原始神母 / Steve Hackett / Camel
2016/05/22
日比谷野外音楽堂で、「Progressive Rock Fes 2016」に参戦。ここ数年、毎年参加バンドを変えて続いている野外フェスですが、自分がチケットを買ったのは初めてです。
この日、東京は猛暑と言ってよいほどの日差しのきつさと暑さで、しかも場内に入ってみると扇状に広がった観客席の下手側、つまり西日が遅くまで当たる場所が私の席になっていました。帽子を持ってこなかったことを後悔しながら、ペットボトルのお茶を片手に座って待つことしばし、定刻の10分前に最初のバンドである原始神母(Pink Floydトリビュート)のメンバーが登場しました。ステージ上の配置は、中央にドラム、その前上手にベース、さらに上手にキーボード。ドラムの下手寄りにコーラス兼パーカッションの女性、その前にもう1人のキーボード、そして前列中央下手寄りにリーダーでギタリストの木暮武彦氏。まだ開演には早いけどサウンドチェックかな?それにしてはやる気満々のようだぞ?と思って見ていると風が吹くSEが流れ始め、これは!と思ううちにベーシストがエコーのかかった打音を響かせて、『Meddle』(1971年)からのおなじみの曲「One of These Days」の演奏が始まりました。One of these days, I'm going to cut you into pieces
の叫び声も再現されて震撼しましたが、野外ステージであるにもかかわらず音はクリア、しかも十分な音圧と音の分離が両立していて、予想外の音響効果の良さには感動を覚えるほどです。
続いてベーシストがドラを鳴らしておどろおどろしく始まる「Set the Controls for the Heart of the Sun」(『Ummagumma』1969年)、ピアノメインの叙情的な「Cymbaline」(『More』1969年)と渋い選曲が続きましたが、とにかく暑い!まぶしい!しかし、そうした不平不満も名盤『The Dark Side of the Moon』(1973年)からの「Time」「The Great Gig in the Sky」の2曲が吹き飛ばしてくれました。目覚まし時計のSEに続くカチコチ音はベースが出し、リズムが入ってからはメインボーカルが熱唱。Pink Floydの曲はフラット気味に歌わなければ雰囲気が出ないのに彼が微妙にシャープ気味だったのは気になりましたが、ギターソロはまさにあの味、そしてセクシーな黒のロングドレスを身にまとったコーラスの女性2人が異次元の発声でいい仕事をしてくれています。
その女性ボーカル陣を全面的にフィーチュアした「The Great Gig in the Sky」は原曲ばりの迫力で圧倒されて、ここまででも十分すごいと思ったのですが、圧巻は『Atom Heart Mother』(1970年)の片面を占めていた大曲「Atom Heart Mother」です。シンセサイザーによる輝かしいブラスや浮遊感を漂わせるスライドギター、後半のブルージーなギターソロも良かったのですが、何よりも見事だったのは女性ボーカル2人とメインボーカル、ギタリストの4人によるボーカル・コラージュです。これだけクオリティの高いボーカルワークを聴かせるロックバンドは、そう多くはないでしょう。原曲の後ろ3分の1をカットした短縮版にアレンジされていましたが、むしろ引き締まったよい演奏であったと思います。
木暮武彦氏というとあのレベッカの創設者という予備知識しかなく、レベッカとPink Floydが結びつかないために演奏を聴く前は懐疑的だったのですが、文句なしに納得のライブでした。Pink Floydのトリビュートというと2009年にThe Spirit of Pink Floyd Showというのを観ていますが、道具立てはあちらが凝ったものであったもののDavid GilmourのPink Floydにフォーカスしていたのに対し、こちらはサイケデリックの香りを残した初期Pink Floydのトリビュートという立ち位置を鮮明にしていて、コアなファンを喜ばせていました。
休憩時間の間にドラム、キーボード、コーラスといったユニット毎の台がスライドしてステージ後方に下げられていき、入れ替わりのブースが前に出てきて、実に手際よく舞台上が次のバンドのためのセッティングに切り替わりました。次はSteve Hackettです。
Steve Hackettの単体でのライブは2013年に観ていますが、そのときとメンバーが変わったのはベースで、サウスポーで弦の並びが上下逆(右利き用のベースをそのままひっくり返して弾く感じ)と異様な運指を見せたLee Pomeroyに代わり、今回のメンバーは元KajagoogooのNick Beggsです。Nick BeggsはJohn Paul JonesのソロツアーにStick奏者として同行したところを見たことがありますが、そのときと同様、キルトスカート姿での登場でした。他のメンバーは前回同様の雰囲気でしたが、ドラマーがソフト帽に黒づくめのスーツで紳士然とした格好ながら、素晴らしくヌケの良い音で手数多いドラミングを披露していたのは特筆もの。
主役のSteve Hackettは日本慣れしているのでMCで随所に「アリガトウゴザイマス」「コンバンワ」などの日本語を交えながら、前半は最新作『Wolflight』(2015年)の曲を立て続けに4曲、そして『Voyage of the Acolyte』(1975年)から2曲。ソロ作の『Wolflight』はファンの間でも評判が良いようですが、確かにそこからの楽曲は変化と緊迫感に富む堂々たるものばかり(「Loving Sea」だけはアコースティックなフォークソング調)で、各楽器の演奏もコーラスワークも素晴らしく、Steve Hackettのコンポーザーとしての力量が存分に発揮された作品であることが伺えました。
そして、彼のステージでの定番曲である「Shadow of the Hierophant」の後半部の抜粋が終わると、メンバー紹介の後に例によってノーブルな出で立ちのNad Sylvanが登場し、後半は聴衆の期待に応えてGenesisソングでした。美しいギターのアルペジオから始まる「The Cinema Show」は誰しもが待望の曲だったと思いますが、私がうれしかったのは続く「Aisle of Plenty」までをきちんと演奏したこと。オリジナル(『Selling England by the Pound』1973年)ではこの曲はシームレスにつながっており、男女の愛の期待を寓話的に描く前者と現実に引き戻すかのような歌詞を持つ後者は対の関係にあって、「やがて悲しき」的な後者が伴わなければ「The Cinema Show」はただのお伽話で終わってしまうわけです。
以後、間奏部のオルガンのアルペジオと複雑なリズムのキメが特徴的な「Can-Utility and the Coastliners」(『Foxtrot』1972年)、Steve Hackettのギターが縦横に活躍する「Dance on a Volcano」(『A Trick of the Tail』1976年)、そして長大なシンセソロからこれまた長大な泣きのギターが冴え渡る「Firth of Fifth」(『Selling England by the Pound』)とファンなら誰でも知っている曲が続きましたが、全体にそつのない演奏に終始したという印象。それでもたとえば「Firth of Fifth」のギターソロの中に原曲にはない細かいオブリガートや効果音を盛り込んだりしていて、手抜きは一切感じられませんでした。
終演後、メンバーが整列して客席に挨拶をするときに、Nick Beggsはなぜか白犬のかぶりものをかぶって大はしゃぎ。そういえばNad Sylvanも最後の曲だけ鶴の嘴のようにつばの長い白いキャップをかぶっていて、この人たち、いったい何なんだろう?と半ばあきれながら立ち上がって拍手を送っていたら、通路をはさんで隣にいた体格のいい外国人客が私に向かって「Very good!! Yes?」と同意を求めてきました。はいはい、とてもよかったですね。よかったと言えば、この頃にはようやく暗くなってきて涼しくなった上に、照明も効果を発揮できるようになってきました。
再びステージ上のセットが変更され、楽器群の配置がぐっとシンプルになったところで、最後のCamelの登場。ここで全国1,000万人(独自推定)のCamelファンの皆さんに謝らなければならないのですが、私はCamelのことをほとんど知りません。一度勧められて名盤とされる『Music Inspired by the Snow Goose』(1975年)を聴いたのですが、そのときはまるでピンとこず、そのままにしてしまっていました。それから月日が流れ、CamelのメンバーはAndrew Latimerだけになり、その彼も2000年代には骨髄線維症を患って長い闘病生活を余儀なくされていたのですが、骨髄移植に成功して復活を果たし、実に16年ぶりの来日を実現してくれたということですから、その場面に立ち会わないわけにはいきません。今回、このフェスに足を運ぶことにしたのも、Camelの音楽ともう一度向き合ってみたいという希望が一番の動機です。
さて、ステージ上にメンバーが登場する段になって、大きな歓声の中をギターのAndrew Latimer、ベースのColin Bass、ドラムのDenis Clementに続いて、小太りのPeter Jonesがスタッフの肩に手をかけて導かれ、その手助けを借りてキーボードの前に座りました。このときまで知らなかったのですが、Peter Jonesは前任のキーボード奏者が急逝したことを受けてこのツアーにアサインされた人物で、Tiger Moth Tales名義でシンフォニックなアルバムをリリースしている盲目のマルチプレイヤーです。
そのPeter Jonesが朗々としたボーカルをとる「Never Let Go」(『Camel』1973年)から始まったステージは、その後に『Mirage』(1974年)から「The White Rider」、『The Snow Goose』から「Rhayader」、『Moonmadness』(1976年)から「Song Within a Song」「Spirit of the Water」、『Rain Dances』(1977年)から「Unevensong」、『I Can See Your House From Here』(1979年)から「Ice」、『Stationary Traveller』(1984年)から「Long Goodbyes」、そして『Dust and Dreams』(1991年)から「Mother Road」「Hopeless Anger」といった具合に、彼らのキャリアの全期間にわたってほぼ満遍なく選曲した感じでしたが、これでもフェス用の短縮バージョンだと言うのですから驚きです。
そして何よりも驚いたのは、Camelと言えば叙情派という先入観を完全に裏切る、情熱的で緊密に構築されたその演奏力でした。時に木管楽器を操りながらも、ほぼ一環してLes Paul(「Rhayader」のみStratocaster)をメロディアスに泣かせ続けたAndrew Latimerと盲目のハンディを全く感じさせずにカラフルな音色でシンセサイザーを操る(音の切替も自分で行う)Peter Jonesを練達のベーシストColin BassとシュアなドラミングのDenis Clementが支える構図で演奏が進み、ボーカルも前列の3人が交互にリードしたりハーモニーを聴かせたりでバラエティに富んでいます。中心人物であるAndrew Latimerのギターの素晴らしさは言うまでもありませんが、Peter Jonesのシンセサイザーも1970年代のアナログシンセやオルガンをクリアな音で再現していて、あの時代の音を生き生きと蘇らせることに成功していました。さらに、MCもAndrew LatimerだけではなくColin BassとPeter Jonesも担当し、Colin Bassは「ミナサン、オソバワイカガ」(←意味不明)、Peter Jonesは「コンサート、スキデスカ」「オイシイ」「オモシロイデス」などとファンサービス。ギターを変えるときにシールドが絡まってしまったトラブルすらもAndrew Latimerは笑いに変え、随所にファンへの親密感を醸し出して、ステージと客席とが一体になりました。
客席が総立ちで迎えたアンコールは、「Lady Fantasy」(『Mirage』)。その最終パート、しんみりしたボーカル部から一転してスリリングなグリッサンドを交えたオルガンソロに続きギターによる8/8+8/8+8/8+6/8のメインリフをコーダとして客席を沸かせ、そして終演となりました。
原始神母もSteve Hackettも良かったのですが、最後のCamelにノックアウトされた感じ。Andrew Latimer67歳、ついでにColin Bass65歳、まだまだ現役バリバリです。いや、とにかく素晴らしい演奏のおかげで、フェスに参加した甲斐がありました。
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ミュージシャン
原始神母
木暮武彦 | : | guitar, vocals |
扇田裕太郎 | : | bass, gong, vocals |
三国義貴 | : | keyboards |
大久保治信 | : | keyboards |
柏原克己 | : | drums |
Kenneth Andrew | : | vocals |
成冨ミヲリ | : | vocals, percussion |
ラブリー・レイナ | : | vocals |
Steve Hackett
Steve Hackett | : | guitar, vocals |
Roger King | : | keyboards |
Gary O'Toole | : | drums, vocals |
Rob Townsend | : | saxophone, flute, percussion, keyboards, bass pedal, vocals |
Nick Beggs | : | bass, guitar, vocals |
Nad Sylvan | : | vocals |
Camel
Andrew Latimer | : | guitar, flute, recorder, vocals |
Colin Bass | : | bass, vocals |
Denis Clement | : | drums, recorder |
Peter Jones | : | keyboards, vocals |
セットリスト
原始神母
- One of These Days
- Set the Controls for the Heart of the Sun
- Cymbaline
- Time
- The Great Gig in the Sky
- Atom Heart Mother
Steve Hackett
- Out of the Body
- Wolflight
- Love Song to a Vampire
- Loving Sea
- A Tower Struck Down / Shadow of the Hierophant
- The Cinema Show / Aisle of Plenty
- The Lamb Lies Down on Broadway
- Can-Utility and the Coastliners
- Dance on a Volcano
- Firth of Fifth
Camel
- Never Let Go
- The White Rider
- Song Within a Song
- Unevensong
- Rhayader
- Spirit of the Water
- Ice
- Mother Road
- Hopeless Anger
- Long Goodbyes
-- - Lady Fantasy