国宝 阿修羅展

2009/04/04

来年は平城京遷都1300年であり、すなわち興福寺創建1300年の節目の年でもあります。これに伴い中金堂再建事業が進められることとなり、これにあわせて《国宝八部衆像》《十大弟子像》等の名宝が東京国立博物館に出展されることになりました。この八部衆像の中でも最も人気が高いのが、かの阿修羅像です。

3月31日に始まった「国宝 阿修羅像展」は初日に1万人を迎え、その後も着実に客足を伸ばしているとのこと。この日、開館時刻の少し後に着いてみると、ご覧の通り「約40分待ち」との看板が出ていました。しかし、土曜日でこれくらいならまあ御の字。平成館の前の行列に並んだところ、実際は30分強で入館できました。

展覧会の構成は、以下の通り。

  1. 興福寺創建と中金堂鎮壇具
  2. 国宝 阿修羅とその世界
  3. 中金堂再建と仏像
  4. VRシアター「再建中金堂と阿修羅像」

まず最初の展示室「興福寺創建と中金堂鎮壇具」には興福寺中金堂跡から出土した鎮壇具等が展示されており、その大半が国宝なのですが、凄い混雑の上に鎮壇具は小さいものばかりなので、後で図録で拝見することにして、スルー。

次の間から「国宝 阿修羅とその世界」になります。まずは法隆寺から出品された《阿弥陀三尊像》(伝橘夫人念持仏)があって、これは興福寺の十大弟子像・八部衆像が橘三千代一周忌供養のために造像されたもの、という縁から展示されているわけですが、むしろその隣に置かれた《華原磬》に見入ってしまいます。端的に言えば銅の鉦なのですが、台座は精悍な表情の獅子、その背中から上に伸びる柱に複雑に巻き付いた4頭の竜が中空に輪を作って、その中に鉦が吊り下げられるという極めて奇抜かつ精巧なデザインで、その洗練された技巧には驚くばかり。そこから隣の部屋には《十大弟子像》のうち現存する六躯、そして《八部衆像》のうち七躯が置かれています。十大弟子もそれぞれに一人一人の性格を反映した個性的な顔立ちをしているのですが、やはり気になるのは異形を伴う八部衆(仏の眷属として取り入れられたインドの神々)の方。いずれも着甲の姿で、目と口をかっと開いて牙を見せる鳩槃荼(くばんだ)、少年の顔立ちで頭上に蛇を巻く沙羯羅(さから)、鳥の顔をした迦楼羅(かるら=ガルーダ)がとりわけ人気を集めていました。また象を頭上に乗せた五部浄は肩から上しか残っていませんでしたが、同時に展示された五部浄像右腕残欠が、脱活乾漆造技法の様子をよく示しています。

さて、赤いスロープの通路に導かれてもう一つの部屋を見下ろす位置に辿り着いたとき、そこに1人たたずんでいたのが、八部衆最後の1人、阿修羅の像(734年)でした。といっても、阿修羅の周りは見物客にぐるりと取り囲まれ、押し合いへし合いの状態なので、まずは手前の高い位置からじっくり拝見です。暗い部屋で、オレンジがかった印象的な照明の中に浮かび上がるように立つ阿修羅は、ほっそりした体躯からこれも華奢な6本の腕を空中に広げ、その真ん中で、あの不思議な表情を浮かべています。もとは阿修羅は帝釈天に対して終わることのない戦いを挑み続ける武神であり、そのモチーフが光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』にも活かされたりしているのですが、この像が示しているのは、釈迦の説法を邪魔しようと潜むうちにその説法に聞き入ってしまい、罪を悔いて釈迦に帰依するところとされています。かすかに眉を寄せて憂いを見せ、その細い腕のひと組みで合掌する阿修羅のナイーブな内面性を示す姿は、他の八部衆の生々しい異形の姿とは大きく異なり、それだけにこの像が他のいかなる像にも増して人気を集めている理由がよくわかります。続いて、係員の誘導に従って阿修羅像の置かれた下のフロアに降り立ち、やや遠巻きながら阿修羅像をいろいろな角度から見上げてみました。これは解説にも書かれていることですが、左(向かって右)の顔は正面の顔とよく似て比較的穏やかながら困惑しているようでもあり、これに対して右(向かって左)の顔は眦に力が入り、下唇をかんで悔いまたは嫉妬の相を示しています。腕の付け根はごく自然で、三つの顔も違和感なく融合し、頭頂へと髪が結い上げられています。細い腕に見える折れた跡や一部鉄芯の見えた指先が、その穏やかな顔立ちにもかかわらず過去に何度かの災害をくぐって来たであろうことを窺わせますが、それらもこの像の優美さを損なってはいません。

実は、私はこれが阿修羅像との初対面ではなく、ずいぶん昔に興福寺でガラスケースに納められた阿修羅像と対面したことがあるのですが、そのときは今回のようなオーラを感じることができず、少しがっかりした記憶があります。それが展示の仕方の違いによるか、私自身の変化に伴うものなのかは不明ですが、今回、改めて阿修羅像を拝見しておいて本当によかったと思う次第。

展示室を変えて「中金堂再建と仏像」。こちらは威風堂々とした四天王像が立ち並んでいて、その圧倒的なパワーは阿修羅像の繊細さと全く対照的です。須弥山の四囲を守護する持国・増長・広目・多聞の四天の立像は、いずれも1189年・康慶作。彼らとは2004年の「興福寺国宝展」でも対面していますが、何度見ても、その強烈な存在感に引き込まれてしまいます。そして四天王像の向こうには、さらに高さのある薬王・薬上の両菩薩立像がそそり立ち、続く一室にこれも2004年に東京に来た《釈迦如来像頭部》や飛天等を見て、最後にVRシアター「再建中金堂と阿修羅像」となりました。

この日会場でゲットしたのは、以下の通り。まずはあらかじめ「阿修羅ファンクラブ」に入っていたので、会員特典のバッジをもらえました。赤い台紙の「阿修羅」の「羅」の字をよく見ると、「糸」のところが阿修羅のシルエットになっている点に注目。

平成館2階のミュージアムショップで買ったDVD。バーチャルリアリティで再現する興福寺金堂や、阿修羅像の3D映像が魅力的。VRシアター「再建中金堂と阿修羅像」で映写されるのは、このDVDの一部です。

なかなかお洒落な阿修羅Tシャツ。他にも阿修羅トートバッグや阿修羅マグカップ、阿修羅USBメモリーなどが売られていました。

日本酒「阿修羅」。これを飲むと腕があと4本生えてくるかも。それはまだしも、顔が二つ増えたらかなり嫌だ。

話題の阿修羅フィギュアは品切れ。1人一体限り、チケットを示して阿修羅スタンプを捺してもらって、予約することができました。今月中には届くはず(→4月18日に届きました)。

外に出てみれば、上野公園の桜は今が満開。まだ正午過ぎだというのに、酒盛りも始まっていました。

さて、《阿修羅像》は6月まで東京、その後7月から9月までを福岡県で過ごした後、興福寺に帰山します。そして10月17日から11月23日まで、興福寺の仮金堂に《阿修羅像》ほかの八部衆・十大弟子が安置されるほか、北円堂の内陣も公開され、あの《無著・世親立像》ほかを見ることができるとのこと。これを見逃す手はありません。