翁 / 末広 / 石橋

2020/07/27

五カ月ぶりに国立能楽堂へ。能楽協会ほかによるこの「能楽公演2020」はもともと「東京2020オリンピック・パラリンピック能楽祭」として企画されていたものですが、新型コロナウイルスの影響によりオリンピック等が延期されたことを受けて「新型コロナウイルス終息祈願」へと宗旨替えされたものです。

コロナの影響はもちろん能楽界にも及び、能楽公演は軒並み中止・延期されていたのですが、やっとの再開です。ただし密を避けるために座席は市松模様に間を空けて使用されるため、収容人員は定員の半分。興行として見れば明らかに採算度外視ですが、能楽の灯を絶やさないようにと公演開催に漕ぎ着けた関係者の努力に敬意を表します。

ロビーには石飛博光氏の書が飾られ、これを照らすブルーの光は医療従事者への敬意と感謝を表明するためのもの。

この日の公演は二週間にわたって開催される一連の公演の初日にあたり、演目は、超常的な存在である翁が天下泰平国土安穏の祈りを捧げ、三番叟が五穀豊穣を願って大地を踏みしめる「翁」、太郎冠者と主人との軽妙なやりとりの中に春日明神による衆生済度が謡いこまれる狂言「末広」、そして文殊菩薩の使獣である赤頭・白頭の連獅子が牡丹の花に戯れ舞う半能「石橋」の三演目です。上記の通り客席は半分の入り(満員)、そして上演中も換気のために扉は開いたままとされていますが、「翁」はもとより、他の演目も上演中の出入りは控えることを求められます。

翁は観世清和師、三番叟は野村萬斎師。そして千歳を清和師の子息の三郎太師が、面箱を萬斎師の子息の裕基師が演じます。この組合せでの「翁」は2011年1月に観ていますが、その時と比べると子息ペアは本当に立派になったなあ。当たり前ですが。

呪術的な深い響きの観世清和師の声によるとうとうたらりたらりらが聴こえてくると、ついにこの世界に帰ってきたという感慨を覚えます。三郎太師の千歳による爽快な舞には強靭無比の足拍子が伴い、その間に白式尉の面を掛けて翁と化した清和師による天下泰平、国土安穏、今日の御祈禱なりという祈りの言葉に胸が熱くなりました。

清和師と三郎太師が揚幕へと消えると共に大鼓が凄まじい音圧の打音と高い掛け声で舞台を牽引しだし、これに覚醒させられるように舞台へと進んできた三番叟による揉ノ段は大鼓と競い合うかのようにパワー全開。いったん後見座に下がっての物着の間にも萬斎師の荒い息遣いが聞こえてきましたが、黒式尉面を掛けて再び舞台に進んだ萬斎師による鈴ノ段も、揉ノ段に劣らず高揚感に満ちたものでした。

すべてが終わって静寂が戻ったところで、通常であればここから脇能に移りますが、この日は囃子方も地謡も下がって舞台上は無に戻りました。

末広

大蔵流による「末広」は2017年に山本則俊師の主人と山本則重師の太郎冠者で観ていますが、今回は大蔵流宗家大藏彌右衛門師がシテ・果報者、太郎冠者を騙すアド・売り手が大藏吉次郎師。太郎冠者の大藏彌太郎師は親しみやすい演技でしたが、ベテランお二人は語り口こそくしゃくしゃした感じがあるものの背筋がピンと伸びた立ち居振舞いに気品を感じました。

それにしても田舎者の太郎冠者を騙す都の売り手は、末広(扇)と偽って唐傘を売りつけてそのまま立ち去ってもよいものをなぜか(この後で当然予想される主人の叱責対策として)主人の機嫌を直すための囃子物を太郎冠者に教えてくれる人の良さを持ち合わせているのが、不思議でもあり観ていて嬉しくもあり。主人に叱られ一ノ松まで追われた太郎冠者がこの囃子物傘を差すなる春日山、これもかみのちかいとて、人が傘を差すなら、われも傘を差そうよを思い出して謡いだすと主人はすぐに相好を崩して太郎冠者を呼び戻し、二人しての謡い舞いの最後は扇を構えた主人に背後から太郎冠者が傘を差し掛ける形で留めて、二人静かに下っていきました。

石橋

「翁」のときは気付いていなかったのですが、地謡陣が並ぶのを見ると人数は五人に減らされており、しかも長く胸元まで垂れる薄青の生地のマスク様のもので口元を覆っていました。しかし囃子方もかなりの大声で掛け声を掛け続けているのですが、そちらはマスクなし。もちろん演者もマスクなし(あっては困る)。地謡が二列になるのなら少なくとも後列についてはこの配慮はわかりますが、五人一列ではマスクの必然性はないのでは?

……などと思っているうちに舞台上には後見の手によって紅白の牡丹の花が角に立てられた一畳台が置かれて、いかにも高僧という出立のワキ・寂昭法師(原大師)が登場しました。しかしこの日は半能なのでその語りはごく短く、ワキが脇座に控えると乱序となって深山幽谷の情景を示す囃子方の特徴的な掛け声と演奏の応酬の間に幕が半分上がって獅子の姿が垣間見えたものの、いったん静かになって幕も降りてしまいます。大小のポンポンという露ノ拍子から再び囃子方が出を促すように高揚し始めるとシテ・白頭の獅子(金春憲和師)が登場。装束は白地に金の文様が美しい側次・半切、面は金色の獅子の面。続いて出てきたツレ・赤頭の獅子(辻井八郎師)は紅と金の装束に面は赤らみを帯びた色。

以下、赤頭の獅子(子獅子)は元気に跳躍し、白頭の獅子(親獅子)は厳かに足の上げ下ろしをしながら台に乗り降りしたり台から台へと(すなわち千丈の谷をまたぐ危険極まりない石橋の上を)渡っては、牡丹の花に戯れ首を振って喜ぶさまを示します。最後は舞台中央に回り込んだ二頭が台に乗って、中央の白獅子は大小の方を向き向かって左の赤獅子は台の上に座して留。


獅子たちが下り、ワキも下り、作リ物が下げられ地謡陣と囃子方とがそれぞれに舞台上から姿を消した後に、見所は正面→脇正面→中正面という順番での時差退場を求められました。こんな具合にあらゆる場面で新型コロナウイルスが投げかける影を意識することになったこの日の観能でしたが、それでも能楽の持つ神事のごとき神聖性や祝祭感が損なわれていたとは思いません。この「能楽公演2020」の中では今日のほか、四日後に金剛流の「道成寺」を観ることにしていますが、そこでもこの日と同様に、眼前で演じられる能楽に直に接することの喜びを味わえるものと信じています。

配役

能(観世流)「翁」 観世清和
千歳 観世三郎太
三番叟 野村萬斎
面箱 野村裕基
松田弘之
小鼓 大倉源次郎
脇鼓 清水晧祐
脇鼓 荒木建作
大鼓 亀井広忠
主後見 武田宗和
地頭 観世銕之丞
狂言(大蔵流)「末広」 シテ・果報者 大藏彌右衛門
アド・太郎冠者 大藏彌太郎
アド・売り手 大藏吉次郎
半能(金春流)「石橋古式 シテ・獅子 金春憲和
ツレ・獅子 辻井八郎
ワキ・寂昭法師 原大
杉市和
小鼓 曽和鼓堂
大鼓 原岡一之
太鼓 梶谷英樹
主後見 金春安明
地頭 髙橋忍

あらすじ

末広

→ [こちら

石橋

→ [こちら