櫻井哲夫 Jaco Pastorius Tribute Session

2020/12/16

バレンタインデー以来10カ月ぶりのブルーノート東京(南青山)で、この日は櫻井哲夫 Jaco Pastorius Tribute Sessionの2ndショウ。

櫻井哲夫(敬称略・以下同じ)はもちろんカシオペアのオリジナルメンバーで、フュージョン全盛の1980年代に私も彼らを一応はフォローしていたのですが、その音楽性と似つかわしくないアイドル的なプロモーションのために深入りすることができず、そのうち1989年に櫻井哲夫が神保彰と共にカシオペアを離れてしまったので、彼の動向は視界に入らなくなっていました。

久々に櫻井哲夫の姿に接したのは2016年、Terry Bozzioが自身のキャリアの集大成を行うライブ「History of Terry Bozzio」のステージです。ここでダンディーな彼が派手なスラップだけではない味わい深いベースを聴かせてくれたことに素直に感動し、いつか機会があったら櫻井哲夫名義のライブを聴きたいと思っていたところ、思い出したように今年、ブルーノートからこの日のライブの案内が届いたというわけでした。

かたやWeather Reportに関しては、全盛期の少し後(Jaco Pastorius脱退後)にまずライブ盤『8:30』を聴いてJacoの凄まじいベース(とりわけ「Teen Town」)に驚愕し、後に『Heavy Weather』は全ジャンルを通じての愛聴盤となりました。リズムセクションがOmar HakimとVictor Baileyになってからの来日ライブの映像を収めたLDも買い求めて聴き込んだものですが、しかしこのライブではサックスのWayne Shorterが新鋭シンセサイザーを縦横に駆使するJoe Zawinulに圧倒されている感じがしてあまり好きになれなかったことを覚えています。

実は櫻井哲夫はかなり前からJacoの命日である9月21日にセッションバンドを組んでトリビュートライブを行っていたそうで、『IT'S A JACO TIME!』というトリビュートアルバムも出しているほど。今年のトリビュートライブはCOVID-19の影響もあって年末になりましたが、これが12回目だそうです。

寒気が入って厳しい寒さのブルーノート東京の入り口にはクリスマスツリー。そしてこの写真群の中にWeather ReportのJoe Zawinulの姿があることに初めて気付きました(Zawinul Syndicateでの出演の機会が多かった模様)。

ステージは下手からキーボード(新澤健一郎)とサックス(本多俊之)、ベースの立ち位置、ドラム(今年20歳のRYUGA)、ギター(渡辺香津美)の立ち位置、そしてパーカッション(カルロス菅野)。まず目を引いたのは「これがベーシストの足元?」と思うほどのエフェクター群でした。

キーボードはNord2台をメインとしつつ、右手側にはMoog Prodigyという意外なビンテージシンセ。ドラムはTAMAで、チャイナシンバルの高さが際立つセッティング。

ギターは後ろを向いていましたが、後で遠目に見たところでは緑と黒の虎目が美しいホロウボディのPaul Reed Smith(McCarty 594)。パーカッションも仰山。

肝心のベースは、Jacoの塗装剥げも再現したトリビュートモデルのJazzBassがドラムとキーボードの間にひっそりと置かれていましたがこれはリザーブで、実際の演奏は塗装が剥げたところに下地の白が覗いているピンクのJazzBass(フレット線はあるもののフレットレス)が使用されました。

時間になって登場した櫻井哲夫は黒いハット(『Heavy Weather』へのオマージュ?)、黒いシャツ、そしてベースの色と合わせたようにピンクのパンツ。他のメンバーも思い思いの出立ちでステージに上がり、ドラムがゆったりしたリズムを叩いて演奏開始です。

Soul Intro / The Chicken
ビッグバンド奏者にはスタンダードの「The Chicken」(原曲はJames Brownの『The Popcorn』収録・Pee Wee Ellis作曲)に、Jaco Pastorius Big Band来日時に冒頭に付加されたゆったりとした3拍子のSoul Introを加えて。うねるベースとリズムのキメが楽しい曲ですがここは顔見せ的に短く演奏を終えて、MCは「どうぞ感染しないまま、無事帰宅していただきたいと思います」。
Invitation
同じくJacoのビッグバンド来日時の演奏を集めた『Invitation』から冒頭の表題曲(原曲はBronisław Kaper作曲の映画音楽)。グルーヴィーに細かく動くベースの上にギターやサックスが熱のこもったソロを乗せ、いかにもフレットレスな細かいニュアンスを生かしたベースソロへ。
(Used to Be a) Cha-Cha
間髪を入れずにハイハットのカウントが入ってダンサブルなチャチャチャのリズム。パーカッションがカリビアンな雰囲気を盛り上げ、途中にリズムの変化をはさんでベースがメロディアスに歌い、ラテンなピアノソロに入るところからリズムが倍速になってサックスとギターの強烈なソロ。Jacoが主にリアピックアップに親指を置いて弾いていたのに対し、櫻井哲夫はリアピックアップとフロントピックアップの間の4弦に親指を置いて粒立ちの素晴らしいベース音を出していました。
Three Views of a Secret
のどかなベースとオルガンをイントロに置いて、ゆったりスイングするワルツのリズム。サックスとギターが旋律を担う後ろで広い音域を行き来していたベースがやがてムーディーなソロ、そしてJacoらしいピッキングハーモニクスも活躍。フレットレスベースは弾いたことがありませんが、弾けたら楽しいだろうなぁと思わせる演奏です。
Bass Solo / Duo with Percussion
いきなりシュワシュワと渦巻くノイズの上にディストーションベースが重なって驚きましたが、バックにホールド・ディレイを使ってはいないもののテイストとしては「Slang」の中の「Third Stone from the Sun」(Jimi Hendrix)を引用したパートに似ています。そのほとんどカオスのような音の洪水が収まると一転して「Portrait of Tracy」、さらにクリスマスらしくハーモニクスオンリーで「ジングルベル」、コード弾きを用いて「ホワイトクリスマス」。その最後にシャラーンと鈴が入ってパーカッションが加わり「Donna Lee」を元にして部分的にスラップも交えたインプロヴィゼーション。
Barbary Coast
この日初めてWeather Reportからの曲で、『Black Market』収録の「Barbary Coast」。あの特徴的なベースリフからのんびりしたテンポで始まりましたが、途中でがらっとアップテンポになり、サックスとシンセのソロの掛け合いは「ホワイトクリスマス」「きよしこの夜」「もろびとこぞりて」のフレーズを織り込んだもの。その後ハイテンポのまま「Barbary Coast」本来のフレーズに回帰してダイナミックに終わりました。
Kuru
難曲「Kuru」はJacoのソロデビューアルバムから。高速ベースリフが延々続く上で、そのスピードに負けじとギター、サックス、エレクトリックピアノのいずれも熱のこもったソロが展開し、ユニゾンパートを数箇所に挟んでパーカッションソロ、さらには若さ全開のドラムソロに煽られたようにエフェクトで加工したスラップベースソロ。緊張感に満ちた演奏でこの日の白眉となりました。

MCでこの日の演奏の振返りを行ってからメンバー紹介。カルロス菅野と本多俊之を「同級生」と説明した後に「大先輩」渡辺香津美を紹介し、ここで渡辺香津美が1983年にJacoのビッグバンドのジャパンツアーに参加したときのエピソード(Jacoのバンドに参加していたMike SternがMiles Davisのバンドに復帰することになりその推薦で渡辺香津美が起用されたこと、北海道でバンドのホーンセクションをひっそり寿司屋に連れて行ったら残りのメンバーや同時期に来ていたMilesのバンドのメンバーに嗅ぎつけられて寿司屋のカウンターは外国人ばかりになってしまったこと、など)を披露。そういえば、大昔に読んだ音楽雑誌に渡辺香津美のインタビューが載っていて、ライブ中にJacoが予定にない「Black Market」(だったかな?)のイントロを始めたものの他のメンバーがついていけずJacoの「カモン、カズミ!」という声に無理やり合わせたという内容に仰天したことを思い出しました。

Teen Town
「Jacoの代表曲」と紹介されて演奏されたのがWeather Reportのこの曲。ベースの上行リフと「Slang」のフレーズをイントロとして引用してから、この曲を特徴づける長尺フレーズをベース、ギター、シンセサイザーでユニゾン。さらに『8:30』収録のバージョンで聴かれる高速ベースリフの上で熱いサックスソロ、ヘヴィーな弾き倒し系ギターソロ。さらに冒頭の高速フレーズをアレンジしたものをベースとギターでユニゾンしている後ろでリズムのキメを織り込みながらのドラムソロ。最後は原曲通り全楽器ユニゾンで終了。アレンジが面白く、かつ十分にエモーショナルな演奏でしたが、それでも『8:30』でのどんどん加速していくあの疾走感に比べれば大人の演奏だったと思います。
Birdland
シンセサイザーの低音リフにベースのピッキングハーモニクスソロが重なり、比較的オーソドックスなアレンジで曲が進行しましたが、このときギター周りの機材にトラブルが生じたらしく渡辺香津美は「困ったな」という表情。ややあってスタッフがステージに駆けつけシールドを素早く付け替えてくれたおかげで無事にギターソロを弾くことができました。ライブだからいろいろあります(櫻井哲夫談)。

普通ならここでメンバーはいったん下がり客席からの拍手に応えて再登場となるところですが、手拍子が鳴る中メンバーはそのまま。櫻井哲夫は「時短って言うんですか、速攻で戻ってまいりました」と笑いをとった上で、ライブを「同じ空間での魂のコミュニケーション」と表現し、ここは真顔で「ライブハウスをなくさないために自分たちも頑張るのでお客様もライブに足を運んでほしい」と要請してから、最後の曲の演奏へ。

Liberty City
アンコールはJaco Pastorius名義の2作目『Word of Mouth』から「Liberty City」。高音でのダブルストップを用いたリフとコード進行に寄り添うシンプルなベース、ビッグバンドならではの楽しい雰囲気を少人数で見事に再現するアンサンブル。ベース、ギター、ピアノのソロの受け渡しも入って、賑やかにライブを締めくくりました。

演奏を終えてステージ上に横一列に並んだメンバーは、両手を広げてソーシャルディスタンスを確保してからお辞儀をし、客席からの温かい拍手に送られて下がっていきました。

とにかく楽しかった、けれども短い。フレットレスベースの魅力を最大限に引き出す「A Remark You Made」や「Continuum」、伸びやかでいてそこはかとない哀感も含む「Palladium」、Jacoの超絶技巧と言えば必ず取り上げられる「Havona」といった具合に演奏してほしかった曲はいくらでもありますが、しかし贅沢を言えばキリがなく、これらもセットリストに含めようとしたら演奏時間が倍は必要です。あるいは、この日の1stショウにはこれらの楽曲も入っていたのかな?ともあれ、こうして生身のミュージシャンからダイレクトに伝わる音圧の中に身も心も浸せることの幸せを噛みしめた80分でした。

ミュージシャン

櫻井哲夫 bass
渡辺香津美 guitar
本多俊之 saxophone
新澤健一郎 keyboards
カルロス菅野 percussion
RYUGA drums

セットリスト

  1. Soul Intro / The Chicken(『Invitation』)
  2. Invitation(『Invitation』)
  3. (Used to Be a) Cha-Cha(『Jaco Pastorius』)
  4. Three Views of a Secret(『Night Passage』『Word of Mouth』)
  5. Bass Solo / Duo with Percussion
  6. Barbary Coast(『Black Market』)
  7. Kuru(『Jaco Pastorius』)
  8. Teen Town(『Heavy Weather』)
  9. Birdland(『Heavy Weather』)
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  10. Liberty City(『Word of Mouth』)
▲Jaco Pastorius『Jaco Pastorius』『Word of Mouth』『Invitation』
▲Weather Report『Black Market』『Heavy Weather』『Night Passage』