東京フィルハーモニー交響楽団〔吉松隆 / 黛敏郎〕

2010/03/14

東京オペラシティのコンサートホールで、ちょっと変わったイベント「東京フィルハーモニー交響楽団 新・音楽の未来遺産」。何が変わっているかというと、あの吉松隆氏が編曲したEmerson, Lake & Palmerの「Tarkus」オーケストラ版が東京フィルハーモニー交響楽団によって初演されるというのです。

演目はほかに3曲あり、次のようなプログラムになっています。

  1. アトム・ハーツ・クラブ組曲第1番
  2. アメリカ Remix
  3. BUGAKU
  4. タルカス(オーケストラ版)

今回の「Tarkus」演奏に対して、作曲者のKeith Emersonも次のようなメッセージを寄せており、会場のロビーに掲示されていました。

THIS, IS A GREAT HONOUR FOR ME TO HAVE MY MUSIC Played and PRESENTED WITH SUCH ESTEEMED PLAYERS!!!

Arranger Takashi Yoshimatsu and orchestra play my work in a land I have grown to love since I first visited Japan in 1972 with my band.

I wrote the "Tarkus Suite" 1971 in England. Artist William Neal originally provided the imagery after I came up with a fictitious name for the music I was writing. It was a unique time frame of musical composition and experimentation for me as the changing times and the time changes for England became out of time. I left England as we all had to deal with political issues in subtle ways and it all played its part in the way of things until it grew to define a historic mark as to what is now known as progressive rock music that now falls into contemporary classical.

-- Keith Emerson

こうした曲目の演奏会だけに、TPOをわきまえない服装の客も少なからず見られた上に、少々空席が目立ったのが残念ではありましたが、とにかく定刻の15時に指揮者の藤岡幸夫氏が登場して、拍手がわき起こりました。

アトム・ハーツ・クラブ組曲第1番(吉松隆)

まず弦だけのオーケストラで演奏されたこの曲、正式なタイトルは「Dr.Tarkus's Atom Hearts Club Suite」。もとは弦楽四重奏曲として書かれたものだそうで、プログラムにはビートルズの「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」、エマーソン・レイク&パーマーの「Tarkus」、ピンク・フロイドの「Atom Heart Mother」というロックの名盤をブレンドし、「鉄腕アトム」の十万馬力でシェイクしたものという支離滅裂な解説がなされています。実際、最初の楽章はいきなり変拍子が特徴的な「Eruption」から始まりますし、すぐその後に「Heart of the Sunrise」も顔を出し、途中穏やかなアンダンテ、スケルツォをはさんで最後は思い切り「Honky Tonk Train Blues」で締めくくられます。10分ほどのコラージュ的な作品ですが、弦楽の響きが美しく、まずはつかみとして面白く聴きました。

アメリカ Remix(ドヴォルザーク / 吉松隆 編)

毎回Keithがオルガンにナイフを突き立てる、あの「America」か?と思いましたが、あれは元はウエストサイドストーリーだからレナード・バーンスタイン。さすがにそれはやり過ぎだろうと吉松隆氏が思ったかどうかはわかりませんが、こちらはドヴォルザークです。これまた弦楽四重奏曲だったものを、ピアノとオーケストラのために編曲(Remix)したもの。ピアノは若い中野翔太氏。五音音階の明るい主題をピアノが提示する第1楽章、弱音器をつけたトランペットによるムーディーなソロが美しい第2楽章……ときて、最後は疾走感に満ちた元気な第4楽章まで、全20分ほど。

BUGAKU(黛敏郎)

黛敏郎が1962年33歳のときに作曲したバレエ音楽。舞楽は実際に見聞きしたことがありますが、第1部はオーケストラの楽器による雅楽のシミュレーションという趣きで、ヴァイオリンによる笙、チェロのピチカートによる琵琶、ヴィオラによる篳篥がそれぞれ雰囲気を出しています。とは言うものの、この第1部でもメロディはあまり雅楽を感じさせるものではありませんでしたが、第2部になるとさらに雅楽の洗練から離れて、ストラヴィンスキーの「春の祭典」(とりわけ第2楽章)を彷彿とさせる土俗的なエネルギーに満ちた演奏が展開されました。

タルカス(キース・エマーソン / 吉松隆 編)

Emerson, Lake & Palmerの「Tarkus」は、プログレッシブロック史上に燦然と輝く名曲の一つ。パーカッシブなオルガンが特徴的な左手のパターンを展開する5拍子のイントロ、怪獣タルカスの誕生を象徴するムーグ・シンセサイザーの咆哮、多彩なメロディが惜しげもなく散りばめられたA面全部を使った組曲形式など、それまでのロックの常識を根底から破壊し尽くした強烈な曲でした。それがオーケストラによってどう変貌するのかと楽しみにしたのですが、吉松隆氏の今回の編曲はかなり原曲に忠実で、たとえば5拍子パターンは弦楽の早い動き、タルカスの鳴き声は金管の響きといった具合に、おおむね予想の範囲内。このホールのパイプオルガンが使えていれば「おおっ!」となったでしょうが、それは無理かな。さすがに打楽器はティンパニから各種小道具までさまざまな音色をとりいれ、特に木琴の使い方が巧みでCarl Palmerのドラムの再現にとどまらない工夫が感じられましたが、とは言うもののビートの核にハイハットが使われていたために、一種「軽音楽」風のチープさが出てしまったのがちょっと残念。そして何より原曲と比較して感心できなかったのは、テンポの自由度が乏しかったことです。Emerson, Lake & Palmerの原曲では、全体的にスピーディーな展開の中にも「Stones of Years」や「Battlefield」と言った部分は十分にテンポを落とし、あるいは自在にスピードを変化させて曲にダイナミクスをつけていたのですが、この日のオーケストラ版の演奏ではテンポの変化が案外不自由、というか平板で、それがまた軽音楽的印象を強めてしまっています。せっかくのオーケストラを、もっとたっぷりゆったり聴かせてもよかったと思うのですが……。それでも最後の「Aquatarkus」のパート、海の彼方に逃れていったタルカスの姿が全楽器デクレッシェンドで遠くなり、次の瞬間、巨大な銅鑼の響きからインテンポ、そして金管が高らかにタルカスの復活を告げ冒頭のテーマに回帰して大団円を迎えたときには、大いに感動しました。

1曲目と3曲目の後に吉松隆氏がステージに現れて解説を聴かせてくれたのですが、何枚か彼の作品を持ってときどき聴いてはいたものの、本物の吉松隆氏を見たのは、これが初めて。野太い感じの風貌だったのが意外でしたが、最初の解説では「趣味に走ってすみません」とユーモアたっぷりに謝っていたり、後半ではKeith Emersonに演奏許可を求めたのが(楽譜が完成するのが遅れたため)演奏1カ月前で関係者をはらはらさせたといった内訳話を披露してくれたりして、実はサザンやオフコースが好きだったという指揮者の藤岡幸夫氏ともども面白いトークでした。また、ロビーには難波弘之氏の姿も見られましたが、Emersonフォロワーの彼がこのアレンジをどう思ったか、聞いてみたい気もします。

本題とは直接関係ありませんが、こちらは同じEmerson, Lake & Palmerの「Trilogy」をジャズにするとこうなるという、とても雰囲気のある演奏 by Jad & Den Quintet。