川口千里
2021/08/07
ブルーノート東京(南青山)で、川口千里公演の初日1stショウ。彼女のことはずいぶん前からスーパー少女ドラマーとして知っており、その演奏もYouTubeであれこれと見てきましたが、「少女」という肩書きを取り払い成熟したドラマーとしてその評価を高めていく中でも、実際にその演奏をライブで観る機会はこれまで得られていませんでした。
そんなわけで念願かなって彼女のドラミングを直に観る初めての機会となったこのライブは、川口千里名義による初のブルーノート公演でもあります。参加ミュージシャンはベースに櫻井哲夫(敬称略・以下男性は同じ)、ギターに菰口雄矢、キーボードに安部潤。櫻井哲夫は昨年もここでライブを観ていますし、菰口雄矢はフュージョンバンドTRIXでの演奏をYouTubeで見てこれまた直に演奏を聴きたいと思っていたギタリスト。安部潤は……すみません、これまで存じ上げませんでしたが、WikipediaによればJ-POP、ジャズ、フュージョンや映像作品の音楽で膨大な仕事量をこなしているミュージシャンだそうです。
そしてこのメンバーはバンド形式で昨年制作された最新アルバム『Dynamogenic』のパースネルと同じだったので、このアルバムに基づくショウになるのだろうと思ってこれだけを予習して当日を迎えたのですが、蓋を開けてみたら2014年の『Buena Vista』及び2016年の『CIDER』からの曲の比重が高く、彼女のキャリアを幅広くカバーするセットリストになっていて当てが外れました。
さて、ブルーノート東京に入場する際はこれまでは地下1階の受付で名前を申告して入場順を示す整理番号をもらっていましたが、今回はコロナ対策としてあらかじめメールで座席番号の連絡を受けておき、開場時刻になったら受付なく地下2階に進みメールを示して席まで案内してもらうチェックインレス方式を採用していました。とれていた座席はステージに向かって右側の比較的前寄りですが、ここからだと千里さんの手元・足元がよく見えてかえって好都合。座席を確認したらまずは楽器チェックに向かいました。
バスドラに描かれたトレードマークのヤモリが立派なYAMAHAのドラムセットは左右対照に高く掲げられたチャイナシンバルが特徴的ですが、かつて組み込まれていたPete Engelhartのメタルパーカッションの姿はなく、左手側にはセカンドスネアとタンバリン(皮なし)がセットされています。
このドラムセットを中央に置いて、上手側にギタリスト、下手側にベーシストのブースがあり、どちらも足元はエフェクターが賑やか。菰口雄矢の2本のギターはメーカー不明ながら1本はストラトタイプ、もう1本はセミアコのES-335に似たシェイプ。彼にはLes Paulのイメージがあったので意外でした。一方、櫻井哲夫の2本のベースのうち右側はfホール付きのWarwick Infinity 5stringsですが、もう1本の5弦ベースは詳細不明です。そして一番下手側にはキーボードの位置があり、機材は上からMoog Subsequent 37、Hammond SK Pro、KORG SV-2ですが、むしろ左手側のノートPCとタブレットが存在感を主張している感じでした。
定刻を過ぎ、場内が暗くなりSEとして千里さんのアカペラドラムが聞こえ始め、湧き上がる拍手の中をメンバー登場。いつものようにポニーテールにワンピース姿で現れた川口千里さんがドラムセットに収まり、キーボードの低い持続音からカウベルとハイハットのカウントで演奏が始まりました。
◎以下、曲名の後の [b] は『Buena Vista』、[c] は『CIDER』、 [d] は『Dynageric』からの曲であることを示します。ちなみに今回はセットリストに採用されなかった彼女のファーストアルバムは『A LA MODE』(2013年)ですから、どうやらこれまでのアルバムタイトルの頭文字はアルファベット順になっているようです。
- See You Much Later [b]
- のっけから千里さんのスネアの音圧が圧倒的。そして輝かしいブラス系シンセのメインテーマに魅了されます。メインリフが7/8+10/8拍子だったりキーボードソロが4/4+5/4拍子だったりと変拍子の嵐に巻き込まれてラストのシンバル引っぱたきへ。
- Wupatki [c]
- イントロのマリンバ系のリフが6/8+5/8拍子、その後6/8+6/8+4/8拍子でMoogがピーヒャラと入り、いったん曲調が落ち着いて空間系エフェクトを効かせたベースソロに癒されたところから、キーボードのリフによるリズムキープの上で強烈なドラムソロへ。
これら難解な2曲の洗礼の後で千里さんのMC。少々はにかみながら「皆さんどうもこんばんは、川口千里です〜」というイントネーションが北関東風に聞こえましたが、実は彼女は三重県出身です。今回は千里さん名義のライブとあってドラムの位置が高く、そこから見える景色を「圧巻の景色」だと喜び、この状況下でブルーノートに集まった聴衆に感謝し、今日は張り切ったセットリストを用意したと述べて喝采を浴びました。
- Am Stram Gram [c]
- ロックテイストのミドルテンポのドラムとギターのリフから始まり、ピアノとベースも加わって曲の土台を作った上にMoogがメインテーマ。途中二度ほど全楽器休符のブレイクが入りますが、そうしたときに櫻井哲夫と千里さんが顔を見合わせてにっこりするのがいい感じ。伸び伸びしたギターソロや高音域を多用するベースソロを後半に持ってきて颯爽と終わります。
- The Phoenix [b]
- コーラスのかかったギターの6/8拍子のアルペジオで静かに始まり、繊細なシンバルやリムショットからピアノ中心のメインテーマへ。そしてピアノのリリカルなソロと伸びのあるギターソロがそれぞれに楽曲を高揚させつつも、バラード風の穏やかな曲調を大事に保持して最終盤の短いドラムソロにつなぐ胸熱な展開(千里さん談)。
「The Phoenix」の前にもスタッフがドラムセットの前で作業をして多少間が空いたのですが、ここで再びドラムセットの前に立ち、どうやらエフェクトシンバルのジョイントの増し締めを行った模様。これに対し千里さんが笑顔で「ありがとう」と小さく声を掛けていました。こうした謙虚さは大切な美徳です。
- Ginza Blues [c]
- 出だしのスネアの連打からツインペダルがドッコドッコとシャッフルビートを叩き出しCozy Powellの「Killer」を連想させるアップテンポな曲。曲名通りブルース進行の繰り返しですが、キーボードによるトランペット音のニュアンスの再現度が抜群。続いていかにもストラトなギターソロ、スラップバキバキのベースソロ、テーマ、一瞬超高速で差し挟まれる「Blue Rondo à la Turk」(Dave Brubeck)、そしてピアノ低音部の軽快なリフの上で短いながらも豪快なドラムソロ。
2回目のMCは、この公演に合わせて作られたモクテル(ノンアルコールカクテル)「Turquoise Fade」について。ハニーレモンとアップルジュースの甘さにもかかわらずジンジャーエールの辛味がガツンとくる一杯で、キウイを載せたその見た目は彼女のドラムの色からインスパイアされたものだそう。メニューに青字で示された文字は千里さんの直筆です。
すっかりリラックスした口調になった千里さんが下手から順番にメンバー紹介を行ってから、やっと予習の効果が現れる『Dynamogeric』からの曲が演奏されました。
- Who Would've Known [d]
- ワウを効かせたギターのリフとエレピが曲の骨格を作り、ニュアンス豊かなシンセソロからファンキーな音色とJohn Mayerを彷彿とさせる情熱的なコードカッティングを交えたギターソロ。その終わりにはG→Ds→B→Keyとアイコンタクトのパスがつながる場面もあって、そうしたときの千里さんの楽しそうな表情がまたステキ。さらに男性3人にテンポをキープさせてのドラムソロは存分に長く、左足の忙しい動きがひときわ目を引きました。
- Flux Capacitor [c]
- 赤い光に照らされてピアノの激しいリフは6/8拍子、しかし曲の中心的なリズムは6/8+5/8拍子。エレピソロからベースソロ、さらに一打入魂の強靭なスネアの打音がぐんぐんドライヴする中に絡みつくようなギターが尋常ではないスピード。
ここで千里さんの指揮命令により、出演者がそれぞれ一言コメント。
- 安部潤:ぼそぼそとした口調で、千里さんとの共演は毎回新鮮だと語って「なに?夫婦円満の秘訣?」、千里さんにはよくいじめられると語って「これからも可愛がっていこうかなと思います」とそれぞれ千里さんからツッコミ。
- 櫻井哲夫:あの穏やかな語り口で、千里ちゃんとは10年くらいのつきあいだが最近は「もっとやらんかい」と煽られる、お手柔らかにと語り、千里さんは「お手柔らかは難しいかなー」。さらに来月櫻井哲夫がブルーノート東京で共演する中村梅雀さんの話題でひとしきり盛り上がりました。
- 菰口雄矢:ステージ上の平均年齢を引き下げている側のはずなのにテンション低めながら、セッションなどで変拍子ではなくシンプルなことをやっている千里ちゃんも魅力的だと語って千里さん大喜び。
最後に千里さんは、このコロナの状況下でどう動くのかを試されているようなところがあるが、自分は音楽と触れ合っていると不安がなくなり、これからも生き延びていこうとする決意につながる、だから今回のライブを開催したし、今後も対策をとりながら皆さんと音楽を楽しめる機会を作っていくので、一緒にコロナを乗り越えましょう!とこぶしを突き上げて高らかに宣言しました。
- Onyx [b]
- 元気いっぱいのストレートなナンバー。スピーディーなギターのフレーズが導くメインテーマではツインペダルがドコドコ、そして弾きまくり系のギター、ラテンフレーバーのピアノ。さらに縦横無尽のドラムソロパートを経て大きなブレイク。最後はギターがネック上を上から下へと忙しく動いて一気に終曲へ。
ここで本編が終わり、普通ならミュージシャンたちはいったん楽屋に戻ってから再び出てくるところながら、昨年の櫻井哲夫のライブでもそうだったように、この日のアンコール曲はメンバーがハケることなく演奏され……ることになっていましたが、それを知らずに安部潤が1人でステージを降りると櫻井哲夫は千里さんと目を見交わし、様子がおかしいと察した安部潤が振り返ったところで千里さんは「さよなら」と手を振ってみせて場内の笑いを誘いました。ともあれ、最後も最新アルバムから千里さん作曲の曲「My Way Home」。
- My Way Home [d]
- この日ずっとストラトタイプのギターを使っていた菰口雄矢が初めてセミアコギターにスイッチして、4拍目にビートを持つ軽妙なドラムから一瞬Jeff Beckの「Freeway Jam」を連想させるギターのフレーズが入り、タイム感が通常に戻って親しみやすいランニングベースになるとディキシー調の楽しい雰囲気が加わり左手側のセカンドスネアとタンバリンが活躍。高音部を多用するベース、ジャジーなピアノとギターのアドリブ回しのいずれもハーフタイム→倍速の展開の中で遊び心を発揮し、さらにタムとピアノのコール&レスポンスも楽しく、最後は息を合わせながら徐々にデクレッシェンドしてから、一転してラストの高揚を引き出しました。
のっけから変拍子+超絶技巧でぐいぐい迫られて、聴いている側が元気をもらえたあっという間の75分間。ずっと生で観たいと思っていた「手数姫」こと千里さんのドラミングは、あの小柄な身体のどこから?と思うほどのパワフルなものでした。そういえば以前、若手女性ドラマーむらたたむさんのYouTubeチャンネルにゲスト出演した千里さんが「女子ドラマーあるある」というコーナーでの回答で、初めて共演する男性ミュージシャンから「あなたハードロックできるんですか?」と聞かれ表面上はニコニコ受け流しつつ内心「このヤロー、ぶっ◯◯してやる!」[1]とメラメラ燃えたという話をしていたことを思い出しましたが、菅沼孝三氏に師事する前の千里さんのフェイバリットはCozy PowellやIan Paiceだったということですから、このハードヒットも納得です。
とはいえ、主にフュージョンの世界で活躍する千里さんのドラミングが単に力でゴリ押しするものではないことはもちろんで、ハイハット越しに手足の動きを注視していると、彼女のパワーの裏にある繊細なスティックワークや細かい足技の数々を見ることができました。また、どれだけ高度なことをしていても自分の演奏に集中しているだけではなく、演奏中にお互いをよく見合っている点に演奏家としてのゆとりとバンドとしての一体感のようなものが感じられました。
今後、彼女のドラミングはいったいどこまで進化していくのか、折々に確認していきたいと思わせる充実したライブでしたが、他のメンバーも、ベースが休符の間すらも右手でリズムをとりながら音楽を牽引する貫禄の櫻井哲夫、ハイテクを随所に見せながらもツボを押さえたフレージングとバッキングを聞かせた菰口雄矢、あのポーカーフェースとぼそぼその語りからは想像がつかない情熱的なキーボードを弾く安部潤と三者三様の存在感で千里さんを支えていて、次に千里さん名義のライブを見るなら、またこの場所で、同じメンバー構成でお願いしますと言いたくなるほどでした。
ミュージシャン
川口千里 | : | drums |
櫻井哲夫 | : | bass |
安部潤 | : | keyboards |
菰口雄矢 | : | guitar |
セットリスト
- See You Much Later
- Wupatki
- Am Stram Gram
- The Phoenix
- Ginza Blues
- Who Would've Known
- Flux Capacitor
- Onyx
-- - My Way Home
脚注
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