Simon Phillips

2015/06/23

ブルーノート東京(南青山)で、Simon Phillipsのライブ……というより、もはやProtocolバンドのライブと言った方がいいかもしれません。それくらい息のあったメンバー構成は、リーダーでドラマーのSimonにギターのAndy Timmons、ベースのErnest Tibbs、そしてキーボードのSteve Weingart。この組合せで昨年5月にもこのブルーノート東京で演奏していますが、そのときはこのバンドでの最初のアルバムである『Protocol II』の楽曲のお披露目であったのに対し、今回は今年新たにリリースされた『Protocol III』をライブで聴かせるツアーということになります。

4月から5月にかけてヨーロッパを回り、5月中旬に『Protocol III』がリリースされ、そして6月中旬に日本にやってきた彼らは6月19-21日の3日間コットンクラブで演奏して、この日が日本での最後の演奏です。そして19時からのショウと21時半からのショウの2回のうち、私がチケットをとったのは遅い時間帯の方。21時前に場内に入っていったん席につきギネスを注文したら、すぐに機材を見にステージ近くへ足を運びました。

機材の配置は昨年同様で、ステージ下手に巨大なドラムセット、向かい合わせの上手にキーボード。その間の下手寄りにベーシスト用の丈の高い椅子が置かれ、上手寄りがギターの立ち位置となります。目に付いたのはキーボードの構成が少し変わっていたことで、昨年はSimonと向かい合う位置にあるメインキーボードがFender Rhodesだったのですが、今年はメインキーボードも左手側のキーボードもCASIOのデジタルピアノPrivia88鍵で、メインキーボードの上にCASIOシンセサイザーXW-P1がセットされていました。

定刻の21時半を20分ほども過ぎて、Simon大丈夫かな?と心配になり始めた頃にようやく照明が落ち、妖しげなSEに乗ってメンバーが登場しました。

Narmada
タブラの音をイントロとして、ベースとキーボードの低音のユニゾンによるテーマ、ハイハットの開閉にオクタバンとゴングバスを組み合わせた音域の広いドラムパターン、そして突如切れ込んでくるギターが印象的な、『Protocol III』の魅力的なオープニングナンバーでショウの幕が開きました。クリーントーンに軽く歪みを加えた軽やかなギターソロはいつの間にかサステインの効いたロック的とも言えるエモーショナルなフレージングに移行し、やがてテーマ部へ回帰してぴたっとクローズ。ぴったりと息の合った演奏に、いきなり会場は歓声に包まれます。
Outlaw
スローテンポな6/8拍子のハードリフを基本とするイントロ。引き続きエレピに乗ったダーティーなギターソロの最後にアームで音を波打たせて、中間部ではクリーントーンのブルージーなソロの背後にストリングス音が空間を埋めてきます。ギターの演奏は再び熱を帯びたものになり、それが延々と続いた後にメインリフの繰り返しとなってギターとキーボードが小さな遊びを聴かせながらSimonの顔をチラチラと見ていましたが、Simonはそれには乗らずに所定の小節数をこなして曲を終了しました。
Undercover
長いクレッシェンドのスネアロールから5拍子の激しくテクニカルなリフが続き、楽器群がブレイクしたところへ再びスネアロールが入ってきて、タムとスネアを円環状に組み合わせた複雑なロールからツーバス連打へヒートアップする長大なドラムソロへと展開しました。最後は再び、他の楽器を交えた荒々しいテーマ部へ。

ここで拍手に迎えられてSimonがステージの前の方に出てきて、「ドーモ、アリガトー。Thank you very much.」とMCとなりました。手元にアンチョコを取り出すとカタカナ言葉でメンバー紹介。最初にSteveのことを「CASIOキーボードワ、スティーブ・ワインガード〜サンデス」と紹介すると、続いてErnestに「Very nice bass、CASIO?」。これにはErnestもAndyもSteveもウケていましたが、残念ながらErnestのベースはCASIOではなくF-BassのBN5、Andyのストラト風のギターはIbanezのシグネチャーモデル、そしてもちろん、SimonのドラムはTAMAです。これが東京での最後のショウだが来年また来たい、と言って喝采を浴びたところでSimonは客席にいる誰か知り合いを見つけてフランス語で話し掛けた後、次は『Protocol III』か『Protocol II』の曲……と迷い、この調子では『Protocol XV』まで出したら「次は『Protocol IIV』の曲だったっけ?」なんてことになるな、と客席を笑わせました。

You Can't But You Can
この曲は、昨年のステージでは「Stern Crazy」として演奏された曲ですが、改めて『Protocol III』用にスタジオ録音されたもの。ライドシンバルをマレットで擦るように叩いて雰囲気を作り、そこへギターやキーボードが効果音的にフリーフォームで絡んでいるうちに徐々にリズムが形をなし始めて、一瞬のブレイクの後にギターによるメインテーマへ。昨年の演奏とも『Protocol III』での演奏とも異なる導入部から続いてAndyのギターが奔放に歌った後にSteveのジャズテイストのエレピソロが続き、一旦メインテーマへ戻ってからシンセサイザーとギターとの掛合い早弾きバトルへ。この辺りはミュージシャンたちの音とアイコンタクトでの駆け引きが面白く、見ていてこちらもうれしくなってしまいます。
Gemini
細かいハイハットとタム回しにスネアのゴーストノートを絡めた12拍子パターンからマイナースケールの哀愁を含んだギターで曲が展開する『Protocol II』収録曲。しかし途中にはリズムのキメごとにドラムのオブリガートがパワフルに入って聴衆を喜ばせるパートがあって、いったんエレピソロになってドラムの音量が下がっても緊迫感は収まらず、そのエレピソロがどんどん熱量を上げて行くにつれてドラムとベースの演奏も密度と音量とを高めていきます。ギターのテーマリフを破壊力満点のチャイナシンバル連打で支えて、最後は全楽器ユニゾン。

再びSimonが前に出てきて聴衆に感謝の言葉を述べてから、本編最後の曲へ。

Enigma
Andyの印象的なカッティングで始まるこの曲も昨年聴いたものですが、一度聴いたら忘れられないメロディラインがもたらす謎の魅力を持つこの曲は、私にとってもフェイバリット。一旦音量を下げてエレピとクリーントーンのギターが交互にソロを取り合っているうちに、ミュージシャン達は興が乗ったように徐々に演奏の力強さを増していって、SteveとAndyの遊び心は真剣勝負へと変わっていきました。この応酬が終わりベース・ギター・キーボードにユニゾンでシャッフル系のリズムをキープさせてSimonのフリーソロへ。しばらくはおとなしかったSimonのドラミングはある瞬間からスイッチが入ったように咆哮を始め、シンバル連打、タム連打、そしてポリリズムのスクエアなリズムでのツーバス連打上の高速タム回し。次の刹那、予告なしの一瞬のアイコンタクトからAndyのカッティングが切れ込んで終焉のギターソロから、長く荒々しいエンディングへ。あまりにも見事な曲の展開に、場内のボルテージは最高潮に達しました。

いったん楽屋に下がったミュージシャン達が再びフロアに姿を現すと、大喜びの客のグループが「お願いします!」「お願いします!」。まるで神様仏様Simon様と言わんばかりの興奮ぶりです。さすがに息を切らせているSimonでしたが、マイクをとって聴衆とクルーに感謝の言葉を掛け、客席後方のキッチンスタッフにも感謝し、自分の目の前で仕事をしている「All these guys work so hard!」なホールスタッフにも言及し、そしてバンドメンバーを振り返って彼らにも感謝の言葉を述べました。さらに、この後サインセッションがあるので「You have to buy "Protocol III"」と声を潜めて笑いをとりましたが、Simonのエンターテイナーぶりはそれだけではありませんでした。Mike Sternなら恥ずかしげもなく「CD〜!CD〜!」と声を張り上げるところだが、自分はイングランドから来たのでそんなことはできない、「Would you... ah, perhaps...」ともじもじしながらなかなかCDを買ってくれと切り出せないウルトラシャイなイギリス人の様子を演じてみせて大爆笑を誘いました。

Upside In Downside Up
最後は、Simon曰く「very confusing」なこの曲。シンセサイザーの強力なリフから始まり、複雑怪奇な変拍子のパターンを次々に連ねる超難曲です。にもかかわらず、この半端ではないグルーヴ感!中間部で音量を落として高度なテクニックを駆使するエレピソロをしっかり聴かせてから、リズムのキメを経てロックフィーリング溢れる力強いギターソロへ。そして再び始まったシンセサイザーリフをバックに短いドラムソロを経由し怒濤のエンディングへなだれ込んで、ツアー最後の瞬間を全楽器ユニゾンの完璧なリズムで締めました。

相も変わらぬSimonのダイナミクス豊かなドラミングに圧倒され、Andyの奔放なギタープレイとSteveのカラフルなキーボードプレイに幻惑されたライブ。やはり、このバンドは最高・最強です。しかし、自分にとってこの日一番の聴きものだったのは、実はErnestのベースプレイでした。一見すると右手も左手も極めてソフトなタッチなのに、ベースアンプから出てくる音は芯の通った音圧のある低音。しかもシュアにルートをキープするというのではなく、他の楽器とユニゾンになったり対位的にカウンターメロディをなぞったりと高度なラインどりで、難しいことを簡単そうに演奏してみせるプロの技を目の当たりにしました。

ともかく、昨年以上に一体感が高まってきたこのバンド。Simonが言ってくれたように、これからも毎年「Protocol X」をリリースして、東京にやってきて欲しいものです。

ミュージシャン

Simon Phillips drums
Andy Timmons guitar
Steve Weingart keyboards
Ernest Tibbs bass

セットリスト

  1. Narmada
  2. Outlaw
  3. Undercover
  4. You Can't But You Can
  5. Gemini
  6. Enigma
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  7. Upside In Downside Up