塾長の鑑賞記録

塾長の鑑賞記録

私=juqchoの芸術鑑賞の記録集。舞台も絵も和風好き、でもなぜか音楽はプログレ。

Jeff Beck

2017/01/31

昨年デビュー50周年を迎えて刺激的な新作『Loud Hailer』(「拡声器」の意)をリリースした御年72歳のJeff Beckが来日。参戦した会場は東京国際フォーラムです。

『Loud Hailer』はJeff Beckの6年ぶりのスタジオアルバムで、そのリリースに際し、彼は次のようにコメントしています。

I really wanted to make a statement about some of the nasty things I see going on in the world — greed, lies, injustice — and I loved the idea of being at a rally and using this loud device to shout my point of view.

70歳を過ぎてなおも世界に発信し続けようとするJeffの情熱をサポートしたのは、UKのバンドBones(Carmen VandenbergとRosie Bonesのユニット)。QueenのRoger Taylorのバースデーパーティーで出会ったCarmenがJeffをBonesのライブに招待し、そのパフォーマンスに感銘を受けたことが『Loud Hailer』制作のきっかけとなったということがJeffの公式サイトに記述されていますが、Bonesの役割はサポートを超えて対等のコラボレーションと言ってもよさそうです。この刺激的なユニットと臨時雇いのリズムセクションと共に制作された『Loud Hailer』は、当然Rosie Bonesの攻撃的なボーカルを前面に押し出したもので、この点に関しJeff自身も以下のような発言をしています。

You can set the mood with an instrumental, but you can’t really tell a story. That’s not what you would expect to hear from someone who once remarked, ‘Good riddance to singers.’ But the truth is, I play better when I play off the lyrics in a song.

その意外性そのままに『Loud Hailer』はファンの間で賛否両論の渦を巻き起こしたのですが、今回のステージは孤高のソロギタリストというイメージをがらりと変えてバンドギタリストとしてのJeffの力量とセンスを聴衆に見せつけるものとなりました。

会場で売られていたのは、写真集『BECK 01』です。キャリア50周年の記念ということなのだと思いますが、全322ページ、表紙には金属製プレートが埋め込まれ、Jeffの直筆サインも入ってファンには垂涎の豪華版。気になるお値段は、74,000円(!)。この値段を見てさっさと諦めて場内に入りました。ブルーのライトに照らされたステージ上の楽器の配置は一昨年と同様、下手にJeff、上手にもう1人のギタリスト、そして背後のリズムセクションは向かって右がドラム、ほぼ中央がベースです。BGMとしてブルースナンバーがずっと流されていましたが、定刻を5分ほど回ったところで客電が落ち、歓声が上がる中、下手袖から黒地に白い水玉の上衣とサングラス姿のJeffが白いStratocasterを爪弾くようにしながらゆっくり登場しました。

The Revolution Will Be Televised
練達のリズムセクションであるRhonda SmithとJonathan Josephが作り出す、ゆったりとうねるヘヴィーなリズム。そこに機械的に歪んだボーカルが入ってきましたが、Rosieの姿はどこに?と見回すと、なんと、赤いスポットライトに追いかけられつつ客席の中を拡声器片手に歩き回りながらアジテートしていました。Gil Scott-Heronの「The Revolution Will Not Be Televised」の逆説的な革命思想(The revolution will not be televised, The revolution will be no re-run brothers; the revolution will be live)を通り越し、お茶の間のテレビに映し出される革命をソファから眺める現代の人々は、ボリュームを絞ることもできるしチャンネルを変えることもできる(Guess you better turn the volume down, so you can't hear their plea, suppose you better change the channel, might put the children off their tea)とシニカルな歌詞を絶叫調に歌うRosieのボーカルに呼応してJeffのホワイトストラトが鋭角に切れ込んできます。
Freeway Jam
一転、Jonathanのスピーディーな6拍子系ドラミング。重いバスドラの上に軽やかなスネアとハイハットワークという不思議なリズムに乗って硬質なギターフレーズを畳み掛けるJeffは、必ずしも厳格に曲を構築しようとはしておらず、リズムセクションの反応を引き出しながらその場で思うがままにソロフレーズを繰り出している感じ。ここからJeffは大半の曲をリバースヘッドのStratocasterで弾き通しました。
Lonnie on the Move
マーチ風のドラム、オクターヴァーを効かせたギターでブラスセクションまで再現。いかにもアメリカンなフレーズは2015年の来日時にも聴かれたものですが、Flying Vがトレードマークのホワイトブルーズギターの巨人Lonnie Mackは昨年亡くなっていますから、ここでは原作曲者へのオマージュという意味が加わっています。この一種能天気な曲をごく短く終えたところでステージ上にRosieが登場し、ホールの空気は再びアグレッシブなものに。
Live in the Dark
革命家っぽいコスチュームでJeffの前に膝を突き、あるいは踊りながら舞台上を行き来するRosieが歌い上げるダークな世界観を、Jonathanの左手側のエレドラとRhondaのコーラスがサポート。激しいアクションにマイクが壊れてしまい、ローディーが慌てて交換する場面もありましたが、冒頭の「The Revolution Will Be Televised」とこの「Live in the Dark」の2曲だけでRosieとその音楽は聴衆のハートをがっちり鷲づかみにしたようです。
The Ballad of the Jersey Wives
2001年9月11日のアタックで夫を失った4人の女性を歌う曲。アルバム『Loud Hailer』の出発点となったナンバーであり、Jeffの問題意識をRosieが見事に形にしてみせた曲でもあります。静かなイントロのリフから情感のこもったボーカル、一転してやりどころのない怒りを表現する歌詞のリフレインと悲痛なギターソロ。激しく踊り狂ったRosieは、コーダのしみいるギターの和音を聴きながらマイクを垂らして床に置き、そのまま袖に下がっていきました。
You Know You Know
The Mahavishnu Orchestraのカバーで、前回のツアーでも採り上げられていますが、Jeff、Rhonda、Jonathanがそれぞれの技量を示すための曲という位置づけです。ステージ前方に出てきてバキバキのベースを聴かせるRhonda、思いのままに手数・足数を稼ぎつつもリズムを決して崩さないJonathanが、それぞれに貫禄あり。聴衆は息を呑んで3人のインタープレイを凝視しているという感じです。
Morning Dew
ここでがらりと雰囲気が変わり、陽性のキャラクターを持つJimmy Hallがカンカン帽をかぶって登場。第一期Jeff Beck Groupの『Truth』に収録されたアップテンポなロックンロールを、手拍子を求め、シャウトを混じえつつハイエナジーで熱唱して、客席の温度を一気に高めます。
A Change Is Gonna Come
公民権運動の時代背景の元に1964年に発表されたSam Cookeのプロテストソング。原詞で「映画館やダウンタウンに行くたびに文句をつけられる」というくだりのところに「Tokyo, Japan」というフレーズが入っていましたが、かなり自由に歌詞を変えている模様?それにしてもJimmy Hallのソウルフルでパワフルな歌唱は凄い!舞台上に大の字になって「Hooow!!」とファルセットを聴かせたり、ハードロックヴォーカリストも脱帽のシャウトで締めたりと、もはや熱唱を通り越して熱演の域。
Big Block
アルバム『Guitarshop』の重低音系インストナンバー。手元のギター本体への操作だけで音色と音圧を自由に操り、ギターに人格があるかのように悲鳴を上げさせるJeffの技を堪能できます。
Cause We've Ended as Lovers
ヴォリューム奏法であのフレーズが弾き始められると、客席から歓声。これまた、クリーントーンからナチュラルディストーションまでシームレスに紡ぎ出されますが、ところどころスケールを外しているのはミスタッチなのか、もはや音楽的な「正確さ」に関心がないからなのか。
O.I.L.
Carmenのファンキーなカッティングから入るダンサブルな曲。JeffもギターをTelecasterに変えてキレの良いリフに加わります。RosieのエキセントリックなボーカルがSticky icky wicky make your mind go trickyと早口言葉でウキウキするような気分を盛り立て、そこへZZ TopのBilly Gibbonsからもらったというオイルカンギターでのボトルネックソロが絡みます。
Thugs Club
再びリバースヘッドのStratocasterに戻り、ミドルテンポのカッティングから横ノリのリズムに乗ってなんとも不可思議なスケールを駆使するラップっぽいナンバー。短い曲の中にさまざまな登場人物のことが歌われますが、Rosieが'Cause it's a rich man's war and only the rich will win. Sit in their towers watching men suffering. But we won't fight your war no more.という歌詞を書いたとき、彼女は米国の大統領選がこういう結果になるとは思っていなかったはずです。
Scared for the Children
Rosieのボーカル曲の中でも、とりわけしみじみとした歌唱を伴う曲。ベレー帽をとってステージ上に座り込んだRosieによってThis is the end of the age of the innocent. What will we leave them with. Suppose we'll never know.と悲壮感をもって歌われる歌詞にJeffの咽び泣くギターが重なって、曲の最後の最弱音が消えきるまで客席は水を打ったように静寂を保ち、その後に大きな拍手が湧き上がりました。
Beck's Bolero
Rosieが下がって再び回顧コーナー。CarmenのカッティングによるボレロのリズムにJeffのボトルネックでのリフ。モーリス・ラヴェルの「ボレロ」をJeff Beckのシングル用B面用にJimmy Pageがアレンジしたものですが、この曲を含むシングルのリリースは1967年=まさしく50年前のことです。
Blue Wind
ハイハットのフレーズが上がっただけで大歓声。この曲が再び聴けるとは思っていませんでした。イントロ後のJan HammerのMinimoogフレーズは省略されましたが、スネアの連打がクレッシェンドしてくると縦ノリの気持ちの良いベースに乗ってJeffの荒々しいほどにラフな長尺のソロが展開しました。ここまでサポートに徹していたCarmenのソロもこの曲では聴けるのではないかと期待したのですが、それはなし。
Little Brown Bird
Jimmyが再びステージに戻ってくると、それだけで客席から拍手や歓声が上がりました。Muddy Watersによる3拍子系のスローなブルースナンバー「Little Brown Bird」を、JeffのギターとJimmyのボーカルの掛け合いでたっぷり聴かせた後に、Jimmyの「Alright, Carmen!」と共にギターソロのスペースが与えられたCarmenがドラムの前に出て音域の広いソロを披露し、待ちかねていた客席から温かい拍手を浴びていました。Carmenのギターに続いてはJimmyの達者なハーモニカ、Jeffのギターソロを経てJimmyの熱のこもったボーカルパートへ。
Superstition
バスドラ四つ打ちに乗って、これまたファンキーなクラヴィネットリフをJeffのギターが奏で、Jimmyが手拍子を求めながら熱唱。Stevie Wonderの原曲はもっと伸びやかで、ある種クールな印象ですが、Jimmyが歌うとがらりと曲の温度が変わり汗だくのファンクナンバーになるから不思議です。
Right Now
本編最後はRosieが登場し、ステージ上を飛び跳ねて歌う「Right Now」。They want it right now, right now Don't know what they want but they want it right now.と歌うRosieはコーラスをとるRhondaまでも巻き込みつつ邪悪なオーラを発していました。
Goodbye Pork Pie Hat / Brush with the Blues
ごく短時間のインターバルの後、バンドメンバーが再びステージに登場。ギターでひとしきり「Goodbye Pork Pie Hat」を爪弾いてから、落ち着いたリズムが入ってジャジーな「Brush with the Blues」。JeffのソロをCarmenがアルペジオとコードでサポート。
A Day in the Life
Jeffのライブでもはや欠かせない定番曲となったThe Beatlesの「A Day in the Life」。原曲はご存知の通りのサイケデリック・ロックですが、Jeffのアレンジはマイナー基調で緊迫した雰囲気を前面に出したもの。中間部で音量を落としギターとベースが細かい音使いで遊んだ後に、伸びやかなソロを持ってきて開放感を演出し、メインテーマに回帰して一段落したと思わせたものの、コーダでカオス。そしてフォルテシモのコード一発からアームダウンで地の底へ消えていくようなデクレッシェンド。
Going Down
2度目のアンコールは『Jeff Beck Group』(1972年)の「Going Down」。JimmyのハーモニカもCarmenのギターも全開、さらに途中からRosieもゆらゆらとステージに現れてJimmyと共に歌いましたが、さすがに変幻自在のJimmyのボーカルに合わせるのは難しかった模様。ともあれこの曲で大団円となり、Jeffはメンバーを一人一人紹介してからギターをステージ上に倒して、全員で肩を組んで一礼して去っていきました。

これだけ傾向の異なる楽曲群をひとくくりにして一貫したライブを成り立たせるJeff Beckとリズムセクションの2人に、まず脱帽です。JeffのルーツにあるブルースやR&Bのテイストは熱血系シンガーJimmy Hallが引き受け、ソロギタリストとしての技巧を示すフュージョン期の楽曲はもちろんインストで再現し、そこにBonesとのいわばコンセプト・アルバムである『Loud Hailer』の曲を7曲も持ち込んで、破綻が一切ありませんでした。Rosieのボーカルもステージアクトも、Bonesでは経験していなかったであろうサイズの会場を忠誠心の高い聴衆で次々に埋め尽くすJeff Beckとのツアーを通じて強靭なものとなっていることが窺える、高いレベルのパフォーマンス(Carmenにはもう少し頑張ってほしかった)。

それにしても、2人の個性の異なるヴォーカリストに対峙してギターで存分に歌ってみせたJeff Beckならではのセンスと技量があってのステージであったことは疑いようもなく、したがって次のアルバム、次のステージがどのようなフォーマットで制作されたとしても、やはりJeff Beckファンを納得させるものになるであろうと確信させてもくれるライブでした。

ミュージシャン

Jeff Beck guitar
Rhonda Smith bass
Jonathan Joseph drums
Carmen Vandenberg guitar
Rosie Bones vocals
Jimmy Hall vocals

セットリスト

  1. The Revolution Will Be Televised
  2. Freeway Jam
  3. Lonnie on the Move
  4. Live in the Dark
  5. The Ballad of the Jersey Wives
  6. You Know You Know
  7. Morning Dew
  8. A Change Is Gonna Come
  9. Big Block
  10. Cause We've Ended as Lovers
  11. O.I.L.
  12. Thugs Club
  13. Scared for the Children
  14. Beck's Bolero
  15. Blue Wind
  16. Little Brown Bird
  17. Superstition
  18. Right Now
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  19. Goodbye Pork Pie Hat / Brush with the Blues
  20. A Day in the Life
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  21. Going Down