塾長の鑑賞記録

翁 / 二人袴

2021/07/27

能楽協会ほかによる「東京2020オリンピック・パラリンピック能楽祭 〜喜びを明日へ〜」の初日「翁」を観に国立能楽堂へ。この能楽祭は昨年も企画されたもののオリンピックの延期に伴い趣旨を変えて上演した上で今年にシフトしたもので、第二日以降は「屋島」「杜若」「三輪」「道成寺」といったラインナップです。

台風8号が接近する中の初日でどうなることかと思いましたが、当日になってみると台風の動きが予想外に遅く、進路も関東直撃コースから北寄りに変わったため、雨に降られることもなく国立能楽堂に着くことができました。

席は正面最前列のほぼ真ん中。これはまた、翁に(しかも三人掛りで)迫られることになるなぁとっプレッシャーを感じつつ開演時刻を待ちました。平日の午後ということもあってか、残念ながら見所の入りは芳しくなく、座席は半分も埋まっていませんでした。

この日の翁は金春流で、小書《十二月往来》《父尉延命冠者》付き。前者は興福寺薪猿楽で演じられる形、後者は式三番の古態とのこと。この小書による演出は、プログラムの中に次のように説明されていました。

シテ翁一人にツレ翁二人と、翁が三人登場する。「どうどうたらり……」は翁三人と地謡で交替に謡い、「まいろうれんげじやとんどや」のあと、シテ翁とツレ翁の掛合で正月から十二月までの風物をめでたく詠み込んだ詞章の謡が挿まれる。翁ノ舞はシテ一人で舞う。また千歳は延命冠者の面をかけ「生まれし所は忉利天」、シテは父尉の面をかけ「一天波風おさまって」云々の謡が挿入される。

鏡の間から聞こえてくるお調べ、間を置いて幕の前で切り火。深く長く幕開けを促す声に続いて、千歳(茂山忠三郎師)を先頭に面箱が三人登場し、その後ろにし白い装束に身を包んだシテとツレ二人。正面に立ち並んだところを見ると地謡座側から順にシテ翁・金春憲和師、ツレ翁・高橋忍師、同・金春飛翔師です。正先に着座しての拝礼の代わりに三人立ったまま両袖を顔の前に合わせて祈りを捧げ(これを以下単に「拝礼」と記します)、その後に地謡座側へシテを手前に居並ぶと、脇正面側でこれと向かい合った面箱たちがシテ・ツレの前に進んで着座し面箱を開けて白式尉面を取り出しました。面が取り出されたら千歳は脇座へ、残る二人の面箱は後見座へ下り(そのまま三番三後見を勤めることに)、これと入れ替わるように橋掛リから囃子方や地謡が一斉に舞台に入って来ますが、地謡は囃子方の後ろに位置を占め、常座には三番三(茂山千五郎師)。そして間髪入れず笛が奏されます。

小鼓三丁の打ち出しと共にどうどうたらり……が三人の翁によって謡い出され、その後は翁と地謡の掛合いとなりましたが、声を合わせて謡われることで神歌の呪術性が増しているようです。やがて顔を伏せていた千歳がむくりと起き上がって舞台中央に進み鳴るは滝の水から始まる千歳之舞を始め、その足拍子を合図にシテとツレは白式尉の面を掛け始めました。やがて総角あげまきやとんどやを聞きながら翁たち三人と共に立ち上がった三番三は、いったん横一列に立つ翁たちと向き合って(三→←翁←翁←翁)から後見座へ。翁の姿になって神格性を身につけたシテとツレ二人は扇を手に再び正面に向き立ち拝礼を行います。ついでツレ翁二人が角に向かって歩を進めてゆくと、シテ翁が背後からやえ尉殿に申すべきことの候と呼び掛けました。おお、憲和師の謡は先代の安明師とはまた違った意味で浮遊系だな!と思いながら聞くうちにツレ翁二人は角柱の前から笛座前にいるシテ翁を振り返り、ここから《十二月往来》の詞章に入ります。シテ翁のかかるめでたき砌みぎんには、十二月じうにつきの往来こそめでたう候をツレ翁が受けた後に、シテ「◯月の◯◯」ツレ「◯◯◯◯◯◯」というパターンが十二回続きます。この日は詞章の配布がないので「◯月の◯◯」の部分だけメモを頼りに再録してみると、正月→二月→……の順に「松の風」「燕」「霞」「ほととぎす」「あやめ草」「扇」「蝉の声」「雁金」「菊の酒」「時雨」「霰」「氷」となり、これに対する言葉はたとえばシテ「七月の蝉の声」ツレ「林に謡ふたり」といった感じ。季節の移ろいが謡を通じてまざまざと目に浮かぶようです。

十二月のやりとりを終えてさらに謡い交わすうちにシテ翁は正先へ、ツレ翁は常座方向へと位置を変え、囃子方が入ってシテ翁一人による翁之舞。扇を前に爪先を上げては小鼓の掛け声と打音に合わせて下ろしつつ角へと近付いてゆくその様子に「道成寺」の乱拍子を連想しました。そして小鼓のテンポが速くなり、シテ翁は正中へ戻って左袖を被くと扇で面を隠し小さく時計回り、次にやや仰向いた姿で反時計回り。最後に袖を下ろし正面に向き直って足拍子。これで翁之舞が終わり、最後に翁たちと地謡が万歳楽と謡い交わして、三人の翁は三たび立ち並んで拝礼し、地謡座前に戻って面を外しました。

続いてシテは口をぐっとへの字に結んだ極小の尉面である父尉面を掛け、これと同時に脇座の千歳も金色の肌に笑みをたたえて西洋風の「仮面」と言いたくなる趣の延命冠者面を掛けると、共に立ち上がりました。まず延命冠者が常座に進み生まれし所は忉利天、育つ所は花が園。ましまさば疾くしてましませ父の尉、親子ともにならべつれてご祈祷申さんと謡いましたが、ということは父尉と延命冠者は親子?これを聞いた父尉は延命冠者と脇座側から向き合うと正中に進み、またしても袖を合わせての拝礼の後に天地開け始まりしよりこの方、伝はりきたる翁なり云々と短く謡い舞って、二人諸共に面箱の前に戻りました。

小鼓がアシラウ(このとき地を這うような低い掛け声が重なっていたのですが、その出どころがわかりませんでした)内に父尉と延命冠者が面を外し、押し戴いた面を後見に手渡すと、小鼓方から高く長く引く掛け声が発せられ、立ち上がったシテとツレは最後の拝礼を行ってから帰っていきました。また、この日は脇能がないため地謡も同時に切戸口から退場します。

ここで大鼓がスタンバイ。シテとツレが消えたところで三番三が立ち上がると共に囃子方はテンポと音量を上げ、大鼓の「いやー、はーっ!」という掛け声と裂帛の打音による咆哮が始まりました。紅の着付に黒地に松竹鶴亀文様の直垂姿の三番三がおおさえ、おおさえ、喜びありやと大音声を上げて、ここから揉ノ段となります。茂山千五郎師の三番三は2018年にも拝見しているのですが、そのときをさらに上回るエネルギッシュな三番三にすっかり圧倒されました。迫力に満ちた掛け声と共に緩急をつけて舞い、そのクライマックスで見せる烏飛びは高さに加えて中央から目付柱方向への水平移動も伴う強烈なもの。さらに黒式尉面を掛けて千歳との問答の後の鈴ノ段では、手にした鈴で三方を鎮めた後に腰に手を当て小刻みに鈴を振りながら種蒔きの形を見せ、やがてその動きが徐々に速くなり足拍子も強く踏まれて、不思議な足遣いを示してから激しく回って留。

地謡座に一人、眠そうな目をしながら気配を消していた安明師の前に着座した三番三が面を外し、これが面箱に納められたところで舞台上の演者・奏者は順次姿を消してゆき、ほどなくして舞台上は無に戻りました。


一年振りに観た「翁」でしたが、「能にして能にあらず」と言われる通り、やはりこの曲は別格です。この苦しい時代の最中に重要な神事に立ち会えた気持ちになって、いったん見所を出ました。20分間の休憩の後に、さらに一調「高砂」と狂言「二人袴」が上演されましたが、それらはごく簡単に触れる程度にとどめておくことにします。

高砂

金春安明師の謡と金春惣右衛門師の太鼓による一調「高砂」。中入後の待謡高砂や、此浦舟に帆をあげてから神舞の前までを謡い、その後にキリ千秋楽は民を撫で、万歳楽には命を延ぶ。相生の松風颯々の声ぞたのしむまで。これまで浮遊系なんぞと申しておりましたが、こうして聴いてみると安明師の謡には、その揺るぎない座り姿と同様にびしっと芯が通っていることを実感したのでした。

二人袴

和泉流の「二人袴」は2009年に観ていますが、この日の流れはそのときと同じ。相変わらずよく笑わせてくれる曲で、ことに若い野村万之丞師(六世)が親に叱られるたびに見せる少々不服げな表情がおかしみを増していましたが、何よりもう90歳を越えている野村萬師(万之丞師の祖父)が息こそ少々荒いものの何不自由ない立居振る舞い(小舞までも)を見せて下さったことに感激しました。本当に、狂言師の生涯を通じた身体能力と頭脳の働きの高さには驚くばかりです。

なお備忘として、曲中での小舞は「宇治の晒」「花の袖」「七つ子」とのこと。

配役

金春流 「翁十二月往来父尉延命冠者 翁 / 父尉 金春憲和
高橋忍
金春飛翔
三番三 茂山千五郎
千歳 / 延命冠者 茂山忠三郎
藤田貴寛
小鼓 幸正昭
小鼓 後藤嘉津幸
小鼓 船戸昭弘
大鼓 安福光雄
主後見 金春安明
地頭 本田光洋
一調 「高砂」 金春安明
太鼓 金春惣右衛門
狂言和泉流 「二人袴」 シテ・親 野村萬
アド・舅 野村万禄
アド・太郎冠者 能村晶人
アド・聟 野村万之丞

あらすじ

二人袴

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