Led Boots」。ベースの音がこもっている感じがしたものの、非常にアグレッシブな演奏でした。次の「Nadia」ではJeffはリズムへの集中力を欠いているように思えましたが、Simon Phillipsの超絶ドラミングをオリジナルとまったく遜色ないスピードでVinnieが見事に再現した「Space Boogie」でTalがうねるようなごきげんなランニングベースを聴かせてくれると、Jeffも気合を復活させた模様。次に「Goodbye Pork Pie Hat」を途中まで弾いて、そこで両手をギターに上からかぶせてはっと音を止め、そこから「Brush with the Blues」。この曲は毎回そうですが、Jeffがいかにギターを自在に歌わせられるかを如実に示してくれます。ナチュラルなトーンで微妙なニュアンスを出したと思ったら、フルボリュームで荒々しくフレットを駆け回り、次の瞬間には静寂の中にハーモニクスを沈めてみせるといった具合で、もはや「弾く」とか「奏でる」といった言葉を超越した世界が広がります。

ハイハットの特徴的なパターンが始まって歓声が上がり、「Blue Wind」。メインテーマはギターとベースの掛け合いになっており、途中にはDavidがスペースガンのような音でソロを聴かせます。本編最後は、The Beatlesの「A Day in the Life」。演奏終了後にJeffがメンバーを紹介しましたが、一番大きな拍手を集めたのは、やはり想像以上のベースを聴かせたTalでした。

アンコールはまずギターとキーボードだけで演奏され、Jeffのアーミングが聴きどころの「Where Were You」、ついでVinnieのタイトな6/8拍子のドラムとTalのあの細身からは信じられないような野太いベースの上に自在なギターが展開する「Big Block」。さらに、聴いたことがあるようなないような印象的な曲(「Scottish One」)が続いて、Jeffはこれで終わりといった雰囲気で下手のマイクに近づいたのですが、トラブルによる中断を穴埋めするかのように「もう1曲!」といった顔でVinnieがスティックを構えており、それに気付いたJeffが彼を指差して笑顔を見せたところで、フロアタムとスネアのパターンから始まったのは意外な選曲の「Peter Gunn Theme」でした。

終演は18時35分。トラブルを差し引いて正味85分ほどの演奏ですが、Vinnie Colaiutaの強力なドラミング、Tal Wilkenfeldの冗舌でツボを押さえたベースプレイ(あの若さで!)、そしてDavid Sanciousの堅実なサポートに乗って、やはりJeff Beckは別格のギターを聴かせてくれました。たった1本のStratocasterで、ナチュラルからオーバードライブまで、低音域から超高音域を経てさらにハーモニクスまで、こうした音の変化がシームレスかつ瞬時に行われ、Jeffの閃きがそのまま指先に乗り移ってアグレッシブな音に変換されるのを目の当たりにすると、彼が既に64歳であることが全く信じられなくなります。

ミュージシャン

Jeff Beck guitar
Vinnie Colaiuta drums
Tal Wilkenfeld bass
David Sancious keyboards

セットリスト

  1. Beck's Bolero
  2. The Pump
  3. Eternity's Breath
  4. You Never Know
  5. 'Cause We've Ended as Lovers
  6. Behind the Veil
  7. Improvisation (Jeff played bass with Tal.) / Happy Birthday
  8. Blast from the East
  9. Stratus
    - (一時中断)
  10. Angel (Footsteps)
  11. Led Boots
  12. Nadia
  13. Space Boogie
  14. Goodbye Pork Pie Hat / Brush with the Blues
  15. Blue Wind
  16. A Day in the Life
    -
  17. Where Were You
  18. Big Block
  19. Scottish One
  20. Peter Gunn Theme