Yes

2022/09/06

Bunkamuraオーチャードホール(渋谷)で、Yesのライブ。『Close to the Edge』リリース(1972年9月13日)50周年記念の再現ライブですが、このアルバムのレコーディングメンバーのうちJon AndersonとRick Wakemanはバンドと袂を分かっており、Chris SquireとAlan Whiteは鬼籍に入り、今や残っているのはSteve Howeだけ。そしてこのライブは、今年5月26日に亡くなったAlan Whiteの追悼ライブにもなってしまいました。

前回のYesの来日公演は2019年のバンド50周年ツアーで、体調が十分ではないAlan Whiteといつまでも元気いっぱいのTony Kayeをステージに上げて予想以上にタイトな演奏を聴かせてくれていたものの、さすがに現在75歳のSteve Howeに往年のライブでの(たとえば『Yessongs』で聴かれるような)疾走感を期待するのはやめておこうと鷹揚な気持ちでオーチャードホールに向かいました。

今回のツアーは東京2日、大阪、名古屋の4公演の予定でしたが、東京がソールドアウトになったということで9月12日に東京で追加公演が行われることがアナウンスされています。Yesにそれだけの集客力があったとはうれしい驚きでしたが、会場内もグッズを買い求める人々の熱気に満ちており、Tシャツ売り場には長蛇の列ができていました。私はといえば、自分の購買力の限界を冷静に見極めてプログラムのみの購入としたのですが、このプログラムがなんと5,000円。しかし確かに内容は充実しており、存命中のAlanを含むバンドメンバー全員に加え、かつてYesの黄金期を支えたエンジニアのEddie OffordとイラストレーターのRoger Deanも含めて『Close to the Edge』の制作時の模様や後からYesのメンバーとなった面々がいかにこの作品から影響を受けたかといった話を引き出す膨大なインタビューが掲載されていて、いわば永久保存版です。

さて、ホールに入るとステージ上にはいつもの配置で楽器群が並んでおり、背景には羽の紋がキャッツアイになっている大きな緑の蝶のイラストが映し出されていました。やがて定刻のブザーが鳴り、ステージ上にスモークが立ち込め始めると共に背後のイラストが消えて暗いブルーの照明だけが残されると、スクリーンに「In Memory Of Alan White」の文字。Alanが作曲者の一人としてクレジットされている「Turn of the Century」が流される中、さまざまな時代のAlanの姿が映し出され、最後に遺影として正面から穏やかな眼差しでこちらを見据えるAlanの顔が大映しにされて追悼の空気になったところで、ストラヴィンスキーの「火の鳥」の終曲と共に上手からSteve Howeを先頭としたメンバーが登場しました。

On the Silent Wings of Freedom
意外な選曲と思えるこの曲からスタート。Steveのトレードマーク的なES-175で出す煌びやかな高音がオリジナルの演奏を彷彿とさせますが、それにしても演奏がぐっと引き締まって聞こえるのは、Jay Schellenのキックとスネアが強靭なビートを叩き出しているからに違いありません。曲の構成は大胆にスリム化してあり、イントロの長いインストパートや途中のコーラスワークを聴かせるパートの多くがカットしてあったようですが、最後の「ララララーラ」と歌うところでSteve Howeのコーラスが大きくフィーチュアされていたことにはびっくり。
Yours Is No Disgrace
Yesの楽曲の中でもとりわけファンの人気の高い曲の一つ。イントロでの美しいシンセサイザーのメロディーとテクニカルなギターの絡みが特徴的ですが、この速いスピードで演奏してくれるとはうれしい。3人でのコーラスもしっかり聴かせてくれていて、マスクをしているために一緒に歌うことができないのが本当に残念です。Steveのワウギターがワウを効かせ過ぎでは?と思わなくもなく、また続くギターのインプロヴィゼーションパートはかなり短めではありましたが、背後のスクリーンには「Beat Club」での演奏時の演出として有名なマネキンの首が映されていて長年のファンを喜ばせていました。
この曲が終わったところでSteveのMCが入り、あらためてAlan Whiteへの言及がなされました。
Does It Really Happen?
Steveのギターは珍しくソリッドボディーのTelecaster。そしてBillyのベースフレーズがギンギンと入ってきて演奏された『Drama』からのこの曲はGeoff Downes枠ということになるのかな。リズムセクションが作る重厚でいて躍動感もあるリズムが素晴らしく、キーボードのカラフルさも原曲通り。三声のアカペラパートの中にSteveの低音がはっきり聞き取れて「今日のSteveは声の方でも頑張っているなぁ」と感心しました。コーダ部はブレイクに続けて間をおかずに演奏され、Billy SherwoodがChris Squireのあのベース音をシミュレートして活躍していました。
Clap
Steveがメンバー紹介を行い、ついでJon Davisonが「Amazing Steve Howe!!」とアナウンスして、アコースティックギターのソロパート。昨日は「To Be Over」が演奏されたそうですが、今日は穏やかな序奏を置いてからの「Clap」で場内は手拍子大会となりました。演奏終了後にSteve曰く、この手拍子は「Best clap I've ever heared.」とのこと。
Wonderous Stories
Steveがポルトガル12弦、Jonが通常のアコースティックギターを持って優しく演奏されるこの曲も、一緒に歌いたい曲のひとつ。この曲はRick Wakemanの手数の多いオブリガートも特徴ですが、Geoffのキーボードが例によって省エネ気味だったのは少々残念です。
The Ice Bridge
JonからのMCで新譜『Quest』からの曲だと紹介されて演奏されたこの曲は、この日の会場にいる多くの聴衆にとって初めて聞く曲だったと思いますが、「Wonderous Stories」での不満を吹き飛ばすようなGeoffのシンセサイザーの活躍にSteveの刺激的なギターやBillyのうねるベースとコーラスが合わさって、聞き応え十分の一曲でした。
Heart of the Sunrise
4カウントから全楽器高速ユニゾンで始まるこの曲はいつもスリリング。そしてJayのドラミングはジャズのテイストを感じさせたオリジナルのBill Brufordのものとははっきりと異なり、ロックドラマーであるAlan White寄りでした。Billyのベースの聴かせどころから再びユニゾンパートに移る難しい場面もばっちり決まり、これはいいぞ!と思いながら聴いていたところ、前半のボーカルとボーカルの間にギターが5拍子の定型フレーズを繰り返すパートでJayがタイミングを間違えて2小節分早く次のパートへ移るためのキメのフレーズを叩いてしまい、Geoffが瞬時に反応して曲をつないでくれたものの、Steveはやれやれといった表情と仕草を見せていました。他にも1箇所Jayが拍子を見失いかけた場面があってこの曲のドラマーにとっての難しさを目の当たりにしましたが、そうした点を除けば、シンセサイザーとギターのコール&レスポンスのパートも見事でしたしボーカルの最高音のパート(feel lost in the city)もJonが声を出し切って、満足のいく演奏でした。
Close to the Edge
いよいよここからアルバム『Close to the Edge』の全曲演奏。背景がグリーンになり、あのSEが入ってきて6カウントで高速イントロが始まりましたが、さすがにこの曲に限っては原曲よりも若干テンポがゆっくり目。
第1楽章のボーカルパートではSteveの前に持ち込まれたスタンドに固定されたLine6 Variaxでシタール音が演奏されたのですが、この演奏が始まるとすぐにBillyが上手の袖にいるスタッフに何か合図を送り始めました。その仕草からどうやら自分のモニターに聞こえてくるVariaxの音を下げてくれという要求だったようですが、スタッフの方はしばらくあれこれ試した上でBillyに「自分のミキサーで調節しろ」と返したようです。前回のライブのときもそうでしたが、Billyのマイクスタンドに固定されているタブレットはミキサーの役目を果たしているようで、言われたようにしたところで一件落着したようでしたが、本来このパートはベーシストがコーラスを合わせなければならないところではなかったのか?
……などと思っているうちに演奏はポリリズムの第2楽章を破綻なくこなし、緩徐楽章の第3楽章へ移ります。各楽器が効果音的に演奏されてからSteveのキュー出しを受けてGeoffがゆったりしたエレピ連打にかかり、リードボーカルとコーラスの2人とが違う歌詞とメロディーを重ねるコーラスパートを経てパイプオルガンパートに移りましたが、パイプオルガンの音がかなり控えめ・おとなしめ。そしてSteveは椅子に腰掛けて左手の指に息を吹きかけつつ次の出番に備えるという姿が見られました。オルガンソロにはRickのオリジナル演奏に聴かれたパーカッシブな効果がなく、フレーズ自体もスケールに沿って定型の高速アルペジオで音数を稼いでいるだけという印象だったのは残念でしたが、それでも第4楽章のコーラスワークとそこに荘厳にかぶさるストリングス音にはやはり感動しました。
ことに特筆すべきはOn the hill we view the silence of the valley以下のパートで、Jon Andersonが歌った 『Yessongs』ではその前に2拍かませて1音低く転調し以後のボーカルの負荷を軽減していたのに、この日のJon Davisonはこの2拍を入れず原曲通りのキーを維持して最後まで歌い切ったことです。

この点については、プログラムに掲載されたインタビューの中で次のように言及されています。

"We most probably tried it in the early days," says Steve. "But Jon Anderson said, 'There's no way I can ever sing that.' And nobody else has been able to, either. It's incredibly high. But Jon Davison's found a way."

Jon Davison explains. "The end section that Steve is referring to starts with the words, 'On the hill we view the silence of the valley,' which on the album immediately follows the band transitioning to the next bit straight away. The live adaptation consists of a multi-note setting up, as it were, to a lower key modulation."

And You and I
イントロのこの上なく美しい12弦ギターのフレーズはVariaxによるもの。インテンポになってからJonのアコースティックギターが重なり、そこへGeoffがMinimoogの音色を再現して加わって、完全に1972年に戻ったよう。この曲もリードボーカルとコーラスの絡みが摩訶不思議で、まっすぐ前を向いて上手くなくても堂々と歌うSteveの姿には威厳が漂います。そしてこの日初めて、Steveのトレードマークのひとつであるスティールギターがこの曲で演奏されましたが、このパートでのテンポは過去の演奏でまま見られたもたつきがなく、その分Billyのベースペダルがかなり忙しいことに。ともあれ、ギターのカッティングに合わせてBillyがハーモニカを吹き聴衆が手拍子で参加しているとき、背後のスクリーンにはLP盤『Close to the Edge』内ジャケットのイラストを思い出させる滝のCGが映し出されて懐かしい気持ちでいっぱいになりました。最後にスティールギターによるあの上行フレーズで曲が締めくくられたときには、その余韻が消えるのを待ちきれないようにこの日最大の拍手が沸き起こりました。
Siberian Khatru
ギターのイントロが終わってインテンポになると、Jeyがぐいぐい引っ張って演奏が相当速い!ちょっと速過ぎないか?という表情でメンバーを見回したSteveでしたが、そこは力関係(Steve>Jey)というものがあり、徐々にテンポを軌道修正させてSteveにとっての適正速度にさせることに成功したようです。それでもこのスピードでチェンバロソロのパートはこなせるのか?と不安半分興味半分でそのときを待ったところ、Geoffはしっかり弾き切ってくれてひと安心。Steveのスティールギターからギターへのスイッチも決まり、最後のギターソロはかつてのような弾きまくり系ではなく吟味された必要最小限の音を重ねるものでした。
演奏が終了した瞬間、スタンディングオベーションとなって拍手と歓声がステージ上に送られ、ここでいったんメンバーは袖に引き上げます。
Roundabout
アンコール1曲目は定番中の定番のこの曲。立ち上がったまま手拍子でノリノリの聴衆はほとんど盆踊り状態でしたが、コーダの部分でVariaxを用いたアコースティックギターの音がうまく出なかったらしく、SteveはVariaxを指さして何やら一言(客席からは笑いと拍手)。実はこのときJeyの方でもスネアの交換を余儀なくされる状態になっていたらしく、ギターのカッティングの間にスタッフが一所懸命交換しようとしていましたが間に合わず、締めの部分はタム回しだけでこなしていました。ライブというのはいろいろあるものです。それでもちょっと悔しかったのか、あるいはJeyのために場繋ぎをしようと思ったのか、Steveは「Just for fun」とかなんとか言ってエレクトリックギターで締めのフレーズを一人でおさらいしてみせて、聴衆は大喜びでした。
Starship Trooper
Steveが「One more song for you.」と言って、最後は冒頭に美しい旋律を持つこの曲。聴かせどころはいろいろありましたが、最後の「Wurm」ではBillyのベースソロに続いてSteveのギターソロが短いながらもかなりの熱量で演奏されて、有終の美を飾りました。

真っ当に考えればこれがYesの、というよりSteve Howeの見納めということになりますが、このタイミングで彼らの演奏にじかに触れることができたのは幸運でした。多少演奏がヨレていたり、インプロヴィゼーションが減ってソロが短くなっていても、それは大したことではありません。多少偏屈ではあってもこれまでたびたび来日してくれていたこのレジェンドと日本のオーディエンスとの間には終始温かいコミュニケーションがあって、気持ちのよいコンサートでした。

そして、『Close to the Edge』がリリースされたときにはまだ思春期の入口だった自分たちが強い影響を受けた楽曲の数々が、半世紀を経た今もなおこうして聴衆を感動させる力を持ち続けていることに敬意と感謝の気持ちを抱き、その気持ちを当の作曲者であるSteveに対して拍手と歓声という形で伝える機会を得られたことを心から喜びたいと思います。

ミュージシャン

Steve Howe guitar, vocals
Geoff Downes keyboards
Jon Davison vocals, percussion, guitar
Billy Sherwood bass, bass pedals, vocals, harmonica
Jay Schellen drums

セットリスト

  1. On the Silent Wings of Freedom
  2. Yours Is No Disgrace
  3. Does It Really Happen?
  4. Clap
  5. Wonderous Stories
  6. The Ice Bridge
  7. Heart of the Sunrise
  8. Close to the Edge
  9. And You and I
  10. Siberian Khatru
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  11. Roundabout
  12. Starship Trooper