塾長の鑑賞記録
art.juqcho.jp

塾長の鑑賞記録

右流左止 / 須磨源氏

2022/05/20

国立能楽堂の定例公演で、狂言「右流左止」と能「須磨源氏」。いずれも初見です。

右流左止

最初に美男葛に青系の着流姿の女=茶屋(今枝郁雄師)が登場し、名乗リの上で道沿いに店を出すと言って大小前あたりに着座すると、ついで角頭巾に水衣短袴の「西国に隠れもない」と自称する塩飽藤蔵(井上松次郎師)が現れて、倅が成人して仕事を継いでくれたので念願であった都見物に赴くところだと説明します。藤蔵は橋掛リに出てあたりの景色を眺めますが、そこは浜辺で沖には帆掛船、浜辺の松もよい風情。このあたりの情景描写は藤蔵のわくわく感が全開でこちらも楽しくなってきます。それにしてもここはどこだろうと貝など探しながら舞台に進み、ここらでゆるりと見物したいものだと独りごちているところへ女が声を掛けて、藤蔵はここに休むことになりました。

ここが播州明石の浦だと教えられて藤蔵が感心している間に湯が沸き、女は湯呑みに茶を入れて脇座の藤蔵に勧め、これはよい茶でござると藤蔵が喜ぶと「もうひとつ」と女は大小前に戻りましたが、湯呑みは後見の手に渡って下げられて、ここから藤蔵の問いに答えて女は藤蔵と共に立ち、角の方角に見えているのは淡路島、脇柱の彼方にはかすかに住吉も見えていると教えます。ここで両者の立ち位置が変わり、常座の藤蔵は脇座の女に向かってこんな眺めのよいところに住んでいるとは羨ましいと述べたところ、女の方は朝夕見慣れてしまっているので格別面白いこともないと返して藤蔵もなるほどと納得しますが、この会話は女の暮らしぶりを掘り下げる次の会話への導入部。それぞれ着座したところで藤蔵が女は独りなのか、それとも亭主が留守なのかと問うと、女は年老いた母を養育して二人住まいだと答えましたが、藤蔵はいつまでも若くはないのだから夫を持って母にも孝行してはどうかとお節介をしたために女は少々むっとしてそんなことは思いも寄らないと嘆息し「あ〜あ、うるさやのうるさやの」。

これを聞いて藤蔵はあわてたように「うるさし」とは軽々しく使うものではないとたしなめ、次のように説明しました(プログラムの解説から引用)。

延喜帝の昔、時平大臣、菅丞相、大納言の三人の臣下が帝の前に出た際、時平と大納言は家柄が高いが、菅丞相は生まれが高くないことから、高低を中心部分が低い鼓に例えて時平と大納言が笑いました。ところが菅丞相は、鼓は低い胴を持って両面の革を打つと反論して笑ったので、時平と大納言は怒り、帝の前で菅丞相の悪口をさんざんに並べ立てました。それを聞いて帝が「うるさし」と言った言葉が、漢字にすると右流左止なので、当時右大臣だった菅丞相を流罪にしました。そのため丞相は雷となって復讐し、天神になったのだというのです。

この語リは藤蔵が居住まいを正し重々しい声色で朗々と語られ、終わりの方には仕方も交えてこの曲の聞きどころ。ぐっと引き込まれました。そして最後にもう一度「うるさし」とは言わぬものだと念を押しましたが、そこには幾分か自分の教養を自慢している様子もなきにしもあらず。しかし女の方は落ち着いたもので、そのようなこととは知りませんでしたといったんは藤蔵の顔を立ててみせてから、「うるさし」は歌にも草子にもないか?と尋ねます。『伊勢物語』にも?と畳み掛けられた藤蔵はしたり顔で『伊勢物語』の講釈を垂れてみせましたが、女に「ご存じないと見えてござる」と言われて「えっ?」という表情を見せました。女が歌ってみせた和歌は次の通りです。

武蔵鎧さすがにかけて頼むには とはぬもつらしとふもうるさし

これは『伊勢物語』第13段に出てくる和歌。武蔵へ下った男がそこで女を作り、京に残してきた女にそのことを「知らさないでいるのは心苦しい」と文にして知らせたところ京の女が寄越してきた歌で、その心は「あなたを頼りにしている私としては、便りを下さらないのも辛く、かといって便りを下さっても(武蔵の妻のことを聞かされるので)煩わしい気がします」(鎧は鞍の両側に下げるので二股を暗示する)といったところです。

もっとも歌の内容自体はストーリーに関係なく、女が示した教養に藤蔵は目を丸くして驚くと物知りぶって失礼しましたと謙虚に手をついて謝り、これに対し女の方も自分は天神を信仰しているのでこの後は「うるさし」という言葉に気をつけましょうと穏やかに返しました。さらにひとしきり自分の虚栄心を反省してみせた藤蔵は、都からの帰りに再び立ち寄るので歌を教えてほしいと弟子入りを志願します。この申し出に女は驚いたものの、知っていることはお教えしましょうと快諾した上で、旅立とうとする藤蔵を引き止め酒を勧めました。盃が出てきてまず藤蔵が一杯、次に返杯しようとすると女は自分は飲めないのでと言って藤蔵にもう一杯。いずれも美味しそうに飲み干した藤蔵が改めて女に酒を勧めたものの、一息には飲めないと言われた藤蔵は酒の肴にと舞うことにします。

宇治の晒に島に洲崎に立浪をつけて 浜千鳥の友呼ぶ声は ちりちりやちりちり ちりちりやちりちりと 友呼ぶ所に島影よりも艪の音が からりころりからりころりと 漕ぎ出いて釣りする所に 釣った所が面白いとの(「宇治の晒」)

艪をつかう形や魚を釣り上げる様を写実的に描きつつ朗々と、しかも楽しげに謡われ舞われる狂言小舞が終わると今度こそ藤蔵は都をさして立つことになり、女「あら名残惜しや」藤蔵「こなたも名残惜しけれど……都の空に急ぎける」と謡い交わして、最後に藤蔵が「かたじけのうござる」と礼を述べると女が「ようござった」と返したところで終曲です。


観ていてとても気持ちの良い狂言でした。藤蔵が茶屋の女の教養を素直に認めて謙虚な姿勢を示すと女の方も藤蔵を立てて穏やかなやりとりに終始し、狂言によく出てくる「わわしい女」や相手をやりこめる場面とは一線を画した上品さが一貫しています。さらに女が湯を沸かして茶を淹れてくる所作の写実、藤蔵の朗々とした語り、狂言小舞の面白さなど見どころ聞きどころが続いて、最初から最後まで舞台に惹きつけられ通し。加えて、私自身もかつて明石に住んでいたことがあることから、どこか懐かしい気持ちになりながら藤蔵による浜辺での情景描写を聞いていたのでした。

須磨源氏

『源氏物語』に題材をとった曲はさまざまありますが、そのほとんどは物語に登場する女性を主人公としており、唯一この「須磨源氏」だけが光源氏をシテとする作品です。この曲はプログラムの解説によれば光源氏の亡霊を主人公として、光源氏が流されていた須磨の浦を舞台に、源氏の一代記を記そうとしたもので、作者不詳ながら独立した謡い物に世阿弥が手を加えたのではないかと考えられているそうです。


まず〔次第〕の囃子に導かれて登場したのは風折長絹大口出立のワキ/藤原興範(殿田謙吉師)と素袍裃出立のワキツレ/従者二人(則久英志師・御厨誠吾師)。八戸の汐路の旅の空、九重いづくなるらんと謡った一行は日向の国の神官で、伊勢神宮参拝を志し舟で須磨の浦に着いたところです。須磨と言えば光源氏が閑居の徒然に若木の桜を手植えしたところ、一行もこれを一目見ようと言い交わして脇座に着座します。

ついで〔一声〕の囃子を聞いて姿を現したのは茶色の水衣を肩上げにした着流尉出立の前シテ/老人(関根知孝師)で、面は黄色く照る朝倉尉、右手で杖を突き左肩には柴を負っています。常座に出て浮き世の業にこりずまの、なほこり果てぬ塩木かなと過去からこの世へ姿を現したような重々しい声を聞かせたシテは、釣りと塩焼きを生業に浮世を渡る賤しき身ではあるがありし雨夜の物語(源氏物語)に心をはせるのだと美しく謡ってしばらく柴を下ろし花をも眺めばやと思ひ候と下居し柴を肩から下ろします。

ここでワキがシテに呼び掛け、賤しき山賤のあなたが家路を忘れて眺め入っているこの花は故ある木なのか?と問うたのに対し、シテは「私を賤しき山賤と言うけれどもあなたこそ鄙人ではないか」と返してこれこそ若木の桜であると教えると、しばしの掛合いの後にワキはシテに光源氏の物語を詳しく語ってほしいと求め、これに応えてシテは大小前に位置を移し、肩を下ろして地謡と共に〈クリ〉〈サシ〉〈上歌〉と謡い継ぎながら、その中に「空蝉」「桐壺」「箒木」「紅葉賀」「花宴」「朧月夜」「須磨」「明石」「澪標」「少女」「藤裏葉」を多くはそのまま巻の名として詠み込んで光源氏の生涯を説明します。ここはただ単に『源氏物語』のストーリーをダイジェストで紹介しているだけではあるのですが、いとも畏き勅により以下一語一語を区切り囃子方と一体になって力強く謡う地謡の説得力は尋常ではなく、さらに少女の巻に太政大臣と謡う箇所の高い音を用いた節を興味深く聞きました。その後、源氏の旧跡はどこにあるのかと尋ねるワキ(謡うのは地謡)に対し、シテは「月の夜を待ちなさい。今は兜率天に住む光源氏が月宮からこの海に影向するだろう、かく言う自分も……と正体を仄めかして中入します。

アイ/里人(佐藤友彦師)はモノトーンの長裃出立で、ワキの問いに答えて光源氏の生い立ちをリピートし、ワキにこの場に留まって奇特を見るようにと勧めましたが、ここでアイが詳しいことは紫式部の『源氏物語』に書いてあると説明したことで、そう言えばこの曲の中では光源氏はリアルな存在であるはずなのに『源氏物語』が存在することが前提(ということは『源氏物語』はノンフィクション?)となっていることに気付きました。

待謡から〔出端〕となり、やがて現れた後シテ/光源氏の姿は初冠を戴き面は中将、目にも綾な金色(ただし詞章では青鈍色)の狩衣に茶の指貫を穿き、高貴この上もない姿です。一ノ松に立っての後場の第一声あら面白の海原やなから前場とは異なり朗々と生気に満ちた声色で、今は兜率天に住まう身だが月に惹かれて閻浮提(人間世界)に降臨し、所も須磨の浦なので青海波を舞おうと述べるとさまざまな楽器の調べが鳴り響くさまが謡われて、ここから〔早舞〕となりました。

もともと高貴な霊が伸びやかに舞うさまを示す〔早舞〕ですが、貴人の最高峰とも言うべき光源氏が月光の中で輝かしく舞楽を舞っているという設定を見所に納得させるために、シテは舞の隅々に神経を行き届かせていたことでしょう。舞台上を滑るように廻り、繰り返し袖を巻き時に足拍子を踏む姿は常に流麗。そして小書《窈》により〔早舞〕の途中でシテは橋掛リを揚幕の前まで進んでそこでしばし佇みますが、そのとき光源氏が何を眺め、何を思う心で演じていたのかはシテに尋ねてみたいものです。

やがて囃子に促されるように舞台へ戻ってきたシテは、さらに舞い続けた後に約10分間に及んだ〔早舞〕を常座で舞い納めました。しかし、その膨大な運動量にも関わらず終幕に向けてのシテの謡には一切の揺らぎがなく、引き続き地謡と掛け合いながら謡い舞い、最後に須磨の嵐の中で袂を翻す姿を示すと、その姿が夜明けと共に消えてゆくさまを謡うキリの詞章を聞きながら常座で留拍子を踏みました。

配役

狂言和泉流 右流左止 シテ/塩飽藤蔵 井上松次郎
アド/茶屋 今枝郁雄
観世流 須磨源氏 前シテ/老人 関根知孝
後シテ/光源氏
ワキ/藤原興範 殿田謙吉
ワキツレ/従者 則久英志
ワキツレ/従者 御厨誠吾
アイ/里人 佐藤友彦
槻宅聡
小鼓 飯田清一
大鼓 柿原弘和
太鼓 桜井均
主後見 武田尚浩
地頭 浅見重好

あらすじ

右流左止

西国の塩飽藤蔵は都へ上る途中、明石の浦の茶屋に立ち寄る。そこで藤蔵が茶屋の女にしきりに夫を持つことを勧めたところ「うるさやの」と言われたので、藤蔵は九州に流された菅原道真の故事を語って「うるさし」という言葉はめったに使うものではないと戒める。しかし伊勢物語の和歌に「うるさし」とあることを女に教えられて感心し、帰りに立ち寄るので弟子にしてくれと女に頼んで盃を交わし謡い舞ってから都を目指す。

須磨源氏

日向国宮崎の神官・藤原興範が伊勢参宮の途上、須磨に立ち寄ると、一人の賤しい老人が桜を眺めて涙していた。聞けば、その桜は光源氏にゆかりのある「若木の桜」であるという。老人は光源氏の故事を物語ると、実は自分がその化身であることを仄めかして消え失せる。夜、興範の夢に月宮から降臨してきた光源氏の尊霊が現れ、春の月光のもとで舞を舞う。

ホーム前の記事次の記事