第16回世界バレエフェスティバル

2021/08/16

第16回世界バレエフェスティバルのAプロを東京文化会館大ホールで観ました。14時開演、終演は17時30分頃。COVID-19のこの状況下でフェスティバルを開催することには、主催者にも来日するダンサーにも相当の困難が伴ったことでしょう。

実際、NBSのサイトによればサラ・ラム、タマラ・ロホ、ディアナ・ヴィシニョーワ他のダンサーが出入国時の規制の影響を受け来日できなくなったとのこと。その結果、前回のフェスティバル(Bプロ)が19演目だったのに対し今回は13演目にとどまっています。また、劇場内の過密を防ぐために本公演のチケット販売は7月12日午前0時をもって打ち切られたそうで、この日大ホール内に入ってみると自分がチケットをとった3階席は半分以下、さらに上方の階はますます空いている状態でした。それでも幸い、最も高額な1階席はほぼ満席の入りに見えました。

ともかく、こうして無事(?)に開催にこぎつけた関係者の尽力に深く敬意を表します。

演目 ダンサー 振付 / 音楽
ゼンツァーノの花祭り オニール八菜
マチアス・エイマン
オーギュスト・ブルノンヴィル
エドヴァルド・ヘルステッド
ロミオとジュリエット
第1幕のパ・ド・ドゥ
オリガ・スミルノワ
ウラジーミル・シクリャローフ
レオニード・ラヴロフスキー
セルゲイ・プロコフィエフ
パーシスタント・パースウェイジョン 菅井円加
アレクサンドル・トルーシュ
ジョン・ノイマイヤー
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
オネーギン
第1幕のパ・ド・ドゥ
ドロテ・ジルベール
フリーデマン・フォーゲル
ジョン・クランコ
ピョートル・チャイコフスキー
追悼 カルラ・フラッチ、パトリック・デュポン
白鳥の湖
第1幕のソロ
ダニール・シムキン パトリス・バール
ピョートル・チャイコフスキー
ジュエルズ
ダイヤモンド
アマンディーヌ・アルビッソン
マチュー・ガニオ
ジョージ・バランシン
ピョートル・チャイコフスキー
マノン
第1幕のパ・ド・ドゥ
金子扶生
ワディム・ムンタギロフ
ケネス・マクミラン
ジュール・マスネ
ル・パルク アレッサンドラ・フェリ
マルセロ・ゴメス
アンジュラン・プレルジョカージュ
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
海賊 エカテリーナ・クリサノワ
キム・キミン
マリウス・プティパ
リッカルド・ドリゴ
スワン・ソング ジル・ロマン ジョルジオ・マディア
モーリス・ベジャールの声、
ヨハン・セバスティアン・バッハ
オネーギン
第3幕のパ・ド・ドゥ
エリサ・バデネス
フリーデマン・フォーゲル
ジョン・クランコ
ピョートル・チャイコフスキー
瀕死の白鳥 スヴェトラーナ・ザハロワ ミハイル・フォーキン
カミーユ・サン=サーンス
ライモンダ マリーヤ・アレクサンドロワ
ヴラディスラフ・ラントラートフ
マリウス・プティパ
アレクサンドル・グラズノフ
  • 指揮:ワレリー・オブジャニコフ / ロベルタス・セルヴェニカス
  • 弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
  • ピアノ:菊池洋子(「ル・パルク」「瀕死の白鳥」「ライモンダ」)
  • チェロ:遠藤真理(「瀕死の白鳥」)

以下、例によって演目ごとに備忘代わりの一言コメントです。

ゼンツァーノの花祭り

明るい森と草原を背景にして、幸福感満載な若い男女のパ・ド・ドゥ。マチアス・エイマンの跳躍はふわりと宙に浮かび、アントルシャも精密。オニール八菜さんの軽やかなステップもすてき。オープニングにふさわしい明るい一幕。

ロミオとジュリエット第1幕のパ・ド・ドゥ

満天の星空(星が流れたり瞬いたり)を背景にした「バルコニー」ですが、セットを用いた見慣れたバルコニーの上と下ではなく、舞台全体が巨大なバルコニーの上になって、そこで出会い、踊る感じ。さまざまなリフトを見せて高揚していき、2人で手に手を取って跳んだ後に静かに口づけを交わします。この2人、カーテンコールのときにもラブラブな雰囲気を保っていて微笑ましく思いました。

パーシスタント・パースウェイジョン

Persistent Persuasion=「粘り強い説得」。音楽はベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第7番第2楽章、ノイマイヤーらしい独特の振付で個人的にこの日のベスト。黒いTシャツに青いパンツのアレクサンドル・トルーシュと暗い青色の袖なしワンピースの菅井円加さんが、ところどころに緩徐部を交えながらも全体としては性急な動きで絡み合いつつ重力の軛から逃れ、最後に祈りのポーズで丸まった姿を上下に重ねてフェードアウトします。その途中で菅井円加さんがリフトされる直前に片方の足を軸にして摩訶不思議に身体がねじれ回転する場面があって息を呑みつつ(そのために裾がまくれ上がってお尻が見えてしまったけれど)も、彼女の伸びやかさが際立つ美しい作品でした。

オネーギン第1幕のパ・ド・ドゥ

オネーギンを慕う乙女タチヤーナが夢の中で理想の彼と踊る、いわゆる「鏡のパ・ド・ドゥ」。7月31日時点ではドロテ・ジルベールはユーゴ・マルシャンと組んで「グラン・パ・クラシック」を踊ることになっていたのですが、ユーゴも入国できなくなったためにこの演目を踊ることになったもので、このためフリーデマン・フォーゲルは第1幕と第3幕で異なるタチヤーナを相手にオネーギンを踊るという幸福な(?)役回りになったのでした。可憐なタチヤーナを十字架のようにしてすっくとリフトするフリーデマン・フォーゲルのサポートがとりわけ見事。

追悼 カルラ・フラッチ、パトリック・デュポン

休憩後に映像を用いて今年亡くなった2人のダンサーを追悼。カルラ・フラッチは第1回フェスティバルでの「ラ・シルフィード」(相手役はパオロ・ボルトルッツィ)の映像で、これは観客も(綺麗だなぁ……)くらいの感じで落ち着いて観ていたのですが、パトリック・デュポンに移ると第5回フェスティバル全幕プロ「白鳥の湖」の道化でのほとんど理解不能なレベルの超絶回転に客席から興奮の拍手。さらに第4回フェスティバルでの「ドン・キホーテ」(相手役はモニク・ルディエール)の映像では「なんだあれは」的などよめきまで起こって、ある意味この日の観客を一番熱狂させたのは彼だったかもしれません。合掌。

白鳥の湖第1幕のソロ

パトリス・バールによる「白鳥の湖」は繊細で真実の愛を求めるジークフリート王子と彼を溺愛するその母との関係に焦点を当てた独自のストーリー展開なのだそうですが、この第1幕の王子の憂愁をダニール・シムキンが踊るのは、全幕で観るのならありながらフェスティバル的にはどうかな?確かに前回のフェスティバルのトリを勤めた彼についてシムキン自身もこの飛び道具的な扱いは終わらせたいと思っているのではないかと書いたところではありましたが……。

ジュエルズダイヤモンド

とても端正でとてもキラキラ。たぶんダンサー目線で観ると見どころがたくさんあるのだと思いますが、やっぱり自分はバランシンの作品は苦手意識が抜けません。

マノン第1幕のパ・ド・ドゥ

説明不要の「寝室のパ・ド・ドゥ」。髪を小さくまとめて上げて小麦色に近い肌の色で愛情を目いっぱいに表現する金子扶生さんのマノンの姿が愛らし過ぎて、この物語の最後に訪れる悲劇が想像できないほど。ちなみにプログラムではワディム・ムンタギロフは相手役も演目も「未定」と印刷されていて、ここからもいかに直前まで公演内容が流動したかが窺えます。

ル・パルク

背景は青空に雲。ただし雲が赤みを帯びているような気がするのと下手から水平に照らす光の効果でで、パジャマのようなラフな衣装を身に纏った2人の男女が床を踏みしめて立つ舞台上は朝のようにも夕べのようにも見えます。とりわけ静かに緩やかに演奏されるモーツァルトのピアノ協奏曲第23番第2楽章を聞きながら、胸を押さえてかがみ込む所作や、互いに相手の身体に耳をつけて身を捩る、伸び上がって男にキスをした女が首に腕を回したまま諸共に回転するなどの特徴的な動きが、シンクロしてのパやリフトの間に差し挟まれて何とも不思議。最後は2人が床の上で抱き合った姿で暗転しましたが、これは恋愛の最終段階の作用を示す"解放"のパ・ド・ドゥとのこと。アレッサンドラ・フェリはその衣装で身体の線を隠していたので一見するとダンサー体型ではないように見えましたが、表現力は衰えていませんでした。

海賊

文芸路線もコンテンポラリーもいいけれどそろそろ飛んだり跳ねたりフィジカルに元気いっぱいなダンスが観たいぞと思うところへ入ってきたのが、この路線では「ドンキ」と並んで鉄板の「海賊」。昨年の「アリーナ・コジョカル ドリーム・プロジェクト 2020」で客席を沸かせたキム・キミンが、ここでも期待通りの跳躍力を余裕の表情で見せてくれました。540こそ出なかったものの、マネージュでの背面跳躍の連続が圧巻。エカテリーナ・クリサノワの安定したグラン・フェッテ(1-1-2)も喝采を浴びていました。

スワン・ソング

ジル・ロマンのソロ。照度控えめの舞台に下手から現れたジル・ロマンは一度何かに気付いてそそくさと引き返し、引き戻されるように舞台に戻ってくるとざわざわと人の声が聞こえてきて耳を塞ぎます。やがてざわめきはモーリス・ベジャールの語る声に変わり、ここで照明が舞台の奥側半分に絞られて紗幕が降りバッハのピアノ曲が始まると、ジル・ロマンの手の動きに合わせて紗幕上にプロジェクションマッピングによる淡い映像が投影されました。その映像は手の軌跡であったり、投げ上げられるボールであったり、舞台全体を覆う霧のようになったりし、最後にはふっと吹き飛ばされた煙が広がり薄れていってFIN。短いけれどジル・ロマンのキャラクターにマッチした不思議な魅力を持つ作品でした。

オネーギン第3幕のパ・ド・ドゥ

ここでのタチヤーナはエリサ・バデネス。いわゆる「手紙のパ・ド・ドゥ」です。成長して公爵夫人となったタチヤーナが、心を揺らしながらも最後はオネーギンを拒絶して目の前で彼からの手紙を破り突き返すと、絶望したオネーギンは舞台から走り去り、残されたタチヤーナも悲嘆にくれるというドラマティックな場面で、ここは演技者としての2人の力量が存分に発揮されました。オーケストラも見事に舞台を盛り上げてくれたと思います(「海賊」では金管がうわぁ!とびっくりさせる場面があってスリリングさに拍車をかけていたのですが)。

瀕死の白鳥

1907年にミハイル・フォーキンがアンナ・パヴロワのために振り付けた名作。2012年にウリヤーナ・ロパートキナで観たことがあるきりでしたが、今回はスヴェトラーナ・ザハロワです。典型的な白鳥の姿で舞台に現れた瞬間からスヴェトラーナ・ザハロワは白鳥になりきっていて、完璧な憑依ぶりには息を呑むばかり。その舞姫オーラはカーテンコールでも、さらには全作品終了後のフィナーレでも変わらず、バレエダンサーとしての彼女のプロフェッショナル意識をまざまざと見せられたようでした。

ライモンダ

最後は三連の蝋燭シャンデリアを背景に映して、めでたく主役2人の結婚式の場面(第3幕)から。リフト、ダイヴ、アラベスクでのプロムナード……ピアノのエキゾチックな旋律に乗って踊るマリーヤ・アレクサンドロワの所作の端々にスペインを感じたのですが、ライモンダはフランス人。この辺りの設定は全幕を観ないとわからないな。かたやヴラディスラフ・ラントラートフは王子の風格でゆったり大きなマネージュや安定した跳躍を見せてくれたのですが、役柄のためもあってかゆとりがあり過ぎに見え、正直少し物足りなかったかも。でも各組の中で唯一、カーテンコールのときに指揮者とオケに謝意を示していたから、きっとこの2人はいい人たちなのに違いない。

これで全演目が終了しアポテオーズとなりましたが、すべてのダンサーが出揃って客席からの拍手(喝采は禁止)を浴びたところで場内が暗くなり、舞台背後に会場の壁面までも使ってプロジェクションマッピングによる打上げ花火が豪勢に打ち上げられ、その賑やかさが一段落すると、本公演を開催できたことについての主催者から観客に対する謝辞が表示されました。

最後は会場全体がスタンディングオベーションになってダンサーたちに拍手を送り、終演。いろいろな制約が課された中でのフェスティバルでしたが、終わってみればとても温かい気持ちで東京文化会館を後にすることができたのでした。