塾長の鑑賞記録

中国の不思議な役人 / ドリーム・タイム / かぐや姫 第1幕(東京バレエ団)

2021/11/06

東京文化会館で、東京バレエ団による「中国の不思議な役人」(モーリス・ベジャール)、「ドリーム・タイム」(イリ・キリアン)、「かぐや姫 第1幕」(金森穣)。鑑賞の眼目となるのは印象的なポスターが期待をそそる「かぐや姫」ではあったのですが、自分の中では「中国の不思議な役人」「ドリーム・タイム」のいずれも高いウェイトを占めていました。

ロビーに置かれた装花は、どうやらかぐや姫の誕生がモチーフになっているようです。下部の円筒は竹であり、その上から光が溢れているイメージでしょうか。そしてホールに入ってみると、1階席はおおむね満員、2階以上の席もそこそこの入りで、人々の足が着実に戻ってきていることを実感できました。

中国の不思議な役人

忘れた頃に観たくなる麻薬のような魅力を持つこの作品は、過去2009年2017年に観ています。元はと言えばハンガリーの劇作家レンジェル・メニヘールトの台本にバルトークが曲をつけた一幕のマイム劇で、悪党たちが娘を利用して通りを行く男を誘っては金を巻き上げていたところ、3人目の宦官である中国の役人が機能を持たないにもかかわらず女性を愛そうとし、殺されようとしても死ねず、最後に女が役人を抱きしめたときにようやく死ぬという退廃的なストーリー。ベジャールはそこにフリッツ・ラング監督の映画『M』(連続殺人犯が暗黒街の犯罪者たちに追い詰められる様を描く1931年公開のサイコスリラー)のイメージを重ね合わせて振り付けたそうです。退廃的で倒錯的な空気を漂わせるこの作品は、原作に忠実に見れば戦間期の中欧を舞台としていますが、日本人である我々の目には同時期の上海での話と受け取っても違和感がなさそう。

3人の犠牲者のうち最初に出てくるジークフリートは屏風絵の雷神のような出立ちで、プログラムに掲載されたベジャールの言によれば英雄であると同時に犠牲者であり、また象徴であるとともに理想の破綻でもあるのだそうですが、相変わらずその意味がよくわからない。2人目の若い男を演じたのは2017年と同じく伝田陽美さんですが、少年っぽい容姿の端々におどおどしながら娘の魅力に翻弄される様子を窺わせました。そして人力車に乗って登場した中国の役人は大塚卓。ベジャールが娘に関して人工的な娘は、あたかも『メトロポリス』のロボットのごとくと書いているにしては、娘に対し盲目的に迫ってリンチを受けても絞首されても蘇る役人の方が不気味なまでに人間性を欠いて感情移入を拒絶しているように見え、むしろ娘の方は怯えを露わにしたり逆に昂然と役人を見下ろしたりと人間的です。その娘を演じたのは宮川新大で、ノワールな魅力を発し続ける無頼漢の主領の鳥海創と共に好演でした。

ところでこれまで、娘を男性が演じるのは(若い男を女性の伝田陽美さんが演じるのと同様に)倒錯的雰囲気を出すための演出だと思ってきたのですが、ふと気付くと配役表に書かれている役柄は「第二の無頼ー娘」です。そしてたびたび引用しているベジャールの言葉の中にも悪党たちが利用する(偽の)娘の魅力と書かれているところからすると、そもそもこの「娘」は設定からして女装している男性である模様。そう考えれば、最後に原作とは異なり娘は自ら役人を受け入れることなく、ウィッグを役人の足元に投げ捨ててその欲望を向け止めさせたことも素直に理解できそうです。

他にも、バルトークの音楽とバレエとが驚くばかりにシンクロしていることやアンサンブルの群舞がときに一つの意思を持つ群体となって娘の感情を代弁していることなど、3回目の鑑賞でも新しい発見があり、この作品はまだまだ掘下げ甲斐がありそうに思えました。

ドリーム・タイム

この作品は2015年にシルヴィ・ギエムのファイナル公演で観ています。3人の女性と2人の男性が陶器のような肌合の背景の前で武満徹の幻想的な音楽に乗ってさまざまな組合せで踊る、夢の中にいるような20分間。イリ・キリアンの作品らしく、ダンサー同士の身体が触れ合うところで重力が失われる魔法のような瞬間がいくつも見られますが、特に中盤で3人目の女性ダンサーが身体を宙に浮かせてパートナーの男性ダンサーの身体の回りにまとわりつくように飛ぶ動き(←言語化するのが難しい……)には息を飲みました。

この作品も音楽とダンスの一体感が見事でしたが、中盤以降少し舞台の広さを持て余している感がなきにしもあらず。それでも、音楽が始まる前の段階から女性ダンサー3人のすらりと長い四肢を持つスタイルの良さがそれだけでこの作品の世界観を体現しているように見えて、日本のバレエ団もここまで来たかと妙な感心をしてしまいました。

かぐや姫第1幕

今回の公演の眼目で、 東京バレエ団が舞踏家・振付家の金森穣に制作を委嘱した作品です。同氏は若い頃にルードラ・ベジャール・ローザンヌに学び、その後ネザーランド・ダンス・シアターでイリ・キリアンの薫陶を受けていることがこの日の演目構成にも反映されていますが、ここで上演される「かぐや姫」はグランド・バレエとして構想されたもの。ただし今回は第1幕だけの上演で、第2幕以降は2023年に上演予定という息の長いプロジェクトになっています。

以下、暗い中でちょこちょことったメモと記憶とで再現しているので正確性には自信がありませんが、2023年に第2幕を単独上演されたときに第1幕のことを覚えていないと鑑賞に困るだろうと考えて舞台展開を記述してみます。


冒頭、舞台上は下手の端に竹取翁の杣家のセットが置かれ、両袖の間は全面にスクリーンが降りていて、ドビュッシー「ビリティスの夜 第1曲〈牧場の歌〉」の牧歌的なフルートとハープが奏でられ始めると、杣家には翁(飯田宗孝)の姿、スクリーンには桜の花びらが散り「KAGUYAHIME」の文字が浮かび上がりました。この後も音楽は全曲ドビュッシーが用いられ、映像効果も多用されることがこの作品の特徴のひとつです。

スクリーンが上がって「交響詩『海』第1楽章〈海の夜明けから真昼まで〉」、月明かりに照らされた緑の海に横たわる大勢の緑の精たちが波打ち、徐々にその身体を高くして竹藪に変わっていきます。このメタモルフォーゼのパートが冗長に感じられたのは自分が『海』を聞き込んでいないせいかも知れませんが、やがて翁が背負子を背負って出発すると、背景にはリアルな森林の映像が投影されてびっくり。さらに横一列になった緑の精たちの前を歩く翁の背後には歌舞伎風の黒衣もいて二度びっくりです。緑の精たちがさまざまにフォーメーションを変え、ついに舞台中央最奥の位置に輝く竹……は黒衣。金色の光の中に立つ黒衣の手から何かを受け取った体(実体はなくマイムのみ)の翁が黒衣と共に「2つのアラベスク 第2番」に乗って踊りつつ舞台中央寄りに押し出されてきた杣家に戻ると、背景は杣家の周囲を示すらしい明るい竹林に変わります。興味津々の4人の童たちの目から遠ざけるために翁が持ち帰った何かを障子の奥へ隠すと、障子が明るく光ってシルエットの女の子がどんどん大きくなり、障子を開いて飛び出してきたのはショートパンツの下から長い素足をすらりと伸ばして元気一杯なかぐや姫(秋山瑛)。この性格設定にはかなり意表を突かれました。

ここまでがプロローグで、スクリーンが上がり「第1幕〜夏」が始まります。「小組曲 第4番〈バレエ〉」の明るい旋律と共に農村(ただし田畑ではなく市場?のような情景)の労働が描かれ、ここで登場するのが道児(柄本弾)。その名(ストリート・チルドレン)の通り孤児として生きる彼は村人たちにこき使われているようですが、ほとんどマイムで示されるその動きの中にあまりにもさりげなくバレル・ターンから540を織り込んでいたのに目が点。贅沢な(もったいない)技巧の使い方だなと思っていたら曲がコミカルな「子供の領分 第6曲〈ゴリウォーグのケークウォーク〉」に変わり、童たちを追ってきたかぐや姫と道児の出会い。無垢なかぐや姫が露店の品物を悪びれずもせずに取って追及され、道児がこれをかばうという流れにはディズニーの「アラジン」を連想しました。

映像と照明の効果により一瞬で舞台上が月の輝く夜になり(この場面転換は鮮やか)、曲はもちろん「ベルガマスク組曲 第3曲〈月の光〉」。村人たちは姿を消し、かぐや姫が一人で月を見上げて涙すると道児が彼女を慰めるという構図になって、ここからリフトを多用する美しいパ・ド・ドゥになりました。ここが第1幕の最も重要な見せ場で、踊り終えた二人は月光に照らされピアノの余韻の中で抱き合い、劇中で唯一この場面で客席から拍手が湧きあがった(静寂の中で最初に拍手したのは実は私)のですが、これが面白くないらしい翁が「前奏曲集 第1集 第12曲〈ミンストレル〉」と共に登場して二人を引き離します。

この場面、なぜか黒衣がしゃしゃり出て積極的に若いカップルの邪魔をしていたのですが、この不思議な存在感を持つ黒衣の意味は最後まで明かされませんでした。ともあれ、杣家の中で駄々をこねるかぐや姫を持て余した翁が竹藪に向かうところから、曲はいくつもの旋律が変化しながら積み重ねられる「交響詩『海』第2楽章〈波の戯れ〉」になり、夜の竹薮をさまよう翁は黒衣に導かれて光る竹を見つけ、鎌で切り付けて黄金(光で表現)や豪華な反物(実際に各種の色の布が飛び出して宙を舞う)を手に入れることになります。これを目撃した村人たちが片端から緑の精たちに切り付けて竹藪を滅ぼしてしまった後に、スクリーンが降りて山の端に日が上る朝の情景(しかし赤みが強く夕景に見えてしまう)が投影され、4人の従者が運ぶ輿に乗せられたかぐや姫は豪華な衣装を身にまとった翁と都での教育係になる女性(だということはプログラムのあらすじを読まないとわからない)に先導されて、心を村に残しつつ下手から上手へと去っていきます。

「前奏曲集 第1集 第8曲〈亜麻色の髪の乙女〉」(管弦楽曲版)の寂しげなヴァイオリンの旋律の中で、月を見上げて悲しみに沈む道児。彼を心配する童たちを追いやった後にかぐや姫が戻りかけるも黒衣(まただ!)と教育係に連れ去られて、最後は舞台上に正座して月を見上げる道児〜暗転で終了です。

カーテンコールでは、振付の金森穣と演出助手の井関佐和子さんが舞台に立ち、スタンディングオベーションの観客の拍手を浴びていました。


これまでの金森穣の活動に関する予備知識を持ち合わせていなかった上に、今回はあくまで全三幕のうちの第1幕だけであるという前提を了解した上で感想を述べるにしても、評価がなかなか難しい作品でした。

上記の通り、主人公のかぐや姫の性格は驚くほどにおてんばで、月を見上げて大泣きしたり道児に思い切り手足を広げて飛びついたりというのはバレエのヒロインとしては相当に表現が大胆です。そうした未成熟を示すためか、かぐや姫はポワントを履かずバレエシューズで踊っていたのですが、それでも月の光のパ・ド・ドゥはクラシックな語法を用いて文句なしに素敵でした。もっとも、その姿は一連のかぐや姫の造形とシームレスには結びつかないようにも感じましたが、そうした難しい(?)役を踊った秋山瑛さんのダンサー・演技者としての表現力は見事でした。道児役の柄本弾の存在がこの作品をバレエとして成り立たせていたのもさすがですし、久しぶりに舞台上で飯田宗孝の姿を見たのも感慨深いものがありました。

ストーリーとしてはいくつか説明不足と感じる点があって、かぐや姫が月を見上げて泣く理由は判然としませんし最後に都への旅路を共にする教育係の存在も唐突。もっと不思議なのは、常に翁と共に登場しながら翁以上にかぐや姫の運命を左右しようとする黒衣です。どうやら金森穣が主宰するNoismの舞台では黒衣の存在はおなじみであるようですが、この作品の中では何を象徴しているのか。村人が竹藪を刈り払ってしまう環境破壊エピソードも本筋から離れていますが、冒頭に魔法を見せた緑の精をそのままにしてかぐや姫を都へ向かわせるわけにもいかないのでこれは必要だったと思いました。

プロダクション面でも、コストの問題というよりはスピーディーな場面転換を実現する必要からだとは思いますが、舞台上に置かれるのが杣家だけというのは寂しく感じました。これを補うため、というより新しい行き方として導入されている視覚効果は鮮やかなのですが、さすがにリアルな竹林を映し出すのはいかがなものか。こういう舞台にはある程度「見立て」の要素が欲しくて、どんなに立派なセットであってもどこかに現実離れした部分があるものですし、映像を使うなら抽象化してデザイン的に見せてほしい気がします。

第2幕は再来年の春ということですが、舞台を都に移したとしてかぐや姫の人物造形はどうなるのか、ポワントを履くことになるだろう第2幕でかぐや姫がバレエ的な技巧を発揮する場面は与えられるのか、村に置いていかれた道児は登場するのか、黒衣の意味は説明されるのか……など興味津々。

あれこれ注文をつけましたが、こうしてみるとやはり第2幕を見ないわけにはいかない感じです。

キャスト

中国の不思議な役人 無頼漢の主領 鳥海創
第二の無頼漢ー娘 宮川新大
ジークフリート ブラウリオ・アルバレス
若い男 伝田陽美
中国の役人 大塚卓
ドリーム・タイム 沖香菜子 - 三雲友里加 - 金子仁美 - 宮川新大 - 岡崎隼也
かぐや姫
第1幕
かぐや姫 秋山瑛
道児 柄本弾
飯田宗孝
緑の精 伝田陽美 / 二瓶加奈子 / 三雲友里加 / 政本絵美 / 金子仁美 / 中川美雪 / 加藤くるみ / 高浦由美子 / 榊優美枝 / 中沢恵理子 / 上田実歩 / 中島理子 / 最上奈々 / 鈴木理央 / 菊池彩美 / 瓜生遥花 / 長谷川琴音 / 大坪優花 / 花形悠月 / 松永千里 / 平木菜子 / 長岡佑奈 / 中島映理子 / 相澤圭
童たち 工桃子 / 安西くるみ / 岡崎隼也 / 井福俊太郎
村人たち 加藤くるみ / 榊優美枝 / 上田実歩 / 長谷川琴音 / 平木菜子 / 長岡佑奈 / 中島映理子 / 樋口祐輝 / 生方隆之介 / 大塚卓 / 和田康佑 / 玉川貴博 / 鳥海創 / 山田眞央 / 海田一成
秋見 伝田陽美
従者 生方隆之介 / 大塚卓 / 和田康佑 / 玉川貴博
黒衣 岡崎隼也 / 海田一成

物語

かぐや姫〔プログラムに記載されたあらすじを引用〕

山奥の貧しい村に、翁が一人で暮らしている。妻に先立たれ孤独な彼は、竹を取って日々のかてを得ていた。ある日の帰り道、翁は風に揺れる竹やぶに行手をさえぎられる。緑の精に導かれるようにして、一本の光り輝く竹を見つけた翁。その竹の割れ目に、小さな小さな姫を見つけ、おそるおそる手に取りつれて帰る。すると彼女はあっというまに成長し、村の童たちと遊んですごすまでになった。

まもなく、かぐや姫は童たちの兄貴分の道児と出会い、恋におちる。夜空に輝く月をあおぎ、わけもわからず涙する彼女を、道児は優しく包み込む。かぐや姫を独占したい翁は嫉妬にかられ、二人の仲を引きさこうとする。

そんなある日、翁はふたたび不思議な竹やぶの奥深くに迷い込み、あの光り輝く竹の前にいざなわれた。なんと、竹の中からは高価な反物がたくさん飛び出してくるではないか。翁はそれらを手に家に戻る。その様子をこっそり見ていた村人が、翁と同じように財宝を手に入れようと、片端から竹を切り倒す。あの美しかった緑の竹やぶは、見るも無惨な姿に変わってしまったーー。

やがて、美しい着物をまとったかぐや姫を乗せた輿の行列が、宮廷へ向けて出立する……。