インドの仏

2015/04/18

よく晴れた休日、美術展巡りをすることにしました。まずは東京国立博物館(上野)で開催中の「インドの仏」です。インドの仏像と言えば、以前「インド・マトゥラー彫刻展 / パキスタン・ガンダーラ彫刻展」で一通りの知識は得ていますが、それから早くも13年がたっているので、ここで知識のアップデートを図っておくことにしたと言うわけです。

この展示は、コルカタ・インド博物館所蔵の仏教美術約90点を招聘したもので、フライヤーの惹句によれば次の通り。

コルカタ・インド博物館で最も有名な所蔵品の一つであるバールフット遺跡の浮彫彫刻やギリシャ・ローマの影響を色濃く映し出す流麗なガンダーラの仏像、インド独自の造形感覚で発展した肉感的なマトゥラーの仏像やインド文化の黄金時代グプタ朝の傑作・仏立像などが出展。シュロの葉に記された経典や釈迦の生涯を描いた仏伝浮彫なども多数ご紹介します。仏教が生まれた地インドで、千年を超えて展開した仏教美術の源流をたどる展覧会です。

さて、東京国立博物館にはこれまで何度も足を運んでいますが、もっぱら平成館が目当てで、三越を連想させるライオン二頭を前に飾った表慶館に入るのは、これが初めてかもしれません。

展示の構成は、次の8章からなっています。

  1. 仏像誕生以前
  2. 釈迦の生涯
  3. 仏の姿
  4. さまざまな菩薩と神
  5. ストゥーパと仏
  6. 密教の世界
  7. 経典の世界
  8. 仏教信仰の広がり

まず「仏像誕生以前」の章ではコルカタ・インド博物館ならではのバールフット遺跡の浮彫群で、法輪や聖樹、足跡によって象徴的に描かれたブッダの姿を眺めます。赤みを帯びた砂岩でできた欄楯を飾ったこれらの浮彫は技巧的には拙いものですが、紀元前2世紀とまさに仏教美術の源流に位置する作品。ついで「釈迦の生涯」の章で、仏伝を描く作品の数々に出会います。ここではクシャーン朝(1-3世紀)ガンダーラ美術の優品を見ることができますが、ガンダーラ美術はギリシア美術の影響を受けた高度な写実的な表現に特徴があり、たとえば仏伝のうち《誕生》を描く玄武岩の浮彫は摩耶夫人のボリュームに富んだ肢体を玄武岩の黒い光沢を活かしながら細密に彫り出して素晴らしいものでした。《出家踰城》もその筋では有名な作品だそうですが、決意を胸に秘めたブッダの姿が強い緊迫感を漂わせています。また、《四相図》の解説で四大聖地(生誕:ルンビニー / 成道:ボードガヤー / 初転法輪:サールナート / 涅槃:クシナガラ)巡礼が推奨されていたことが述べられていましたが、この中で初転法輪(最初の説教)の様子を鹿野苑の鹿と法輪で示す図案が紹介されているのを見たときに、先日チベット旅行へ行ったときあちこちの寺院の屋上に置かれていた装飾の意味がやっと理解できました。

「仏の姿」の章ではガンダーラとマトゥラーの仏像が展示されていましたが、仏さまのお顔立ちはそれぞれに個性的で、何となく地中海っぽい顔もあればインドっぽいのもあり、いずれも日本的な仏像の顔立ちとは大きく異なります。しかし、「仏像」として見応えがあったのは次の「さまざまな菩薩と神」と「密教の世界」の章。フライヤーにも登場しますが、クシャーン朝の《弥勒菩薩坐像》は56億7千万年後に向けて修行を続ける壮年男性の姿として描かれ、瞑想のために閉じた目と髭の下で堅く閉じられた口元にはバラモン階級出身らしい意思の強さが感じられます。また、同じクシャーン朝の《ハーリティーとパーンチカ》は鬼子母神ハーリティーとその夫のパーンチカ、そして子供を彫ったものですが、キトンを纏うその姿からは、解説がなければこれはギリシア彫刻だと言われてもわからないでしょう。

「ストゥーパと仏」の章を間に挟んで続く「密教の世界」では、東インドで8世紀に興ったパーラ朝(8-12世紀)でヒンドゥー教の影響を受けて内容も表現も多彩になった密教仏像が紹介されます。大きな仏足石を据えた部屋には玄武岩の多様な立像・坐像が置かれ、中には彫刻技術の冴えを背面からも確認できるものもありましたが、大きさと彫りの見事さとで圧巻であったのは《カサルパナ観音立像》であろうと思います。カサルパナとは「空中を遊行するもの」という意味ですが、緻密そのものの彫刻表現からは作り手の高い精神性が窺われ、しばらくその立像の前に釘付けになってしまいました。その後、おどろおどろしい男尊女尊が彩色で描かれた椰子の葉の経典のコーナーを経て、最後にミャンマーの仏像や本生・仏伝を描く銀鉢、漆盆などを陳列して、展示は終了となりました。

上記のように、とりわけ「さまざまな菩薩と神」と「密教の世界」の章の諸仏は美術品としても価値の高いものばかりで誠に眼福でしたが、展示の全体を通して丁寧な解説が付され、さらに遊び心に満ちた経典絵解き(獅子王、羅刹女の館から危うく脱出!みたいな感じ)や五護陀羅尼経アミダくじなどファミリー向けにも楽しい企画がてんこ盛り。ちょっと遊び過ぎのように思える点もないではありませんでしたが、展示されている仏像などは間違いなく素晴らしいものばかりでした。図録も極めて充実しており、まずこの日最初の展覧会は足を運んだ甲斐が大いにありました。

近くの上島珈琲店で、厚切りベーコンのBLTサンドの朝食。

遅ればせの腹ごしらえがすんだところで、次は徒歩数分の東京藝術大学大学美術館へ向かいます。