リチャード三世
Imp. 958 - 〔作〕ウィリアム・シェイクスピア〔演出〕森新太郎
2026/05/28
PARCO劇場(渋谷)で、PARCOプロデュース「リチャード三世」。シェイクスピア劇を本式の舞台劇として観るのは、意外にもこれが初めてです。演出は森新太郎(敬称略・以下同じ)、主演は吉田羊。この組合せでは2021年に「ジュリアス・シーザー」、2024年に「ハムレットQ1」がいずれもPARCO PRODUCEとして上演されており、今回の3作目「リチャード三世」がこのシリーズの掉尾を飾ることになっています。
この「リチャード三世」はシェイクスピアの初期(1590年代前半)に書かれた史劇で、先行する「ヘンリー六世三部作」と共に15世紀のイギリス王家の内紛(百年戦争終盤〜薔薇戦争)とその収束(チューダー朝の創設)を描いていますが、権謀術数を駆使してプランタジネット家系の最後の王位に就くことになる主人公リチャード三世は、稀代の悪党にしてシェイクスピア作品の中ではハムレットと並んで演じ甲斐のある役とされている
ということです〔Wikipedia〕。
そんな本作を自分は(おそらくBBCが制作したと思われる)TV劇で観たことがあり、ラスト近くで乗馬を失ったリチャードが孤軍奮闘する様子だけが記憶の中に残っていたものの、ストーリーはまったく覚えていなかったために、あらかじめちくま文庫版の『リチャード三世』(〔訳〕松岡和子)を手に入れて筋書きと台詞とを頭に叩き込んでからこの日の観劇に臨みました。

◎本稿では、「原作」と記したときはシェイクスピアによる戯曲(上掲ちくま文庫版)を、「本作」と記したときはこの舞台を示します。
▼以下、原作のテキストと観劇の記憶により舞台を再現します。ここを飛ばしたいときは〔こちら〕。
I-1 ロンドン、街路(以下「○-○」(第○幕第○場)は原作に基づいて記しています)
リチャード登場。ランカスター家打倒後の束の間の平和の中にうごめく野望を宣言し、自身の陰謀により投獄されようとする兄クラレンスや入れ替わりに釈放されたヘイスティングスとのおためごかしの会話の後に、二人の兄を亡き者にする企みを独り語る。
- 舞台は客席に近い方に通路のような下段があり、その奥側にメインの舞台としてあまり奥行きのない上段がある横長の作りで、装置らしいものは何もない黒づくめの作りです。
- 半幕の状態で肩から下だけを見せて下手から現れたリチャードは不具という設定そのままに左膝を突っ張らせ杖をついた姿で、その白いジャケットを横からのライトが照らし、上手側にはスモークが渦巻いていて妖しい雰囲気を醸し出しています。
さあ、俺たちの不満の冬は終わった
から始まる長い台詞はタイトルロールを演じる吉田羊の独壇場で、高低のアクセントが強調されてリチャードの強い個性が立ち上がり、観客を一気に彼(彼女)の世界へ引きずり込みます。連行される次兄クラレンスや釈放された宮内長官ヘイスティングスと交わす言葉には強弱も加わって偽りの情感をこめた会話になりますが、一人に戻ると表情に皮肉な笑みが浮かんで一人で悦にいるような独白。これはいつまでも聞いていたくなります。- 王権確保のためにアンと結婚しようとするリチャードは、アンの夫もその父(ヘンリー六世)も自分が殺したが
それがどうした?
と嘯きます。そしてここでこの場が終わったことから、本作では原作の台詞を部分的に省略しながら舞台を進行させていることがわかりました。
I-2 ロンドン、別の街路
ヘンリー六世の棺を前にして、その王子の未亡人であるアンをリチャードが口説き落とす。
- セットは下手に置かれた大きな棺のみですが、場面転換ごとに舞台の上方にその場面の梗概を示す短いテロップが投影されるため、原作を十分に読み込んでいなくてもストーリーを追うことができるようになっています。
- 最初は独白でリチャードをさんざんに呪ったアンが、リチャードが現れるとその呼び掛けに対して同じ構文で非難を浴びせ返す言葉の応酬は聞き応え満点。このやりとりの中でリチャードが立ち位置を変える中、初めは棺にすらリチャードを触らせまいとする様子を見せていたアンが最後はリチャードの接吻まで受けてしまうのも、アンの心境の変化を端的に示しています。
- 最終的にアンがリチャードの求愛に屈してしまうこの場面を観客に納得させるに足る、リチャードの熱量の膨大さに呆然。翻訳上の工夫としてリチャードがアンに対して呼びかける二人称代名詞「thou」が最初の「あなた」から途中で情熱のこもった「お前」に変わっていることも効果的で、まるでリチャードが本心から求愛しているように見えてしまいましたが、もちろんアンが去った後にはリチャードのノワールな独白が用意されています。こうした悪事を企むときのリチャードの独白は本作の大きな魅力ですが、後半で王になったリチャードの運命が下降線を辿り始めると影をひそめてしまうことになります。
I-3 ロンドン、王宮
王妃一族(ウッドヴィル家)とリチャードがいがみ合っているところへ、故ヘンリー六世妃マーガレット(ランカスター家の生き残り)が現れて一同に呪いの言葉を吐く場面。本作の中盤以降は、マーガレットの予言の成就の過程を描くものとなる。
- そこが王宮であることを示すセットは、上手からスライドしてきたベンチと上から降りてきた左右の柱。リチャードも含め男たちの衣装は中世貴族風ではなくセパレートスーツを主体とした近現代紳士風(サングラスをかけオールバックのヘイスティングスはインテリ893のよう)ですが、それが舞台のスピード感とマッチしていて違和感を感じさせません。
- マーガレット役に起用された女形・篠井英介の怪演は、本作のハイライトのひとつです。王妃エリザベスやその兄リヴァーズとリチャードとのヨーク家内の揉め事を下の段でぶつぶつ言いながら聞いていたマーガレットは、我慢できなくなって上の段に背中からごろりと転がり上がってそこにいる全員と対峙。大勢を相手にまったく引けを取らない貫禄は、女形ならではの両性具有的な存在感から生まれているようです。
- 本作では前の場でアンがリチャードを呪い、この場でマーガレットがヨーク家を呪い、後にはヨーク公爵夫人(リチャードたちの母)もリチャードを呪いますが、プログラムに書かれていた事柄として
呪いは力を失い、弱い立場になった者が行うもの
(したがってリチャードは呪いの言葉を吐かない)という解説には深く頷きました。 - もっとも、本作の前日譚である『ヘンリー六世 第3部』の中でマーガレットがヨーク公(リチャードたちの父)に対し行った残忍な所業を知っていれば、必ずしもマーガレットに同情することはできません。ところがリチャードの台詞には
私にはあの女を責められない。実際、あれでさんざんひどい目に遭ってきたのだ。いまとなっては、その片棒を担いだことが悔やまれる
と言う言葉が含まれています。これを文字通りにリチャードの人間性を示す台詞ととっていいのか、それとも何らかの含意があるのかをつかみかねています。 - マーガレットが一人一人に呪いの言葉を浴びせている間、照明が少し落とされると共に、高周波の金属音が鳴り響きました。この金属音はかすかなものでしたが耳に障り、今回の鑑賞の中でこれだけは不快に感じる部分でした。
I-4 ロンドン塔内
前の場の最後でリチャードから命令を受けた二人の暗殺者が、クラレンスが幽閉されているロンドン塔に赴く。一人は土壇場で怯むが、もう一人の暗殺者がクラレンスを刺し殺す。
- 暗い舞台上に横からの照明、セットは上手にクラレンス(先ほどの場でスタンリーとして舞台上にいた渡辺いっけいがリチャードと暗殺者たちとのやりとりの間に早替わり)が寝るベッドが一つ。ロンドン塔の陰鬱な雰囲気が漂います。
- 暗殺者たちはクラレンスと言葉を交わしている間はコメディタッチで造形されているように感じたのですが、それだけに暗殺者の一人が背後からクラレンスをナイフで刺し殺す場面は、その執拗な刺突の繰り返しがリアルで本作中最も凄惨な場面となりました。
II-1 ロンドン、王宮(原作ではここからIIですが、本作では前の場からそのままこの場に切り替わります。)
病身のエドワード四世(リチャードの長兄)に促されて、王妃一族とリチャード一派は和解する。ところがそこへやってきたリチャードの口から、王による処刑命令の取消しが間に合わずクラレンスが処刑されたと告げられて、エドワード四世は衝撃を受ける。
- 中央にエドワード王が座る玉座、左右に柱が立ち、上手側が王妃一族、下手側がリチャード一派という配置。中央に出て王の目の前で友愛の誓いの言葉と共にリヴァーズと握手したり、妃の手に口づけしたりしたヘイスティングスが下手側に戻るたびにハンカチで手や口を拭うのが細かい芝居。
- この場面でのバッキンガムの立ち位置が、初見ではわかりにくいところです。王はバッキンガムに対し王妃一族との和解を求め、一方遅れてきたリチャードはバッキンガムとの間に
怨念が宿っていたとしても、過ぎたことだ
と述べているからですが、史実としては、王家の血を引くバッキンガムは幼いときに王妃の妹との結婚を強いられて王妃一族に組み込まれたものの、そのことが不本意だったバッキンガムはエドワード四世の死を機にリチャード支持の立場を明らかにしています。
II-2 王宮の一室
ヨーク公爵夫人がクラレンスの遺児二人と共にいるところへ王妃が国王逝去の報をもたらし、ヨーク公爵夫人・王妃・遺児たちがそれぞれの子・夫・父の死を嘆くと共に、バッキンガムがリチャードの腹心となってリチャードに王位継承権者であるエドワード王子(先王エドワード四世の長男)の身柄の確保を助言する場面。本作では省略。
II-3 ロンドン、街路
ロンドン市民三人が幼王の即位に不安をもらす。
- 市民たちはコート姿で、舞台の下の段で暗いオレンジ色の光に照らされながら短い会話を交わします。省略された前の場の愁嘆場の代わりに市民たちの噂話を通じて、国王逝去の情報が観客に伝わる仕掛けになっています。
- 何気ない挿話のようですが、当時の王権には経済力を持つ首都ロンドンの市民層の支持が不可欠で、薔薇戦争の帰趨を決した要因のひとつもロンドンがヨーク家支持に回ったことにあると知っていれば、この場面や後に出てくるロンドン市長の登場場面の意味がわかってきます。
II-4 ロンドン、宮殿
ヨーク公爵夫人と王妃が幼いヨーク王子(先王エドワード四世の次男)と共にエドワード王子の到着を待っているところへ、使者の口からリヴァーズがリチャードとバッキンガムの命令によって逮捕されたという報せがもたらされ、危険を感じた王妃はヨーク王子を聖域(史実ではウェストミンスター修道院)へ伴う。
- 原作にあったクラレンスの遺児のエピソードが省略されたので、本作では子供はエドワード四世の二人の王子だけになりますが、この子供たちの役は人形によって演じられる点がユニーク。人形は三人遣いで、頭と右手を遣う者が語りも担当し、残りの二人は一人が体と左手、もう一人が両足で、すべて本作のキャストが黒衣風の姿で勤めます。
- 文楽でもよくありますが、本作でもヨーク公は登場した使者にやたらと絡みつくやんちゃな小芝居をしていて、シリアスな場面のはずなのにおかしみを加えていました。
III-1 ロンドン、街路(原作ではここからIIIですが、本作では前の場からそのままこの場に切り替わります。)
ロンドンに到着したエドワード王子を出迎えるリチャードとバッキンガム。ヘイスティングスが聖域から連れ出したヨーク公も合流するが、リチャードの指示により二人はロンドン塔へ向かうことになる。王子たちが去った後にバッキンガムは、ヘイスティングスをリチャード擁立の企みに引き入れる試みをケイツビーに委ね、リチャードはそんなヘイスティングスに褒美の領地を約束する。
- この場の冒頭では、カラフルな紙吹雪が舞い散りファンファーレが鳴って、戴冠を前にしたエドワード王子が本作随一の華やかさの中に迎えられます。
- 幼い兄弟が再会を喜ぶ場面の一瞬のはしゃぎ方が大きく、客席の笑いを誘います。さらにヨーク王子が機知をきかせつつリチャードをなかば侮辱し、あまつさえその背中に乗ろうとして地面に落ちた場面では床に倒れた人形の首が横を向いてしまい(たぶん)ケイツビーが「頭がとんでもないことに!」と慌てる一幕があって爆笑が生まれました。
- また、本作の演出(原作との相違)を反映して台詞が変更されている箇所があって、気づいたところではヨーク王子がリチャードにせがむものが(リチャードの出立を反映して)剣ではなく杖になっていたり、リチャードがバッキンガムを
さすがは俺の分身、腹心の知恵袋
などと褒めそやす台詞が、省略されたII-2からこちらへ移されていました。 - ケイツビーに指示を出す場面でのバッキンガムは、それまでの口の達者な若者という印象を越えて策士ぶりを発揮し、主体的にリチャード擁立を図る様子が見られましたが、ヘイスティングスがこの陰謀に乗らなかったときどうするのかと問われたリチャードがこともなげに
首でも刎ねるか
と返した後の凍りついたような間には、後の場でのヘイスティングスの心変わりへの伏線が感じられました。
III-2 ヘイスティングス卿の邸の前
早朝、ヘイスティングスは使者からロンドン塔での会議を懸念するスタンリーからの伝言を伝えられるが、取り合おうとしない。続いて現れたケイツビーからリチャードを王位に就ける企みへの同心はきっぱり断ると、そこへ到着したスタンリーと共にロンドン塔に向かう。
- セットはヘイスティングス邸の入口を示す階段のみで、ヘイスティングスはそこから降りてきて使者ほかと対面します。
- この場から次の場への転換の際には、教会の鐘の音を模したと思われるピアノの中低音域での不協和音が鳴らされて、ヘイスティングスを待ち受ける運命を予感させます。
III-3 ポンフレット城
リヴァーズが処刑される。
- セットは下手に置かれたごく低い処刑台。原作ではリヴァーズ、ヴォーン、グレイの三人が処刑されますが、本作ではリヴァーズだけになっており、このためここより前の場での逮捕・処刑に言及した台詞も囚人が一人であることを前提とした表現になっていました。
- 原作ではリヴァーズたちはラトクリフに急かされ処刑場へと引き立てられて退場しており、おそらく本来の処刑方法は斬首刑だったと思いますが、本作ではラトクリフがリヴァーズの祈りの声の終わらぬうちにピストルで撃ち殺してから
死刑の時刻は過ぎた
と呟いていました。
III-4 ロンドン塔
エドワード王子(エドワード五世)の戴冠式の日取りを決める会議の席上で、ヘイスティングスはリチャードから思いがけない嫌疑をかけられ、死刑を言い渡される。
- 舞台中央に小さな丸いテーブルが置かれましたが、これは会議室の円卓を象徴するものと思われます。
- リチャードとの間の友好関係を疑ってもいなかったヘイスティングスの急転直下の転落が同情を誘う場面ですが、自邸の前でケイツビーにリチャードを王位に就けるつもりはないことを名言しておきながら自分の身は安全だと信じているのは、インテリ893にしては迂闊というほかありません。そのことを一番わかっているのは、死を宣告されて乾いた笑いを漏らしたヘイスティングス自身だったでしょう。
- 再びラトクリフのピストルが咆哮し、鐘が鳴り響く中に本作(舞台)の第一幕が終了します。
III-5 ロンドン塔の城壁
リチャードとバッキンガムは、ロンドン市長にヘイスティングスの首を見せて処刑の事後承諾を取り付けた後、市民の集会で先王エドワード四世を貶めリチャード即位への地慣らしを行う筋書きを相談する。本作では省略。
III-6 ロンドン、街路(本作ではここから第二幕となります。)
ケイツビーから依頼されてヘイスティングスの起訴状を清書した公証人が、不正に口をつぐまなければならない時世を嘆く。
- この短い場は、幕の前で演じられます。本来の構成であれば前の場と後の場の間でリチャードたちが衣装替えを行う時間を稼ぐつなぎの場ですが、本作では休憩後の最初の場面とすることで、観客の気持ちを芝居の世界へ穏やかに引き戻す役目を果たしていました。
III-7 ベイナード城
市民たちの集会に参加していたバッキンガムは、市民たちの反応が冷ややかだったことをリチャードに報告する。しかし、そこへやってきたロンドン市長と市民たちの前でバッキンガムと示し合わせた通りにリチャードが敬虔にして謙虚な姿を演出するうちに、市長以下市民たちはリチャードを国王に推戴することになる。
- 本作にはリチャードが大芝居を打つ場面が何度か出てきますが、ここもその一つ。白い顎髭とハット、コートを着用した長老の出立ちの市民たちを上手に置いて、リチャードは下手から出てくる祭壇を模した階段状の作り物の上に乗り、二人の聖職者と共に台詞のポイントでさっと聖書の表紙を客席に突き出して見せて笑いをとります。
- しかし、ここでの見ものはバッキンガムを演じる赤澤遼太郎の「超」がつくくらい暑苦しい演技でした。すばらしい滑舌で機関銃のように休みなく台詞を語り続け、えび反りになったり走ったり、絶叫や涙声も交えての熱量MAXの大仰な芝居には、市民たちも観客も圧倒されます。ブラボー!
- このドタバタの中には、あくまで王位を固辞するリチャードに業を煮やしたバッキンガムがキレて退場する場面があるのですが、これにあわてた(たぶん市長が)「バッキンさん!」と呼び掛けたり、車椅子の市民に杖で押し戻されるバッキンガムが「痛い!痛い!」と悲鳴をあげるといったアドリブがあって大笑い。
IV-1 ロンドン塔の前(原作ではここからIVですが、本作では前の場からそのままこの場に切り替わります。)
王妃エリザベス、ヨーク公爵夫人、アンはロンドン塔に住む二人の王子との面会を遮られ嘆くところへ、スタンリーがアンをリチャードの妃としてウェストミンスターへ案内すべく現れ、エリザベスはアンの境遇に同情する。
- この場面では、原作ではエリザベスが自分の先夫グレイ卿との子ドーセットにリッチモンドのところへ逃げるよう命じ、スタンリーもリッチモンドへの橋渡しを約束していますが、本作にはドーセットもその弟のグレイも登場しないので、ヨーク公爵夫人がスタンリーに対してリッチモンドのところへ逃げるよう忠告するという変更が加えられています。
- この「リッチモンド」とは最終的にリチャード三世を打ち倒しヘンリー七世としてチューダー朝を開くことになるリッチモンド伯ヘンリー・チューダーのことですが、その母が夫エドマンド・チューダーとの死別後にスタンリーと再婚しているため、リッチモンドは母の夫=義父にあたるわけです。このあたりの人間関係が頭に入っていないと、この先の筋を追うことが難しくなるかもしれません。
IV-2 ロンドン、宮殿
ファンファーレ。王冠を戴き玉座に就いたリチャードは、バッキンガムにエドワード王子(エドワード五世)を亡き者にすることを命じるが、バッキンガムがためらいを見せたためこれに見切りをつけて、ティレルを呼び出し暗殺を命じる。さらにアンが重病だとの噂を流させ、自身は王権を固めるためエドワード四世と王妃エリザベスとの娘エリザベスとの婚姻を画策する。一方、約束されていた領地を求めてリチャードの不興を買ったバッキンガムは、リチャードへの反乱を決意する。
- あれだけ熱い演技でリチャードの即位に尽力したバッキンガムが、いとも簡単に見限られてしまう急転直下の場面。リチャードが自ら語る
血の川にここまで踏みこんだからは、罪が罪を生むに任せる他ない
というその振舞いにバッキンガムがついていけなくなったためですが、ケイツビーも別の件で怒鳴られるなど、この頃からリチャードと腹心たちとの間に亀裂が垣間見られ、一方ではリッチモンドの影が背景に立ち上がり始めます。 - 本作でのこの場面には、原作とは異なりアンが登場しています。アンはリチャードの妃という立場ですが、うつろな表情で玉座の近くに立ち、会話のすべてを聞きながらリチャードに手をとらせていたものの、リチャードが「アンは重病だという噂を流せ」とケイツビーに命じると、放心した様子で上手へ下がっていきました。次の場と合わせてアンの酷薄な運命を象徴する、巧みな演出だと思います。
IV-3 前場に同じ
ティレルはロンドン塔の二王子を暗殺し、アンもこの世を去る。
- 原作では殺し屋を雇って二王子を暗殺したティレルの長い独白とリチャードへの報告があり、その後にリチャードの台詞の中でアンが
この世にお休みを言った
ことが語られますが、本作では台詞はなく、乱打される鐘の音をバックに、下手から上手に向かってティレルが、二体の人形のうち一体を背負い一体は足をつかんで身体の前にぶら下げてゆらゆらと舞台を横切っていき、これとすれ違うようにアンの遺体が座る椅子が上手から下手へ滑って、その途中でアンの身体が崩れ落ちるというショッキングな演出が施されていました。 - アンの死については、リチャードによる毒殺という噂もあった(次の場ではリチャードがアンを
始末した
とエリザベスも言っています)そうですが、原作は死因を特定していません。しかし、史実としてはアンはリチャードとの13年間の結婚生活の後に結核によって亡くなったらしく、本作でもテロップをもって「病死」と明示していました。
IV-4 ロンドン、宮殿の前
ヨーク公爵夫人とエリザベスがそれぞれの子の死を嘆き、マーガレットは自らの呪いのさらなる成就を願いつつフランスへ去る。折しも反乱を起こしたバッキンガムを鎮圧するために進軍しようと現れたリチャードに対しヨーク公爵夫人は呪いの言葉を浴びせて去るが、残されたエリザベスにリチャードはエリザベスの娘エリザベス王女との結婚を申し入れ、初めは拒絶していたエリザベスを言葉巧みに承服させる。かたや遠方からは次々に報告が入り、バッキンガムが捕えられる一方、リッチモンドがウェールズに上陸したことが判明する。リチャードは、リッチモンドの義父であるスタンリーの忠誠を疑いその子を人質にとると、リッチモンドを迎え撃つべく進軍する。
- マーガレットが自身の夫と子やエリザベスの子たちの死を数え上げていずれも
リチャードに殺されるまでは
と畳み掛ける場面は、何人ものエドワードとリチャードの名前が上がって、原作の注に以下、同じ名前が続出してややこしい
と書かれるほどにややこしいのですが、身悶えしながら呪いの言葉を吐くマーガレットのエキセントリックなまでに憎々しげな迫力と、それでも同じく夫と子を失ったエリザベスへの憐れみを垣間見せる人間造形の深みが、そうした「?」を吹き飛ばしてくれます。 - 出陣の場面は大きな軍旗を上手から出すことで示され、その兵士たちの姿はヘルメットをかぶりコートを着た20世紀軍人風。
- この場でも、第一幕第二場でアンを口説き落としたようにエリザベスを籠絡するリチャードの手練手管を見ることができます。最初のうちは対句の応酬のようにリチャードの言葉を全否定してみせるエリザベスが、リチャード渾身の長口上に負けて目の力を失い座り込み娘への説得を引き受けるのですが、その去り際に突然リチャードに無理やりの長い口付けをして、窒息しそうになったリチャードが呻きながらじたばたするという謎の演出がありました。
- 次々に駆け込む使者たちが戦況を報告する場面で、三番目に吉報を持ってきた使者は前二者と同じく凶報だと勘違いしたリチャードに報告のいとまもなく倒されて締め上げられてしまい、本当に痛そう。吉報だったことがわかったリチャードは謝って財布を渡しますが、その後にはケイツビーやラトクリフへの指示にも混乱が見られ、明らかにリチャードが切羽詰まっている様子が示されます。
- それにしても、エドワードやリチャードの連発に加えてエリザベスの娘の名前がエリザベスとは、イギリス王家はどれほど名前のストックに乏しいのでしょうか?まあ、実際には当時の慣習がそうさせているのだと思いますが、おかげで原作を読んだときは数ページ進んでは本の最初に書かれた登場人物一覧に立ち返って登場人物の相関関係を確認し直さなければなりませんでした。
IV-5 スタンリー卿の邸
スタンリーは密かに司祭にリッチモンドへの伝言を託す。そこには、人質をとられたスタンリーがリッチモンドへの援軍を出せないことと共に、エリザベスが娘をリッチモンドに嫁がせるつもりであることが含まれていた。
- 上手に置かれた暗いベンチに並んで座った二人のひっそりした会話は、スパイ映画の雰囲気。
- 娘を嫁がせるということは、エリザベスがリッチモンドの王位継承を認めるということを意味します。前の場でリチャードにした約束と真っ向から反するこの意思表示は、原作を読んだときは不自然な展開であるように思いましたが、前の場でリチャードとの別れ際にエリザベスが行った長いキスがリチャードに対する裏切りの意思をこめた決別の挨拶だったと考えれば、筋がつながるかもしれません(真相は謎です)。
V-1 ソールズベリー、広場(原作ではここからVですが、本作では前の場からそのままこの場に切り替わります。)
バッキンガム、自分が追い落とした人々とマーガレットの呪いを思い起こしながら、処刑される。
- 雷鳴が響く中、下手に立てられた処刑の柱と目隠しをされてそこに後ろ手に縛り付けられたバッキンガム。処刑を司るのは相変わらず感情を一切表に出さないラトクリフ、そして処刑方法は二人の兵士が構える銃による銃殺です。
V-2 タムワース近くの陣営
リッチモンドが自軍の将兵に対し演説を行う。
- リッチモンドはここで初めて登場しますが、赤い長衣をまとって演壇に立ち堂々と演説する姿は宝塚の男役スターのよう。その力強い眼差しは正面に向けられているので、これと目線を合わせることになる客席の我々はリッチモンド軍の一員になったような気がしてきます。
- 原作にはリッチモンドに与する騎士たちが演説に応えて士気を鼓舞する台詞がありますが、本作ではそれらは省略されています。
V-3 ボズワースの平原 〜 V-4 戦場の他の場所
ボズワースの平原で、リチャード軍とリッチモンド軍はそれぞれに場所を選んで陣を張り、翌日の決戦に備える。スタンリーが密かにリッチモンドの陣営を訪ね、助力を約束する。リチャードに殺された者たちの幽霊が現れ、リチャードに呪いの言葉を掛け、リッチモンドには祝福を与える。目を覚ましたリチャードは罪の意識におののくが、それでも自軍の兵士たちに訓示を行う。すぐに戦闘が始まり、その混乱の中で乗馬を失ったリチャードは馬を求める。
- クライマックスに向けていくつもの情景がシームレスに連なる場面。
- リチャードは下手側、リッチモンドは上手側を陣とし、片方が語るときにはもう片方は背を向けるなどで舞台上から気配を消します。
- 亡霊たちが登場する場面は、実に恐ろしい。舞台後方から客席側に向かって何本もの照明が光を投げかける中、下手から現れたヘンリー六世、クラレンス、リヴァーズ、ヘイスティングス、二人の王子、アン、バッキンガムが幽鬼のような黒づくめの姿でリチャードに怨みの言葉と共に
絶望して死ね
という言葉を投げかけます。原作では一人(一組)ずつリチャードを呪った後にリッチモンドに言葉を掛けて退場していましたが、本作では全員がリッチモンドの背後に並んで声を合わせて生きて栄えよ
と励ますという演出が施されていました。なお二人の王子は人形ではなく、人形を遣いながら声をあてていた俳優が幽霊の役を勤めていました。 - 悪夢から目覚めて悲鳴をあげたリチャードの、震える声での二重人格のような自問自答は、リチャードが本作の中で初めて見せる脆弱さ。
絶望だ。誰一人、俺を愛してはいない。誰一人、俺が死んでもあわれみはしない。当然だ。俺自身、自分に何のあわれみも感じない
という独白が痛切です。さらに、その場に現れたラトクリフに思わず向けたピストルを手が震えて放せなかったり、夢のことを話すときに強がる口調を維持できず俺は恐ろしい、恐ろしい
とラトクリフにしがみつく姿は哀れそのもの。これはまた、リチャードが本音を見せられる相手がもはやラトクリフしかいないことをも示しています。 - 霊夢を喜ぶリッチモンドの挿話をはさんでリチャードの兵士たちの訓示の場面に移りますが、その訓示は(最初から?途中から?)肉声ではなく録音で、この演説の途中から舞台上では戦闘場面が展開します。獅子奮迅の勢いで敵兵たちを次々に撃ち倒すリチャードはついに撃たれ、それでも戦うことをやめないリチャードがここで叫ぶ言葉が本作で最も有名な台詞
馬だ!馬をよこせ!代わりに俺の王国をくれてやる、馬!
。〔訳〕松岡和子氏が原文A horse! A horse! My kingdom for a horse!
の語順に忠実に訳したこの台詞をリチャードは二回叫びますが、最初の叫びは悲壮な中にも闘志をたぎらせた口調だったのに、二回目はその場に駆けつけたラトクリフを誤って射殺してしまったことに気づいて絶望に打ちひしがれ泣き叫ぶ声でした。実はあらかじめYouTubeにアップされた本作のトレーラーを見たとき、後者の叫び(だけ)がそこに収録されていたので違和感を覚えたのですが、こうして通して見ればこの叫びが必然だったことが理解できます。 - 原作では、リチャードがリッチモンドと一騎打ちを行い討ち果たされるのは次の場(V-5)ですが、本作では上記の嘆きに続いてその場に現れたリッチモンドが、リチャードに数限りない銃弾を浴びせてリチャードを殺害し、暗転します。正義が悪を打倒する場面でありながら、その容赦のなさには震撼しました。
V-5 戦場の別の場所
リチャードは倒され、勝利したリッチモンドが王女エリザベスと結婚することによって赤薔薇(ランカスター家)と白薔薇(ヨーク家)は統合され、イングランドに平和がもたらされることになる。
- 原作のラストは、エリザベスとの婚姻の公表とそのことによる末長い平和を願うリッチモンドの祈りの言葉で締めくくられていますが、本作ではこの場の台詞は一切なく、闇に包まれる舞台の上方にこの趣旨のテロップが投影されることで説明がなされました。そして舞台上が再び明るくなると王冠を戴き赤い長衣を身にまとったリッチモンドが後ろ向きに立っていましたが、王冠を舞台後方に投げ捨てて客席に振り向いたその人は、吉田羊でした。
不具を鬱屈に変えて次々に悪事を画策し国王の座に登り詰めるリチャード三世のノワールな魅力そのままに黒を基調とし、場面に応じた必要最小限の装置・照明と現代風の衣装を用いたスタイリッシュでスピード感のある舞台には、ぐいぐいと引き込まれて観る者の集中力が途切れるひまがありませんでした。また、上述のように原作に対する的確な彫琢も加えて上演時間を第一幕・第二幕共に80分(休憩を含めると3時間)に収めたことも鑑賞の助けとなっていました。
しかし、単に省略されているだけかと言えばさにあらず。本作の原作との相違点のひとつは、リチャードに殺される人々の死の様子を明確に表現している点です。具体的には、原作において舞台上で実際に殺害される場面が描かれるのはクラレンス(とリチャード)だけで、リヴァーズやヘイスティングス、バッキンガムは無念を口にしながら断頭台に赴く、すなわち舞台から退場するのに対し、本作ではいずれも舞台上で銃殺されていますし、二人の王子も原作ではティレルの台詞の中でその死が描写されるのに本作では台詞をなくして王子たちの亡骸を見せ、しかもそこにアンの遺体すら出していて、これらがリチャードの奸計の犠牲者たちを襲った運命の残酷さを強く印象づけていました。
音楽の使い方も特徴的で、日本風の演劇によくある抒情的なBGMはほとんどなく、場面転換の際に聖歌風コーラスやジャズっぽいスキャット、教会の鐘の音(あるいはそれを模したピアノの不協和音)、ミュートした弦を弾く音などが効果的に用いられます。またトランペットのファンファーレやハレルヤの合唱はBGMの領分を越えて場面の可視化を助けていましたが、ボズワースの戦いから終幕まで聖歌が流れ続けていたことは、あるいは神のもとでの人間の殺し合いという構図を示すものだったのかもしれません。
それにしても、リチャード三世とは結局何者だったのか。
主演の吉田羊さんはプログラムの中でリチャードのことを、不具のゆえに生母にすら愛されず、したがって愛を知らないから愛し方を知らない、人を信じたいけれど信じられない
人であり、だから私だけはリチャードの味方でいたい
と述べています。そんな吉田羊さんが演じるリチャードは、はじめのうちは謀りごとの数々を情熱のこもった芝居(たとえばアンに対する求婚)とその直後の皮肉な独白の組合せをもっていわば痛快に見せてくれていたのに、権力を掌中に収めてからの周囲に対する独善的な振舞いには見ていて嫌悪感しか覚えないのですが、そこには吉田羊さんが観客の共感を拒絶するためにあえて採用したと思われるキンキンした高音の発声と薄い白塗りが作用しており、それだけに、決戦前夜の悪夢の後の独白を通じて自分の孤独に押しつぶされそうになる「弱い」リチャードの姿には深く感情移入させられました。
吉田羊さん以外の俳優も、いずれも複数の役を演じ分けつつの好演で、特にリチャードの「(お前を・あなたの娘を)愛している」という強いアクセントを真っ向からぶつけられ、膨大な台詞の応酬の後についに屈するアンと王妃エリザベスを演じた愛希れいかさんと中越典子さん、運命の急転直下に翻弄されるインテリ893風ヘイスティングスを演じた星智也、市民たちの前でリチャードのために渾身の(暑苦しい)演技を見せながら最後は反逆者として処刑されるバッキンガム役の赤澤遼太郎が強い印象を残しました。かたや、この座組ではビッグネームと思える渡辺いっけいは基本的に「いい人」の役ばかりだったのでもったいなかったかも。それより何より、登場するたびにこれでもかと呪いを撒き散らすマーガレットを演じた篠井英介の怪演には脱帽です。血で血を洗う薔薇戦争の加害者であり被害者でもあったマーガレット・オブ・アンジューが本当に憑依したようなその演技は、本作そのものに唯一無二の個性を与えていました。
なお、シェイクスピア劇の舞台を観るためには戯曲をあらかじめ頭に入れておくことが求められるため、もちろん自分も本作の鑑賞の前に原作は精読しました。しかし、イギリスの王家の変遷はおそらく大半の日本人にとっては馴染みのない事柄ですし、そもそもバラ戦争よりややこしいわ
と引合いに出される[1]ほど薔薇戦争(1455-1485)はイギリス人にとってもややこしい。しかも薔薇戦争を知るためにはその前史となる百年戦争(1337-1453)を知らねばならず、百年戦争を知ろうと思うとノルマン・コンクエスト(1066-1071)まで遡ることになり、ついでに薔薇戦争終結後の血統を追えば現代までのイギリス王家の系譜を辿ることになって、どうせそこまで行くならイギリス全史を学び直そうと久しぶりに脳に汗をかきました。
ここで役に立ったのは、大学受験の予備校での世界史講義で講師が教えてくれた「ノルプラランカ、ヨークチュースハ」というおまじない。ノルマン→プランタジネット→ランカスター→ヨーク→チューダー→スチュアート→ハノーヴァーという歴代王朝の名前の覚え方で、実際にはこれらの前に石器時代からケルト人の侵入、ローマ統治とアングロサクソン七王国、クヌート大王の侵略とサクソン人の復権があり、20世紀にはハノーヴァー朝がウィンザー朝に変わって今日に至っているのですが、本作の理解のためには「プラランカ、ヨークチュー」がわかっていれば足ります。
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出演
| リチャード三世 | : | 吉田羊 |
| アン / ラトクリフ / ヨーク王子(人形) / エドワード王子(人形) / 司祭 | : | 愛希れいか |
| エリザベス / リッチモンド / エドワード王子(人形) / 長老 | : | 中越典子 |
| バッキンガム / 司祭 / 兵士2 | : | 赤澤遼太郎 |
| ヨーク公爵夫人 / エドワード四世 / エドワード王子(人形・語り) / 長老 | : | 増子倭文江 |
| リヴァーズ / ブラッケンベリー / 暗殺者1 / 市民2 / イーリーの司祭 / ヨーク王子(人形) / 使者 / 長老 / 小姓 / 兵士3 | : | 浅野雅博 |
| ヘイスティングズ / ティレル / 市民3 / ヨーク王子(人形) / 長老 / 兵士1 / 司祭クリストファー | : | 星智也 |
| ケイツビー / 司祭 / 暗殺者2 / 市民1 / ヨークの司祭 / 兵士 / ヘンリー六世の亡霊 | : | 清田智彦 |
| マーガレット / ヨーク王子(人形・語り) / 長老 | : | 篠井英介 |
| スタンリー / クラレンス / ヨーク王子(人形) / ロンドン市長 / 公証人 | : | 渡辺いっけい |
脚注
- ^C.S.ルイス『カスピアン王子のつのぶえ』(1951年)。小人のトランプキンから、もとナルニア人たちを率いて新ナルニア人=テルマール人に対し反乱を起こしたカスピアン王子自身がテルマール人であると聞かされて混乱したルーシィ・ペベンシーの言葉。

