塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

新●月Project with 北山 真

2019/11/04

和製Genesis……と言う形容が正しいのかどうか自信がありませんが、とにかく日本のプログレシーンに一種特異な存在感を示した新●月の当時唯一発表されたアルバム『新月』(1979)の、今年はリリース40周年。これを記念して『新月』全曲再現ライブが川崎クラブチッタで行われました。

新●月と自分との関わりについては2006年に行われた復活ライブのレポートに記した通りですが、その新●月は今どうなっているのかということについては、今回のライブのフライヤーに次のように記されていました。

現在は、リーダー的存在であったキーボード奏者花本彰と、バンドのもう1人の要であるギタリスト津田治彦が、新●月Projectの名の元、精力的に表現活動を続けている。また花本彰と新●月のオリジナルメンバーである北山真は近年、ユニット「静かの海」を結成し、今年ファーストアルバムを発表している。

そしてこの日のライブは、新●月Projectが北山真(敬称略・以下同じ)をボーカルに迎えることでリズムセクション以外の3人のオリジナルメンバーが結集するというものでした。

開演前のステージは黒いカーテンに隠されていましたが、定刻を過ぎてしばらくするとBGMが消えてカーテンが引き上げられ、そこに暗いブルーの光に照らされてバンドのメンバーが姿を現しました。私の座席は前から3列目の上手側の端に近い方でしたが、その目の前には白いメロトロン(!)が鎮座しており、そこがキーボードの花本彰の座る位置で、その舞台中央側にはNord Lead(たぶん)とKORGのステージピアノ(同)が重ねられています。背後にはサポートキーボードの荻原和音とRoland JUNO、中央前列上手寄りに椅子にちんまりと座ったラジオ担当の直江実樹、中央にボーカルの立ち位置を空けて、下手側後列は中央寄りがドラムの谷本朋翼、袖側がパーカッションの小澤亜子(ドラマーとして活動末期の新●月に参加後、ZELDA)。下手側前列は中央に近い方からベースの石畠弘、ギターの津田治彦、サポートギタリストの村上常博の位置で、ギタリスト2人は椅子に腰掛けて演奏開始を待っています。おおむね全員が黒っぽい衣装でトーンを合わせていますが、ベースは紫シャツ、サポートギタリストは茶色のベスト、パーカッションは赤い帽子といった具合にところどころアクセントがついている感じでした。

殺意への船出パート2
拍手もなく無音のまましばしの時間が流れた後、キーボードの壮麗なイントロからギターのアルペジオに移行すると、なんと北山真が舞台の上空から吊り下げられてゆっくり降りてきました。そして舞台中央の奥にある台の上に着地して歌い始めたのは「殺意への船出パート2」。ドラムがリズムを刻み始めたところで前に出てきた北山真は銀色に輝くクシャクシャのガウン姿で、そのボーカルの恐ろしいほどに不安定な音程がいかにも新●月です。穏やかな3拍子でのギターとシンセサイザーによる対位的な美しい絡み合いからひそやかな高速下行フレーズ、メロトロンの哀感溢れる白玉コード、ラジオによる刺激的な効果音のソロ、そして一気に走り出すスリリングな楽器アンサンブルが展開し、遠い星で待つ君のためにと北山真が3回繰り返した後のカオスのような7拍子ギターソロを経て遠いあなたと星から星へと呼び掛ける言葉の中に終末感を漂わせるボーカルの後は、オルガンとベースによる対位フレーズにドラムとギターが複雑に切れ込む構築的なリフレイン。素晴らしい!
赤い目の鏡
間髪入れず、オルゴールの音と映像(土俗的なフォルムの兎?の人形が回る)を冒頭に置いて、新●月の作品の中でもとりわけファンタジックなストーリーを持つ「赤い目の鏡」が演奏されました。シルバーガウンを脱いで赤いシャツと黒いパンツの姿になった北山真のボーカルは相変わらず声が上がりきらずかすれ気味でもありましたが、それでもギターとシンセが奏でる美しいメロディーに満たされたこの曲は、新●月の楽曲の中で最も好きな曲です。孤独な旅の様子を示す間奏部では優しいベースソロとラジオのノイズ(周波数を合わせるときのヒューンというあれ)が絡み、主人公が祈祷師ラヤのもとに辿り着いた場面では民族音楽を思わせるパーカッションが活躍。最後は神々しいギターのロングトーンのフレーズと共に大空を飛ぶ猛禽の孤高の姿が投影されて、リズムのキメと共にすぱっと曲が終わりました。
銀の船
ここで北山真が黒いノートを取り出し口をへの字にしてぼそぼそとMCを行いました。その内容は上述のユニット「静かの海」の曲を歌うのに歌詞を覚えていないのでノートを見ながら歌うという宣言で、演奏されたのは素直なポップテイストの佳曲です。2人のギタリストによる長いギターソロの応酬は聞き応えがありましたが、座席の位置の問題なのかPAの音量バランスの問題なのか、ギターの音が打楽器の音に埋没してしまっていたのが残念。
テピラの里
引き続き「静かの海」の曲。映像と同期したスネアでボレロのリズムを刻むイントロから入り、スローなシャンソン風に展開する大人の曲。わざと音程・リズムを外した民族楽器風のアコギと不気味な仮面がアップになっていく映像が不安をかきたてますが、一方このへんになるとボーカルの安定感が増してきて安心して聴くことができました。
砂金の渦
「隠れた名曲」とアナウンスされた、緊迫感に満ちた曲。ステージ上を赤く染める照明、下から黄色く照らされる北山真の力強いボーカル、警戒音のようなオルガン。これはすごい。
島へ帰ろう
牧歌的な雰囲気の曲で、北山真のボーカルスタイルにフィットした曲のように思えます。後奏のProcol Harum的なオルガンから引き続くキーボードアンサンブルが分厚く聴きどころ。この曲の後に花本彰のMCがあり、野生動物で平均寿命が40年を超えるのはゾウとカバとオランウータンしかいないらしいという何のオチもない話の後にメンバー紹介がなされました。
寸劇「タケシ」〜不意の旅立ち
2006年のライブでは実際に舞台上にちゃぶ台が出されて寸劇が行われましたが、今回は花本彰の手になるヘタウマなマンガが投影されて、ちゃぶ台を囲む両親から問い詰められたタケシ少年が人生の虚しさへの煩悶を吐露した後に、そのタケシの「不意の旅立ち」が歌われました。津田治彦と荻原和音がコーラスに加わり、眠気を誘うという北山真のリフレインに続く中間部ではラジオによるノイズが描く海の情景。タケシを乗せた船が沖に出るとリズムが力を増し、北山真はタンバリン片手に飛び跳ね踊り、そして不条理とも思えるタケシの不思議な最後が歌われます。
殺意への船出パート1
ステージの前に紗幕が降りて波打ち際の映像が映し出され、メンバー若干名が下がった後に花本彰の寂しげなピアノ、そして津田治彦のギターと北山真の繊細にかすれるボーカル。錆び付いたナイフをモチーフとする、オリジナルメンバー3人とラジオのノイズによる危ういバラード。サステインが効いたギターのロングトーンの後に長い長いピアノのアウトロが波の音に溶け込んで、ここで第1部が終了しました。

この第1部の冒頭を飾った名曲「殺意への船出」「赤い目の鏡」の2曲は、新●月がファーストアルバム『新月』を出した時点で既にライブでのレパートリーに入っていたものの、セカンドアルバムに回す予定であったために『新月』には収録されなかったと聞いています。そのセカンドアルバムをリリースすることなく新●月は1980年代のはじめに活動を終えてしまいましたが、もし新●月が制作サイドと購買層との十分な支援を取り付けてセカンド、サードと作品のリリースを重ねていたなら、これら2曲をも上回る美しいメロディーに満ちた楽曲を創造し続けていただろうと思うと実に残念です。

第1部終了時に降りてきてステージを隠した幕は休憩時間の途中で引き上げられ、あらわになった舞台後方のスクリーンにはオリジナル『新月』のジャケットの絵が映されて、その背後から実写の満月が左下から右上へと上がっていきます。やがてメンバーが戻ってきて、第2部の『新月』再現が始まりました。

朝の向こう側
まずは津田治彦の穏やかなボーカルによりたゆたうような3+3+2のリズムで美しく歌われる「朝の向こう側」。歌のメロディーラインもクリーントーンのギターソロとアコースティックギターのカッティングのコンビネーションもどこまでも優しくてすてきです。この曲はジャンルを超越してエバーグリーンとしてもよさそう。
発熱の街角
一転してド派手なキーボードのイントロからマーチ風のタイトなリズムを持つナンバー。白シャツ・黒いチョッキ・黒いパンツの姿になった北山真は、二拍三連を多用しシアトリカルに歌います。
雨上がりの昼下がり
だんだん新●月ワールドの深いところに入っていく趣。北山真にスイッチが入った様子で、音程の不安定さはそのままにさまざまに声色を使い分ける彼のボーカルの背後で映像が踊ります。客席もここにきてヒートアップ。
白唇
回転するレコードに針が落とされる映像が雪山の情景に変わり、太鼓のような音が鳴り響くうちにドラムの4カウントで「白唇」。和風の哀愁に満ちたイントロから北山真の情感こもるボーカル。リズムのキメからキラキラと輝くようなシンセフレーズが差し込まれ、サビの果てない流(れ)〜で津田治彦と荻原和音が再びコーラスに加わって、その美しさに感動しているとメロトロンが低音のストリングスやフルートで大活躍し、強靭なリズムセクションを伴うメインモチーフに回帰してさらに感動。この日最もメロトロンが活躍した曲だったかもしれません。
魔笛“冷凍”
ラジオのノイズソロからウルトラタイトなドラムのリズムパターン、そして1970年代初頭のメロトロン全盛期を彷彿とさせる花本彰のストリングスと荻原和音のマイナースケールによるフルート系フレーズの繰り返し。背後では黄色と赤の市松模様の斜めに傾いた円盤がいくつも回る映像がサイケデリック。
あのシンセサイザーの単音のフレーズがしんしんと鳴り響き、ギターのアルペジオからリズムセクション全開となる中、舞台中央の台の背後から白装束の北山真が登場しました。台の上で下から風を受けて頭上に被いた白い布をはためかせてから北山真が前方に降りてくると、背後のスクリーンには障子の格子模様が映し出されます。その障子が開けば、そこには降りしきる雪。さらにステージ全体を赤く染めた照明の陰影がゆらゆらと揺れる場面もあって、映像やライティングの効果が最大限に発揮されました。演奏の方も素晴らしく、とりわけ雄弁にして強靭無比な3拍子系のドラミングが圧倒的。途中から北山真は額に能面(女面)を掛けて聴衆をさらなる異世界に誘い込み、舞台の上手と下手の上空からは雪が降ってきて雪景色が眼前に出現しました。ついに全楽器が呼吸をぴたっと合わせたキメをもって曲が終了した途端、客席からは一際大きな歓声が上がりました。

メンバーがいったん下がり、ここで本編終了。アンコールを求める熱心な手拍子を受けて花本彰1人が戻ってきてピアノをぽろぽろと爪弾いたものの、ふと周りを見回して「あれ、誰も出てこない」。これに客席が笑っているところへ戻ってきた他のメンバーたちの中で、なぜかベーシストが別人に変わっています。しばらくベースのチューニングをしているその親しみやすい顔には見覚えがあり「たぶんあれは……」と思っていると、彼の紹介なくアンコールが始まりました。

科学の夜
ドラムの4カウントからスピーディーな2拍子系ロックナンバー。ドラキュラのような黒マント(内側は赤地に銀の菱形が連なる文様)と銀の月桂冠という姿で登場した北山真のボーカルが前面に出て、奪われた夜を取り返しに北の国へ赴き「夜男」と対峙する少年の冒険が歌われます。この曲が終わったところで花本彰がオリジナルベーシスト鈴木清生を紹介し、さらに関係者に対する謝辞を述べていたところ、そのMCを切り上げさせるように北山真がぼそぼそと「また、どこかでお会いしましょう」。
せめて今宵は
花本彰の叙情的なエレピと共に、「科学の夜」を引き継ぐように北の国から帰ってきた主人公が見る夜の情景を歌う北山真のしみじみとしたボーカルは、有終の美を飾るように味わいの深いもの。Steve Hackettを思わせるサステインの効いたギターソロの後に現れる中間部でのキーボードのAh音やアコースティックギターのオブリガートも再現されたこの曲の締めくくりには、ステージ背後のスクリーンの前にたくさんの電飾がぶら下がって星空となり、右手を前に差し出した姿の北山真が再び吊り下げられて上空へと去っていって、曲の終わりと共に幕が下ろされました。

客席のリスペクトの拍手に応えて幕が上がり、メンバー全員が横一列に並んで挨拶をして、これでこの日のライブは終了です。メロディーの美しさこそが音楽の美徳だった1970年代の残照を堪能できたこの夜、客席の入りは満員とはいかず3分の2くらいの埋まり具合でしたが、ステージ上も客席も、この場に居合わせたすべての者にとって幸福な2時間半でした。

ミュージシャン

北山真 vocals
津田治彦 guitar, vocals
花本彰 keyboards
荻原和音 keyboards, vocals
村上常博 guitar
直江実樹 radio
石畠弘 bass
谷本朋翼 drums
小澤亜子 percussion
鈴木清生 bass(アンコール)

セットリスト

  1. 殺意への船出パート2
  2. 赤い目の鏡
  3. 銀の船〔静かの海〕
  4. テピラの里〔静かの海〕
  5. 砂金の渦
  6. 島へ帰ろう
  7. 寸劇「タケシ」〜不意の旅立ち
  8. 殺意への船出パート1
    -
  9. 朝の向こう側
  10. 発熱の街角
  11. 雨上がりの昼下がり
  12. 白唇
  13. 魔笛“冷凍”

  14. -
  15. 科学の夜
  16. せめて今宵は