The Crimson ProjeKct
2013/03/17
Robert FrippもBill Brufordもミュージシャン稼業を引退し、King Crimsonの音楽をプロの演奏でまとまった形で聴く機会は永遠に失われたと思っていたところへ、1980-90年代Crimsonの残党(というと表現は悪いですが)であるAdrian Belew、Tony Levin、Pat Mastelottoの3人を中核としたセクステットが「The Crimson ProjeKct」名義で来日し、King Crimsonを再現するとの報に接しました。セクステット=6人組とはすなわち、1990年代のKing Crimsonのコンセプトであった「ダブルトリオ」の再現で、実際Tony Levinを中心とする「Stick Men」とAdrian Belewの名を冠した「Adrian Belew Power Trio」という二つのトリオが同じステージの上に立つという趣向なのですが、うーん、これは悩ましい。演奏は間違いなく超一流、しかしバンドとしてのオリジナリティは限りなくゼロのはず。それでもチケットをとったのは、一つにはKing Crimsonの楽曲(のいくつか)がもはやスタンダードとしてさまざまなミュージシャンのチャレンジを待つ普遍性を獲得しているだろうと思えること、もう一つは元々インプロヴィゼーションの余白を残した曲が多くそこにスリルを期待できそうであることによります。
いつの間にか日本における「プログレの聖地」となったクラブチッタ。
会場に入ってみると、ステージの上はサポートアクトであるÄnglagårdの機材が並んでいました。舞台の下手のかなりのスペースを占めるのはドラムセットで、普通のドラムの他に見たこともないほどの大きさの大太鼓、ゴング、チューブラー・ベルズ、ヴァイヴがひしめいています。中央にはサックスが立て掛けられていますが、その立ち位置の近くにメロトロン。上手はキーボードのブースで、舞台中央側にオルガン、客席側にある白い筐体はおそらくデジタル・メロトロン。その上にMinimoogが乗り、客席からは見えませんが上手側にピアノ音を出すキーボード、背後にFender Rhodes(?)も置かれていたようです。弦楽器は2人で、サックス兼フルートの後ろにベース、キーボードの隣にギター。
Änglagårdは1991年に生まれたスウェーデンのバンドで、1994年に一旦活動を休止した後、2003年の一時的活動再開をはさんで20年近くたった2012年に、彼らの公式Facebookページの言葉を借りればawoken from the dead
というもの。しかし、この日の演奏はそうした骨董的なテイストをまったく感じさせない、ヴィヴィッドなシンフォニックサウンドでした。残念ながら予備知識がないために、曲ごとに感想を整理することができないのですが、管楽器と鍵盤楽器やギターのアルペジオが主体となる抒情的なパートと、リズムセクションがパワフルに斬り込むダイナミックなパートとが巧みな構成力で交互に繰り返される曲が多く、また、特にフルートのAnna Holmgrenがサックスやキーボードやリコーダーやメロディカやタンバリンや、果ては風船を膨らませての効果音(最初の風船がパンと割れてしまっても動じずにスペアの風船を取り出すところがプロ!)までと大活躍で、1曲1曲が長尺でも飽きません。レフティでチェリーサンバーストのRickenbackerを弾くベーシストはベースペダルを多用し、キーボードも部分的にソプラノサックスを演奏する他、オリジナルメンバーであるギターのTord Lindmanも金属系の打楽器で効果音を加え、最後の曲ではリードボーカル(スウェーデン語?)を披露。こうしたあれやこれやを引っ括って曲にしっかりと芯の通ったまとまりを与えていたドラマーの力強く確実な演奏も、特筆すべきでしょう。最後の曲の演奏に入る前にTシャツ販売をたどたどしくPRするTordの素朴な口調とは裏腹に、いかにも北欧の暗い空と海とを連想させるダークな曲調が多かったのですが、75分間の誠実な演奏は最後にスタンディングオベーションと心のこもった歓声・拍手による賞賛を獲得していました。
幕が下りて休憩に入り、20分くらいたった頃からサウンドチェックの音が漏れてくるようになりました。しかしまだ開演のアナウンスはないままに、さらに10分。ようやく会場が暗くなると、サウンドスケープ風の効果音が流れ始めました。これが相当に長く続いて、やっと幕が上がったステージ上には、ブルーの光に照らされ、下手側に立ってタッチギター(とMacBook)を操るMarkus Reuterと、例によってアコースティックとデジタルの混載ドラムセットの中に収まるPat Mastelotto。
- B'Boom
- Markusの繰り出すディストーションサウンドに導かれて、ツインドラムの強大な音圧による競演が展開する破壊的な曲。この1曲目から早くも、パワフルなPatとテクニカルなTobias Ralphという2人のドラマーの個性が明らかになってきます。そして曲の最後にPatによる4カウントが入って、次の「Thrak」へ。
- Thrak
- 6人全員による暴力的なリフ、カオスと呼べるギターとベースの咆哮。フリーなギターソロでは弓も登場し、ダイナミックな緩急の中に「The Power to Believe II」のガムランフレーズが織り込まれたかと思うと、唐突に再びギターのヘヴィーなリフ。聴く者を突き放すような、シビアな演奏が繰り広げられました。
- Dinosaur
- やれやれ、やっとフレンドリーな歌モノです。ギターの刺激的なリフから入りつつもリラックスした演奏は、Adrianのリード・ボーカルにTonyのコーラスが加わり、さらに顕著なブレイクを挟んで、Adrianのギターから響き渡る恐竜の鳴き声(←誰も聞いたことがないはずですが、それでも間違いなく恐竜の鳴き声です)で聴衆の度肝を抜きました。
- Elephant Talk
- Adrianがメンバー紹介を行い、その最後に
Tony Levin on Bass... and Stick!!
と言うが早いかTonyがパララララ〜とあのイントロフレーズをチラ見せ。客席の笑いを聞きつつThat's O.K. I'm Adrian Blew. Go ahead!
と続いて、1980年代Crimsonの幕開けを告げるこの曲。ABCDEと単語を羅列する歌詞をハチャメチャに歌うAdrianのボーカルにはますます磨きがかかり、強力なサステインが唸りを上げるギターソロと象の雄叫びも健在。バッキングでのMarcusのクリーンなオブリガートによる絡みや、タッチギターとスティックの上行ユニゾンフレーズも聞き逃せません。
この曲が終わったところで、機材に不調があったらしくPatがドラムセットの前に出てきて調整開始。他のメンバーも思い思いにチューニングをしたりして間の悪い沈黙の時間ができてしまいましたが、それと見てとったAdrianがわざと無味乾燥なアナウンサーの口調を作って、「The Crimson ProjeKctはライブCDを今夜、ここで販売しています(拍手)。昨夏のツアーからの公式ライブ・ブートレッグです。If you don't take one home with you, shame on you.」。素晴らしい営業力!
- Larks' Tongues in Aspic, Part 2
- サンプリングされたヴァイオリンのノイズの中にMarcusがRobert Frippのギターを再現して、1970年代Crimsonの代表曲の一つであるこの曲を再現。Stick Menの3人による演奏に、後半のヴァイオリンソロのパートを舞台上で手持ち無沙汰そうにうろうろしていたAdrianが担当しましたが、この曲に限ってMarcusやTonyの演奏が乱れ気味。なぜだ?
- Neurotica
- 今度は上手側、Adrian Belew Power Trioによるスピーディーな演奏。Tobiasのもの凄い手数足数の超絶ドラミングと肝っ玉母さん風のJulie Slickの白いFender Precisionの相性が良く、オクターバーをかませたAdrianのギターが空間を埋めていきました。
- Industry
- 再びStick Men。アンビエント系の音の広がりの背後で、Patがあれやこれやの効果音。やがてリズムパターンがはっきりしてきて、タッチギターによる歪み系のフリーなソロ。さらにTonyのスティックも、驚くほどのディストーションサウンドで割って入って、曲名の通り無機的で不気味な雰囲気を醸し出します。
- Three of a Perfect Pair
- 緊張を解きほぐすようなこの曲(リズムはシンプルではないけれど)、Tony、Adrianと2人のドラマーによる演奏。この曲でのTonyのコーラスは、ビューティフル!
- Frame by Frame
- 全員での演奏。グリーンから赤に変わるダウンライトが美しく、その中で分厚く複雑に絡み合った音のタペストリーが紡ぎ出されていきます。
- Sleepless
- 元来はスラップベースの曲ですが、Tonyが取り出したのはファンクフィンガー。出だしでリズムマシンの異常なスピードに戸惑いましたが、すぐにPatがバスドラを入れ、さらにタムでリズムを再構築してくれて、あの不可思議な雰囲気が立ち上がってきました。ベースパートをJulieと交互に受け渡しながらボーカルパートを終えると、中間部ではツインドラムによるリズムの坩堝に。
- Vrooom Vrooom
- Stick Menの3人による演奏。サンプリングによるメロトロンのイントロから、Patのスティックによるカウントに続いてダークでヘヴィーな演奏へ。タッチギターの音がオクターブで重なっていて、3人とは思えない音の厚みがあります。この堂々たる演奏には、曲が終わった瞬間に「おぉ!」という大きな歓声が湧きました。
- Indiscipline
- しかし、この日の白眉は本編最後のこの曲だったでしょう。前半、TonyのスティックとJulieのベースが交互に一定のリズムパターンを刻む中、PatとTobiasが数小節ずつフリーなドラミングを繰り広げていくのですが、冒頭に見てとった通りPatのパワー(&笑い袋などの小道具)とTobiasのスピードという対比が際立ち、そしていずれも徐々にエネルギーを高めていって、一体どこまで連れて行かれてしまうのだろう?いや、もう限界!と思った次の瞬間、一気にバンド全体でのカオスのような演奏になだれ込みます。ギターソロのクレイジー振りもブレイク後のボーカルのクレイジー振りも鬼気迫るほど、そして再び混迷の渦の中へ叩き込まれる聴衆。久しぶりに、鳥肌が立つ演奏というものに出会いました。
- Red
- アンコール1曲目は、1970年代Crimsonのラストアルバムのタイトルチューンであり、そして1980-90年代のメタルCrimsonの先駆けともなったこの曲。ダブルトリオならではの音の厚みが活かされた演奏でした。
- Thela Hun Gingeet
- そして最後は、1980年代Crimsonの最初のアルバム『Disciplin』からアップテンポでダンサブルなこの曲。フィードバックと大胆なアーミングでギターにドップラー効果の悲鳴を上げさせるアヴァンギャルドなAdrianのソロも楽しく、聴衆もここまでの緊張の鬱憤を晴らすかのように、「セラハンジンジ〜、セラハンジンジ〜〜」と声を合わせていました。
演奏時間は約100分。普通のバンドなら短いと思えるところですが、ことKing Crimsonの音楽に関しては聴く方もこれが限界です。ところどころの綻びも気にさせない豪腕リズムと、随所に煌めきを見せたテクニックの応酬。二つのトリオが交互にステージを去ったり、ドラムやベースが2人同時にステージ上にいても掛け合いにとどまったりと、ダブルトリオという形態の意義を十分に活かしきっていたかと言えばそう言い切れない面も残りますが、それでも期待以上にスリリングな演奏を堪能することができました。
終演後にクラブチッタの屋内の壁に貼り出されていた、この日を含む3日間のセットリスト。選曲は同じですが、曲順がそれぞれ違います。そしてこれらの演奏はすべて、公式ブートレッグとして後日CD化されるとのこと。こうした商法の部分でもKing Crimsonの、いや、Robert Frippのスタイルを忠実になぞっているようです。しかし、近年蔓延している「蓋を開けてみなければ品質がわからないブートレッグ」の横行に鑑みれば、これはむしろ歓迎するべきことなのかもしれません。
出口では、Änglagårdのメンバーがサイン会を実施中。気さくに会話したり、写真に収まってくれたりと、大変フレンドリーな人たちであったようです。ぜひ、また来日してください。
ミュージシャン
Änglagård | Anna Holmgren | : | flute, saxophone, keyboards, recorder, melodica |
Johan Brand | : | bass, bass pedals | |
Tord Lindman | : | guitar, percussion, vocals | |
Erik Hammarström | : | drums, percussion | |
Linus Kåse | : | keyboards, saxophone, vocals | |
Adrian Belew Power Trio | Adrian Belew | : | guitar, vocals |
Julie Slick | : | bass | |
Tobias Ralph | : | drums | |
Stick Men | Tony Levin | : | bass, chapman stick, vocals |
Markus Reuter | : | touch guitar | |
Pat Mastelotto | : | drums |
セットリスト
Änglagård
- ***
- Höstsejd
- Längtans Klocka
- Jordrök
- Sorgmantel
- Kung Bore
The Crimson ProjeKct
- B'Boom
- Thrak
- Dinosaur
- Elephant Talk
- Larks' Tongues in Aspic, Part 2
- Neurotica
- Industry
- Three of a Perfect Pair
- Frame by Frame
- Sleepless
- Vrooom Vrooom
- Indiscipline
-- - Red
- Thela Hun Gingeet