Yes

2012/04/19

英国を代表するプログレッシブロックバンドYesの人事担当取締役と異名を取るChris Squireが、1968年の結成以来看板ヴォーカリストの任にあったJon Andersonの病気療養を機に、彼の替わりにYesのカヴァーバンドから引き抜いたBenoît Davidをボーカルに据えて最新アルバム『Fly From Here』をリリースしたのは、昨年のこと。

かつてこの曲を提供したTrevor Hornをプロデューサーとし、Geoff Downesをキーボードに迎えて制作されたこの作品は、Jon Anderson信者(つまりYesファンの大半)の懐疑と敵意とに迎えられつつも楽曲の良さで私のフェイバリットアルバムの1枚となったのですが、その後のワールドツアーの中でBenoît Davidはこれまた病気によるツアーキャンセルを契機にあえなく解雇。そして代役としてアメリカのプログレバンドGlass HammerのヴォーカリストJon DavisonをスカウトしたChris Squireは、Yesのツアーを継続して日本にやってきたのでした。この日は、日本でのツアーの3日目。高齢者集団のYesがちゃんとしたパフォーマンスを見せてくれるのか?と事前の下馬評は不安の声一色でしたが、初日・2日目とも素晴らしい演奏であったという情報が飛び交って、期待を胸に渋谷公会堂に向かいました。

定刻の19時にブリテンの「The Young Person's Guide to the Orchestra」が流れはじめ、やがて上手からメンバーが登場。今回のステージ上の配置は、前列が左からGのSteve Howe、VoのJon Davison、BのChris Squire、後列は左にKeyのGeoff Downes、右にDsのAlan Whiteです。ツアーの最初のうちはキーボードの位置は前列で一番上手寄りだったはずですが、この配置の方が舞台上が視覚的に引き締まった感じです。そしてオーケストラ曲が大団円を迎えた直後、この曲からライブがスタート。

Yours Is No Disgrace
硬質に引き締まったリズムセクションがガンガガンガンとあの特徴的なリズムパターンを叩き出し、そこにオルガンのシンコペーテッドパターン、さらに美しいシンセのフレーズが重なって前奏部が終わると、大歓声。各楽器の音もきれいに分離していて、これはいいライブになりそうな予感がする中、ボーカルが入ってきましたが、Jon Davisonの声はJon Andersonに比べると線が細いながらも、柔らかい高音がしっかり出ていてYesの曲になじむ感じです。そして長いギターソロ部!Steve Howeはあの年齢で本当に元気。ジャズギター風のパートで次々に聴衆を挑発するようなフレーズを繰り出してきており、これに対してリズムセクションもぴったりブレイクをかませて曲のメリハリを強調していました。事前の情報ではもっとテンポが遅く演奏されるのかと思っていましたが、予想以上にタイトでアグレッシブな演奏に感激。
Tempus Fugit
Trevor HornとGeoff Downesが参加して作成された1980年の『Drama』の中の人気曲。この曲の特徴であるあの高速ベースリフをChris Squireは、グリーンのCSベースで弾いていました。Steve Howeのギターは、赤いStratocaster。もちろんGeoff Downesによるヴォコーダーでの「Yes〜Yes〜」つき。
I've Seen All Good People
Chris Squireの貫禄のMCでJon Davisonが紹介された後に、5カウントからアカペラで始まったこの曲。Steve Howeは前半はスパニッシュ・リュートを使用。Jon Davisonの優しい声質がとりわけマッチしていました。中間で荘厳なパイプオルガンサウンドが入って、シャッフルリズムから再びアカペラ部は手拍子大会。やはりYesサウンドはChris Squireのコーラスワークがあってこそなのだな、と再認識させられる演奏でもありました。
And You and I
ひそやかなオルガンの音の上に、スタンドに固定されたアコースティック音専用のギターを用いてこの世で最も美しいと思われるギターのリフが重ねられて、聴取から歓声が上がりました。メインボーカルとコーラス2人が異なる歌詞を異なるメロディで歌う複雑なコーラスパートを経て、荘厳なストリング音の上にSteve Howeのスティールギターが高らかに響き渡り、背後のスクリーンには『Cose to the Edge』の中ジャケットに描かれていたRoger Deanの幻想的な絵画が映し出されました(アニメーションで流れる滝!)。この神々しいまでの演奏に、聴衆のうちの1人である私は滂沱の涙。後半のシンセサイザーソロは、Rick Wakemanが『Yessongs』で聴かせた刺激的な高速ソロとは異なり、ゆったりたゆたうようなフレーズでしたが、これも「And You and I」の本来の曲趣に合っていたように思います。この曲を聴けただけでも、この日ここに来た甲斐がありました。
Solitaire / Second Initial
Chris Squireから「Very capable hands, Mr. Steve Howe.」と紹介されて、Steve Howeのアコースティックギターによるソロコーナー。「Solitaire」は最新アルバム『Fly From Here』に収録されたクラシカルな曲で、「Second Initial」は1970年代から演奏されていたリズミカルな曲。椅子に腰掛けたSteve Howeは、左足で律儀にリズムをとりながらギターを弾いていました。
Fly From Here Suite
『Fly From Here』組曲の全曲(hole suite)を演奏するとSteve Howeからアナウンスがあって、直ちにGeoff Downesのピアノフレーズ。以下、スタジオ盤での演奏をステージ上でほぼ完璧に(若干のアレンジを加えて)再現した演奏が25分間にわたって続きます。印象的なフレーズが次々に繰り出される「Overture」は、そのGeoff Downesが9台のシンセサイザーを最大限に駆使してカラフルな演奏を展開しました。「We Can Fly」は先行するライブのYouTube映像ではChris Squireのコーラスパートが弱いと思っていたのですが、この日はGeoff Downesがコーラスに加わって厚みを加えたことで美しいハーモニーを聴かせてくれています。その名の通り哀愁漂う「Sad Night at the Airfield」では、Chris SquireはRickenbackerを背中に回し、スタンドを用いて縦に固定した(たぶんTobiasの)エクストラロングスケール4弦ベースをアップライトでゆったりと演奏。哀感溢れるストリングスと泣きのスティールギターにホロリとなったところで、冒頭のピアノフレーズから緊迫感を伴った「Madman at the Screens」。ここはAlan Whiteのドラムがしっかりドライブしていました。さらに意表を突かれたのが「Bumpy Ride」。ギターのカッティングでリズムを合わせて、一種コミカルとも言えるマリンバフレーズがGeoff Downesの左手によって弾かれたのですが、アルバムで聴いたときは「何じゃこりゃ?」と思ったこのパートが、こうしてライブで聴いてみると意外にしっくり曲にはまっています。そしてシームレスに最終パートの「We Can Fly (Reprise)」につながって、荘厳なエンディング。Jon Davisonのボーカルが(オリジナルのBenoît Davidと比較しても)弱く感じる場面もありましたが、それにしてもこの組曲の完全演奏が、この日の白眉となったことは間違いありません。
Heart of the Sunrise
4カウントから、冒頭の全楽器ユニゾンフレーズ。そしてメロトロンをバックにChris Squireが赤鬼のような堂々たる体躯でステージ上をのし歩きながら艶のあるベース音を聴かせ、再び高速ユニゾンへ。Steve HoweとChris Squireが仲良く肩を並べてリフを合わせる場面もありましたが、Steve、Chris、Alanは既に還暦を越えている(Geoffも一歩手前)というのに、この複雑怪奇な構造の曲を破綻の気配もなく弾きこなす演奏能力を維持し続けていることには驚くばかりです。そして、ボーカルは最後の最後に最も厳しい高音部が出てくるのですが、Jon Davisonは見事に歌いこなしていました。ラスト、高速ユニゾンが完璧に決まって曲が終了した途端、会場は興奮の坩堝に。
Owner of a Lonely Heart
Trevor Rabin時代の大ヒット曲であるこの曲をこのメンバーで演奏する必然性はないようにも思いますが、彼ら自身も案外気に入っている曲なのかも?Steve HoweのギターソロはTrevor Rabinのそれのようなテクニカルなものではありませんでしたが、それでも文句のない引き締まった演奏でした。
Starship Trooper
本編最後は、名曲中の名曲「Starship Trooper」。嗚呼、この曲をJon Davisonのように自分も歌えたら、Chris Squireのように弾けたら……と思うくらい、この曲のボーカルのメロディは美しく、ベースフレーズも美しいですね。中間のギターだけをバックにしたコーラス部、ロックの作法なら手拍子はウラ拍をとるところですが、ここは日本なので民謡調にオモテ拍で手拍子が湧き起こるのも致し方なし。来日回数の豊富なYesのメンバーもそこは慣れていることでしょう😅。そして長大なエンディング部、Chris Squireはディストーションとリヴァーブを効かせたエグいベース音を響かせながらカニ歩きし、そして「立とう!」という仕種を見せて聴衆を総立ちにさせたところで、ショルダーキーボードを下げたGeoff Downesが前に出てきて彼には珍しい高速ソロ。最後はSteve Howeのクリーントーンでのギターソロになって、大歓声のうちに終演となりました。
Roundabout
アンコールはもちろん、この曲。客席は大喜びで、のっけから手拍子大会になりました。間奏部のオルガンアルペジオを省略しない原曲に忠実なフルバージョンでの演奏でしたが、ジャジーな音色のオルガンソロの後にオルガンとギターの掛け合いが行われている間に、上手でファンと握手にいそしんでいたJon Davisonが舞台からフロアへ転落!うわ、大丈夫か?と思いましたが、すぐに舞台上に這い上がったJonは最後のボーカルパートをきっちりこなしてくれました。よかったよかった。

演奏終了後、5人は肩を組んで挨拶。客席からは惜しみない拍手が送られましたが、もちろんYesファンはこの曲が終わればコンサートは終了と了解しているので、無粋に再アンコールを求める手拍子は湧き上がりませんでした。

この日、MCの多くをつとめたChris Squireが現在のバンドの中核であることは間違いなく、時折見せるフラミンゴベースやベースペダルでの地響きのようなVoooomという音は存在感たっぷりでしたが、Steve Howeのジャンルを超越したギター演奏や、Geoff Downesのカラフルなシンセサイザー演奏も健在でしたし、Alan Whiteも全体にテンポダウンしてはいるものの予想以上にタイトなドラミングを聴かせてくれました。そして、何といってもボーカルのJon Davisonは賞賛されてしかるべきでしょう。美しい高音はやや線の細さを感じさせ、それだけにJon Andersonの声が持つメッセージ性までは感じられませんでしたが、曲によっては逆にその繊細さがマッチして、「代役の代役」にとどまらないパフォーマンスであったと思います。

そしてChris Squireの最後の一言は、「See you next time!!」。本当に、これだけのクオリティのライブを見せつけられれば、次なる新譜をリリースして再び来日してほしいと願わずにはいられません。そのときボーカルが誰になるかわからないのが、唯一の不安点ではありますが……。

しかし、実はこの日ステージに立った5人のうちの2人、すなわちSteve HoweとGeoff Downesとは、今年の9月にAsiaのメンバーとして来日することになっています。この人たちの年齢を感じさせない凄い活動量には、本当に脱帽です。

ミュージシャン

Jon Davison vocals
Chris Squire bass, vocals, harmonica
Steve Howe guitar, vocals
Geoff Downes keyboards, vocals
Alan White drums

セットリスト

  1. Yours Is No Disgrace
  2. Tempus Fugit
  3. I've Seen All Good People
  4. And You and I
  5. Solitaire
  6. Second Initial
  7. Fly From Here - Overture
  8. Fly From Here - Pt I - We Can Fly
  9. Fly From Here - Pt II - Sad Night at the Airfield
  10. Fly From Here - Pt III - Madman at the Screens
  11. Fly From Here - Pt IV - Bumpy Ride
  12. Fly From Here - Pt V - We Can Fly (Reprise)
  13. Heart of the Sunrise
  14. Owner of a Lonely Heart
  15. Starship Trooper
    --
  16. Roundabout