塾長の鑑賞記録

氷室

2021/07/30

セルリアンタワー能楽堂で渋谷能第一夜「氷室」。五流の若手能楽師がその芸を競う「渋谷能」は今年が三年目で、Bunkamura30周年を記念して始まった2019年は多くの舞台を拝見したものの、昨年はCOVID-19の影響で上演日程が大きく左右されたこともあってセルリアンタワーに足を運ぶ機会がありませんでした。東京都での感染者数は右肩上がりで推移していますが、幸い能楽堂での上演は中止・延期を求められることもなくなり、私も観能に前向きに取り組める環境になってきたので、今年の渋谷能は通しで四夜分のチケットをゲットしたのでした。なお今年の渋谷能のテーマは「雪月花」。今日の「氷室」はもちろん、「雪月花」のうちの「雪」にちなむものです。この曲は以前観世流で観ていますが、今日は喜多流です。

まずはおなじみ金子直樹氏と石田ひかりさん(もう50歳に近い年齢のはずだが、いくつになってもかわいい(照))が舞台上に登場しての解説から。実は7月15日にこの日のシテを勤める佐藤寛泰師自身による事前講座も聴いていたので、そのときの説明もミックスして以下にポイントをかいつまんで列挙しておきます。

  • 「氷室」は脇能。この曲の上演機会は少なく、また渋谷能で脇能をとりあげるのも初めてだが、災害の多い昨今こそ、神が天下泰平国土安穏を祈る脇能はふさわしい。
  • 氷室とは冬の氷を夏まで保存する施設。「氷川」「氷見」といった地名は氷室に縁がある。仁徳天皇の時代に大和に氷室があったことが『日本書紀』に記されているが、平安中期の『延喜式』には京都郊外の10箇所の氷室が記され、4月から9月まで毎日削り出して都へ運ばせて、削り氷に甘葛あまづらをかけて食したり(cf.『枕草子』あてなるもの……削り氷にあまづら入れて新しき金碗かなまりに入れたる)氷片を手や額に当てて涼をとったりした。その運搬量は一日あたり一石二斗=86.4リットルにも及ぶ。
  • 氷には長寿の霊験があると考えられ、陰暦六月一日に群臣に氷を賜る賜氷節という儀礼もあった。夏越の祓で食べる水無月もこの氷に見立てられたもの(平民には氷は高嶺の花であるので)。
  • 「氷室」は亀山院(後醍醐天皇の祖父)の頃を舞台としているが、亀山院は亡くなったのが西暦1300年頃なので、能の世界の中では比較的近い昔を扱っていることになる。
  • 面は前シテが小尉、後ツレが小面、そして後シテが小癋見。前シテは老人の姿をしているが、脇能では「尉にして尉にあらず」と言い、神の化身なので強さを保つ。また後シテに鬼神面である小癋見を用いることには、自然への畏怖が隠されている。ちなみにシテが手にする朳や氷の作リ物(両手で持つサイズの雲形の穴開き板に銀紙を貼ったもの)は佐藤寛泰師が高校生のときに自作したもの。
  • 喜多流は五流の中で最後に生まれた流儀なので、動きを見ると他流のいいとこ取りをしているところもあり、その分小書が少ないという面もあるが、型は写実的(特に太刀や長刀の使い方など)でダイナミックさをもつ。シテのみ右膝を立てて下居するのも喜多流の特色。

氷室

囃子方と地謡が登場してそれぞれの位置につきましたが、地謡はなぜか前列三人・後列一人(見所側)。「?」と思っていたら大小前に一畳台を運んできた二人がいったん大小の後ろに控えてからおもむろに地謡座に移動して地謡は六人になりました。ついで一畳台の上に頭上に樹葉を茂らせ紫の引廻しを巡らせた山(氷室)の作リ物が置かれてから、竹市学師のヒシギが入りました。黒い狩衣に白大口の大臣出立のワキ・臣下(大日方寛師)がオレンジ色の狩衣のワキツレ二人を連れて舞台に進み、次第八洲も同じ大君の、御蔭の春ぞ長閑き。これに地取と三遍返シが重なってワキの名ノリ、道行で丹波国の氷室山です。

ワキ一行が脇座に着座して真ノ一声。じっくりと奏される大小を聞きながら登場したのは薄青の縷水衣に直面の前ツレ・男(谷友矩)と、茶の絓水衣の肩を上げ右肩に朳えぶりを担ぎ、茶色の尉髪に小尉面の前シテ・氷室守(佐藤寛泰師)。橋掛リで向かい合った二人はじわじわと滲み入るような一声氷室守、春も末なる山陰や、花の雪をも集むらん。深谷に立てる松蔭や、冬の気色を残すらん

朳を右手に下げ、先に舞台に進んだツレを追って橋掛リを進むシテの足取りはきびきびとしており、その勢いのまま常座に立ちました。以下、ツレと向き合ってのサシ・下歌・上歌の中に氷室の御調を守る翁の勤めが謡われたところでワキからの問を受けましたが、ここではツレは目付に移動しシテが正中でワキと向き合います。脇能でシテの語リが入る曲は多くないそうですが、この問に対してシテは氷室の謂れをひとしきり述べ、その後ツレと共に氷室の場所の変遷などを解説。そしてワキが日のささぬ深谷だから氷が消えないのかと感心すると、シテは紀貫之の歌袖ひぢて掬むすびし水の凍れるを 春立つ今日の風や解くらんを引いて氷は供御の力によって残るのだと説明。この説明(上歌)を地謡が謡う間にワキは着座、ツレも地謡の前に着座し、シテは脇正から目付へと回って正中でワキと向き合って下居しました。

ワキがなおなほ氷室の謂れ懇ろに語られ候へと先を促すとシテは懇ろに申し上げうずるにて候と語り、朳を置き扇を取り出して下居(上記の通り右膝立て)するうちにクリ・サシ・クセ。このクセの上ゲ端を謡った後、シテは扇を腰に戻し朳を手にして立ち上がると、前に出て朳で雪をひとしきりかき集め、これを氷室の上に投げ上げる型を示しました。そしてワキが都へ帰ろうとする旨を地謡が謡う間に後見が下居しているシテの肩を下ろし朳を下げたところで、シテとツレは声を合わせ、しばらく待って御調供ふる祭りご覧ぜよとワキに呼び掛けました。山神木神の氷室を守護し奉り、毎夜に神事有るなりと謡う地謡の調子が徐々に緩やかになると共にシテは立ち上がって時ならぬ雪を眺めるごとく正面を見渡し、やがて背を向けて氷室の内に入っていきました。

太鼓が入って来序が奏される中をツレが幕の内へと消えてゆき、入れ替わって間狂言は立烏帽子も凛々しい社人(山本凛太郎師)。景行天皇のときから続くこの氷室の謂れを語り、臣下の来訪を喜んで礼を述べ、ワキの求めに応じて雪を降らせることにしました。ただしそのために手助けが必要なので橋掛リの近くまで戻って幕に呼び掛け、もう一人の社人(山本則孝師)を呼び出します。こちらの社人は準備万端肩上げを済ませた状態で、最初の社人を後見座に座らせてこちらの肩も上げると二人で舞台上に並び立ち、囃子に乗って雪こうこうと謡いながら開いた扇を持つ手ともう片手とを掬い上げるように動かしつつ左右の足を交互に上げて舞いました。彼らは雪を降らせる超能力の持ち主らしく、あっという間に空が曇り雪が降ってきたので手で雪をかき集めるのですが、その冷たさに手が切れるようだとぼやきながら「はっはっ」と息で手を温めるあたりは妙に人間臭いところがあります。そうして集めた雪を「雪まろばかせ」「雪ころばかせ」と玉にするところも雪玉が徐々に大きくなるさまが見られてリアル。この雪玉を「ぐいり、ぐいり、えいえいおー」と内陣へ納めたら、さらに薄雪を降らせる謡を謡ってから二人の社人は下がっていきました。

後場は、出端の囃子に乗って登場した後ツレ・天女(友枝雄太郎師)の舞から。天冠を戴き赤字に扇面枝垂桜と流水紋の長絹に白大口の出立で、その姿は見惚れるほどに華やかで綺麗です。艶やかに舞い納めた天女が脇座に落ち着く[1]と、氷室の中から曇りなき、御代の光も天照らす、氷室の御調供ふなりと震えるがごとき神掛かった謡が聞こえてきました。そして囃子方・地謡が気迫をこめて山河鳴動・天地も動いて氷室の神体の登場を謡うと共に、左右に翼のように広げられていた引廻しが落とされて氷室の中に唐冠・赤頭・小癋見面・黒地に金の法被と赤地に金の半切という出立の後シテ・氷室明神が床几に掛かっている姿を現しました。

以下、冷気が吹き付けてあたりが冴え凍る中、閉じつけられていた氷を引き剥がして氷室明神が出てくるさまを謡う詞章に乗って手にした氷の作リ物を左にぐっと引き込んでは目付を見やり、雪がしぶき霰が横切る中でシテは左右を見回すと立ち上がって舞台上に降りてきました。吹きつのる氷室の神風にあら寒や、冷やかやと悲鳴が上がったところで後シテの舞働。舞台上を目いっぱいに使って大きく巡り高速で回り、膝を突いては立ちと暴風そのものの激しい舞が続きます。キリに入り六人にもかかわらずぐいぐいと迫る地謡と一体化したシテが正先の目いっぱい前まで迫って片手の氷を左右に振り、足拍子を響かせた後に氷をワキに渡す[2]と、扇を開いてユウケン。さらに一ノ松まで出てそちらから舞台を見込んで氷を守護する様子を示してから、舞台に戻り正先に出て両袖を巻き上げ、最後は常座で右・左と留拍子を踏みました。


終演後のアフタートークは、小鼓方の成田達志師[3]と地頭を勤めた友枝雄人師、そしてしばらくしてから着替えを終えたシテの佐藤寛泰師も合流して三人で行われました。

スポンサーのコクヨからもらった手帳にメモをとりながら観ていたという成田師が進行役となって、脇能における地謡の重要性と能楽師にとっての脇能の重要性[4]、この日の囃子方の気迫に地謡も負けじと頑張ったこと、前シテの内面の炎と徐々に冷却凝縮してゆく中入、その過程でだらけないようにする囃子方と地謡の間、フレッシュな山本凛太郎師のこと、後シテの出における後見の手際の鮮やかさ[5]、作リ物の中での所作の多さ、そして内向的な強さを出すことと所作が少ない中での構えの重要性といった話が展開しました。

しかし、これらの貴重な話もさることながら、演能を終えたばかりの佐藤師の上気した表情に先ほどまでの舞台で発せられた熱量の多さをひしひしと感じ、そして脇能=神様の能の強さは人が生き抜く力につながるものであるという成田師の言葉になお一層の感銘を受けたのでした。

脚注

  1. ^観世流ではここに後ツレと地謡によるワカ変わらぬや、氷室の山の深みどり雪をめぐらす舞の袖かなが入る。
  2. ^観世流ではシテは氷を天女に渡し、氷を持って先に下がってゆく天女を見送る。
  3. ^この日小鼓を勤めた谷口正壽師の実兄。
  4. ^友枝師曰く「脇能を勤められない能楽師はキャベツの千切りができない料理人」。
  5. ^友枝師曰く「後見は見過ごされなければならない存在」とのこと。この日、友枝師ら地謡後列は後見の役割も一部担当していた。

配役

「氷室」 前シテ・氷室守
後シテ・氷室明神
佐藤寛泰
前ツレ・男 谷友矩
後ツレ・天女 友枝雄太郎
ワキ・臣下 大日方寛
ワキツレ・従者 野口能弘
ワキツレ・従者 御厨誠吾
アイ・社人 山本凛太郎
アイ・社人 山本則孝
竹市学
小鼓 観世新九郎
大鼓 谷口正壽
太鼓 小寺真佐人
主後見 狩野了一
地頭 友枝雄人

あらすじ

氷室

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