塾長の鑑賞記録

きらきらでん

2021/02/13

根津美術館にて「きらきらでん」。このネーミングでは何の展覧会かわからないと思うので、その開催口上を以下に引用します。

輝く真珠層を持つ貝を文様の形に切り抜き、嵌め込んだり貼り付けたりして装飾する技法、螺鈿。「螺」は巻き貝、「鈿」は貝で装飾するという意味です。アジア圏では漆工技法にも取り入れられ、主に夜光貝や鮑貝が用いられました。貝片の色は単なる白ではなく、内から放光するかにような青から赤のグラデーションのきらめきを持ちます。その貝と漆独特の美しい艶とで織りなされる世界は古来、人々を魅了してきました。

本展覧会では根津美術館の所蔵品を中心に、日本における螺鈿技術の受容と展開の歴史をたどりながら、中国大陸・朝鮮半島・日本・琉球の、きらきらの螺鈿の魅力をご堪能いただきます。

根津美術館は表参道駅から徒歩10分ほど。ブルーノート東京へ行くときには必ずその前を通っているのですが、こうして中に入るのは意外にもこれが初めてです。

ロビーとその右奥の小さな展示室にはテーマ展示「仏教美術の魅力」と題して仏像の数々。それもクシャーン時代の超美男な弥勒菩薩立像や唐代の十一面観音立像龕〈重文〉、光背の飛天たちが骸骨のようにも見える北斉時代の如来三尊像など、シンプルな展示ながら見どころ多し。

さて「きらきらでん」の展示は二つの展示室を用い、最初に螺鈿の技法を工程を分けて示してから、厚貝・薄貝の二つの技法を用いた名品の数々を展示します。奈良時代に中国から輸入されて平安時代に発展した螺鈿の技法は貝を研磨して切り出す厚貝(厚さ1.5mm〜2mm)で、その貝の輝きが緻密な意匠によって際立つ《桜螺鈿鞍》〈重文〉の見事さには息を飲みました。誰が用いていたものかはわかりませんが、これはすごい。いずれ名のある武将の所持品だったと思われます。

蒔絵の技法と組み合わされた日本の螺鈿の品々は中国にも渡って「螺鈿はもともと日本のもの」という誤った解説を残す書もあったほどだそうですが、かたや中国で発展を遂げたのは貝を薬品で煮て薄く(0.2mmほど)剥がして用いる薄貝の技法。この日の展示ではむしろ薄貝の螺鈿の品々が充実しており、楼閣人物図や楼閣山水図が見事に描かれた箱・卓・硯屏などが並びました。特にフライヤーの表面を飾る《樹下人物螺鈿硯屏》(元〜明時代)は貝片の様々な色合いを活かし、周囲の樹木・草花の様式的な表現の樹木・草花の中に慈愛に満ちた表情の三聖人の衣装の細かい模様や童子・鹿・鳥を緻密に描いて、差し渡し一尺ほどの円形の硯屏の中に小宇宙が生まれているよう。

これらの後には大柄な意匠が南方風に感じる琉球の螺鈿や遺例が少ないとされる高麗・李朝螺鈿、さらに背後に色を入れてカラフルにし西洋好みの幾何学模様を用いてヨーロッパに輸出された卓もあれば大振りの印籠を飾りもする江戸時代の螺鈿を経て大正・昭和へと時代を超えて技法が受け継がれ発展してゆく様子が示されます。

工芸品の展覧会というのは茶器を除いてこれまであまり見る機会を持たなかったのですが、この「きらきらでん」を見ると美術品としての美しさに加えて作り手(個人であれ工房であれ名を残していないものが大半ですが)の技の冴えを堪能できて、絵画とは違った楽しみがあることに気付きました。よって今後、この方面にもアンテナを伸ばすことにしようと思ったところです。

この企画展以外の展示室には、テーマ展示として「古代中国の青銅器」「百椿図」「点初めー新年の茶会ー」、それに清朝の宮廷で好まれたというイギリス製宝飾時計。饕餮文方彜や饕餮文方盉といった青銅器の数々はこれまた私の好物で、点数こそ多くはありませんが殷墟からの出土品にはいずれも禍々しい呪力があり、食い入るように見入ってしまいました。そういえばこのページの冒頭に画像を載せた入館チケットのデザインも、青銅器コーナーにあった紀元前13~11世紀の双羊尊(おそらく湖南省出土・重要文化財)です。

そして、ゆったりしたロビーから幅広の階段を登り中2階を経由して上階の展示室へと導く設計も贅沢感満載。エントランスの雰囲気といいこの内部空間といい、美術館自体が鑑賞の対象たりうる素敵な作りです。

鑑賞終了後は庭園へ。これだけ広く、起伏に富んだ庭園をこの美術館が持っているとは知りませんでした。茶室が四つもあり、その間をつなぐ道筋には多様な樹木や石像、そして中心には池。今は椿と梅が楽しめましたが、四季折々に異なる魅力を持っているらしいこの庭園を散策してはNEZUCAFÉで寛ぐために、これからも根津美術館に足を運んでみたいものです。