HOPE JAPAN 2021(東京バレエ団)

2021/07/04

東京文化会館(上野)で、東京バレエ団による「HOPE JAPAN 2021」。

もともと「HOPE JAPAN」は東日本大震災を受けてシルヴィ・ギエムの呼び掛けにより2011年4月6日にパリで開催されたチャリティ・ガラの名称で、同年秋に実施されたシルヴィ・ギエムの日本ツアーも「HOPE JAPAN TOUR」と銘打ってチャリティ色を前面に出した企画になっていました。

今回の「HOPE JAPAN 2021」は東日本大震災10年とともにコロナ禍復興を祈願してのもので、東京からスタートし西日本を多く回って最後は福島県いわき市まで2週間余りの日数をかけ、プログラムはこのバレエ団らしくモーリス・ベジャールの作品で固められています。

東京での公演は前日の7月3日とこの日の2日間で、「ボレロ」を踊るのが前日は上野水香さん、今日は柄本弾というところが選択のポイント。上野水香さんの「ボレロ」は魅力的ですが2006年2009年に見ているので、今回はあえて柄本弾の「ボレロ」をセレクトしました。

ギリシャの踊り

ベジャールの作品の中でもお気に入りの作品ですが、実は2009年以来12年ぶりの鑑賞です。青い空を背景に海鳴りの音に合わせて大勢の若い男女が揺らぐ群舞から始まり、2人の若者、娘たちの踊り、若者たちの踊り、パ・ド・ドゥ、ハサピコ、ソロとパ・ド・セット、そしてフィナーレに冒頭の波濤が再現される構成で、そのそれぞれのパートにミキス・テオドラキスのさまざまな曲調の音楽が当てられるのですが、ギターをメインに曲によってハーモニカやピアノ、打楽器を組み合わせたそれらの曲の独特の音階と旋律は、ベジャールの振付(ベジャールによれば、民俗芸能からの借用を最小限にとどめたことでかえってギリシャ的になった、とのこと)と相俟って若者たちの生のエネルギーを示すと共に、地中海世界の揺籃期に対する遠い郷愁を感じさせます。

ダンスの構成としては、男女ペアでリフトを多用しながら踊られるハサピコと、これに続く男性ソロに重点があるのですが、クラシカルなパが美しい娘たちの踊りやどことなく儀式めいた雰囲気を漂わせる若者たちの踊りも印象的ですし、それにピアノ主体で可愛らしい曲に乗りユーモラスに踊られるのになぜか見ているうちに泣けてくるパ・ド・ドゥが魅力的です。

そしてこの作品のクライマックスとなる男性ソロは、パ・ド・セットのパートと組み合わせたソロ作品として1985年にビデオで観て衝撃を受けて以来、いわば自分のバレエ鑑賞の原点の一つ(もう一つはルドルフ・ヌレエフと森下洋子さんによる「白鳥の湖」)なのですが、この日踊った樋口祐輝のソロは、もっと内面の昂りを表に出して弾けてもいいようには思いましたが、これはこれで端正で素晴らしいものでした。

ところで、この作品で聞かれるテオドラキスの楽曲は純粋に音楽作品として聴いてもとても魅力的なのですが、その音源を入手する方法はあるのでしょうか?

舞楽

初見。ニューヨーク・シティ・バレエ(振付家はバランシン)の委嘱により黛敏郎が作曲した曲にベジャールが1988年に新たに振り付けた作品が元にあり、その翌年には東京バレエ団のために巫女やアメリカン・フットボールのユニフォームのダンサーを加えたオリジナル版を創作して以後東京バレエ団のレパートリーとなっていたそうですが、この日上演されたのは1988年初演版。よって舞台上に四天王のように立つフットボール選手の姿はありませんでしたが、巫女を思わせる赤い袴と赤い鉢巻の男性ダンサー1人に白いユニタードの男女2組が、左右からの白色光が床にX字を描く舞台に立ちました。

音楽は打楽器が強調され、ピアノの不協和音やヴァイオリンのポルタメントでの下降、笙の響きを思わせる和音も登場して曲名の通り和風です。ベジャールの振付はこの音楽を視覚化したものなのだろうな……と思いながら観ていたのですが、身体の使い方が和風な訳でもないのにダンサーたちの動きは音楽に沿い、そして終わってみると、どこかの瞬間から魔法のようにダンスが曲を超えていたことに気付きました。

ロミオとジュリエット

これも初見。有名なプロコフィエフの音楽による「ロミオとジュリエット」ではなくベルリオーズによる「シェイクスピアの悲劇によって作曲された、合唱、独唱、および合唱によるレチタティーヴォのプロローグ付き劇的交響曲『ロミオとジュリエット』」にベジャールが振り付けたもので、プログラムの記載によれば何もない舞台の上で、ダンサーたちが練習を始める。喧嘩が始まり、バレエの指揮者がそれをしずめる。そして彼らに愛と憎しみという題でシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の物語を聞かせ、それが劇中劇の形で展開されるというストーリーだそうです。

この日の上演はパ・ド・ドゥの抜粋で、装置がまったくない(バルコニーもない)舞台の上で愛を確かめ合うロミオとジュリエットの姿は最初の内は平和そのもので、ジュリエット役の足立真里亜さんの180度に高く上がる足や可憐な佇まいに見惚れていたのですが、彼女がロミオの正面からその肩に跳び乗るリフトを見せた後に6人のラフな衣装の男たちが2人を半円形に囲んで場面は緊迫。やがて男たちは諍いの中に次々に倒れ(憎しみ)、その中央にロミオとジュリエットが抱き合って横たわる(愛)と、照明が動いて舞台上に倒れている男たちと1組の恋人たちを照らしてから暗転しました。

ボレロ

照明が暗いうちは、柄本弾のメロディーにどことなく妖艶な雰囲気を感じていたのですが、途中から彼の肉体美が目立つようになりました。おお、これは見事な……と思いつつ観ていたのですが、中盤で片足を前へ高く抱え上げる動きが猫背気味だったのが気になりました。ちょっと身体が固いのかな?また終盤の腕を前に組む場面はジョルジュ・ドンと同じポーズ(ちなみにシルヴィ・ギエムの場合はこう)でブリッジからは起き上がらないパターンで、この一連の場面は前日の上野水香さんと異なる振付を使い分けているのかもしれないと思いながら眺めました。

何はともあれ「熱演」という言葉を(バレエに使うには相応しくない表現ですが)ここでは使っておこうと思います。

途中に35分間の休憩を挟んでも2時間の上演と決して十分な時間ではありませんでしたが、それでも久しぶりにベジャールの作品群をまとまった形で観ることができて、自分としては充実した日曜日を過ごすことができました。そして冒頭に記したように、この「HOPE JAPAN 2021」はコロナ禍復興祈願でもあるということですが、COVID-19による上演機会の喪失で芸術的にも経済的にも厳しい状況におかれているのは東京バレエ団やダンサーたち自身であるはず。そのような状況の中、こうして高いレベルの公演を実現してくれたことに感謝し、今後もできる限りの支援を続けていきたいものだと改めて思ったところです。

配役

ギリシャの踊り 2人の若者 池本祥真 / 昴師吏功
パ・ド・ドゥ 秋山瑛 / 大塚卓
ハサピコ 上野水香 / ブラウリオ・アルバレス
ソロ 樋口祐輝
パ・ド・セット 中川美雪 / 涌田美紀 / 金子仁美 / 中沢恵理子 / 上田実歩 / 安西くるみ / 瓜生遥花
舞楽 伝田陽美 / 三雲友里加 / 宮川新大 / 鳥海創 / 後藤健太朗
ロミオとジュリエット
パ・ド・ドゥ
秋元康臣 / 足立真里亜
ボレロ 柄本弾
樋口祐輝-玉川貴博-和田康佑-岡﨑司