JUNK HEAD

2021/05/01

アップリンク渋谷で、話題のストップモーション・アニメーション映画『JUNK HEAD』(堀貴秀監督)を見てきました。ストップモーション・アニメは好きなジャンルで、名の通った作家・作品はある程度観てきたつもりですが、それにしてもこの作品の緻密さはすごい、と驚嘆しました。

人類は遺伝子操作による長寿を得たが代償として生殖能力を失った

地下開発の労働力として創造した人工生命体マリガンとの対立から1600年後の世界

人類は地下世界で独自に進化するマリガン生態調査を始めた

正体不明のウイルスの発生で人口が減少したために存続の危機を感じた人類が、その対策としてマリガンの生殖能力の可能性を探るべく志願者を地下に送る……という基本設定があり、この映画はその任務に応募したパートンが青い空に別れを告げてポッドに乗り込み地下へと自由落下する場面から始まります。落下の途中であえなく撃墜され頭部だけになって記憶を失ったパートンは、多様な形態をもつマリガンたちと交流しながら機械の身体を破壊されては姿形を次々に変え、やがて記憶を取り戻すことにも成功し、マリガンたちを襲う獰猛な変異体トリムティを倒した上で、マリガンを生み出す「生命の木」の探索に向かうところでFIN。ストーリーとしては中途半端な終わり方ですが、監督の構想ではこの作品は三部作の第2作(作品世界での紀元3385年)であり、前日譚の「JUNK WORLD」(「生命の木」が生まれた2343年)と続編の「JUNK END」(3440年)の制作が見込まれているようです。

そんな訳で、この作品だけを観ると尺の長さの割に話が全然進んでいない感があるのですが、それにしては飽きさせない不思議な魅力(魔力)がありました。割り切った定義をしてしまえば本作はディストピア冒険活劇ですが、異形の生き物たちによる残虐な捕食場面が次々に出てくる一方で、あまりにも人間臭いマリガンたちによるコメディの要素もふんだんに盛り込まれており、その振幅が本作を娯楽作品として成立させている理由かもしれません。

背景の多くも徹底的にリアルに作り込まれた1/6サイズのセットで、その手間の掛け方には脱帽です。クエイ兄弟の「ストリート・オブ・クロコダイル」を連想させるダークな世界観からシュールさを希釈した上でインダストリアルな方向へ極限まで拡張した地下世界で、愛らしいキャラクターとグロテスクなクリーチャーが縦横無尽に動くさまは圧巻。いい意味での「人形アニメ」っぽさを残しながらも、1秒間24コマ撮影できっちり作り込まれた動きは滑らかです。さすがに埃や煙、炎にはVFXも併用されているようですが、凶暴な変異体に喰われて吐き出されたパートンの顔に垂れる唾液など細かい見どころもいっぱいでした。

先に人間臭いと書きましたが、多少ステレオタイプな面もあるもののマリガンたちは誰をとっても個性的で、親切な人もいれば詐欺師もおり、女傑もいれば威張り屋もおべっか使いもムカつくガキどももいます。しかし、それらの中でもとりわけ三バカ(アレクサンドル、ジュリアン、フランシスとなぜか名前が宣教師風)が最高。物語の最初の方でパートンを助け、地下世界の手ほどきをする彼らはミニオン風の見た目もあってゆるキャラの扱いで、終盤でバルブ村がトリムティ退治のために雇った「地獄の三鬼神」として再登場したときには心の中で爆笑してしまいましたが、いざ戦闘場面になると体型を変化させて見事なチームワークを発揮する練達のハンターになりこちらは目が点。しかも、3人のうちの2人までもがパートンを救うために自分を犠牲にし、その死の直前に「俺たち天国に行けるかな」とつぶやいたときには不覚にも目頭が熱くなりました。

彼らに比べるとむしろ主人公パートンの方が、地下探索に応募した動機も薄弱だしいきなり記憶を失って自発的な行動ができなくなるしで影が薄いくらいですが、それでも三バカと共にバルブ村から旅立つ場面で「地上にいたときよりも今の方が生きているという感じがする」という趣旨のことをパートンが語ったとき、そこに本作のモチーフらしきものが見えたように思いました。

この「JUNK HEAD」は、もとは30分の自主制作作品として2009年から2013年にかけて制作され、これを公開したことで出資を受けられたことから70分をさらに作って全体で100分の作品としたものだそうですが、驚くべきはその制作が堀貴秀監督を中心とする極めて限られた人数で行われていること。しかも監督は映像制作に関しては独学だったそうです。エンドロールには定石通りキャスト(声)とスタッフの名前がスクロールしますが、その大半が「堀貴秀」となっていたのには笑ってしまいました。

ともあれ、パートンは「生命の木」という新たな目的を見つけ、赤いフードをかぶった少女ニコとのロマンスも生まれているので、ぜひ続編を待ちたいところ。他の映画館で行われた監督の舞台挨拶によれば次作の絵コンテまではできあがっているということなので、今回の全国上演を機に制作費にメドをつけていただきたいものです。ただ、その次作が「JUNK WORLD」や「JUNK END」では本作に直結しないことになるのですが、監督はパートンの任務にどういう決着をつけるつもりなのでしょうか?

なお、アップリンク渋谷は5月20日で閉館とのこと。ミニシアターの経営には、長引くコロナ禍は厳し過ぎたようです。

「JUNK HEAD」の主人公も、地上でのダンス講師の仕事がこの時世(ウイルスによる人口減少のこと)ではやっていけなくなったと受講者の女性に説明している場面があり、どうやらそれがマリガン調査に応募した動機らしいのですが、この作品の完成は2017年で、COVID-19よりずっと前。本作がその後の現実社会を予言することになってしまったのは、残念なことです。