川口千里
Imp. 959
2026/06/04
ブルース・アレイ・ジャパン(目黒)で、川口千里 “THE LIVE RECORDING” 公演の2日目のショウ。タイトルの通り、2日間のショウでライブレコーディングを行い、ベストテイクを選んでライブ盤をリリースするという企画です。
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千里さんはこれまで4枚の自己名義のアルバムを発表しており、そのタイトルは発表順にABCDと並んでいます。よって次のアルバムはEで始まる名前になるはずですが、それは期待通りショウの中で公表されました〔後述〕。


千里さんのライブは2021年にブルーノート東京で観ていますが、近年の彼女の主戦場であるブルース・アレイ・ジャパンを訪れるのはこれが初めてです。目黒駅から徒歩5分という交通至便の場所にあるこのライブハウスは地下にあり、チケットのチェックを受けて席に案内されてみると予想外にこじんまりとしていました。あいにく席がステージから遠く、ステージとの間に複数のテーブルがあるためにドラムセットを見通すことは困難な位置でしたが、ステージ左右のスクリーンがどうにかその難点を補ってくれそうです。

まずはハイネケンを注文してから機材チェック。YAMAHAのドラムがステージの主役となっており、例によってヤモリのマークがバスドラのヘッドに踊っています。


ドラムに向かって左はベース(高橋佳輝)とキーボード(友田ジュン)、向かって右はギター(菰口雄矢)の立ち位置で、賑やかなエフェクターボードの横に貼られたセットリストを読んでみると、残念ながら2作目『Buena Vista』収録曲の「See You Much Later」はそこに含まれていませんでした。強烈な変拍子が楽しいこの曲は私の大のお気に入りで、先月の登山でもビバークの際のBGMにしたほどだったのですが、もしや昨日演奏されたのかな?


客席後方の一段高いところにはこの会場のデフォルトの音響・照明ブースがあり、さらにその前に臨時で設置されたと思われる機材群がひしめいていて、こちらはどうやら映像収録と録音のための設備だった模様です。ところが、開演予定時刻の5分前という切羽詰まったタイミングでホールスタッフの女性が客をよけようとしてトレイの上の飲み物と氷をこれらの機材の前にぶちまけてしまうというアクシデント。これには近くで一部始終を見ていた私も肝を冷やしましたが、幸い機材に水がかかることは避けられたようで、ホールスタッフの手早い対処のおかげで10分遅れでの開演を迎えることができました。
登場した四人の姿は、千里さんが白い衣装に長い髪を頭のてっぺんでまとめて後ろに垂らした出立ちで、残る三人は柄の有無はあってもいずれも黒っぽいシャツ。まず千里さんがマイクを握り、この日は曲と曲との間で不思議な間が開くことになるが、バンドの仲が悪くて不穏な空気になっているわけではなく、ライブレコーディングであるために一曲ごとにチューニングなどの調整を行うための間なので、それも含めてお楽しみください、とアナウンスしました。
Infinite Possibility
千里さんの4カウントから、デビューアルバム『A LA MODE』(2013年)のオープニングナンバー。のっけから素晴らしい音圧とスコーンと抜けるようなスネア、そして強靭なリズムに心が踊り、そして客席に伝わる音の良さに感心しました。四人がそれぞれかなりの密度で音を重ねているのに、すべての音が客席最後方の自分のところまでクリアに届いています。演奏の方はグルーヴィーなメインテーマと各人のソロの応酬という定番の流れですが、アイコンタクトを交わしながらぐいぐいと進行する演奏が一気に場内の温度を高めました。
この曲の演奏が終わり拍手が収まったところで、予告通り「不思議な間」。ベースのチューニングがその眼目だったようですが、しーんとした中に菰口氏から「この間です」と説明が入って客席に笑いが広がりました。
Am Stram Gram
ベースの高橋氏がOKの合図を出し、千里さんが「はい、いきます」と声を出してドコドコと始まったのは、サードアルバム『CIDER』(2016年)からミドルテンポの中にスネアのタイミングが面白いイントロを持つ「Am Stram Gram」(フランスの数え歌で「どれにしようかな」といった意味)。ヘビーなギターリフとMoogのメロディーが交互に牽引役となりつつ、スリリングなブレイクや各人のソロが織り交ぜられていきます。
Turn Right
4作目『Dynamogenic』収録曲で、ピアノ主体のソフトなイントロから始まり流麗なギターソロが美しいバラード。曲調に合わせた繊細なスネアワークを聞かせつつ、だからと言って軟弱に音量を下げたりはしないのが千里さんらしいところです。
3曲続けたところで再び千里さんのMCとなり、ここまでの3曲の選曲理由の解説が行われましたが、「Turn Right」に関しては、4月に訪問したモンゴルでの現地フュージョンバンドとの共演の際に先方から演奏することを提案されたという意外ないきさつが紹介された上で、菰口氏との掛合いでそのレコーディングがほぼ一発録りだったこと、そして当人たちが知らないうちに本曲のパフォーマンスが表彰されていたといった経緯が紹介されました。
Here I Come
新曲その1(千里さん作曲・菰口氏編曲)。トリッキーなリズムのイントロからピアノとギターとが疾走感を演出し、ベースとドラムのソロの掛合いも楽しい爽快感溢れる曲。
April Sorrow
新曲その2(菰口氏作曲)。「Here I Come」の演奏の前に新曲2曲を紹介したMCの中で、昨日のライブではこの曲の演奏が「悔いの残る」ものだったためにアンコールでもう一度演奏したことが明かされ、どうやらその張本人だったらしい高橋氏が「昨日と今日とで400回練習してきた」と豪語すると、菰口氏が「これは間違えるわけにはいかないな」、千里さんも「自分でハードルをあげて。いいですね、そういうのキライじゃないですよ」とさらなるプレッシャーをかけていました。そのせいかどうか、ギターの7/8拍子のアルペジオが始まってこれからAメロというところでベースからストップがかかり、ギターとドラムが即興のコミカルなフレーズを繰り出して曲を止めました。なんとチューニング後にミュートを解除するのを忘れていたためベース音が出なかったようで、高橋氏は平謝り、聴衆は大笑い。そして作曲者の菰口氏は「これは(笑いをとる曲ではなく)悲しい曲なんだよ」。
仕切り直しの演奏を聴くとギターのアルペジオの上にベースがメロウなメロディーを重ねて始まる曲で、鬼門だったらしいこの7/8パートを弾きこなして胸をなでおろす仕草を見せた高橋氏は、リズムがワルツに移ると実に気持ちよさそうに体を揺らしており、演奏終了後にはガッツポーズ。このように7/8拍子と6/8とを組み合わせつつ叙情的に、しかもエモーショナルに展開する美しいこの曲の出来について、菰口氏も「今までで一番うまくいった」と太鼓判を押してくれました。
メンバー4人による和気藹々とした会話に続いて千里さんがメンバーを紹介し、8月にリリースされるライブアルバムをこの場で予約すると来場者限定特典で千里さん大判ポスターがつくこと(ポスターは玄関に貼って魔除け(!)にしてほしいとのこと)、そのアルバムのタイトルはEから始まる『E-Magination』であることが告げられました。
In Three Ways
前半最後の曲は『CIDER』から。オリジナルはPhilippe SaisseとArmand Sabal-Leccoとのトリオ演奏ですが、千里さんがこの4人で演奏するのが好きだからということで選曲されたということです。
上の映像は同じ会場・同じメンバーでの今年の1月の演奏ですが、今日の演奏の方が原曲に近いスピードを持ち、長大なベースソロの背後ではカウベルにかすかにラテンフィールを出させたりビートを倍速に変えたりとさまざまなリズムの組合せのトライアルが聞かれ、そして最後にはロックドラマーもかくやと言うド派手なドラムソロが展開されました。

休憩は25分間ほど。その間に注文したのはこのライブのスペシャルメニューとして用意されたブルー・マティーニです。マティーニと称しながらロングカクテルなのが不思議ですが、ジンベースのロングにライムとミントを加えてすっきりさせた味わいと、ブルーキュラソーの色合いがステキでした。
戻ってきたバンドのメンバーは、皆さん楽しそうなニコニコ顔。こういう多幸感と親近感に満ちたライブというのも珍しい。
Onyx
千里さん言うところの「例のアレ」。セカンドアルバム『Buena Vista』からのこの曲は、事前に行われたライブアルバム収録曲リクエストでファンからの最多票を獲得した曲だそうです。キレのいいギターのカッティングから始まり、テーマの旋律の背後でツインペダルがドコドコとバスドラを連打するパワフルな曲ですが、中間で長いブレイクを入れたのが面白いところで、高く掲げたスティックを打ち下ろしたスネア一発での再開後にはエキセントリックなエフェクトをかけたギターソロが続きました。
Winds
「師匠の曲」。すなわち千里さんの師であった故・菅沼孝三氏の作品で、もともと1980年代に小川文明氏とプログレバンドBlack Pageを組んでいたときに作曲したものを90年代にプリズムの和田アキラ氏率いるプログレッシヴ・フュージョンバンドW.I.N.Sでとりあげてライブ音源を残した作品であるらしく、後に行われた菅沼孝三氏と千里さんの師弟コンビでの演奏の模様を以下のように見ることができます。
今日の演奏では空間系エフェクトを加えたギターのアルペジオから始まり、情熱的なギターソロやJimmy Johnsonを連想させる艶やかに歌うベースソロが加わって、最後はアルペジオのループをフェードアウトさせるといった具合のアレンジでしたが、演奏の基調にある軽やかさや優しさは原曲のイメージを伝えるものでした。
なお、後ほどのMCの中で千里さんはこの美しい曲をあらためて紹介し、師匠は他人の曲だと(手数王と言われただけあって)叩きまくるのに「自分の曲は丁寧に叩く」と笑いをとりつつ「作曲者がいなくなるとその曲を聴けなくなるというのが嫌だった」から採り上げたと語っていました。
Ginza Blues
『CIDER』収録、「気軽なブルース」と言いつつ「Quadrant 4」か「Space Boogie」か、はたまた「Hot for Teacher」かという感じのダブルベース・シャッフルから始まる勢いのある曲。元がトリオ編成だっただけにピアノが活躍していましたが、さらにハードロックなギターソロあり、ギアを半速に落としてのベースソロあり、ブラッシングのような(?)かすれたギターでの「Blue Rondo」パートあり、もちろん手数満載のドラムソロありの「はっちゃけた」演奏でした。そしてこの「はっちゃけ」ぶりに菰口氏が「銀座と真逆だ」とコメントを入れたところ、千里さん曰く、作曲者のPhilippe Saisseのネーミングは適当だったので深く考えずに聞いてほしい、しかも元はもっとスローな「六本木ブルース」とのこと。えっ?と思って帰宅してから「六本木ブルース」を検索してみたところ、いかにもありそうな曲名だけに複数の同名曲がヒットしましたが、かろうじて共通点らしきものが聞き取れたのは中条きよしの「六本木ブルース」でした(真相は不明です)。
No Sweat
千里さんが「さあ、きたぞ!」と気合いを入れて、菰口氏の手になる昨日が初演だったという新曲。演奏前に「頭は……」「エンディングは……」と打合せをしてから4カウントで始まったのは、絶妙に拍をつかみにくいイントロからヘビーなリフ、さらに伸びやかなギターのBメロと続くギターオリエンテッドな曲だと思わせて、結局はドラムオリエンテッドな演奏で終わるパワフルな曲。ソロの受け渡しのアイコンタクトで見せる千里さんの表情の明るさにもかかわらず、終わったとたんに菰口氏が「あぶねー!」と漏らしていたのでどうやらギリギリの演奏だったようです。
Longing Skyline
『CIDER』収録の千里さんの曲。しっとりしたピアノ独奏から始まり、インテンポになってからギターとピアノとが情感をこめ歌い上げて高揚と鎮静の間を行き来する6/8拍子系のバラード。美しい……。
「いやー、ここまでよくがんばりましたよ、皆さん」と慈母のごとき口調でメンバーをねぎらう千里さん(29歳=最年少)。ここで今後のライブスケジュールの紹介があり、直近ではなんとDirty LoopsのベーシストHenrik Linderほかと組んでのライブがここブルース・アレイ・ジャパンで予定されているという話にびっくり。秋には、あの山本恭司氏や須藤満氏とも組むことになっているそうです。そんな話をした上で「よーし、最後!」とあらためての気合いと共に演奏したのは、定番曲「Flux Capacitor」でした。
Flux Capacitor
『CIDER』収録、この日演奏された中ではおそらく最もややこしいリズムを持ち、華やかなシンセリフと刺激的なギターソロ、パワフルなドラミングでぐいぐいとアゲていくエンディングにふさわしい曲です。
ここで一応本編は終了ですが、バンドのメンバーたちはステージを降りることなく客席からの手拍子を受け止め、ここで千里さんが「えー、本当ですか?(アンコールの拍手を)もらえると思ってなかったよ」。いやいや「Flux Capacitor」の前に「アンコールがないと1曲収録できなくなるから困るんだ。アンコールよろしくお願いします」と要求していたじゃないですか(笑)。
Raging Spur
最後は『Dynamogenic』からの曲。これも高速シャッフルのハードブギーで、ギターとオルガンのユニゾンやそれぞれのソロがいずれもかっこよく、ギターソロの後ろではKeith Moonばりにクラッシュがばしばし連打されて血湧き肉躍るガテン系の演奏でした。
こうしてすべての演奏を終えた千里さんとそのバンドメイトたちは、最高の笑顔と共にステージを降りて引き上げていきました。
途中に休憩をはさんで約2時間半、ライブレコーディングならではの緊張感やら失敗やらがあってスリリングでもありましたが、充実した楽しいライブでした。とりわけ千里さんの演奏は揺るぎなく、すばらしい音圧とスピードで自由自在なドラミングを聴かせてくれた上に、表情豊かにアイコンタクトの起点となって曲の進行を司る姿は立派なリーダーぶりでした。加えてMCもユーモアたっぷりの堂に入ったもので、そこにはブルーノート東京で初めてじかに見たときから今日までの5年間に培われたミュージシャンとしての進化が如実に窺え、千里さんが今後どこまで駆け上がっていくのかますます楽しみになってきました。すでに世界を股にかけて活躍している千里さんですが、願わくは演奏力に加え英語力にもさらに磨きをかけて、もっともっと世界のトップミュージシャンたちとの共演を果たしてもらいたいものです。
おっと、そんなことを言っているひまがあったら8月26日に発売される『E-Magination – Live at the Blues Alley Japan -』をゲットしなくては。なお、目下予約受付中のAmazonのサイトではCDアルバムとしてのリリースのみがアナウンスされていますが、今日の会場の撮影機材を見ると映像作品にも期待がかかります。もし映像作品がリリースされるようであれば、間違いなくこれを買い求めることになるでしょう。そのときはおまけ映像として「April Sorrow」のNGテイク集の収録を希望します。
ミュージシャン
| 川口千里 | : | drums |
| 菰口雄矢 | : | guitar |
| 高橋佳輝 | : | bass |
| 友田ジュン | : | keyboards |
セットリスト
- Infinite Possibility
- Am Stram Gram
- Turn Right
- Here I Come
- April Sorrow
- In Three Ways
--- - Onyx
- Winds
- Ginza Blues
- No Sweat
- Longing Skyline
- Flux Capacitor
--- - Raging Spur



