塾長の鑑賞記録

NHK交響楽団(プロコフィエフ / チャイコフスキー)

2020/12/17

サントリーホールでNHK交響楽団の12月公演、指揮は井上道義(敬称略・以下同じ)。チャイコフスキー(1840-1893)と、その影響の下で19世紀ロシアバレエの伝統を継承したプロコフィエフ(1891-1953)の作品を取り上げるもの。

クラシックのコンサートに足を運ぶのは2019年4月のN響によるR.シュトラウス / ベルリオーズ / ヤナーチェク以来なので、実に1年と8カ月ぶりということになります。ただしその間にバレエを2回(英国ロイヤル・バレエ団アリーナ・コジョカル)観ているので西洋古典音楽の演奏にまったく触れていなかったというわけではありませんが、この回数自体例年に比べれば相当に少ないのは、もちろんコロナ禍の影響です。

N響もコロナ禍の影響を免れてはおらず、予定通りのプログラム(曲目・指揮者)を実施できるかどうかの見通しが立たないことから今年9月からの2020-21シーズンの定期公演は中止した上で、同日程・同会場で規模を縮小した主催公演を展開することとされていました。この日のプログラムも、コロナ禍が広がりを見せる前のプランではウラディーミル・フェドセーエフを指揮に迎えてスヴィリドフ / プロコフィエフ / アントン・ルビンシテイン / グリンカ / リムスキー=コルサコフ / チャイコフスキーを取り上げる予定でしたが、指揮者を変更し、プログラムもコンパクトに組み直されています。

プロコフィエフ:バレエ音楽「シンデレラ」作品87(抜粋)
プロコフィエフのバレエ曲と言えば「ロミオとジュリエット」(1936年)になじみがあり、一方「シンデレラ」(1944年)はこれまでバレエを観たことも音楽を聴いたこともありませんでした。そこでApple Musicで「シンデレラ」を予習して当日に備えたのですが、事前に聴けたのはプロコフィエフ自身の編曲による演奏会用組曲だったのに対し、この日演奏されたのは本来のバレエ曲(全50曲)の第1幕(シンデレラの家)と第2幕(宮殿の舞踏会)から抜粋された9曲でした。
オーケストラのメンバーが登場すると万雷の拍手、コンサートマスターの篠崎さんが会釈するとさらに大きな拍手。残念なことにこの日の客席の入りは芳しくなく、2階席はオーケストラ背後のP席も含めそこそこの埋まり具合なのですが、1階席は見渡したところ三割くらい。しかしその分、この貴重な機会に立ち会えた観客は最初から熱い拍手を送り続けました。そして指揮者の井上道義は颯爽と登場して客席に眼力強く挨拶をすると、くるり!と身を翻らせて演奏を始めました。
第1曲「序奏」:緩やかにつややかに立ち上がる弦、そして穏やかにふくらむ管の響き。曲そのものもさることながら、オーケストラの響きの中に浸る機会を再び得られたことに感動。電気的に加工・増幅されていない楽器の音色は、やはりいいなぁ。
第5曲「仙女のお婆さん」:フルートが高音から舞い降りた後に、低音を中心に怪しげな雰囲気が漂う。にもかかわらずシンデレラがお婆さんに親切を施したことで、後にシンデレラは仙女の力添えを得ることになる場面。
第7曲「踊りのレッスン」:木管によるちょっとユーモラスな旋律からバイオリンがとても高いフラジオレットを「キー」と鳴らした後に、下手最後列の若い男女のバイオリニストペアが立ち上がって弾く舞曲(ガボット)。踊りのレッスンをしているのはシンデレラではなくその義姉たち?ここはバレエを観てみたいものですが、指揮者は指揮らしい指揮はせずダンサーのように指揮台の上で身体を揺らしているようでした。
第29曲「舞踏会に着いたシンデレラ」:ストーリーはかなり飛んで第2幕、美しい装いになったシンデレラが宮殿に着いたところ。バイオリンの高音に続き静かにチェレスタやトライアングルが入って、シンデレラがおずおずと宮殿の中に進んでゆく情景が目に浮かびます。
第30曲「グランドワルツ」:第29曲に引き続いて緩やかなテンポの少しばかり不安を湛えた曲調が、途中からぐっと盛り上がりを見せて「ロミオとジュリエット」の騎士たちの踊りを連想させる不穏かつ雄大なワルツ。後半で様々な打楽器が入れ替わり立ち替わりリズムを担うのもちょっと変わっています。ここでは指揮者はそれまで使っていなかったタクトを大きく振って、オーケストラの音量を引き出します。
第34曲「来客へのごちそう」:軽やかな曲調の小曲ですが、短調の響きが入るのがちょっと皮肉な感じ。第30曲もそうですが、社会主義国の劇場で西欧宮廷の情景を明るく描写することは慎重に避けられているのかも?
第36曲「王子とシンデレラのデュエット」:そうは言ってもここは舞台上では王子がシンデレラに一目惚れとなってパ・ド・ドゥが踊られているはずの場面。チェロのたゆたうような旋律からこれぞバレエ音楽という正統派の盛り上がりを見せて、あたかも見つめ合う2人を包むようにデクレッシェンドします。
第37曲「ワルツ−コーダ」:舞踏会参加者の群舞が踊られるワルツ。どんどん賑やかになっていって、そしてその果てに不協和音が鳴り響いて……。
第38曲「真夜中」:仙女がシンデレラに警告を与えた夜の12時の到来。ウッド・ブロックの打撃音が時を刻み、指揮者のカウントに合わせて突き抜ける鐘の音と大太鼓の轟音が時報を鳴らして(バレエならシンデレラがガラスの靴を残して逃げ去って)終曲。

シンデレラのストーリーは有名なだけに、曲名をヒントにするだけで曲が描いている場面が理解できますが、仮にそうしたヒントがなかったとしてもかなりの部分の情景が想像できそうなくらい、視覚的な音楽でした。華やかなバレエ曲(とりわけワルツがすてき)のおかげでクリスマスの気分に浸ることができましたが、バレエの方も上演の機会があれば是非観てみたい。

拍手に応えて2度目に袖からステージに戻った井上道義はなにやら挙動不審。その手にしているのはガラスの靴で、これを指揮台に乗せて下り、コンサートマスターも苦笑。3度目の登場ではその靴を取り上げてうろうろ歩き回った末に、第7曲を演奏した若い女性バイオリニストに渡して引き上げました。

チャイコフスキー:交響曲 第4番 ヘ短調 作品36
この作品はチャイコフスキーが1877-78年に作曲した交響曲で、同時期にはバレエ『白鳥の湖』やオペラ『エフゲニー・オネーギン』が作曲されているように、旺盛かつ重要な創作がなされた時期の作品です。そしてプログラムの解説によれば西洋音楽の受容とロシア国民学派との間で逡巡していた模索の時代を脱しロシア人作曲家としての自覚を新たに〔中略〕交響曲の分野に独自の貢献を果たしていくその端緒となる作品だそうです。
先ほどとは打って変わって重々しい様子で登場した井上道義は、おもむろにオーケストラに向かって指揮を開始。
第1楽章:この交響曲を特徴づける「運命のファンファーレ」から始まる深刻な雰囲気のこの楽章を、指揮者は素手でのエネルギッシュな指揮振りで音量・テンポ共大胆に強弱をつけて演奏。9/8拍子の基本リズムの上で主題が次々に変化し、ティンパニの轟音を伴ってファンファーレが再現する場面は圧倒的。その後、伸びやかなワルツからまたしてもファンファーレが再現されて、最後は勢いを増した弦と管によるクライマックスへ。
第2楽章:冒頭のオーボエによる切ないソロが心に染み入るよう。この旋律を弦が引き継ぎ、ついでロシア民謡風の舞踊音楽。再び冒頭の主題を弦が演奏するところへフルートが絡み、ファゴットがこれを引き取って静かに終わります。
第3楽章:弦楽のピチカートのみによるスケルツォが軽やかに奏され、低音から高音へと波打つように音が受け渡される場面では音源が右から左へと見る間に動いて面白い効果を体感しました。ついで管楽器主体の軍楽風マーチが現れ、弦楽のピチカートがこれと競うように入ってきて、最後にぐんぐんと盛り上がりを見せた後、いったん静かに終わります。
第4楽章:第3楽章から間髪入れずにトゥッティでどかんと入って祭典風の第1主題、ついでロシア舞踊歌《野に立つ白樺》の調べを用いた第2主題が交互に大きく展開し、ファンファーレが再現。いったん低く収まった曲調は大地の底から湧き立つような盛り上がりへと遷移し、演奏者たちを鼓舞するように全身を使う情熱的な指揮とこれに応えて力を振り絞るオーケストラが一体となって、二つの主題を織り込みながら輝かしい終曲へ。

演奏終了直後に湧き上がった拍手は一向に鳴り止まず、その中で指揮者に指名されて主要な演奏者が立ち上がり喝采を浴びましたが、第2楽章冒頭のソロを吹いた女性オーボエ奏者に対する拍手はとりわけ大きいものでした。そして井上道義は客席に向かって「N響!パッション!クオリティ、わかる?ヒストリー、歴史。そして(「踊りのレッスン」を弾いた若い2人を指差して)フレッシュネス(客席からどっと笑い)……そして、お客さん」。

指揮者が去り、オーケストラの面々が下がってゆく間も拍手は止みませんでしたが、これはアンコールを求めているわけではなく、この状況下にもかかわらず素晴らしい演奏を聴かせてくれたN響への感謝の拍手であることは明白です。コントラバスは片付けに時間がかかるものらしく、他の楽器奏者が消えて彼らだけがステージ上でごそごそやっている間も拍手は忍耐強く鳴り続けましたが、これを見てとった井上道義はするっと出てきて、ファンサービスのためにステージ上でバレエダンサーよろしく軽やかに2回転。

交響曲冒頭の深刻な「運命のファンファーレ」を聞いたときには多難だった今年一年を振り返らないわけにはいきませんでしたが、第4楽章の高揚には勇気づけられました。これぞオーケストラの醍醐味です。来年こそはよい年になりますようにと願いながら、幸福な気持ちでサントリーホールを後にすることができました。